十人全員が吊り橋を渡り切ると、ゲームクリアを知らせる音楽が流れ、ディスプレイには『Congratulations』の文字が表示された。
 花を除く九人は、今回も生き延びたことへの安堵で、その場にへたり込む。
 たかが二つのゲームではあったが、ゲームオーバーが死に直結するは、確実に参加者たちの体力を蝕んでいた。
 
「もう、嫌だ……」
 
 一人の参加者から、泣き言が零される。
 しかし、デスゲームに泣き言程度で許される情はない。
 
「開いた!」
 
 次につながる扉が開錠され、花は開いた扉の中に駆け込んでいった。
 残された九人は、開きっぱなしで放置された扉をぼーっと見ていた。
 それは、一切足並みを揃える気のない花への、言いようもない負の感情。
 デスゲームによる疲労感を、花へぶつける理不尽に昇華することで、己を保とうとした。
 
 濁り始めた雰囲気に気付いた大介は、すぐに立ち上がって両手を叩いた。
 
「皆、行こう! 行かなければ終わらない! ぼくたちには、彼女がいる!」
 
 そして、リーダーの座を花へと譲った。
 
 大介とて、花の行動に思うところがないわけではない。
 だが、この場において花の行動が、正解を導いていることも無視できなかった。
 大介としては、ここで花を切り捨てることなどできず、他の八人が花を排除することを避けたかった。
 
 故に大介は、花を立てることで、花に向かいかけている理不尽を一転させ、期待に変えようと試みた。
 大介の言葉に、八人は顔を見合わせる。
 
「まあ、そう、だな」
 
「ええ」
 
「彼女がいたから、俺たちは生きている。彼女なら、ゲームをクリアしてくれる!」
 
 大介の策は功を成し、八人が疲労を感じさせながらも立ちあがった。
 そして、大介を先頭にして、花が先に通った扉をくぐる。
 
 扉の先には狭い廊下が続き、廊下の最奥には巨大なディスプレイがあった。
 ディスプレイの前には花が立っており、ディスプレイをべたべたと触りながら、先へ行く方法を探していた。
 
「えー? なんで行き止まりなの? なんでディスプレイ真っ黒なの? さっきのイケメン君は? ねえー!」
 
 花の背後に九人が立ち、デスゲーム参加者全員が揃ったところで、ディスプレイの電源が入る。
 ディスプレイに映るのは、先程までいた四季ではなく、黒い背景と白い文字。
 AIだ。
 
『ただいまから、ラストゲームを行う』
 
 流れてくる声も四季の声でなく、機械によって作られた合成音声だ。
 
「え、あれ? 私の王子様は?」
 
 突然の運営交替に、花は目を丸くし、四季を求めてきょろきょろと辺りを見渡す。
 
 一方、花の後ろに控えていた九人は運営の交代など気にならず、ラストゲームという言葉に目を輝かせた。
 まるで生還に成功したかのように、顔を見合わせ、手を取り合って喜ぶ。
 
「聞いたか? ラストゲームだって!」
 
「よかった、これで終わるんだ!」
 
「助かる! 助かるぞ!」
 
 ディスプレイの前で分かれる、二つの感情。
 合成音声は、淡々と伝えるべき情報を伝え続ける。
 
『ラストゲームは、ラビリンス。この先にある巨大迷宮を抜け、ゴールに置かれている玉座に座ればゲームクリア。ただし、迷宮内には様々な罠が仕掛けられている。罠にかかって死ねば、当然ゲームオーバー』
 
 説明されたルールを聞いて、九人は勝機を見出す。
 何故なら、九人にはファーストゲームで驚異的な嗅覚を見せた花がついているのだから。
 
 ラビリンス最大の問題となるのが、罠である。
 レーザーが飛んでくるのか、落とし穴が降ってくるのか、それはわからない。
 罠の内容については、その場その場で判断し、対処するしかない、
 しかし、正解の道を選び続け、遭遇する罠の数を減らすことはできる。
 花の嗅覚をもってすれば、正解の道を選び続けることなど容易い。
 
 ディスプレイの中心に縦線が入り、両開き扉となって開いていく。
 開いた先に待ち受けるのは、高い高い壁で作られた巨大迷宮。
 獲物を待つ獣のように、ずっしりと佇んでいる。
 
