名前「彼」恐らく高校生。いつも三号車に乗っている。そして、電車に乗っている間は基本ぼんやりと外を眺めている。時々スマホを見ている。

私は更に彼のエピソードを脳内で復唱した。

・時々寝癖をつけている。気付いて慌てて髪を直す姿が可愛かった。あと、手鏡持ってるの素敵。

・彼は電車に高齢者の方が乗り込んできたら真っ先に席を変わる。かっこいい、素敵。

・制服は絶対に着崩さない。どんな時でもちゃんとブレザーのボタンを最後まで留めてる。真面目な所、かっこいい。


思い出し始めるとキリがない。
私は思い出すのを止めた。そして、鞄を肩に掛け直すと小さく息を吐いた。

私が恋に落ちた「あの日」からどれくらい時間が経っただろう。

あの日からずっと私の心の中には彼がいた。

勿論高校が一緒な訳でもないし、話した事も一度もない。更に言えば目が合った事もなかった。
会えるのは毎朝のこの電車だけ。しかも私が学校の最寄駅に着くまでの15分だった。

それでもこうして私はひたすら彼を眺めるだけの日々を送っているのだった。


………正直ただのストーカーだということは百も承知だ。
恋に落ちたと柔らかく言い換えてはいるもののしている事は気持ちが悪いとしか言いようがない。
彼だって初対面の相手にずっと眺められているなんて気味が悪いだろう。

私は二度目のため息をついた。


それでも、私は彼の事が好きだった。

どれだけ頑張っても、どれほど好きでも私は彼と只のクラスメイトにすらなれない。

どれだけ観察しても彼の本当の部分が見える事はない。

彼の本名すら知る事はない。


「次は〇〇〜〇〇〜。」

無情なアナウンスが車内に流れる。
しばらくすると車体はゆっくりと速度を落とし、一つの駅に到着する。

「またね。」

こちらに見向きもしない彼に、私は今日もそう呟いた。