2日目
「おはよ」
「ん…」
月嶋の声で目が覚める…がなんだか体がだるいような…それに頭も少し痛い…
「朝早い〜」
「お前寝てないだろ」
「いや、2時間くらい寝たよ」
「仮眠だろそれ」
俺と月嶋に続くように高橋と山本も起き始める
「ん?どした?佐野、顔色悪い?」
「え…?そう?」
「そうだよ、ちょっとゴメンな」
そう言って月嶋は俺の額に手を当てた。
「え!?」
「熱い…ちょっとそこで待ってろ」
「うん…」
月嶋にそう言われ俺は何もできずじっとしていた。
「佐野ちゃん大丈夫?具合悪いの?」
「ちょっと頭が…でもこれくらい」
「月嶋来たよ」
「佐野、体温測れ」
「え、うん」
俺は渡された体温計を脇に挟み、体温を測った。
音が鳴ったかと思えばそこに表示された体温は37.4℃だった。
「え…」
「熱!?」
高橋の驚いた声で先生も来たみたいで、慌てた顔で部屋に入ってくる。
「熱って本当か!?」
「佐野くん37.4℃だそうです」
「佐野ちゃん今日外出れないの!?」
「うーん…そうだな…もう早退するか…」
最悪だ…せっかくの修学旅行…風邪で早退なんて…
俺がシュンとしていると月嶋が口を開いた。
「どうにかなんないんですか?」
「どうにかって言われても…移ったりでもしたら大変だろ?」
「せっかくの修学旅行ですよ?みんなといっしょに行動はできないかもですけど今から帰れなんて可哀想ですよ」
「うーん…言いたいことはわかるがなぁ…」
月嶋は俺がどうにかして早退しなくてもいいように説得を試みているようだ。
そこまでしてくれるのは嬉しいが正直迷惑はかけたくない。それに俺がいなくたって楽しめるはずだ。
「いいよ…俺早退するし…それに俺いないほうがいいでしょ?」
俺がそう言うとシンとした空気が流れた。
俺がまずいことを言ってしまったかと焦っていると月嶋が振り返る。その時の顔はいつもと変わらないようにも見えたがどこか悲しげな表情を浮かべているような気がした。
「そんなことないよ、俺達もっと佐野と仲良くしたいから…」
高橋と山本もウンウンと頷いている。
俺の頬に月嶋の手が触れる。
月嶋の手は俺を優しく包んでくれるような大きな手でとても安心する…
「うーん…お取り込み中悪いが本題に戻るぞ」
その先生の声にびっくりしたのか月嶋の手はすぐ離れてしまった。
「ねぇもっちー、佐野ちゃん帰らなくて済まないの?」
「いやぁ…そりゃ俺だって楽しませてやりてぇよ…」
「佐野いないなら俺も早退します」
「えぇ…」
高橋と月嶋が先生を説得している間に山本は微熱がある俺の代わりに俺の荷物を綺麗にまとめてくれていたので小さい声で礼を言う…と、そこに木村先生が入ってくる。
「望月先生、もう時間ですよ」
「えっ、もうですか!?」
「お前たちも早くしなさい、遅刻しても知らんからな」
「「はーい」」
木村先生はそれだけ言って帰ってしまった。
そして望月先生は何かを決めたかのように顔を上げこちらへ来る。
「佐野はどうしたい?」
「えっ」
「ギリギリ微熱のラインだから治るまで参加はできないが早退しなくてもいいように俺が話付けるけど」
「っ…お願いします」
俺は即答だった。
月嶋もその言葉にホッとしたのかスッと肩を撫で下ろしてるような気がする。
「わかった、ただこれ以上悪化するようなら言えよ流石に」
「はい…」
「とりあえず月嶋たちは先行きなさい、もう遅刻だから」
「へい」
月嶋たちは俺に軽く手を振りながら部屋を後にし、俺は望月先生と一緒に部屋で待つことになった。
「それにしても佐野、お前表情柔らかくなったよな」
「え、そうですか?」
「ああ、最初の頃は『誰も信じない!』みたいな感じだったけど今となってはそんなことないだろ?」
「そうですかね?」
確かに自覚はなかったが前に比べて柔らかくなったのかな…
先生の言う通り最初の頃は疑心暗鬼だったかもしれないが、今となっては月嶋たちと一緒にいて毎日が明るくなった。
「最近調子どうだ?」
「ぼちぼちです…」
「そうか、まぁ悪いよりかはいいな」
「はい…」
「他に具合悪いとかあるか?」
「いえ、ちょっと頭痛いだけでこれくらいなんとも」
「んーそうか?無理すんなよ」
「はい」
先生と色々話している間に集会が終わったようで月嶋たちが部屋に戻ってきた。
「先生まだいたの?佐野のことどうにか言うんじゃなかったんですか?」
「あ!忘れてた!じゃあな!」
そう言って先生は風のように去っていった…
「あれが教師もなんだかなぁ…」
「はは…確かに…」
「でもあの人もうアラフォー寸前で教師歴も8年らしいよ」
山本がそう言うと月嶋たちはマジか…みたいな顔をした
「8年であれか…」
「いい人だけどちょっと頼りないというか…」
確かに二人の言うことも納得できる…かもしれない
授業もわかりやすいし楽しいし優しいから大当たりだけどちょっと抜けてる面が度々ある。
そりゃあ人間だからすべてが完璧であれとは言わないし望月先生は大好きだ。
「お前らおまたせ!」
噂をしていればちょうど本人が戻ってきた。俺含む三人はちょっと気まずかった…
「先生早いですね」
「だってすぐそこだし、それと佐野は一旦俺と一緒な」
「あ、はい」
なんとか早退は免れたようで一旦一安心…
「じゃあ俺も…」
「だめだ、我慢しろ」
「えー」
「どんまい、つきちゃん」
「そりゃ無理だろ」
月嶋はあっさり断られ落ち込み、高橋がそれを慰めているようだった。
(でもなんで月嶋はそんなに俺と一緒がいいんだろう…)
今思えばこの修学旅行中月嶋といっしょにいなかった時間はあっただろうか。流石にトイレまでは一緒じゃなかったが大体はずっとくっついてたような…でもそれなら高橋と山本も一緒か…考えすぎかも。
「佐野の荷物も片付けて…ってもう片付いてるのか」
「え!いつの間に!?」
「ああ、それは山本がやってくれて…」
俺がそう言うと月嶋は山本の方を見てちょっと睨んだ?と思う
「お前がもっちーと話してる間に片付けただけだけど…それよりバス乗り遅れるぞ」
時計を確認すればもう8時目前、先生も見てなかったみたいでみんなが急いで準備をし始める。
「俺が佐野の荷物運んでおくから先行ってるな」
「うん、わかった」
「じゃあな、月嶋くん」
山本は月嶋にそう言ってから部屋を出た。
「あいつ…」
月嶋は今準備が終わったようで悔しがるような素振りを見せた。
「よっし、それじゃあ行くか」
「あ、はい」
俺は先生に連れられ部屋を移動し、集会を終える。月嶋と高橋も途中まで着いてきていたが、バスに乗ると一緒に座らせるわけにはいかないと一度別れた。
「ごめんな、先生の隣とか嫌だろ?」