『ゲーム、スタート』
 
「さあ、行くぞ皆!」
 
「おお!」
 
 九人の気合いは、最高潮に達していた。
 注視すべきは、襲ってくるだろう罠のみ。
 九人は円陣を組んだ後、ゲームクリアのキーとなる花の方を見た。
 
「死にます」
 
 花は、何もかもを失ったような表情をしながら、大の字で仰向けになっていた。
 
「え?」
 
「イケメン君がいなくなりました。きっと振られました。私の初恋はここで終わりです。はい、終わり終わり。もう全部どうでもいい。私はこのまま、ここで死にます。さようなら」
 
「え?」
 
 九人は、寝っ転がる花を呆然と見つめた。
 花の瞳は、まっすぐと絶望していて、先の言葉が真実だと強く訴えていた。
 
「ええええええええええええ!?」
 
 九人の驚く声が響き渡った。
 倒れる花を囲んで、次々に口を開く。
 
「そんなこと言わないでくれ!」
 
「君だけが頼りなんだ!」
 
「頼む! 立ってくれ!」
 
「無理」
 
「ぎゃあああああああああ!?」
 
 が、懇願虚しく、花はあっさりと断った。
 ゲームクリアの肝となる花の不在。
 それは、ラストゲームの難易度を大きく上げるものであり、九人を容易に絶望に叩き落とすものであった。
 
「き、君!」
 
 絶望の未来が到来しかける中、小さな光を照らしたのは、やはり大介だった。
 
「何? 私、もう死ぬ気なんだけど」
 
「もしも君が運命の相手と出会ったとしたら、何をしたい?」
 
「……何を、って」
 
「運命の相手には、サプライズを仕掛けたくはないか?」
 
「!?」
 
 大介の言葉に、花は勢いよく立ち上がり、大介の襟首をつかんで体を揺らす。
 
「く、苦しい……」
 
「つまり! さっきのイケメン君は!」
 
「そ、そうさ! サプライズの準備中さ! あえて姿を見せないことでいなくなったと思わせ、巨大迷宮のゴールで君を驚かせようと待っているに違いない!」
 
「盲点! 彼ってシャイボーイだもんね! 男の人ってサプライズとか好きだもんね! あー! なんでそんなことにも気が付かなかったんだろう……。私の馬鹿!」
 
 機嫌を直した花は大介の襟首を離し、巨大迷宮の入り口を指差した。
 
「そうとわかれば、のんびりしてる場合じゃないわ! 速く行かないと! 私の彼氏の元へ!」
 
(あ、いつの間にか彼氏になってる)
 
