「マギアTV、はじまります!」
視聴者がテレビをつけたとき、ちょうど見たかった番組が始まるところだった。
彼らはゆったりとソファに身を預け、テレビ画面に釘付けになる。
「今夜も罪を犯した愚かな魔法少女たちが集められ、我々の企画に参加することになりました!」
司会者が声を張り上げると同時に、参加者――魔法少女たちの姿が画面に映し出される。
しかし、彼女たちの顔は視聴者たちには認識できない。魔法少女に変身している間、認識阻害魔法がかかっているので、彼女たちのプライバシーは守られているのだ。
「魔法少女にとって最大の罪、それは『怪人からみんなを守るべき』魔法少女が『好きな人だけ守っていたい』という自己中心的で怠惰な考えを持つことです! そんな大罪人たちは直ちに拘束され、この『マギアTV』の参加者に選ばれるのです!」
テレビ画面の中では、放送局の客席に呼ばれたゲストたちが魔法少女たちに罵声を浴びせていた。
「魔法少女のくせに俺たちを守らないとは何事だ!」
「アンタたちみたいな魔法少女がいたら、子供の教育に悪いわ!」
「さっさとくたばれ!」
そんな聞くに堪えない罵詈雑言を投げつけられて、魔法少女たちは顔をうつむけ、虚ろな表情をしている。
なにしろ、これから彼女たちはテレビ番組の企画という名のデスゲームに強制参加させられるのだ。
果たして何人が生き残れるのか、それは毎回変わる企画の内容次第。
彼女たちは『マギアTV』に捕まった時点で絶望の淵に立たされていた。
「さて、早速ゲームを始めましょう! 今回の企画は――!?」
場違いなほどに明るく楽しそうな司会者の声とともに、画面に大きく企画の名前が表示される。
『魔法少女はカラスよりも賢いの?』
「ルールは簡単! 魔法少女の皆さんにはクイズに参加していただきます! カラスとクイズ勝負をして、正解数が一番多い魔法少女がクリア! 負けた魔法少女の皆さんは……まあ、いつも『マギアTV』を御覧の皆さんならわかりますね?」
魔法少女の反応は様々だ。
「さすがにカラスには勝てるだろう」と安堵するもの。
「カラスと勝負?」と困惑するもの。
「いや、これはいつもの流れだ」と怯えるもの。
そんな中、ある魔法少女は「私はこんなゲームには参加しない!」と叫んだ。
「いきなりこんなテレビ局に連れてきて、なんのつもり!? 番組の企画だかなんだか知らないけど、私はもう魔法少女はやめるの! おうちに帰して!」
そんな魔法少女を見ても、司会者は笑みを崩さない。
「つまり、ゲームを放棄する、棄権ということですね?」
「当たり前でしょ! 付き合ってらんないわ!」
「わかりました。それでは――」
司会者は指を鳴らす。
「まずは見せしめと参りましょう。ゲームに負けた魔法少女の辿る末路を御覧ください!」
「え――」
ぽん、とポップな音がした。
魔法少女は己の右手を見て目を見張り、固まる。
――右手が、ぬいぐるみの手になっていた。
「な、なに、これ……」
「あなた、この番組に出演するのは初めてですね? ゲームに負けた魔法少女は、ぬいぐるみになってしまうのですよ」
ニコニコと笑う司会者。
その目の奥には、残酷な色があった。
「い、いや、元に戻して――」
ぽん、ぽん、と身体がどんどんぬいぐるみになっていく。
絵面はファンシーであるが、魔法少女の顔色は恐怖に染まっていた。
「魔法少女6番、失格」
「いやぁぁぁあ! 助けて――!」
ぽん、と音がして、泣き叫んでいた魔法少女は静かになる。
そこには、うさぎのぬいぐるみが残されていた。
初めてマギアTVに参加させられている魔法少女は、その光景を目の当たりにして、青ざめていく。
「――さて、ルールはおおむね分かっていただけましたか、魔法少女の皆さん?」
司会者は白い歯を見せてニッカリと笑っていた。
集められた10人の魔法少女のうち、先ほど脱落したものを除けば、残りは9人。