「いえ、そんなことないです」
「ははは、そうか佐野は嬉しいこと言ってくれるな」
「まぁ先生は去年も一緒でしたし…」
「それもそっか」
「それに…」
月嶋と一緒にいたらドキドキしすぎて悪化しちゃうかもしれない…そう心のなかで呟く
「着いたぞ、立てるか?」
「はい……ここは?」
「今日泊まる予定のホテルだ」
「よっ、大丈夫か?」
「うん……ん?」
声のした方を見ると月嶋が自分の荷物と俺の荷物を持って立っていた。
「なんで月嶋が!?」
「それがな……斯々然々で…」
先生によると月嶋が修学旅行どうでもいいから俺と一緒にいさせろとうるさかったようだ。でも高橋と山本の姿はない。俺がキョロキョロしていると月嶋が察したのか高橋と山本はいないと教えてくれた。
「ああ、あの二人は佐野のためにいっぱい写真とか動画撮ってきてくれるみたいだからみんなと一緒に行ったぞ」
「立てるならそろそろ行くぞ、ほら」
月嶋は俺の方に手を差し伸べる。俺はドキドキしながらもそっと手を掴む。
「何号室でしたっけ」
「707号室だな。移すわけにもいかないし急遽部屋取ったからちょっと遠いけど頑張れるか?」
俺は小さく頷く。それを見た月嶋は俺が急に倒れたりしないようにとゆっくり動いてくれた。
バスから降りるときも肩を支えてくれてまるでエスコートされてるみたいだった。
気づけば俺は部屋のベッドで寝かされていた。途中で倒れたわけではなくお化け屋敷の時のようにただ記憶が飛んだのだろう。
「じゃあ俺ちょっと席外すからなんかあったら先生に言ったりLIME送れそうなら言ってね」
「うん……」
「じゃあ…」
「………待って」
部屋を出ようとする月嶋を呼び止め俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「……なんでこんなよくしてくれるの?」
「え?なんでって…」
「俺…コミュ障だし話してても楽しくないんじゃないかって……」
「…そんなことないよ」
月嶋は首を振り俺の頭を優しく撫でる。
なんだかとても安心する…
「俺は佐野が好きだから一緒にいるの」
「………すや…」
「って、寝てるし……」
あれからどれくらい経ったのだろうか、重い瞼を擦り俺は起き上がる。
「あ、起きた?そろそろ風呂の時間らしいからちょっと行ってるな」
「うん」
「そうそう、今日のやつ山本がLIMEに送ってくれてたから気になったら見といて」
「わかった」
あれ?でもなにか忘れてるような気が…
「じゃ、また後で」
「うん」
(また来てくれるんだ…)
熱を出して隔離されてたから結構さみしいが月嶋が来てくれるならとても嬉しい。
俺は目を輝かせながら、月嶋に手を振りまたベッドへ潜る。
その後月嶋と入れ違いで望月先生がご飯を持ってきてくれた。
特別に味付けを薄くしてもらったらしくとても食べやすかった。それにデザートのみかんゼリーもいい感じにひんやりとしていて美味しかった。
そして俺が汗を掻いてビショビショになってしまった服を着替えているとそこに月嶋が入ってきてしまった。
下半身が真っ裸だった俺は咄嗟に着ていたシャツで隠す。月嶋も入ってきた途端着替えていたから焦っているようですぐ部屋を出た。
なんとか裸を見られなくてよかった…俺は急いで着替えを終わらせ月嶋にLIMEで伝えた。
そうしてやっと月嶋が部屋に入ってきた…がふと足元へ目をやるとさっき脱いだパンツが落ちてしまっていた。
俺が目を丸くしていたからか、月嶋もそれに気づいたようで急いで目を逸らしてくれ、俺はその間に手を伸ばして横に置いてた鞄の中へとしまった。
「…体調は?」
「……よくなった」
「熱測ろ」
「ん……」
俺は月嶋に渡された体温計を手に取り、体温を測る。
そして表示されたのは37.0の数字だった
「37℃だって」
「下がったな、このままなら明日復帰できるんじゃない?」
「うん」
「あ、そうだ。あの動画見た?」
「あの山本の?見たよ」
「まさか先生が予約ミスで初日コニバになるなんてな」
「思わなかったよね」
「そうだな」
その後も二人で話をしているとあっという間に消灯時間になり望月先生がこそっと教えてくれた。
「じゃあ、また明日」
「おやすみ」
俺は月嶋に別れを告げたがなかなか外へ出ない。なんなら月嶋はおもむろに布団を敷き始めた
「えっ!?」
「ん?俺と一緒に寝たくない?」
「そうじゃなくて…移っちゃうかもしれないし…」
「もう大丈夫でしょ、それに風邪なんて移したほうが早く治るんだよ」
「そうなの?」
月嶋はその質問に対してウンウンと頷き布団へと潜る。
「でも高橋と山本も…」
「もともと部屋取り間違えて二人部屋だったんだって…」
「そうだったんだ…今回ドジ多いね」
月嶋はそれに対しては頷きも答えもしなかった。今日は俺に付きっきりだったから疲れちゃったのかな?
「もう寝ちゃった?」
「ん?まだ起きてるよ。どうかした?」
「ううん、昼間寝てたからそんなに眠くなかったから」
「そっか、じゃあ俺とまたお話しよ」
「うん」
月嶋の嬉しそうな笑顔を見ると自然と俺も嬉しくなる。俺のために無理言って二日目の見学を休んで看病してくれるなんて…やっぱり俺は月嶋が好きなんだな…
「佐野は来年誰が担任がいい?」
「えー、そうだな…蛯名先生とか?」
「へー?なんで?」
「なんとなく…俺小中高で担任になった先生男の人だけだったから…」
「…来年も一緒になれるといいね」
その言葉に俺はドキッとした。確かに来年になればクラスもばらばらになるし受験もあるからクラスが別れるとなかなか会えないんじゃないか…
「そう…だね」
「でもバラバラになったってずっと一緒だからな」
「うん…」
「インスタとかLIMEもあるし」
「そうだね」
「そうだ、具合どう?」
「だいぶ良くなったよ、月嶋のおかげかな…?なんて…」
俺が照れくさそうに笑えば月嶋が俺のベッドへと近づいてきた。
月嶋は俺と隣りに座り、じっと見つめてくる。
「な、何?顔になにかついてる?」
「…無意識?」
「え、何が?」
「いやぁたらしなのかなって」
「たらしって……なんで?」
(月嶋ちょっと怒ってる?)
俺は慌てて弁明しようとするが、それは月嶋によって止められた。
「怒ってないよ、ただそういうの他のやつにも言ってんの?」
「言わないよ…」
「じゃあ俺の事好き?」
「えっ…」
予想してなかった質問に言葉が詰まる。「そっかぁ」くらいで終わると思ってたから何も考えてない…
「無理に答えなくてもいいよ、おやすみ」
「…き」
「ん?」
「月嶋のこと…好き」
(…あれ、俺今なんて言った?)
