「それにしても外国には面妖なあやかしがいたもんだ」
 ガムテープをビーッと伸ばし、ダンボールにペタリと貼って、紅がため息をついた。
「子どもらにおもちゃを配るあやかしなんて聞いたことがないよ。しかも師走の忙しい時に!」
「紅さま、サンタクロースはあやかしじゃなくて、お爺さんですよ。人間の」
 のぞみは、花や車などいろいろな形に切り抜いた折り紙に、のりを塗りながら、紅の言葉を訂正した。
 子どもたちが帰った後のあやかし保育園である。
 時刻は午前三時、あやかし保育園は夜間保育園だから、次に子どもたちが登園するのは、明日いや今日の夕方だ。
 それまでに、完成させなくてはならないある物を、のぞみと紅はふたりがかりで製作中だ。
「だったらもっとおかしいじゃないか」
 のぞみの言葉に、紅が呆れたように声をあげた。
「絵本では、鹿のしもべに乗り物を引かせて空を飛んでいたよ。あんなことが人間にできるわけがない」
 鹿じゃなくてトナカイだし、トナカイはサンタクロースのしもべというわけではないけれど、細かいところは抜きにしてとりあえずのぞみは重要なところを説明する。
「紅さま。サンタクロースは実際に子どもたちにおもちゃを配るわけではありません。そういう話になっていて子どもたちはそれを信じていますが、実際は子どもたちの近くにいる大人がプレゼントをあげるんですよ。今の私たちのように」
 サンタクロースとプレゼントの仕組みについては、少し前にも説明したはずだがちゃんと聞いていなかったのだろう。彼は今更、ふんふんと納得している。
「なるほどなるほど。つまりサンタクロースは絵本の中だけのあやかしなのだな」
 相変わらず、保育園の園長としてはのんきすぎるような気もするが、それも仕方がないといえば仕方ない。
 彼はこのあたりのあやかしを統べる長であり結界を張り危険なあやかしから保育園を守っている。むしろ彼の役割としては、そちらの方が重要で、やることはたくさんあるのだから。
「まぁそうです。だから大人は子供たちにサンタの存在を信じていてもらえるようにこうやって頑張るわけです。明日が25日だから、今日のうちに完成させれば、サンタクロースが来たって子どもたちきっと喜びますよ」
 ダンボールに折り紙をぴたりと貼ってのぞみは笑みを浮かべた。
 今2人が作っているのは、子どもたちのための室内用アスレチックだ。
 あやかしの子供を預かるあやかし保育園で、今年はじめてクリスマスのイベントをやろうということになったきっかけは、一カ月前、園児である座敷童子のかの子から、のぞみが受けた質問だった。
『のぞ先生、サンタクロースってなぁに?』
 どうやら絵本で読んで気になったようだ。
 問われるままに、のぞみが彼女にサンタクロースについて説明すると、あっという間に子どもたちの間でサンタクロースの存在が大流行してしまったのだ。
 もちろんのぞみは、かの子に話をする際『外国の話だ』と付け加えた。
 保育園の親は皆日本生まれのあやかしたち、クリスマスの知識などないだろうし、そもそも子供たちにおもちゃを買ってあげるためのお金を持っていない。
 だがそこは子どものこと。
 楽しいところだけが頭に残ってしまったようで、皆『サンタクロースが自分のところにも来るかもしれない』とわくわくしているのである。
 のぞみは途方にくれてしまった。
 このままでは25日に、サンタクロースが来なかったと子供たちはがっかりしてしまう。それを思うと、胸が痛くてたまらなかった。
 考えに考えた末に、思いついたのが、ダンボールで部屋の隅に、手作りの遊具を作ることだった。秘密基地にできそうな小屋や滑り台、ボールプールなどもあるちょっとしたアスレチックだ。
 商店街の店に事情を話して材料をたくさんもらってきてサケ子とふたり保育時間の合間を縫ってこつこつとパーツを組み立ててきた。
 今は最後の仕上げ、全てのパーツをつなげているところである。
「相変わらず私ののぞみは優しいな。サンタクロースは外国のあやかしだから、ここへは来ないともう一度きっぱり言ってしまってもよかったのに」
 あくびをしながら紅はまた、ガムテープをビーッと伸ばした。
 そしてのぞみが説明した通りにペタペタとダンボールに貼っていく。
 あれこれ言いながらも、ちゃんと手伝ってくれる彼に、のぞみは温かい気持ちになった。
 能天気なように見えても、彼はあやかしの長としてまた保育園の園長として、子どもたちを大切に思っている。
「あ、紅さま。そこもっと頑丈にしてください。壊れて怪我したらかわいそうですから」
「あやかしの子はこれくらいの高さからなら落ちても怪我しないよ」
「でも、痛いだけでもかわいそうです。ほら、そこも」
「のぞみは、天狗使いが荒いな……」
 そんなことを言い合っているうちに、アスレチックは出来上がる。
 思った以上にたいへんで時間がかかり、ギリギリになってしまったけれどなんとか出来上がった。
「できた〜! 紅さまありがとうございます」
「のぞみもおつかれさま」
「子どもたちが来るのが楽しみですね」
 嬉しくて、のぞみはにっこりと笑って紅を見る。
 すると。
「のぞみっ!」
 いきなりガバッと抱きしめられてしまう。
「きゃっ! こ、紅さま……!」
 のぞみは声をあげて目を白黒させた。
 彼のこの、いきなり抱きつくくせには随分慣れたつもりだが、それでもやっぱり驚いてしまう。
「びっくりした。もう驚かせないでくださいっていっつも言ってるのに」
 頬を膨らませて睨むけれど、彼はどこ吹く風である。
「いきなり抱きしめたくなるのだよ。のぞみがあまりにも可愛いことを言うから。やめてほしいなら、可愛いことを言わないように気をつけてくれ」
 のぞみは子供もたちの話をしていただけなのだ。なにも可愛いことなど言っていないのに、まったく意味不明である。
 そんなことを考えるのぞみの紅の視線が近づいてきて……。
 キスされるのだと気がついてのぞみは慌てて彼の胸を押した。
「こ、紅さま! ダメですよ」
 紅が不満そうに唇を尖らせた。
「何がダメなんだ。もう仕事は終わりじゃないか。そして私たちは夫婦なのだから、なにもダメなことはない」
「だ、だけどここは職場です」
 確かに2人は夫婦なのだから、キスがダメなのではない。でもなんと言ってもここは保育園の建物の中、普段子供たちが走りまわっている場所なのだと思うと、罪悪感に襲われる。
 けれど紅の方は、まったく気にする様子もなくジタバタするのぞみを腕に閉じ込めたままにっこりと笑った。
「そんな真面目なところも可愛くて仕方がないけれど、一晩中ガムテープをビーッとやった褒美をくれてもいいだろう?」
 赤い目でじっと見つめられて、希はぴたっと動きを止める。働いてもらったお返しに……というよりは、彼の目に見つめられて、鼓動が速くなるのを感じたからだ。
 もちろんのぞみとて、本気で嫌だと思ってはいない。むしろその逆なのだから。
「のぞみ、大好きだよ」
 頬の火照りを感じながらゆっくりと目を閉じると、それでのぞみの気持ちは伝わったようだ。優しいキスが唇に降ってきた。
 窓から見える空は白み始めて、聖なる夜が明けようとしている。けれどあやかし保育園のクリスマスは、はじまったばかりである。