この中から生き残れるのは、たった1人。
『強欲の魔法少女』一花は、すでに肝が据わっている。
彼女はマギアTVの経験者であり、ここまで生き残ってきた猛者だ。それゆえに、七つの大罪を冠した魔法少女の称号を持っていた。
――カラスとクイズ勝負。この企画も、きっと一筋縄ではいかないのだろう。
マギアTVは魔法少女をテレビ番組の企画という名目で弄ぶのが趣味の変態集団だ。奴らのペースに呑まれたら、すぐに脱落する。
「大丈夫。落ち着いて、普段通りにやれば一花ならできるよ」
魔法少女の相棒、妖精のグリードが一花を励ますように肩にちょこんと乗り、その小さな手で一花の髪を撫でた。
妖精は、いわば魔法少女たちの担当プロデューサーのようなものだ。この妖精たちの加護により、魔法少女は認識阻害魔法で己の正体を隠すほか、様々な魔法を使うことが出来る。
一花はグリードのせいで魔法少女になってしまったのだが……その経緯を考慮すると、彼女は妖精に感謝していた。
一花は、両親に愛されて育った、幸福な少女だった人間だ。
だが、17歳になった彼女を襲った悲劇。
怪人に家を襲撃され、両親が殺された。
一花自身も5歳の幼い弟とともにあの世行きになるかと思われたその時、妖精のグリードが現れたのだ。
「ボクと契約して、魔法少女になるしか、怪人を倒して生き残る方法はない」
一花は自分と弟の命を守るために、魔法少女にならざるを得なかった。
しかし、それが地獄のような日々の始まりでもある。
最初はグリードの指示のもと、人間を襲う謎の怪人たちと熾烈な争いを繰り広げていた。
しかし、怪人に襲われ、魔法少女に救われた人間たちは、お礼どころか「助けるのが遅い」と罵倒してくる始末。
命懸けで戦っているのに割に合わないと感じた一花はだんだんと自分の仕事に自信が持てなくなっていく。
やがて、「弟だけでも守れればそれでいい」という思いは、「弟だけを守っていたい」という考えに変質していった。
最終的に魔法少女としての責務を放棄しようと考えていた矢先に、マギアTVに捕獲されたのだ。
マギアTV――大手テレビ局『マジテレビ』の一番組。しかし、魔法少女を捕らえ、断罪するデスゲーム番組は、あっという間に視聴者たちを虜にし、半年もたたないうちに深夜ローカル番組からゴールデン全国番組へと昇格していった。彼らが魔法少女を断罪する理由は不明。だが、視聴者に単なる娯楽を提供するだけが目的ではない気がする。
一花はそんな謎のデスゲームを、これまで生き抜いてきたのだ。
さて、『魔法少女はカラスよりも賢いの?』という番組企画の準備のため、一旦CMに入って、その間に魔法少女たちが一箇所に集まった。
「なんなの、これ?」「どうしたらいいの?」「ぬいぐるみになんかなりたくない」「助けて」
初めてテレビに出演した魔法少女たちはパニックに陥っている。
そんな中、一花は慣れたもので、提供されているペットボトルのスポーツドリンクをストローで飲んでいた。そのまま、他の魔法少女たちを観察する。
――テレビ番組のデスゲーム企画で一度に呼ばれる魔法少女は10人。今回は企画前に1人失格になったから、自分を含めて9人で争うことになるだろう。
カラスがどれほど賢いのかは、この企画自体が初めてのため未知数。ただ、一筋縄ではいかないはずだ。
そんなことを考えていると、1人の魔法少女が「ねえ、提案があるんだけど」と他の魔法少女を見回した。
「こんな番組、潰してやろうよ。企画が潰れれば、そもそもこんな番組成り立たなくなるでしょ? 私たちが協力して大暴れすれば破壊できるよ」
「無駄だよ」すかさず一花が答える。
「このスタジオは、強力な魔法で守られてる。魔法少女が破壊しようとすることなんて、織り込み済みなんだ。先々週の放送で魔法を使って破壊しようとした魔法少女は即失格、ぬいぐるみにされちゃった」