「それ…」
「あ、その…友達として?っていうか…」
何言ってんだろう俺…このまま告白しちゃった方が良かったんじゃないか…
「俺も好きだよ」
「…え」
どういうことだろう…でも好きな人いるって言ってたし友達としてってことなのかな。
「ありがと…」
「おやすみ」
「うん…」
月嶋が布団に入っていったのを見て俺も目を閉じる。
明日には良くなってまたみんなと一緒に回りたいな。
3日目
「おはよ、良くなった?」
「だいぶ良くなった…と思う!」
「そっか、じゃあ体温測ってみよ」
「うん」
そして測り終わった体温計には36.7の数字が表示されていた。
「お、下がったじゃん」
「じゃあまた一緒に回れるかな」
「回れると思うよ、じゃあ俺先生に報告してくるから着替えときな」
「わかった」
月嶋を見送り俺は急いで着替えを終わらせる。昨日みたいなことにならないように…
ちょうど着替えが終わったところで誰かが部屋の扉をノックしてきた。
「佐野〜、入っていい?」
ノックをしてきたのは月嶋だったみたいでとりあえず安心。
(従業員とか先生じゃなくてよかった…)
着替えも終わっていたので俺はすぐオッケーを出した。
「…ホントだな?じゃあ入るぞ」
そして扉が開くと月嶋の後ろからは望月先生ではなく木村先生が入ってきた。
「…!?なんで木村先生が…!?」
「ん、悪いか?」
「い、いえ…昨日は望月先生だったから…てっきり望月先生なのかと」
「望月先生なら先に食堂へ行ってもらった」
「そうでしたか…」
「それで、熱は下がったんだな?具合は?」
「熱も下がりましたし良くなりました」
「そうか、じゃあ君も準備ができ次第食堂に向かいなさい」
「はい」
そう言い残し木村先生は部屋を出た。
その後は月嶋に連れられ食堂へと着いた。
席では高橋はすごい勢いで尻尾を振り、山本は小さく手を振って迎えてくれた。
「いやー昨日は二人もいなかったから全然楽しくなかったー」
「俺と二人きりでもめちゃくちゃはしゃいでたじゃねえか」
「つまんなそうにしてるよりいいだろ」
「はは、確かに」
「…ほんとによかったの?」
「何が?」
「その…俺と二人きりで…先生もいたけど」
月嶋は手に取ったパンを食べきり「いいんだよ」と答えた。
「俺は佐野といたかったし」
「そ、そう…」
月嶋って他の人達にもこんな感じなのかな…でも高橋と山本に言ってる様子もないし…
気になるけど聞いたら「俺がそんな尻軽だと思ってんの?」とか言われて捨てられたらまた一人になっちゃうし…
「ん、どした?まだ体調良くなかった?」
「…え、いや考え事してて…」
「そう、時間やばいから早く食べちゃいな」
「うん…」
なんだかもやもやするな…でもまた心配かけたくないし…とりあえずこのことは忘れよう…
そして朝食の時間も終わり、集会。この後の予定などを確認し、俺達はホテルを出てバスへと乗った。
バスの中。雑談を始める人やまた寝始める人、隠れてお菓子を食べ始める人など朝とは思えないほどみんな元気で羨ましい。
昨日いっぱい寝たから眠い訳では無いが朝はそこまで強くないからただボーっとしていることしかできない。
と、ここで委員長が立ち上がりマイクをもって「今からカラオケ大会をスタートします」と宣言した。
それに待ってましたと言わんばかりに陽キャたちが騒ぎ出す。
「それじゃあ最初に歌ってくれる人いますか〜?」
委員長の問いかけにここは俺が!いやウチが!とエントリー者が多数だった。
「んーじゃあ奥山くん!」
「おっしゃい!じゃあミセスのライラックで!」
「オッケー!じゃあミュージックスタート!」
委員長のその声でどこからか音楽が流れ出す。この曲は野球アニメの主題歌らしくミセスは最近流行りのアーティストらしい。
最近の流行りが可愛いだけじゃだめですかで止まってる俺はミセスこそ知っていたものの、まさか今こんなに流行っているとは思わなかった。
「――ありがとうございましたー!では次歌いたい人はいますかー!」
今度は先程よりも手を挙げる人が少し増えたみたいだ。トップバッターが嫌だったとかさっきのライラックを聞いて自分も!という人が増えたのだろう。そして委員長に指名されたのはなんと望月先生だった。
「よーし!先生も歌うぞ!曲はめ組のひとで!」
「また古い曲を…」
「でもこの曲なら知ってる」
母さんが好きでよく聞いている。そしてまた音楽が流れ始め先生が歌い出す。
「…噂走るよめっ!」
「「めっ!!」」
俺を含む聞いたことのある生徒は先生の後に続くように「め!」と復唱する。
以外に知ってる人が多かったこと驚いたのか先生は「お前ら知ってんのか!」と嬉しそうに言った。
「はい!先生ありがとうございました!次の方ー!」
そしてまた沢山の人が手を挙げる。ここで高橋もエントリーし始めいつの間にか手を上げてる人はいないんじゃないかってくらいみんなが手を上げていたので委員長も焦っていた。
「えーじゃあ笹倉さん」
「いえーい!じゃあ君がくれたもので!」
「ラジャー!」
今度は懐かしい曲が流れ出した。調べてみるともう10年以上前の曲らしい。
この曲を聞いて泣き出す人まで出てバスの中はめちゃくちゃ盛り上がったのであった…
気づけばもう奈良に到着したようでみんなが続々とバスを降り始める。
「おー!鹿だ!」
バスから降りた瞬間鹿が出迎えてくれ、みんなそっちに視線が行くので先生も困っている。
「おーい、一旦集合!」
ただ木村先生の指示は聞こえたようで惜しそうにしながらもみんな綺麗に並んだ。
やっぱ怖い先生ってすごいんだな…
ただ木村先生もみんなが早く観光を楽しめるように手短に終わらせてくれて話が終わった途端みんな一斉にバラけだす。
「みんな見てて!一発芸!」
高橋が俺らの方に手を振り何かをしだした。月嶋ち山本は高橋の方へスマホを向けオッケーサインを出した。
「ダンソン‼フィーザキー!!ドゥーザティーサーザ コンサッ!」
「高橋それ古い」
「なっちー」
「ニーブラ!!」
そう言って高橋は鹿の首を優しめに小脇に抱え込んだ。
「はははっ、高橋オモロ〜」
クラスのギャルや地域の人たちも見ていたようで高橋に夢中になってる間にすごく人が集まっていた。
「あの子達めっちゃイケメンやん」
「インスタとか聞き出せへんかな」
なんて声もちらほら…やっぱりモテモテなんだな…三人とも…
「あの茶髪の人の横にいる子もかわいくない?」
「わかるー!」
「………」
月嶋の方からなんかすごい圧を感じる…気の所為か?
先程ここの高校生と話してた高橋がこちらに戻ってきて「インスタ教えてほしいって、教えちゃっていい?」と聞いてきた
「パス」
「無理」
二人は即答、見ず知らずのやつとは交換したくないらしい。
「佐野ちゃんは?」
「別にいいけど……え、俺!?」
いつもは俺なんていないも同然なのにまさか俺の間で聞かれるなんて思っていなかった。
「オッケー!じゃあ伝えてくる!」
「…佐野俺らとしか繋がってないからすぐバレるんじゃないの」
「あ…ごめん…」
そういえばそうだった…インスタなんてよくわかんないから著名人とか別にフォローなんてしてない…
しかも教えたくないって言ってた二人のアカウントが俺のせいでバレるなんて申し訳なさすぎる…簡単にインスタ教えてアカウントバラすやつって嫌われちゃったかな…
「…まぁフォロバはしないし」
「気にしないでいいよ、俺の方こそごめん」
「いや、山本は悪くない…俺が教えていいって…」
「なーにしてんの」
高橋が俺の後ろから話しかけてくれた。俺が事情を説明したら高橋は「気にしないでいいよ〜その辺優しいから、特につきちゃん」とフォローを入れてくれた。
