異国妃の後宮入り



 大陸の中央に存在する大国・メルチエラ。メルチエラの百回目の建国記念日に東に位置する異国・翠緑(すいりょく)の姫君が国王の十五番目の妃として嫁いできた。

「……鈴の姫様、港が見えてまいりましたよ」
 そしてその姫君というのが私、(リン)の姫と呼ばれている翠緑国皇帝の九嬪の一人だった妃と皇帝との間に生まれた末の翁主(おんじゅ)はメルチエラ国国王陛下に入内するべく侍女と武官の一人ずつ連れて一週間の船旅を終えた。
「本当に異国に来てしまったなぁ……」
 
 異国の地を眺めながら、馬車で王都にあるお城の後宮にやって来たのは数日前のこと。
 鈴の姫が与えられた後宮にある宮は一番古いお屋敷。他の妃は侍女も護衛も十人はいるらしいが、ここは侍女は一人だし武官も一人だけだ。
月鈴(ユーリン)さま、またそんな格好をして……」
「いいじゃないの。だってこれ、動きやすいんだもの! 誰も来ないし、それにこれがあれば、外に行き放題なのよ」
 ユーリンと呼ばれたのは鈴の姫と呼ばれる正真正銘の異国の姫だった私だ。だが、姫だが、侍女のお仕着せを着ている。
「はぁ、こちらの言葉がわかるからってバレたらどうするんですか?」
「大丈夫よ、梅花(メイファ)。そもそも、私の顔なんて知られてないから」
 お小言をいうのは、梅花だ。乳姉妹で、赤ちゃんだった頃から一緒の幼なじみ。
「知られてなくてもですね! 万が一のことがあったらっ」
「……鈴の姫が大丈夫だとおっしゃっているのだから、そこまでにしよう。そのために俺たちがいるんだ。気分転換にもなるだろうしな」
 そう言ったのは武官で虞淵(グエン)という。主上である父帝の筆頭側近の末の息子で物心ついた頃には話し相手兼護衛として一緒にいたこちらも幼馴染なので彼も良き理解者である。
「もう、虞淵はユーリン様に甘いんだから」
 ヤイヤイと二人が話をしている間に私は二人に内緒で宮を出た。
 最初に向かったのは、洗濯場だ。
 洗濯場は、下級使用人(メイド)が働いている場所でランドリーメイドと呼ばれている方が働いている。洗濯場を選んだのはメイドたちが話をしながら仕事をしているために情報収集の宝庫だからだ。
 私は後宮について知らなすぎるし、梅花は情報収集は苦手だし虞淵は男だから無理だ。適任なのは私だ。自国でも洗濯場で下女と一緒に洗濯をしていたし厨房で下ごしらえをしていたし、湯殿でも按摩をしていたから……時が来たら市井に下ろうと思っていたので一応なんでもできるのだ。
 だけど、今日の洗濯場はあまり人がいなくて情報は得られなかった……のだが。
 洗濯のお仕事が終わり厨房へ向かって歩いていると、誰かとぶつかってしまった。
「……っ……」
「……すまない、大丈夫か。君」
 そこにいたのは、宮廷服を着ている人で絵本に出てきそうな王子様のようにかっこいいより麗しい男性がいた。
「申し訳ございません。私こそ、ぶつかってしまい……」
「いや、今のは私の不注意だ。黒髪……もしかして、君は月鈴妃付きの?」
 え、やばい!この髪色、この国じゃ珍しいんだった。メイドの仕事ではたくさんいるから紛れられたのだが、今は一対一でこの国ではあまりない髪色……それに目の前はこの宮廷内でもきっと貴き人だろう。自国だと後宮内には皇族に準ずる者以外の男性は入れないのだけど、ここは異国。だから王族だと決まっているわけじゃないが、服装からして上の方だ。
「はい。ユーリン様付き専属侍女のメイファと申します」
 私はここの国の挨拶を思い出しながら、片足を斜め後ろの内側に引いてもう片方の足の膝を軽く曲げて背筋は伸ばしたまま礼をした。
「……メイファ嬢。ご丁寧に、ありがとう。私は近衛騎士団所属のアルヴィスという」
 近衛騎士団……それって、陛下をはじめとして王族をお守りする騎士団で上級貴族しか入ることができない上に推薦されないとダメだから相当な努力がいるんだと聞いた……洗濯場で。
「近衛騎士のお方でしたか! 申し訳ありませんでした」
「気にしないでくれ。あ、そうだ。メイファ嬢にお願いがある」
「何なりと……」
 なんだ?怖いんですけど……
「うん。お詫びに、私とお茶を共にしてほしいんだが」
「お、お茶?」
 なぜに、お茶!?