「じゃあ、やっぱり正攻法でカラスに勝つしかないんだ……」弱気な魔法少女が泣きそうな声を出す。「私、クイズなんて自信ないよ……」
「それなら、みんなで協力してカラスよりもポイントを稼ぐしかないよ。みんなで頑張ればきっと勝てる。そうでしょ?」
番組の破壊を唱えた魔法少女が、リーダーシップを取るつもりらしい。他の魔法少女も1人では不安なのか、そのリーダーに頷いていた。
それを一花は冷静に見つめている。
作戦会議の後、CMが明けて、魔法少女たちは席についた。失格になった魔法少女の席にはうさぎのぬいぐるみがちょこんと置かれている。司会者は相変わらず陽気にMCをしていた。
「さあ、いよいよ『魔法少女はカラスよりも賢いの?』が始まります。当番組の新企画! 魔法少女の皆さんはどうですか? 楽しんでるかな~?」
しーんとお通夜のように静まり返っている魔法少女たちを見て、司会者は訳知り顔で頷く。
「うんうん、自分がカラスより馬鹿だったら恥ずかしいもんね。がんばってくださいね!」
客席のゲストたちがワハハ、と笑い声を上げた。
――退屈を持て余し、自分たちは安全圏から見て笑っているだけの豚どもめ。
一花は内心、悪態をつく。
奴らは魔法少女に守られるだけの存在のくせに、やけに傲慢だ。いくら心を込めて助けても、その口は文句しか言わない。魔法少女が失望して「好きな人だけ守っていたい」と考える罪を犯すのは、ある意味当然と言えるだろう。
司会者の隣にはカラスの回答席があり、黒い鳥が止まり木に止まっていた。アレが魔法少女に挑戦するカラスか。見た目は普通のカラスと、特に変わり映えはしない。
魔法少女たちとカラスの席にはボタンが置かれている。早押し形式だ。
「カラスよりも賢いクイズ王魔法少女の栄冠は誰の手に!? それでは、問題!」
司会者は問題文を読み上げる。
「徳川9代目将軍は誰でしょう?」
ぴんぽーん、とボタンを先に押したのはカラスだ。くちばしの動きがあまりにも速い。
「はい、カラスくん、答えをどうぞ!」
「徳川家重」
カラスの言葉は人間かと思うほど流暢だった。魔法少女たちに衝撃が走る。まさか、ここまで賢いカラスだとは想定していなかったのだ。
しかも「徳川家重、正解です!」という司会者の言葉で、いよいよ彼女たちは焦り始める。
知能の高いカラス、難易度の高い問題、のしかかるぬいぐるみへの重圧……。
ただ1人、一花だけが、ポーカーフェイスのまま魔法少女たちとカラスの様子を観察していた。
「どうしよう……このままじゃ、みんなぬいぐるみに……」
再びCMに入り、魔法少女たちは頭を抱えている。
10問出された時点で、正解しているのはカラス、しかも全問正解だ。
デスゲームが始まってから、彼女たちはなんとかカラスよりも先に回答しなければと一心不乱にボタンにかじりついた。
しかし、カラスはそれを嘲笑うかのように、次々とクイズに答えていくのである。
「ねえ、魔法少女1番さん。あなた、もしかしてマギアTV経験者なんじゃない?」
1番は一花のことだ。
彼女が「そうだけど」と答えると、他の魔法少女は「言ってよ、そういうことは!」と歓喜の声を上げた。
「よかった、マギアTVの経験者がいるなら、少しは勝率上がるかも!」
「そう言われても、私もこの企画初めてだよ。新企画って言ってたでしょ」
「それでも、ある程度の傾向は掴めるはずだよ。なにかヒントになる話を聞かせてくれない?」
希望の光を見出した魔法少女たちに、一花は「そうだなあ……」と考えを巡らす。
「たとえば、みんなのそれぞれ持ってる魔法を使えばいいんじゃないの。スタジオの破壊はできないけど、魔法自体は使えるよ」
「そっか、それで司会者の問題のカンニングをしたり、カラスの妨害をすればいいんだ!」
そこからは、リーダーシップを取っている魔法少女が中心になって、彼女たちは自分の持っている魔法を開示した。