それにウンウンと相槌を打つ二人を見てそのことは一旦水に流すことにした。
「見てこのキーホルダー!かわいい!」
「ホントだ……!」
土産店で高橋と俺は鹿のキーホルダーを見て目を輝かせた。
鹿せんべいを頬張るイラスト描かれたキーホルダーを手に取り月嶋にも見せに行く。
「これかわいくない?」
「ほんとだ、じゃあ俺もそれ買おっかな」
「おそろいだね!」
「…そうだな」
「佐野ちゃーん!」
「はーい、じゃあまた後で」
月嶋に軽く手を振り高橋の方へと向かった。月嶋はそっぽ向いてなにか悩んだような感じだったけど大丈夫かな…
「つきちゃんと何話してたの?」
「え…別に何も……」
「そっかぁ♡」
高橋はなにかを察したのかニコニコしながらまたお土産を選び始めた。
俺はさっきのことが急に恥ずかしくなり頬がちょっと赤くなる。
「見て!木刀!」
「かっこいい!」
「でしょ〜佐野ちゃんも買う?」
「んーでも俺はいいかな」
「そっかぁ」
「あ、これ美味しそう」
俺はとあるクッキーに目が行った。そのクッキーには可愛らしい鹿のキャラクターが描かれていて、そのイラストはクッキーにもプリントされているみたいだった。
クッキーなら母さんも好きそう。お土産にちょうどいいだろう。
「ホントだ!それにこのしかまるくんってキャラかわいい!」
「高橋も買う?」
「うん!そうだ、つきちゃんとやまちゃんにも教えよー!」
そう言って高橋は月嶋と山本の方へと行ってしまった。
俺にはそんな高橋をただ見ていることしかできなかった。
「いやぁ、いっぱい買ったね」
「昨日休んでたし…」
「それもそっか〜」
でも昨日休んだとはいえ流石に買いすぎた…腕も背中も荷物やお土産でいっぱいだ。
歩くのも精一杯…と思っていたら右腕がすっと軽くなった気がした。
「えっ」
隣を見るとさっきまで持っていたはずの袋はなぜか月嶋の腕にかかっていた。
「なんで…」
「だって歩くのも精一杯みたいな感じだったから、もう片方も持とうか?」
「で、でも月嶋だっていっぱい買ってたじゃん」
「でも、佐野そんなに力ないでしょ?部活でも俺ら手伝ってるでしょ?」
うっ…確かにそれはそう…
マネージャーは今となっては楽しいが最初は別にやりたくて応募したわけでもないし…それに力仕事が意外とあるなんて思ってもなかったから…
「あ、そうだ…」
そう言って月嶋は自分の荷物をおろして袋から何かを取り出した。
「これ、鹿せんべい。最後にあげてきな」
「え、いいの?」
「いいの、鹿にあげるために買ったんだし。人間用じゃないから食べても美味しくないと思うよ」
「そ、そう…」
「ほらちょうどそこにいるしあげてきな、もう片方も預かっとくから。昨日休んでたから楽しんできな」
「…ほんとにいいの?月嶋だって昨日休んでたのに」
「俺はいいの、佐野が楽しんでくれれば俺も嬉しい」
「っ……!」
月嶋に左に持っていた荷物を預け、俺は鹿せんべいを持って鹿の方へと向かった。
今はまともに月嶋の顔を直視できなかった。やっぱり俺は月嶋のことが好きなんだな…
(好きな人がいるのが残念だ…)
「ほら、いっぱい食べな」
「キュイ!」
俺は月嶋からもらったせんべいを鹿にあげ、かわいがっていた。
「キュイキュイ!」
「おかわり?何枚目だよ」
でも随分と大食いな鹿にあげてしまったようで一つの塊がもうなくなってしまった。
月嶋からもらったのは二つ。仕方ないしもう片方もあげようかと思ったらいつの間にか俺の周りには鹿の大群が取り囲んでいた。この大食いくんが呼んだのだろうか…さっきまでちょろっといるくらいだったのに…
「わ、佐野ちゃんすっげーモテモテじゃん」
「あ、助けて…」
「鹿せんべい追加ね!はい!」
そうじゃない…一応受け取るけど…ここから動けないと集合時間に遅れてしまう
俺はとりあえず一匹一匹にせんべいをあげ、退散してもらおうと考えた。そのために手を伸ばすがなかなか届かずさっき上げたはずの鹿に食べられてしまうということが起きてしまった。
幸い、大食いくんよりかは少食なようで何頭かは満足して離れてくれたがあげきれなかった鹿がこちらをうるうるとした目で見てくる。
「ごめんな、もうせんべい無いから」
「キュウ………」
「うっ…そんな声出さないで……罪悪感が…」
仕方ないしまたせんべいを買いに行くかと思っていると後ろから山本が声をかけてくれた。
「ほら、追加のせんべい」
「え、なんで」
「見てたし…それに月嶋が足りなくなるだろうから買って佐野にあげろって」
「そうなんだ…」
「てか鹿ってキュウって鳴くんだな」
「俺も知らなかった」
「じゃ、それやり終わったら戻るぞ」
「うん……ってあれ?高橋は?」
さっきまでいたはずの高橋がいつの間にかいなくなっていた。まさか鹿に頭突きされて吹っ飛んだとか…!?
「月嶋のところ行ってた、ほらあそこのベンチに」
山本が指差す方を見るとちょうど取り囲まれていて姿は目視できなかった…
「……俺あそこ行きたくないから見てていい?」
「ああもちろん…」
イケメン三銃士が揃ったら更に人集まって大変だろうし…なんか俺でも同情できる気がする…
せんべいを配り終え、またベンチの方を見るとぐったりした様子の月嶋と高橋が座っていた。
「……大丈夫?もうあげ終わったから帰ろ」
「ん…ああそうだな」
「やまちゃんばっかりずるい…」
「お前も佐野から離れなければよかっただけだろ」
「俺座ってただけなのに…」
「まぁまぁ…」
俺は完全に疲れ切った二人をなだめ自分の荷物へと手を伸ばす。
「ん、俺運ぶよ」
「え、いや悪いよ。さっき大勢相手して疲れたでしょ?自分のだし運ぶよ」
「佐野だって大勢の鹿立ったまま相手してただろ、それに病み上がりなんだから俺に任せて!」
「うーん……そこまで言うならお言葉に甘えて…」
「じゃあ行こっか」
「はーい」
鹿たちと別れ俺はバスへと向かった。
さっきの大食いくんはまだ食べるようで他の観光客があげるせんべいも貪っており、ちょっと心配になる…
そしてこの後は一旦バスへお土産を置き、それから東大寺を巡って、奈良の歴史を学んだ。
「また鹿いるよ」
「ほんとだ!ほらせんべいどうだ?」
高橋と月嶋はさっきのがよほど嫌だったのか頑なに鹿にくっつく。
ただそれも意味がなかったようで鹿と一緒に大量の人だかりができてしまった。
「……運悪いなあいつら」
「はは…山本と俺には集まらないんだ」
「それもそれで傷つくわ」
「確かに…」
俺達がちょっと落ち込んでいると月嶋と高橋の方にいた鹿が慰めに来たぞと言わんばかりに大量に流れてきた。
それも全員俺の方に……
「佐野って前世鹿なの?」
「かもしれない」
「キュイ!」
「ははっ、鹿もそうだって言ってんのかな」
「ええ……」
俺の前世が鹿だったなんて……嬉しいような…複雑だ
「おお!佐野鹿にめっちゃ好かれてんじゃん!」
「あ、望月先生……俺前世鹿らしいので」
「ははは!そうかそうか!」
ただ鹿に囲まれているからと言って時間が過ぎないわけもなくあっという間に出発時間が近づいてきた。
月嶋と高橋はなんとか人だかりから抜け出せたみたいだが俺は相変わらず鹿に囲まれて身動きが取れない。
「あれ、佐野まだ鹿の相手してたの?」
「うん……なかなか帰してくれなくて」
「佐野もキュイって鳴いてみたら?」
山本のそれに俺はつい「なにそれ」と突っ込んでしまう。でも「前世が鹿なんだから行ける」と謎なアドバイスが返ってきたため試してみることにした。
「キュ…キュイ…」
「佐野ちゃんかわいい〜!」
