すでにゼッケンは渡されている。ゼッケン1番は、ネタ枠の選手だった。山形の不良が世界最強を目指す「東北の拳」を連載中の格闘漫画家、北原鉄蔵。破天荒な生活ぶりから勢いでMURIGEにエントリーして、ネタ枠としての出場が決まっていた。

 当初こそ喜んでいたが、まさか失敗すれば死が待っているデス・アスレチックゲームをやらされるとは夢にも思っていなかっただろう。

 スタート地点に立つ北原は、これから斬首刑に処される罪人のような顔をしていた。それもそのはず、日頃からまともな運動もしていない奴が完全制覇出来るほど、MURIGEはぬるくない。

 お馴染みのシグナルが鳴ると、デスゲームのスタートを知らせるピストルが鳴る。失敗すれば死。そして制限時間も進んでいく。ここまで来たら、やり切るしかない。

「う、あ、あ……」

 開始直後、北原は極度の緊張で吐いた。まだ一人目なのに、大量の吐瀉物がフロアに撒き散らされる。

「お気持ちは察しますが、早く行かないと時間切れになりますよ」

 マスクのテロリストが忠告すると、北原も冷静になったのかすぐ立ち上がる。どちらにせよ覚悟を決めてクリアするしかない。

 最初の関門は飛び石と呼ばれるもので、池に浮いた小さな足場を文字通り忍者のごとく飛び移って移動する必要がある。とはいえ、難易度は大したことがなく、小学生でも慎重にやればクリア出来る程度の障害である。

 北原は冷静に飛ぶ。はじめの飛び石に片足で着地して、その勢いで反対側へと飛び移る……はずだった。

 刹那、北原は足を滑らせて盛大に転んだ。緊張して嘔吐したがために、自分のゲロを踏んで滑って転んだのであった。

 飛び石から落ちた北原。池がふいに波立つ。

「ピラニアや」

 遠くで見ていた桧山は、血の気が引いていくのが分かった。

「うわあああ! 助けてくれええええ!!」

 水中で溺れて、手足をバタつかせる北原。あちこちから「危ない、危ない!」と声が響く。水中でもがくのは、自分の位置をピラニアに知らせているようなものだ。

 やがてピラニアが噛みつきはじめたのか、スタジオにある池が紅く染まりはじめた。

「あかん」

 桧山は思わず目を背けた。見てはいけない。本能がそう言っているのを感じた。やがてピラニアばたつく北原へと集まっていき、次第にその波は収まっていった。代わりに、その付近の水が真っ赤に染まっていた。

「おい、喰われちまったぞ……」

 選手の一人が、狂気に満ちた笑いを受かべている。そうでもしないと自我が崩壊してしまうのだろう。

「いや、まだ助かるかも分からん」
「やめろや。もう死んどるわ」

 仲間が助けに行こうとしたのを、桧山は必死になって止める。真っ赤に染まった池。そこから無理矢理北原を助け出したとしても人間の形はしていないだろう。

「それでは、次の選手に行きましょうか」

 マスクのテロリストが事務的な口調で言う。選手たちは一様に「マジかよ」という表情を浮かべたが、あちこちから銃口を向けられたら大人しくなった。ゲームに参加すればまだ生きる可能性がある。

 ――ただ、それは限りなく小さな可能性にはなるのだが。