キノコを生やす魔法、傷を回復させる魔法、炎を出す魔法、周囲を凍りつかせる魔法など……。
役に立つのか立たないのか、判断が難しいが、大半は使い所がわからないと思われた。
「1番さんはどんな魔法が使えるの?」
一花は「ただ、花が咲くだけの魔法だよ。役には立たない」と肩をすくめる。
リーダー役の魔法少女、8番は「私も似たようなものだから、気にしなくていいよ」と励ましてくれた。
やがて、作戦時間は終わり、彼女たちは元の席に戻る。
そこから何故か、魔法少女8番の快進撃が始まった。
「問題。10月は――」
問題の途中でぴんぽーんとボタンを鳴らし、「島根県」と回答する8番。
司会者はつまらなそうに「……正解」と答えた。
「10月は別名『神無月』と呼ばれますが、『神有月』と呼ぶ県はどこでしょう? という問題でした。正解は出雲大社のある島根県です」
しかし、次の瞬間には司会者はニタァっと笑みを浮かべる。
「これで魔法少女8番がやっと一歩リード! 問題は全部で30問。10問はカラスが既に答えています。残りの19問、8番とカラス以外が答えられなければ、8番が1人勝ち。他の魔法少女は全員ぬいぐるみです! 死に物狂いで争ってくださいね!」
――やっぱり、悪趣味な番組だ。
一花は人知れず、拳を握りしめた。
これは本質的には、カラスと魔法少女の勝負ではない。カラスはあくまで妨害役。
この番組の狙いは、魔法少女同士の醜い争いを全国区で放送し、それを娯楽として視聴者を楽しませること、その一点に尽きる。
その証拠に、8番以外の他の魔法少女の目の色が変わった。みんな、他の魔法少女を出し抜いて、なんとか正解しなければ、生き残れない。生存者は、この中のたった1人。
こうして、20問目までが終わり、8番は4問、カラスは16問正解。残り10問を戦って、正解数が一番多かった魔法少女が生き残る。
CM休憩中、もう魔法少女は会話も交わさなかった。お互いを監視し、相手の魔法を見極め、自分の魔法でなんとか生き延びなければならない。
「……8番。アンタ、騙したわね」
「あら、なんのこと?」
「とぼけないでよ……! アンタ、私たちにだけ魔法を開示させて、自分の手札は見せてないじゃない!」
そう、リーダーぶっていた魔法少女8番は、自分の魔法は一花と似たようなものだと言っただけで、具体的な内容は告げていない。
他の魔法少女を蹴落とすために、リーダーシップを取るふりをしただけ。
「――あははっ。騙される方が悪いんだよ、バーカ」
「この……ッ!」
魔法少女5番が8番に掴みかかろうとすると、番組スタッフが「そろそろ席に戻ってくださーい。CM明けまーす」と声を掛ける。その隙に、8番はするっと5番の手をすり抜けた。
「それじゃ、あと10問。楽しみましょうね? 私の正解数を超えられなければ、あんたら全員可愛いぬいぐるみだから。生き残るのはアタシよ、どんな手段を使ってでも勝ち上がってやる」
せせら笑いながら席に戻っていく8番のあとを、他の魔法少女が苦い表情でついていく。
一花は、やはりポーカーフェイスで、焦る様子もなかった。
「……グリード」
「ああ、キミの睨んだとおりだった。ここから逆転しよう」
魔法少女が全員回答席に座ると、司会者は「残りは10問、リードは4問正解の8番! さて、ここから逆転劇は起こるのか!?」と煽る。
客席では賭けが始まっていて、ほとんどのゲストは8番に大金を賭けていた。このギャンブルが楽しめるのが、番組観覧の吐き気がするような醍醐味だ。
8番はニヤニヤと笑っていた。自分が負けることはないという慢心ゆえだろう。
一花は、司会者にも客席にも目をくれず、番組のセットを見つめている。
「問題――」
問題文を読み上げようとした瞬間から、8番とカラスが早押し勝負をしようとする。
このタイミング――!