「おお〜」
「喜んでいいの?それ」
褒め言葉なのかよくわからないものの反応が一番困る…
「でもキュイって鳴く佐野もかわいいよ」
「…ありがと」
月嶋は好きな人がいるって言ってる相手にそれは言っていいのだろうか……って「俺も?」もって何だ……
「キュ?キューイ!」
何故か鹿たちには伝わったみたいでスッと道ができた。いつの間にか周りには同級生たちが集まっており「すげー!」だの「鹿かよ」だのいろいろな声が飛んだ。
「すげーじゃん、佐野人気者〜」
「いやでも鹿の佐野って不名誉じゃない?」
確かに鹿はかわいいんだが鹿として褒められるのもなんか違うというか…俺にだってプライドはあるからもっと勉強面とかで褒められたい。
「いきなり動物に囲まれても優しく接してるし全然不名誉じゃないと思うよ。むしろ羨ましい」
「あ…ありがとう」
月嶋が言うことも一理ある…
それに月嶋に褒められ嬉しくなった俺は口元がニヤついてしまい、なかなか治らない。
「照れてるの?かわいい」
「う…やめてそれ」
月嶋こそたらしなんじゃないか……いや、でも俺以外にこんなこと言ってる様子もないし……
月嶋は何を考えてるんだろう……
そして鹿たちに別れを告げ、俺達は札幌へと戻ったのであった。
熱を出して二日目は休んでたもののだいぶ楽しめて良かった。帰りのバスや飛行機はみんな疲れて寝てしまっている人が多かった。
俺もいつの間にか寝てしまったようで月嶋に体を揺すられ目を覚ました。
「――というわけでこれにて各自解散!明日はしっかり休むこと!」
集会も終わりみんなはまるで鹿のように軽やかなステップで帰り始めるが俺達三人は鹿と大勢の人を相手にした疲れが回ってきたのか生まれたての子鹿みたいにプルプルしていた。
「……お前ら気をつけて帰れよ」
「「わかってる…」」
そう言いながらも結局みんな迎えを呼ぶことになってしまったのであった……
「おはよ」
「ん…」
月嶋の声で目が覚める…がなんだか体がだるいような…それに頭も少し痛い…
「朝早い〜」
「お前寝てないだろ」
「いや、2時間くらい寝たよ」
「仮眠だろそれ」
俺と月嶋に続くように高橋と山本も起き始める
「ん?どした?佐野、顔色悪い?」
「え…?そう?」
「そうだよ、ちょっとゴメンな」
そう言って月嶋は俺の額に手を当てた。
「え!?」
「熱い…ちょっとそこで待ってろ」
「うん…」
月嶋にそう言われ俺は何もできずじっとしていた。
「佐野ちゃん大丈夫?具合悪いの?」
「ちょっと頭が…でもこれくらい」
「月嶋来たよ」
「佐野、体温測れ」
「え、うん」
俺は渡された体温計を脇に挟み、体温を測った。
音が鳴ったかと思えばそこに表示された体温は37.4℃だった。
「え…」
「熱!?」
高橋の驚いた声で先生も来たみたいで、慌てた顔で部屋に入ってくる。
「熱って本当か!?」
「佐野くん37.4℃だそうです」
「佐野ちゃん今日外出れないの!?」
「うーん…そうだな…もう早退するか…」
最悪だ…せっかくの修学旅行…風邪で早退なんて…
俺がシュンとしていると月嶋が口を開いた。
「どうにかなんないんですか?」
「どうにかって言われても…移ったりでもしたら大変だろ?」
「せっかくの修学旅行ですよ?みんなといっしょに行動はできないかもですけど今から帰れなんて可哀想ですよ」
「うーん…言いたいことはわかるがなぁ…」
月嶋は俺がどうにかして早退しなくてもいいように説得を試みているようだ。
そこまでしてくれるのは嬉しいが正直迷惑はかけたくない。それに俺がいなくたって楽しめるはずだ。
「いいよ…俺早退するし…それに俺いないほうがいいでしょ?」
俺がそう言うとシンとした空気が流れた。
俺がまずいことを言ってしまったかと焦っていると月嶋が振り返る。その時の顔はいつもと変わらないようにも見えたがどこか悲しげな表情を浮かべているような気がした。
「そんなことないよ、俺達もっと佐野と仲良くしたいから…」
高橋と山本もウンウンと頷いている。
俺の頬に月嶋の手が触れる。
月嶋の手は俺を優しく包んでくれるような大きな手でとても安心する…
「うーん…お取り込み中悪いが本題に戻るぞ」
その先生の声にびっくりしたのか月嶋の手はすぐ離れてしまった。
「ねぇもっちー、佐野ちゃん帰らなくて済まないの?」
「いやぁ…そりゃ俺だって楽しませてやりてぇよ…」
「佐野いないなら俺も早退します」
「えぇ…」
高橋と月嶋が先生を説得している間に山本は微熱がある俺の代わりに俺の荷物を綺麗にまとめてくれていたので小さい声で礼を言う…と、そこに木村先生が入ってくる。
「望月先生、もう時間ですよ」
「えっ、もうですか!?」
「お前たちも早くしなさい、遅刻しても知らんからな」
「「はーい」」
木村先生はそれだけ言って帰ってしまった。
そして望月先生は何かを決めたかのように顔を上げこちらへ来る。
「佐野はどうしたい?」
「えっ」
「ギリギリ微熱のラインだから治るまで参加はできないが早退しなくてもいいように俺が話付けるけど」
「っ…お願いします」
俺は即答だった。
月嶋もその言葉にホッとしたのかスッと肩を撫で下ろしてるような気がする。
「わかった、ただこれ以上悪化するようなら言えよ流石に」
「はい…」
「とりあえず月嶋たちは先行きなさい、もう遅刻だから」
「へい」
月嶋たちは俺に軽く手を振りながら部屋を後にし、俺は望月先生と一緒に部屋で待つことになった。
「それにしても佐野、お前表情柔らかくなったよな」
「え、そうですか?」
「ああ、最初の頃は『誰も信じない!』みたいな感じだったけど今となってはそんなことないだろ?」
「そうですかね?」
確かに自覚はなかったが前に比べて柔らかくなったのかな…
先生の言う通り最初の頃は疑心暗鬼だったかもしれないが、今となっては月嶋たちと一緒にいて毎日が明るくなった。
「最近調子どうだ?」
「ぼちぼちです…」
「そうか、まぁ悪いよりかはいいな」
「はい…」
「他に具合悪いとかあるか?」
「いえ、ちょっと頭痛いだけでこれくらいなんとも」
「んーそうか?無理すんなよ」
「はい」
先生と色々話している間に集会が終わったようで月嶋たちが部屋に戻ってきた。
「先生まだいたの?佐野のことどうにか言うんじゃなかったんですか?」
「あ!忘れてた!じゃあな!」
そう言って先生は風のように去っていった…
「あれが教師もなんだかなぁ…」
「はは…確かに…」
「でもあの人もうアラフォー寸前で教師歴も8年らしいよ」
山本がそう言うと月嶋たちはマジか…みたいな顔をした
「8年であれか…」
「いい人だけどちょっと頼りないというか…」
確かに二人の言うことも納得できる…かもしれない
授業もわかりやすいし楽しいし優しいから大当たりだけどちょっと抜けてる面が度々ある。
そりゃあ人間だからすべてが完璧であれとは言わないし望月先生は大好きだ。
「お前らおまたせ!」
噂をしていればちょうど本人が戻ってきた。俺含む三人はちょっと気まずかった…
「先生早いですね」
「だってすぐそこだし、それと佐野は一旦俺と一緒な」
「あ、はい」
なんとか早退は免れたようで一旦一安心…
「じゃあ俺も…」
「だめだ、我慢しろ」
「えー」
「どんまい、つきちゃん」
「そりゃ無理だろ」
月嶋はあっさり断られ落ち込み、高橋がそれを慰めているようだった。
(でもなんで月嶋はそんなに俺と一緒がいいんだろう…)
今思えばこの修学旅行中月嶋といっしょにいなかった時間はあっただろうか。流石にトイレまでは一緒じゃなかったが大体はずっとくっついてたような…でもそれなら高橋と山本も一緒か…考えすぎかも。
