麗しの君に。~大正イノセント・ストーリー~

「な、なっ、なんで、二代目が?!」

岩崎が裏返った声を出す。

「うるせぇよ!とにかく、そこに座んなっ!」

二代目が、岩崎へ噛みついた。

「座れといってもなぁ!足の小指を打ち付けて、痛いのだっ!」

「ああ!それ、それねっ!なんで、ぶつけるのは、小指なんだろうねぇ、まあ、痛いのなんのって!!違うわっ!!月子ちゃんを、月子ちゃんを、傷つけてっ!!いいのかよっ!」

二代目の、叫びに、岩崎は、転がったまま、月子の姿を目で追った。

うずくまった月子は、泣いていた。

お咲が寄り添い、月子のぶつけたであろう頭を撫でている。

「す、すまん!私が、つい、投げ飛ばした!頭をぶつけたか!」

岩崎は、慌てて起き上がるが、痛てっと呻いている。

「あのなぁ、京さんよ!あんた、月子ちゃんに、何したか、わかってんのか?!」

我慢ならんと、二代目は、部屋へ入り込み、ストンと腰をおろすと、畳をダンと叩いた。

「京さん!あんた!月子ちゃんを、めちゃくちゃ傷つけたんだぜっ!!足の小指が痛いどころか、その小指、詰めてもらいたいぐらいだわっ!!!」

怒り狂う二代目の姿に、岩崎は、はたと、我に戻る。

「二代目、なぜ、そこまで怒る?!私が、何をしたというのだ?!確かに、月子は、頭をぶつけているようではあるが……」

あぁ、と、二代目は、じれったそうに、呟いた。

「……それより、二代目、なぜだ、お前こそ、なぜいるんだ?!」

その方が問題だろうと、岩崎は、足の小指を庇いながら、胡座を組むと、二代目を見据える。

「合鍵つかったんだよっ!ってーか!!うそだろっ!わかんねぇのかっ!てぇめぇーのしたことっ!!」

いきなり、二代目は、真顔になって、岩崎にせめ寄ると、少しはたけている寝巻きの胸の袷を掴んだ。

「まだ、あんたは、まだ、追いかけてるのかよっ!!!」

二代目に、ぐっと、引き寄せられた、岩崎は、訳がわからぬという顔をしつつも、尋常でない態度を見て黙りこむ。

「……まさか、さっきのこと、覚えてねぇのか?!嘘だろ!」

「……ああ、寝ぼけていたから」

正直に答える岩崎に、あきれ果てつつ、そこが、許せねぇと、二代目は吐き捨てるように言うと、いきなり、岩崎の頬を殴り付ける。

勢い、岩崎は、姿勢を崩し、畳に転がりこんだ。

「マリーって、マリーって、なんだっ!!あんたが、一番わかってんだろっ!!」

二代目が叫ぶ。

いきなり殴るとは、何事かと、二代目へ飛びかかろうとしていた、岩崎の勢いが止まった。

「……それは。それは……」

「思いだしたか?月子ちゃんに、したこと……」

ぐっと、岩崎の喉が鳴る。

「だから……それは」

岩崎は、転がったまま、俯いていた。

二代目は、我慢ならんと、岩崎に近寄り、再び胸ぐらを掴むと体を荒々しく引き起こす。

「……月子ちゃんは、どうなるんだよ!いい加減、昔のことなんか、忘れろよっ!」

岩崎はガクガクと、二代目に揺すぶられ、それでも、黙ったまま、されるがままになっていた。

この光景に、月子は、驚きを隠せない。

何が起こっているのか、理解しようと思うが、じっと、男二人の争いを見つめることしかできないでいた。

わーーん、と、お咲が、鳴き声をあげた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!お咲が!お咲が!」

お咲は、今まで、何か揉め事があると、邪険に扱われて来たのだろう。ひょっとしたら、八つ当たりされていたのかもしれない。

月子は、とっさにお咲を抱きしめ、ゆっくりと、その小さな背中を撫でてやる。

「大丈夫だよ、お咲ちゃんのせいじゃない。お咲ちゃんは、悪くないよ」

ぐずぐず、べそをかく、お咲を抱きしめる月子の頬にも、涙が伝っていた。

岩崎に抱き締められた時の事を、思い出したのだ。

確かに、マリーと、言った。岩崎は、懐かしそうに、いっそう月子を強く抱き締め……そして、口づけてきた。

寝ぼけていた、のだろう。でも……。

月子の涙は止まらなかった。

そして、芳子から聞かされた話を思い出す。

きっと、きっと、マリーというのは……。

「月子ちゃん!俺と一緒に来い!!お咲も、ついでに、着いて来い!!」

二代目は言うと、掴んでいた岩崎の袷を放し突き飛ばした。

そして、そのまま、二代目は月子の所へ来ると、手を差しのべる。

「……あんな男なんか、放っておけ!」

言って、二代目は、月子の手をとる。

「……月子ちゃん、火事は、西条の家だった。全焼だ。それを知らせに来たら、あの野郎わっ!!どうあれ、ここには、いない方がいい。あいつの相手をする必要もないし、へたすりゃ、西条家から、助けを求めて、人が来るかもしれない……」

「えっ?!」

昨夜の火事が、西条家だったと聞かされ、月子は、ますます、混乱した。

二代目に、聞きたい事があるはずなのに、どうしても、口が上手く動かない。

気がつけば、二代目に立たされ、引っ張られながら、岩崎の部屋を出ていた。

お咲も、そんな、月子の袖をしっかり握って、ぐずぐず泣きながら、着いて来ている。

「二代目!!」

岩崎が、叫んだ。

しかし、二代目は、振り向くこともなく、月子とお咲を引き連れ、玄関へ向かう為に、廊下を腹立たしそうに歩んで行く。

「つ、月子!!」

岩崎が月子の名前を呼んだ。

が、月子は、どうしてか、振り向き、岩崎を見ようと思えなかった。