運命の女神にいたずらを仕掛けられるのは防いだ――が、それは会場に来るまでの話だった。会場に着いたはいいが、これから開会式というところで謎のテロリストたちに包囲されてしまった。

 抗議を上げながら詰め寄った選手の一人が、サブマシンガンで腹部を撃たれて倒れた。時が止まり、何が起こっているのか誰も分からなくなった。

 手の込んだ演出という希望的観測は消失。現場は銃器を持った黒づくめの男たちに支配されている。

 こっそり通報でもしてやろうかと思ったが、あいにく電波が通じていない。さっきまでスマホは繋がったはずなので、妨害電波でも出されているのか。厄介な状況だった。

「クソ、なんでや」

 桧山は舌打ちする。今日こそネタ枠扱いを抜け出して、自身初のMURIGE完全制覇を成し遂げようとしていたのに。

 マスクをした、リーダー格の男が口を開く。

「安心して下さい。私自身がMURIGEの大ファンでもあります。ですから、この大会を中止させることなんてありません。ですが……」

 心なしか男が桧山の方を向いた気がした。嫌な予感がした。

「MURIGEは良くも悪くも有名になり過ぎました。選手たちは仲良く一緒に練習をして、みんなで暗黒の魔城を倒してやろうとする姿、それを見ていて美しく思うこともあれば、ひどく退屈に思えることもありました」
「何が言いたいんや。お前の言うてることは矛盾ばっかりや」

 桧山が毒づくと、マスク越しに少しだけ笑う声が聞こえた。

「そうですね、一言で表すなら緊張感がなくなった気がするのです。前よりもスポーツ然とし過ぎて、すべてを賭けているように見える選手がいなくなった」
「何やと」

 桧山の心はざわついた。かつての自分は、それこそ何もかもをMURIGEだけに懸けてきた。生活の全てをトレーニングに捧げて、休んでいる時も寝ている時も、どうやってあの暗黒の魔城を倒すべきか考えてきた。こんな怪しい奴らに、自分の矜持を傷付けられる筋合いはない。

 だが、その一方で完全制覇から程遠い結果に終わって来た事実もある。知らぬ間に噛ませ犬の役割を受け入れ、「楽しめたらそれでいい」と口にするようにさえなった。ファイナルで散ったあの時であれば、間違ってもそんなセリフは口にしなかっただろう。そのような心境の変化を、あのテロリストに見透かされていたようで心が波立った。

 テロリストは続ける。

「ですから、これからMURIGEをより一層エキサイティングなものにバージョンアップすることにしました」
「バージョンアップやと?」
「ええ、これをやればもっと真剣に完全制覇を目指す人たちばかりになるでしょう。とりわけ、命が懸かっていれば」

 そう言うと、他のテロリストがでかい水槽を積んだトラックで場内へと入って来た。水槽には、やたらと速く泳ぐ魚がたくさん入っていた。

「何や、あれは」

 嫌な予感がした。あの魚、どこかで見たことがある。

「ちょい待って、あれってピラニアじゃないっすか?」

 MURIGEオールスターの一人である松山が慌てた口調で言う。

「ピラニアて」

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。水槽に入っているのはたしかに大量のピラニアだった。テロリストたちは当然のようにピラニアをステージの池に入れていく。

「いや、死ぬやろ」

 思わずツッコむと、テロリストが嬉しそうに答える。

「そう、このMURIGEに失敗すれば、あなた達は死にます。大回転丸太で落ちても、トランポリンを使ったジャンプに失敗しても、そしてそこから細い足場に飛び移るのに失敗しても、すぐにピラニアが寄ってきます」

 会場がざわつく。こんなの、エキサイティングどころの話じゃない。各ステージで死敗すれば、マリオのように死ぬ。まさに命懸けのアスレチックになる。

「こんなの、誰が挑むんだよ」

 誰ともなく聞こえた呟きは、会場の民意だった。

「ちなみにですが」あらかじめ用意していたかのようにテロリストが口を開く。

「完全制覇が成し遂げられれば、あなた達は全員助かります。ですが、この競技から逃げようとすれば、見つけ次第に銃殺します。よろしいですか」
「よろしくねえよ」

 どこかから即答でツッコミが入る。笑いは起きない。テロリストの言っていることは本気のようだったからだ。

 誰もが呻く。のっけからMURIGEが死のステージと化してしまった。

 飛び石だろうが、大回転丸太だろうが、フィンガークリフだろうが、落ちればピラニアの餌食になるしかない。

「さあ、時間も押しているので、さっさと始めましょうか」

 テロリストが冷たい声で言う。年末の風物詩であるMURIGEが、まさかのデスゲームに変わるなんて誰も思わなかっただろう。望もうが望むまいが、すでにゲームは始まっている。