「佐野の荷物も片付けて…ってもう片付いてるのか」
「え!いつの間に!?」
「ああ、それは山本がやってくれて…」
俺がそう言うと月嶋は山本の方を見てちょっと睨んだ?と思う
「お前がもっちーと話してる間に片付けただけだけど…それよりバス乗り遅れるぞ」
時計を確認すればもう8時目前、先生も見てなかったみたいでみんなが急いで準備をし始める。
「俺が佐野の荷物運んでおくから先行ってるな」
「うん、わかった」
「じゃあな、月嶋くん」
山本は月嶋にそう言ってから部屋を出た。
「あいつ…」
月嶋は今準備が終わったようで悔しがるような素振りを見せた。
「よっし、それじゃあ行くか」
「あ、はい」
俺は先生に連れられ部屋を移動し、集会を終える。月嶋と高橋も途中まで着いてきていたが、バスに乗ると一緒に座らせるわけにはいかないと一度別れた。
「ごめんな、先生の隣とか嫌だろ?」
「いえ、そんなことないです」
「ははは、そうか佐野は嬉しいこと言ってくれるな」
「まぁ先生は去年も一緒でしたし…」
「それもそっか」
「それに…」
月嶋と一緒にいたらドキドキしすぎて悪化しちゃうかもしれない…そう心のなかで呟く
「着いたぞ、立てるか?」
「はい……ここは?」
「今日泊まる予定のホテルだ」
「よっ、大丈夫か?」
「うん……ん?」
声のした方を見ると月嶋が自分の荷物と俺の荷物を持って立っていた。
「なんで月嶋が!?」
「それがな……斯々然々で…」
先生によると月嶋が修学旅行どうでもいいから俺と一緒にいさせろとうるさかったようだ。でも高橋と山本の姿はない。俺がキョロキョロしていると月嶋が察したのか高橋と山本はいないと教えてくれた。
「ああ、あの二人は佐野のためにいっぱい写真とか動画撮ってきてくれるみたいだからみんなと一緒に行ったぞ」
「立てるならそろそろ行くぞ、ほら」
月嶋は俺の方に手を差し伸べる。俺はドキドキしながらもそっと手を掴む。
「何号室でしたっけ」
「707号室だな。移すわけにもいかないし急遽部屋取ったからちょっと遠いけど頑張れるか?」
俺は小さく頷く。それを見た月嶋は俺が急に倒れたりしないようにとゆっくり動いてくれた。
バスから降りるときも肩を支えてくれてまるでエスコートされてるみたいだった。
気づけば俺は部屋のベッドで寝かされていた。途中で倒れたわけではなくお化け屋敷の時のようにただ記憶が飛んだのだろう。
「じゃあ俺ちょっと席外すからなんかあったら先生に言ったりLIME送れそうなら言ってね」
「うん……」
「じゃあ…」
「………待って」
部屋を出ようとする月嶋を呼び止め俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「……なんでこんなよくしてくれるの?」
「え?なんでって…」
「俺…コミュ障だし話してても楽しくないんじゃないかって……」
「…そんなことないよ」
月嶋は首を振り俺の頭を優しく撫でる。
なんだかとても安心する…
「俺は佐野が好きだから一緒にいるの」
「………すや…」
「って、寝てるし……」
あれからどれくらい経ったのだろうか、重い瞼を擦り俺は起き上がる。
「あ、起きた?そろそろ風呂の時間らしいからちょっと行ってるな」
「うん」
「そうそう、今日のやつ山本がLIMEに送ってくれてたから気になったら見といて」
「わかった」
あれ?でもなにか忘れてるような気が…
「じゃ、また後で」
「うん」
(また来てくれるんだ…)
熱を出して隔離されてたから結構さみしいが月嶋が来てくれるならとても嬉しい。
俺は目を輝かせながら、月嶋に手を振りまたベッドへ潜る。
その後月嶋と入れ違いで望月先生がご飯を持ってきてくれた。
特別に味付けを薄くしてもらったらしくとても食べやすかった。それにデザートのみかんゼリーもいい感じにひんやりとしていて美味しかった。
そして俺が汗を掻いてビショビショになってしまった服を着替えているとそこに月嶋が入ってきてしまった。
下半身が真っ裸だった俺は咄嗟に着ていたシャツで隠す。月嶋も入ってきた途端着替えていたから焦っているようですぐ部屋を出た。
なんとか裸を見られなくてよかった…俺は急いで着替えを終わらせ月嶋にLIMEで伝えた。
そうしてやっと月嶋が部屋に入ってきた…がふと足元へ目をやるとさっき脱いだパンツが落ちてしまっていた。
俺が目を丸くしていたからか、月嶋もそれに気づいたようで急いで目を逸らしてくれ、俺はその間に手を伸ばして横に置いてた鞄の中へとしまった。
「…体調は?」
「……よくなった」
「熱測ろ」
「ん……」
俺は月嶋に渡された体温計を手に取り、体温を測る。
そして表示されたのは37.0の数字だった
「37℃だって」
「下がったな、このままなら明日復帰できるんじゃない?」
「うん」
「あ、そうだ。あの動画見た?」
「あの山本の?見たよ」
「まさか先生が予約ミスで初日コニバになるなんてな」
「思わなかったよね」
「そうだな」
その後も二人で話をしているとあっという間に消灯時間になり望月先生がこそっと教えてくれた。
「じゃあ、また明日」
「おやすみ」
俺は月嶋に別れを告げたがなかなか外へ出ない。なんなら月嶋はおもむろに布団を敷き始めた
「えっ!?」
「ん?俺と一緒に寝たくない?」
「そうじゃなくて…移っちゃうかもしれないし…」
「もう大丈夫でしょ、それに風邪なんて移したほうが早く治るんだよ」
「そうなの?」
月嶋はその質問に対してウンウンと頷き布団へと潜る。
「でも高橋と山本も…」
「もともと部屋取り間違えて二人部屋だったんだって…」
「そうだったんだ…今回ドジ多いね」
月嶋はそれに対しては頷きも答えもしなかった。今日は俺に付きっきりだったから疲れちゃったのかな?
「もう寝ちゃった?」
「ん?まだ起きてるよ。どうかした?」
「ううん、昼間寝てたからそんなに眠くなかったから」
「そっか、じゃあ俺とまたお話しよ」
「うん」
月嶋の嬉しそうな笑顔を見ると自然と俺も嬉しくなる。俺のために無理言って二日目の見学を休んで看病してくれるなんて…やっぱり俺は月嶋が好きなんだな…
「佐野は来年誰が担任がいい?」
「えー、そうだな…蛯名先生とか?」
「へー?なんで?」
「なんとなく…俺小中高で担任になった先生男の人だけだったから…」
「…来年も一緒になれるといいね」
その言葉に俺はドキッとした。確かに来年になればクラスもばらばらになるし受験もあるからクラスが別れるとなかなか会えないんじゃないか…
「そう…だね」
「でもバラバラになったってずっと一緒だからな」
「うん…」
「インスタとかLIMEもあるし」
「そうだね」
「そうだ、具合どう?」
「だいぶ良くなったよ、月嶋のおかげかな…?なんて…」
俺が照れくさそうに笑えば月嶋が俺のベッドへと近づいてきた。
月嶋は俺と隣りに座り、じっと見つめてくる。
「な、何?顔になにかついてる?」
「…無意識?」
「え、何が?」
「いやぁたらしなのかなって」
「たらしって……なんで?」
(月嶋ちょっと怒ってる?)
俺は慌てて弁明しようとするが、それは月嶋によって止められた。
「怒ってないよ、ただそういうの他のやつにも言ってんの?」
「言わないよ…」
「じゃあ俺の事好き?」
「えっ…」
予想してなかった質問に言葉が詰まる。「そっかぁ」くらいで終わると思ってたから何も考えてない…
「無理に答えなくてもいいよ、おやすみ」
「…き」
「ん?」
「月嶋のこと…好き」
(…あれ、俺今なんて言った?)