「――『咲き誇れ、徒花』」
「!?」
8番もカラスも、動きが止まった。
いや、拘束されているのだ。
無数の植物のツタが、カラスと魔法少女全員を雁字搦めにしている。一花以外は。
「1番、まさかアンタの隠し玉……!?」
「隠してないよ。『花が咲くだけの魔法』って言ったでしょ」
たしかにツルからは朝顔のような花が咲いていた。
「8番。あなたの持っている魔法は、『虫を操る魔法』だね」
番組のセットに目をやると、セットにもツタが這い回り、セミのような虫を捕らえている。
8番は手の内を暴かれたことに歯ぎしりをした。
「あの虫を使って、司会者の問題文とその回答を盗み見ていたんだ」
ここで一花は、初めてかすかに笑んだ。
「でも、もうこれ以上、手出しはさせない。あとは私が全問正解して、10問正解で私が一抜け」
「1番ンンン……! 今すぐこの魔法を解きなさいよ、卑怯者! アタシたちがぬいぐるみにされても、罪悪感とかないわけ!? 人として最低!」
8番は植物のツタを引きちぎろうと暴れるが、魔法で生成された植物はロープにも出来るかと思うほどに頑丈で、女の力では到底抜け出せない。
「1人で抜け駆けしようとしてた人には言われたくないんだけど。それに、これは1人だけが生き残るデスゲームだよ。みんなでおてて繋いで仲良くゴールなんて出来ない。残酷なようだけど、マギアTVに捕まった時点でそこは諦めて」
一花を除く魔法少女8人は、絶望の表情で彼女を見ている。
一花は、その視線を一身に受けながら、ボタンに手をかざした。
「――ッ、させるものか、お前なんかに勝たせるものかァッ! 『襲え、毒蟲』!」
8番が魔法の呪文を叫ぶと、どこからか羽音が聞こえてくる。観覧席から悲鳴が上がった。
テレビ局に侵入したスズメバチの大群が、一花に襲いかかろうとブンブンと唸る。
しかし。
「虫なら私にも対抗策があるよ。『香れ、艶花』」
8番を拘束しているツルに咲いている花が、芳しい香りを放った。
その途端、蜂の注意はその芳香を放つ花に向けられる。
「ぎゃあああああっ! こっちじゃないッ、こっち来ないで、いやぁぁぁあ!」
8番に群がる蜂の群れと、彼女の悲鳴を無視して、一花は再びボタンに手を置いた。
「さあ、司会者さん。問題文を読み上げる仕事を忘れないで」
「あっ、ああ……」
司会者は、覚悟の決まった一花の目にゾクゾクとしているようで、恍惚の表情で「それでは、問題の続きに戻ります」と問題文を読み上げていく。
一花は、誰も邪魔も入らず、落ち着いて問題を最後まで聞き、9問まで正解した。この時点で、既に他の魔法少女の敗退は確定している。
「さて、最後の問題ですが――」
司会者から不意に笑みが消える。
「30問目は、カラスの出題に答えていただきましょう」
一花は、ツタ植物に縛られたままのカラスを見る。
漆黒の鳥は、くちばしを開けて、彼女に問いかけた。
「怪人の手により、暴走している電車がある。切り替えスイッチで電車の線路を切り替えられる。それぞれの線路には、5人の魔法少女と、1人の人間がいる。お前は、線路のスイッチを切り替える手段を持っている。5人の魔法少女と1人の人間、どちらを助ける?」
それはいわゆる『トロッコ問題』と呼ばれるもので、もはやクイズではなく哲学問題。答えの出るものではない。
しかし、一花は答える。
「なんで私が助けなきゃならないの?」
「魔法少女も人間も、どうでもいいということか?」
「あなたもとっくにわかっているんでしょう? このマギアTVに集められたのは『好きな人だけ守っていたい』魔法少女ばかり。好きでもない人間も魔法少女も、どうなったって知ったことじゃない」
