今日は、三号車に乗れなかった。
私は四号車の車両に揺られながら、同じ朝を迎えていた。
ぼんやりとした頭を揺り動かすと今度はじんわりと涙が滲む。それを拭うとぎゅっと胸が締まるのだった。
あんなかっこいい人、女子が放っておくわけない。
きっと好きな人ともすぐに結ばれてしまう。
考えれば考えるほど苦しいだけで、辛い。
全て、当たり前のことだった。
彼は私とは違う。
彼は、彼目線で動いていて、絵本の王子様なんかじゃない。
彼は彼の世界、私は私の世界を持っていて
その時だった。
ぐわあん
頭が強く揺れた。
誰かに殴られた様な強い衝撃を受けると同時に衝撃は同心円上に身体中に広がっていく。
「私の世界」
その言葉が頭の中を反芻する。
「あれ。」
「私、電車を降りた後何してるの?」
突如として頭の中に巨大なクエスチョンマークが生まれる。そして、背筋を冷たいものが走った。
私は毎日学校に通うために電車に乗っている。
それなのに、「電車に乗って彼と会う。」事以外の記憶が何一つ思い出せないのだ。
なんという学校に通っているのか、どんな友達がいるのか。
当たり前のことで笑いが込み上げてきそうなのに、その全てに真っ白なベールがかけられた様に何も思い出せなかった。
(私、なんでこんな事に気が付かなかったの。)
途端に私の周りにあるもの全てが恐ろしく、得体の知れない物のように感じられた。
電車での記憶でしかないのなら、この世界はいったいなんなんだろう。
私はいったいどこにいるんだろう。
「彼」は何者なんだろう。
気が付けば私は三号車に繋がる扉を掴んでいた。
扉を横に引き、私は三号車に飛び込む。そしてぐるりと三号車を見渡した。
彼は、どこ。
何度も車内を見渡す。
しかし、彼がいないと理解した時、私に深い絶望が襲いかかった。
彼どころか、彼の友人すらいなかった。
立ち尽くす私の隣にはいつも見かけない女子高生二人組がスマホ片手に談笑していた。
意味はないはずなのに、彼女たちの会話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、知ってる?この車両、幽霊出るらしいよ。」
「幽霊」という言葉が耳に引っかかる。
女子高生は続けた。
「毎朝この時間に一定の駅の区間で出るんだって、怖くない?」
「やだあんた、だから今日ちょっと早めの電車に乗ろうとか言い出したの?マジでやめてよ。」
そこからの話は聞こえてこなかった。
ただ人を掻き分けて彼を探している最中、あのアナウンスが響いた。
「次は〇〇〜〇〇〜」
間延びしたアナウンスが流れる。そして見慣れた景色、見慣れた駅が車窓に映る。
(降りなきゃ。)
洗脳にも似た義務感が私を襲い、私の足は自然と扉へ向かう。
その時だった。
私の背後から足早にこちらへ向かってくる音がした。
その人物は私を追い抜くと自動で開いたその扉から外へと出ていく。
その人物は、白いパーカーに黒のスキニーを身につけていた。
小脇には大きな紙袋。
彼だ。
私の足は早まる。
そして、電車から飛び出し、気付けば彼を追いかけ始めていた。