「それ…」
「あ、その…友達として?っていうか…」
何言ってんだろう俺…このまま告白しちゃった方が良かったんじゃないか…
「俺も好きだよ」
「…え」
どういうことだろう…でも好きな人いるって言ってたし友達としてってことなのかな。
「ありがと…」
「おやすみ」
「うん…」
月嶋が布団に入っていったのを見て俺も目を閉じる。
明日には良くなってまたみんなと一緒に回りたいな。
3日目
「おはよ、良くなった?」
「だいぶ良くなった…と思う!」
「そっか、じゃあ体温測ってみよ」
「うん」
そして測り終わった体温計には36.7の数字が表示されていた。
「お、下がったじゃん」
「じゃあまた一緒に回れるかな」
「回れると思うよ、じゃあ俺先生に報告してくるから着替えときな」
「わかった」
月嶋を見送り俺は急いで着替えを終わらせる。昨日みたいなことにならないように…
ちょうど着替えが終わったところで誰かが部屋の扉をノックしてきた。
「佐野〜、入っていい?」
ノックをしてきたのは月嶋だったみたいでとりあえず安心。
(従業員とか先生じゃなくてよかった…)
着替えも終わっていたので俺はすぐオッケーを出した。
「…ホントだな?じゃあ入るぞ」
そして扉が開くと月嶋の後ろからは望月先生ではなく木村先生が入ってきた。
「…!?なんで木村先生が…!?」
「ん、悪いか?」
「い、いえ…昨日は望月先生だったから…てっきり望月先生なのかと」
「望月先生なら先に食堂へ行ってもらった」
「そうでしたか…」
「それで、熱は下がったんだな?具合は?」
「熱も下がりましたし良くなりました」
「そうか、じゃあ君も準備ができ次第食堂に向かいなさい」
「はい」
そう言い残し木村先生は部屋を出た。
その後は月嶋に連れられ食堂へと着いた。
席では高橋はすごい勢いで尻尾を振り、山本は小さく手を振って迎えてくれた。
「いやー昨日は二人もいなかったから全然楽しくなかったー」
「俺と二人きりでもめちゃくちゃはしゃいでたじゃねえか」
「つまんなそうにしてるよりいいだろ」
「はは、確かに」
「…ほんとによかったの?」
「何が?」
「その…俺と二人きりで…先生もいたけど」
月嶋は手に取ったパンを食べきり「いいんだよ」と答えた。
「俺は佐野といたかったし」
「そ、そう…」
月嶋って他の人達にもこんな感じなのかな…でも高橋と山本に言ってる様子もないし…
気になるけど聞いたら「俺がそんな尻軽だと思ってんの?」とか言われて捨てられたらまた一人になっちゃうし…
「ん、どした?まだ体調良くなかった?」
「…え、いや考え事してて…」
「そう、時間やばいから早く食べちゃいな」
「うん…」
なんだかもやもやするな…でもまた心配かけたくないし…とりあえずこのことは忘れよう…
そして朝食の時間も終わり、集会。この後の予定などを確認し、俺達はホテルを出てバスへと乗った。
バスの中。雑談を始める人やまた寝始める人、隠れてお菓子を食べ始める人など朝とは思えないほどみんな元気で羨ましい。
昨日いっぱい寝たから眠い訳では無いが朝はそこまで強くないからただボーっとしていることしかできない。
と、ここで委員長が立ち上がりマイクをもって「今からカラオケ大会をスタートします」と宣言した。
それに待ってましたと言わんばかりに陽キャたちが騒ぎ出す。
「それじゃあ最初に歌ってくれる人いますか〜?」
委員長の問いかけにここは俺が!いやウチが!とエントリー者が多数だった。
「んーじゃあ奥山くん!」
「おっしゃい!じゃあミセスのライラックで!」
「オッケー!じゃあミュージックスタート!」
委員長のその声でどこからか音楽が流れ出す。この曲は野球アニメの主題歌らしくミセスは最近流行りのアーティストらしい。
最近の流行りが可愛いだけじゃだめですかで止まってる俺はミセスこそ知っていたものの、まさか今こんなに流行っているとは思わなかった。
「――ありがとうございましたー!では次歌いたい人はいますかー!」
今度は先程よりも手を挙げる人が少し増えたみたいだ。トップバッターが嫌だったとかさっきのライラックを聞いて自分も!という人が増えたのだろう。そして委員長に指名されたのはなんと望月先生だった。
「よーし!先生も歌うぞ!曲はめ組のひとで!」
「また古い曲を…」
「でもこの曲なら知ってる」
母さんが好きでよく聞いている。そしてまた音楽が流れ始め先生が歌い出す。
「…噂走るよめっ!」
「「めっ!!」」
俺を含む聞いたことのある生徒は先生の後に続くように「め!」と復唱する。
以外に知ってる人が多かったこと驚いたのか先生は「お前ら知ってんのか!」と嬉しそうに言った。
「はい!先生ありがとうございました!次の方ー!」
そしてまた沢山の人が手を挙げる。ここで高橋もエントリーし始めいつの間にか手を上げてる人はいないんじゃないかってくらいみんなが手を上げていたので委員長も焦っていた。
「えーじゃあ笹倉さん」
「いえーい!じゃあ君がくれたもので!」
「ラジャー!」
今度は懐かしい曲が流れ出した。調べてみるともう10年以上前の曲らしい。
この曲を聞いて泣き出す人まで出てバスの中はめちゃくちゃ盛り上がったのであった…
気づけばもう奈良に到着したようでみんなが続々とバスを降り始める。
「おー!鹿だ!」
バスから降りた瞬間鹿が出迎えてくれ、みんなそっちに視線が行くので先生も困っている。
「おーい、一旦集合!」
ただ木村先生の指示は聞こえたようで惜しそうにしながらもみんな綺麗に並んだ。
やっぱ怖い先生ってすごいんだな…
ただ木村先生もみんなが早く観光を楽しめるように手短に終わらせてくれて話が終わった途端みんな一斉にバラけだす。
「みんな見てて!一発芸!」
高橋が俺らの方に手を振り何かをしだした。月嶋ち山本は高橋の方へスマホを向けオッケーサインを出した。
「ダンソン‼フィーザキー!!ドゥーザティーサーザ コンサッ!」
「高橋それ古い」
「なっちー」
「ニーブラ!!」
そう言って高橋は鹿の首を優しめに小脇に抱え込んだ。
「はははっ、高橋オモロ〜」
クラスのギャルや地域の人たちも見ていたようで高橋に夢中になってる間にすごく人が集まっていた。
「あの子達めっちゃイケメンやん」
「インスタとか聞き出せへんかな」
なんて声もちらほら…やっぱりモテモテなんだな…三人とも…
「あの茶髪の人の横にいる子もかわいくない?」
「わかるー!」
「………」
月嶋の方からなんかすごい圧を感じる…気の所為か?
先程ここの高校生と話してた高橋がこちらに戻ってきて「インスタ教えてほしいって、教えちゃっていい?」と聞いてきた
「パス」
「無理」
二人は即答、見ず知らずのやつとは交換したくないらしい。
「佐野ちゃんは?」
「別にいいけど……え、俺!?」
いつもは俺なんていないも同然なのにまさか俺の間で聞かれるなんて思っていなかった。
「オッケー!じゃあ伝えてくる!」
「…佐野俺らとしか繋がってないからすぐバレるんじゃないの」
「あ…ごめん…」
そういえばそうだった…インスタなんてよくわかんないから著名人とか別にフォローなんてしてない…
しかも教えたくないって言ってた二人のアカウントが俺のせいでバレるなんて申し訳なさすぎる…簡単にインスタ教えてアカウントバラすやつって嫌われちゃったかな…
「…まぁフォロバはしないし」
「気にしないでいいよ、俺の方こそごめん」
「いや、山本は悪くない…俺が教えていいって…」
「なーにしてんの」
高橋が俺の後ろから話しかけてくれた。俺が事情を説明したら高橋は「気にしないでいいよ〜その辺優しいから、特につきちゃん」とフォローを入れてくれた。
それにウンウンと相槌を打つ二人を見てそのことは一旦水に流すことにした。
「見てこのキーホルダー!かわいい!」
「ホントだ……!」
土産店で高橋と俺は鹿のキーホルダーを見て目を輝かせた。
鹿せんべいを頬張るイラスト描かれたキーホルダーを手に取り月嶋にも見せに行く。
「これかわいくない?」
「ほんとだ、じゃあ俺もそれ買おっかな」
「おそろいだね!」
「…そうだな」
「佐野ちゃーん!」
「はーい、じゃあまた後で」
月嶋に軽く手を振り高橋の方へと向かった。月嶋はそっぽ向いてなにか悩んだような感じだったけど大丈夫かな…
「つきちゃんと何話してたの?」
「え…別に何も……」
「そっかぁ♡」
高橋はなにかを察したのかニコニコしながらまたお土産を選び始めた。
俺はさっきのことが急に恥ずかしくなり頬がちょっと赤くなる。
「見て!木刀!」
「かっこいい!」