カラスは「カカカッ!」と笑った。
「面白い。それでこそ魔女になるべき邪悪な魔法少女だ! よかろう、お前に点を与える。これでお前は10点獲得、文句なしの優勝者だ!」
そして、他の魔法少女に異変が起き始める。
「やめて! たすけて!」「お願い、ぬいぐるみはいや!」「おうちに帰りたいよう!」
ぽん、ぽん、と音を立てて、泣き叫ぶ魔法少女たちの身体はぬいぐるみになっていった。
一花の周りには、9体のぬいぐるみがある。
「――素晴らしい!」
司会者は彼女に拍手を送った。
「この魔法少女たちのぬいぐるみには、魔女に成長するための魔力が籠もっています。これを集め続けて、魔女の頂点に上り詰めてくださいね、『強欲の魔法少女』!」
一花は、そっとぬいぐるみを1つ1つ拾い集める。
8番の、生き延びたい、ここで終わりたくないという執念のこもった形相を思い出した。
「待っててね……すぐにお姉ちゃんが戻るからね……」
一花はマギアTVに捕らわれた際に、5歳の弟と生き別れている。
どうしても、何があっても、何をしてでも守りたい人。
弟に再び会うためなら、どんな手段を使ってでも、他の魔法少女を蹴落として這い上がってみせる。
そして、それは「好きな人だけ守っていたい」と願う全ての魔法少女に言えることだ。
魔法少女の屍を積み上げ、踏みつけて、魔女という頂点を目指せ。
魔女になれば、なんでも願いが叶う。
それは、たとえ死者を蘇らせたいという禁忌さえも。
「それでは、今夜はここまで! また来週お会いしましょう! アデュー!」
陽気な司会者の挨拶とともに、満足した視聴者は「今週も面白かった」とテレビの画面を消したのであった。
〈了〉
視聴者がテレビをつけたとき、ちょうど見たかった番組が始まるところだった。
彼らはゆったりとソファに身を預け、テレビ画面に釘付けになる。
「今夜も罪を犯した愚かな魔法少女たちが集められ、我々の企画に参加することになりました!」
司会者が声を張り上げると同時に、参加者――魔法少女たちの姿が画面に映し出される。
しかし、彼女たちの顔は視聴者たちには認識できない。魔法少女に変身している間、認識阻害魔法がかかっているので、彼女たちのプライバシーは守られているのだ。
「魔法少女にとって最大の罪、それは『怪人からみんなを守るべき』魔法少女が『好きな人だけ守っていたい』という自己中心的で怠惰な考えを持つことです! そんな大罪人たちは直ちに拘束され、この『マギアTV』の参加者に選ばれるのです!」
テレビ画面の中では、放送局の客席に呼ばれたゲストたちが魔法少女たちに罵声を浴びせていた。
「魔法少女のくせに俺たちを守らないとは何事だ!」
「アンタたちみたいな魔法少女がいたら、子供の教育に悪いわ!」
「さっさとくたばれ!」
そんな聞くに堪えない罵詈雑言を投げつけられて、魔法少女たちは顔をうつむけ、虚ろな表情をしている。
なにしろ、これから彼女たちはテレビ番組の企画という名のデスゲームに強制参加させられるのだ。
果たして何人が生き残れるのか、それは毎回変わる企画の内容次第。
彼女たちは『マギアTV』に捕まった時点で絶望の淵に立たされていた。
「さて、早速ゲームを始めましょう! 今回の企画は――!?」
場違いなほどに明るく楽しそうな司会者の声とともに、画面に大きく企画の名前が表示される。
『魔法少女はカラスよりも賢いの?』
「ルールは簡単! 魔法少女の皆さんにはクイズに参加していただきます! カラスとクイズ勝負をして、正解数が一番多い魔法少女がクリア! 負けた魔法少女の皆さんは……まあ、いつも『マギアTV』を御覧の皆さんならわかりますね?」
魔法少女の反応は様々だ。