 花は、鼻歌交じりに巨大迷宮へ一歩を踏み出す。
 他の八人もまた、大介の無事を確認した後、花の後を急いで追う。
 
 八人の役目は、花の護衛。
 花が罠にかからない様に、罠で誰も死なない様に、自身の持つ全力を以てラストゲームに挑んだ。
 
「こっち! 私の彼氏の匂いがする!」
 
 花が走り出すと、さりげなく中年の男が花の斜め前をとる。
 罠に最もかかりやすいのは、先頭だ。
 年長者として、最も危険な位置を買って出た。
 
「え、ちょっと、前にいられると走りにくいんだけど」
 
「すまないが、我慢してくれ。次は、どっちだ」
 
「えーっと……右! ビューティフル・スメル!」
 
 落石。
 落とし穴。
 刃物。
 
 手作り感満載の罠が次々と参加者を襲う。
 しかし、研ぎ澄まされた集中力とラストゲームと言うモチベーションによって、全ての罠を回避していった。
 
「近い! 匂いがすぐそこ!」
 
 最後の曲がり角を越えると、壁に挟まれた狭い通路が終わり、丸いホール上の開放的な広場があった。
 そして、広場の中央には、玉座が一つ置かれていた。
 
「あれよ!」
 
 花は走り出し、中年の男は慌てて花を追う。
 ゴールは玉座まで。
 つまり、広場の中にも罠が設置さえている可能性があるからだ。
 
 だが、中年の男の予想に反し、花は罠にかかることもなく玉座の前へと辿り着いた。
 中年の男も、ここまでくれば大丈夫だろうと、息を切らせながら走る速度を緩める。
 
「どーこだ?」
 
 花が玉座の前に立つ。
 
「死ねえっ!!」
 
 瞬間、玉座の後ろに隠れていた四季が立ち上がり、花に向かって拳銃を構えた。
 
「なっ!?」
 
 中年の男が声を上げる。
 
「最初に映っていた!?」
 
 大介が声を上げる。
 
 広場に響き渡る叫び声に動じることなく、四季は引き金を引いた。
 四季にとっての最重要事項は、デスゲームの中で好き勝手し続けた花の抹殺である。
 
 なお、動じなかったのは花も同様。
 
「ようやく会えたね! ダーリン!」
 
 四季に直接会えた花は、嬉しさのあまり四季に飛びつき、四季の体に抱き着いた。
 
「何っ!?」
 
 抱き疲れたことで、四季は体のバランスを崩す。
 一発の銃声が響くも、四季の腕がぶれ、銃弾は広場の床へと深々と刺さって終わった。
 そのまま四季は玉座に座るように倒れ、玉座の背もたれに頭をぶつける。
 
「痛っ!?」
 
 さらに、抱き着いてきた花の全重量が、四季の腹部にかかる。
 
「いだぁっ!?」
 
 二重の痛みによって、四季は銃を落とした。
 
『ラストゲーム、クリア。この場にいる人間は、全員生還となります』
 
 玉座への着席という条件を満たしたことで、AIがゲームクリアを告げる。
 合成音声が響く中、花はマーキングでもするように、四季の腹部に顔を擦り付けていた。
 
 
 
「終わりだ……」
 
 四季は玉座に座りながら、自身に訪れる結末を想像していた。
 三つのデスゲームを行い、誰一人として殺すことができなかったのは、デスゲーム運営者としての明確な失敗。
 ペナルティは免れない。
 
 地上に繋がる扉が開く音を聞きながら、四季は力なく花を見る。
 花の目的が分からない四季には、花が自身の人生を終わらせる悪魔に見えた。
 
『そして、誰一人殺すことのできなかった運営の四季には、ペナルティを与えます』
 
「四季! 四季さんって言うのね! あの! 私、花って言います!」
 
 偶然にもの名を知った花の目が輝くが、四季にとってはどうでもよかった。
 四季は、どうせ死ぬなら最後に一撃でもお見舞いしてやろうと、恨みを込めて花の体を思いっきり蹴飛ばした。
 
「え?」
 
 蹴とばされた花は、四季の体から離れ、玉座の前でしりもちをついた。
 
「え、あれ? 四季さん? どうして?」
 
 突然蹴られた事実に、花は混乱し、泣きそうな表情で四季を見る。
 花の中では、四季は相思相愛の相手なのだから。
 
 四季は花の問いかけに答えす、玉座の背もたれに背を預けた。
 
『ペナルティ。地下送り』
 
 合成音声の指示が下ると、玉座が後ろに傾き、倒れていく。
 玉座の後方の床には穴が開き、四季は抵抗することなく、玉座に座ったまま穴へと落ちていった。
 
「君、大丈夫!?」
 
 大介が花の元に駆けつける。
 そして、花の体に怪我がないことを確認すると、ほっと溜息をこぼす。
 
 一方の花は、唖然と四季が落ちていった穴を見つめていた。
 
「あのまま、四季さんに抱き着いていたら、私も……」
 
 花は、自分も穴に落ちていった可能性に気が付き、ゴクリと息をのむ。
 
「つまり! 四季さんは! 命がけで私を守ってくれたのね! 男気ってやつ!? やだ、とっても嬉しい!」
 
 そして、四季に蹴られた事実を好意的に解釈した。
 即座に立ち上がり、即座に穴へ向かって走った。
 
「え、おい!?」
 
 大介の静止など聞かない。
 
「でも、私は違うと思うの! 恋人って、一人が一方的に助けるんじゃなくて、二人で助け合うものだと思うの!」
 
「おいいいいいいい!?」
 
 花は、床に開いた穴へと飛び込んで、そのまま見えなくなってしまった。