「でしょ〜佐野ちゃんも買う?」
「んーでも俺はいいかな」
「そっかぁ」
「あ、これ美味しそう」
俺はとあるクッキーに目が行った。そのクッキーには可愛らしい鹿のキャラクターが描かれていて、そのイラストはクッキーにもプリントされているみたいだった。
クッキーなら母さんも好きそう。お土産にちょうどいいだろう。
「ホントだ!それにこのしかまるくんってキャラかわいい!」
「高橋も買う?」
「うん!そうだ、つきちゃんとやまちゃんにも教えよー!」
そう言って高橋は月嶋と山本の方へと行ってしまった。
俺にはそんな高橋をただ見ていることしかできなかった。
「いやぁ、いっぱい買ったね」
「昨日休んでたし…」
「それもそっか〜」
でも昨日休んだとはいえ流石に買いすぎた…腕も背中も荷物やお土産でいっぱいだ。
歩くのも精一杯…と思っていたら右腕がすっと軽くなった気がした。
「えっ」
隣を見るとさっきまで持っていたはずの袋はなぜか月嶋の腕にかかっていた。
「なんで…」
「だって歩くのも精一杯みたいな感じだったから、もう片方も持とうか?」
「で、でも月嶋だっていっぱい買ってたじゃん」
「でも、佐野そんなに力ないでしょ?部活でも俺ら手伝ってるでしょ?」
うっ…確かにそれはそう…
マネージャーは今となっては楽しいが最初は別にやりたくて応募したわけでもないし…それに力仕事が意外とあるなんて思ってもなかったから…
「あ、そうだ…」
そう言って月嶋は自分の荷物をおろして袋から何かを取り出した。
「これ、鹿せんべい。最後にあげてきな」
「え、いいの?」
「いいの、鹿にあげるために買ったんだし。人間用じゃないから食べても美味しくないと思うよ」
「そ、そう…」
「ほらちょうどそこにいるしあげてきな、もう片方も預かっとくから。昨日休んでたから楽しんできな」
「…ほんとにいいの?月嶋だって昨日休んでたのに」
「俺はいいの、佐野が楽しんでくれれば俺も嬉しい」
「っ……!」
月嶋に左に持っていた荷物を預け、俺は鹿せんべいを持って鹿の方へと向かった。
今はまともに月嶋の顔を直視できなかった。やっぱり俺は月嶋のことが好きなんだな…
(好きな人がいるのが残念だ…)
「ほら、いっぱい食べな」
「キュイ!」
俺は月嶋からもらったせんべいを鹿にあげ、かわいがっていた。
「キュイキュイ!」
「おかわり?何枚目だよ」
でも随分と大食いな鹿にあげてしまったようで一つの塊がもうなくなってしまった。
月嶋からもらったのは二つ。仕方ないしもう片方もあげようかと思ったらいつの間にか俺の周りには鹿の大群が取り囲んでいた。この大食いくんが呼んだのだろうか…さっきまでちょろっといるくらいだったのに…
「わ、佐野ちゃんすっげーモテモテじゃん」
「あ、助けて…」
「鹿せんべい追加ね!はい!」
そうじゃない…一応受け取るけど…ここから動けないと集合時間に遅れてしまう
俺はとりあえず一匹一匹にせんべいをあげ、退散してもらおうと考えた。そのために手を伸ばすがなかなか届かずさっき上げたはずの鹿に食べられてしまうということが起きてしまった。
幸い、大食いくんよりかは少食なようで何頭かは満足して離れてくれたがあげきれなかった鹿がこちらをうるうるとした目で見てくる。
「ごめんな、もうせんべい無いから」
「キュウ………」
「うっ…そんな声出さないで……罪悪感が…」
仕方ないしまたせんべいを買いに行くかと思っていると後ろから山本が声をかけてくれた。
「ほら、追加のせんべい」
「え、なんで」
「見てたし…それに月嶋が足りなくなるだろうから買って佐野にあげろって」
「そうなんだ…」
「てか鹿ってキュウって鳴くんだな」
「俺も知らなかった」
「じゃ、それやり終わったら戻るぞ」
「うん……ってあれ?高橋は?」
さっきまでいたはずの高橋がいつの間にかいなくなっていた。まさか鹿に頭突きされて吹っ飛んだとか…!?
「月嶋のところ行ってた、ほらあそこのベンチに」
山本が指差す方を見るとちょうど取り囲まれていて姿は目視できなかった…
「……俺あそこ行きたくないから見てていい?」
「ああもちろん…」
イケメン三銃士が揃ったら更に人集まって大変だろうし…なんか俺でも同情できる気がする…
せんべいを配り終え、またベンチの方を見るとぐったりした様子の月嶋と高橋が座っていた。
「……大丈夫?もうあげ終わったから帰ろ」
「ん…ああそうだな」
「やまちゃんばっかりずるい…」
「お前も佐野から離れなければよかっただけだろ」
「俺座ってただけなのに…」
「まぁまぁ…」
俺は完全に疲れ切った二人をなだめ自分の荷物へと手を伸ばす。
「ん、俺運ぶよ」
「え、いや悪いよ。さっき大勢相手して疲れたでしょ?自分のだし運ぶよ」
「佐野だって大勢の鹿立ったまま相手してただろ、それに病み上がりなんだから俺に任せて!」
「うーん……そこまで言うならお言葉に甘えて…」
「じゃあ行こっか」
「はーい」
鹿たちと別れ俺はバスへと向かった。
さっきの大食いくんはまだ食べるようで他の観光客があげるせんべいも貪っており、ちょっと心配になる…
そしてこの後は一旦バスへお土産を置き、それから東大寺を巡って、奈良の歴史を学んだ。
「また鹿いるよ」
「ほんとだ!ほらせんべいどうだ?」
高橋と月嶋はさっきのがよほど嫌だったのか頑なに鹿にくっつく。
ただそれも意味がなかったようで鹿と一緒に大量の人だかりができてしまった。
「……運悪いなあいつら」
「はは…山本と俺には集まらないんだ」
「それもそれで傷つくわ」
「確かに…」
俺達がちょっと落ち込んでいると月嶋と高橋の方にいた鹿が慰めに来たぞと言わんばかりに大量に流れてきた。
それも全員俺の方に……
「佐野って前世鹿なの?」
「かもしれない」
「キュイ!」
「ははっ、鹿もそうだって言ってんのかな」
「ええ……」
俺の前世が鹿だったなんて……嬉しいような…複雑だ
「おお!佐野鹿にめっちゃ好かれてんじゃん!」
「あ、望月先生……俺前世鹿らしいので」
「ははは!そうかそうか!」
ただ鹿に囲まれているからと言って時間が過ぎないわけもなくあっという間に出発時間が近づいてきた。
月嶋と高橋はなんとか人だかりから抜け出せたみたいだが俺は相変わらず鹿に囲まれて身動きが取れない。
「あれ、佐野まだ鹿の相手してたの?」
「うん……なかなか帰してくれなくて」
「佐野もキュイって鳴いてみたら?」
山本のそれに俺はつい「なにそれ」と突っ込んでしまう。でも「前世が鹿なんだから行ける」と謎なアドバイスが返ってきたため試してみることにした。
「キュ…キュイ…」
「佐野ちゃんかわいい〜!」
「おお〜」
「喜んでいいの?それ」
褒め言葉なのかよくわからないものの反応が一番困る…
「でもキュイって鳴く佐野もかわいいよ」
「…ありがと」
月嶋は好きな人がいるって言ってる相手にそれは言っていいのだろうか……って「俺も?」もって何だ……
「キュ?キューイ!」
何故か鹿たちには伝わったみたいでスッと道ができた。いつの間にか周りには同級生たちが集まっており「すげー!」だの「鹿かよ」だのいろいろな声が飛んだ。
「すげーじゃん、佐野人気者〜」
「いやでも鹿の佐野って不名誉じゃない?」
確かに鹿はかわいいんだが鹿として褒められるのもなんか違うというか…俺にだってプライドはあるからもっと勉強面とかで褒められたい。
「いきなり動物に囲まれても優しく接してるし全然不名誉じゃないと思うよ。むしろ羨ましい」
「あ…ありがとう」
月嶋が言うことも一理ある…
それに月嶋に褒められ嬉しくなった俺は口元がニヤついてしまい、なかなか治らない。
「照れてるの?かわいい」
「う…やめてそれ」
月嶋こそたらしなんじゃないか……いや、でも俺以外にこんなこと言ってる様子もないし……
月嶋は何を考えてるんだろう……
そして鹿たちに別れを告げ、俺達は札幌へと戻ったのであった。
熱を出して二日目は休んでたもののだいぶ楽しめて良かった。帰りのバスや飛行機はみんな疲れて寝てしまっている人が多かった。
俺もいつの間にか寝てしまったようで月嶋に体を揺すられ目を覚ました。
「――というわけでこれにて各自解散!明日はしっかり休むこと!」
集会も終わりみんなはまるで鹿のように軽やかなステップで帰り始めるが俺達三人は鹿と大勢の人を相手にした疲れが回ってきたのか生まれたての子鹿みたいにプルプルしていた。
「……お前ら気をつけて帰れよ」
「「わかってる…」」
そう言いながらも結局みんな迎えを呼ぶことになってしまったのであった……