「さすがにカラスには勝てるだろう」と安堵するもの。
「カラスと勝負?」と困惑するもの。
「いや、これはいつもの流れだ」と怯えるもの。
そんな中、ある魔法少女は「私はこんなゲームには参加しない!」と叫んだ。
「いきなりこんなテレビ局に連れてきて、なんのつもり!? 番組の企画だかなんだか知らないけど、私はもう魔法少女はやめるの! おうちに帰して!」
そんな魔法少女を見ても、司会者は笑みを崩さない。
「つまり、ゲームを放棄する、棄権ということですね?」
「当たり前でしょ! 付き合ってらんないわ!」
「わかりました。それでは――」
司会者は指を鳴らす。
「まずは見せしめと参りましょう。ゲームに負けた魔法少女の辿る末路を御覧ください!」
「え――」
ぽん、とポップな音がした。
魔法少女は己の右手を見て目を見張り、固まる。
――右手が、ぬいぐるみの手になっていた。
「な、なに、これ……」
「あなた、この番組に出演するのは初めてですね? ゲームに負けた魔法少女は、ぬいぐるみになってしまうのですよ」
ニコニコと笑う司会者。
その目の奥には、残酷な色があった。
「い、いや、元に戻して――」
ぽん、ぽん、と身体がどんどんぬいぐるみになっていく。
絵面はファンシーであるが、魔法少女の顔色は恐怖に染まっていた。
「魔法少女6番、失格」
「いやぁぁぁあ! 助けて――!」
ぽん、と音がして、泣き叫んでいた魔法少女は静かになる。
そこには、うさぎのぬいぐるみが残されていた。
初めてマギアTVに参加させられている魔法少女は、その光景を目の当たりにして、青ざめていく。
「――さて、ルールはおおむね分かっていただけましたか、魔法少女の皆さん?」
司会者は白い歯を見せてニッカリと笑っていた。
集められた10人の魔法少女のうち、先ほど脱落したものを除けば、残りは9人。
この中から生き残れるのは、たった1人。
『強欲の魔法少女』一花は、すでに肝が据わっている。
彼女はマギアTVの経験者であり、ここまで生き残ってきた猛者だ。それゆえに、七つの大罪を冠した魔法少女の称号を持っていた。
――カラスとクイズ勝負。この企画も、きっと一筋縄ではいかないのだろう。
マギアTVは魔法少女をテレビ番組の企画という名目で弄ぶのが趣味の変態集団だ。奴らのペースに呑まれたら、すぐに脱落する。
「大丈夫。落ち着いて、普段通りにやれば一花ならできるよ」
魔法少女の相棒、妖精のグリードが一花を励ますように肩にちょこんと乗り、その小さな手で一花の髪を撫でた。
妖精は、いわば魔法少女たちの担当プロデューサーのようなものだ。この妖精たちの加護により、魔法少女は認識阻害魔法で己の正体を隠すほか、様々な魔法を使うことが出来る。
一花はグリードのせいで魔法少女になってしまったのだが……その経緯を考慮すると、彼女は妖精に感謝していた。
一花は、両親に愛されて育った、幸福な少女だった人間だ。
だが、17歳になった彼女を襲った悲劇。
怪人に家を襲撃され、両親が殺された。
一花自身も5歳の幼い弟とともにあの世行きになるかと思われたその時、妖精のグリードが現れたのだ。
「ボクと契約して、魔法少女になるしか、怪人を倒して生き残る方法はない」
一花は自分と弟の命を守るために、魔法少女にならざるを得なかった。
しかし、それが地獄のような日々の始まりでもある。
最初はグリードの指示のもと、人間を襲う謎の怪人たちと熾烈な争いを繰り広げていた。
しかし、怪人に襲われ、魔法少女に救われた人間たちは、お礼どころか「助けるのが遅い」と罵倒してくる始末。
命懸けで戦っているのに割に合わないと感じた一花はだんだんと自分の仕事に自信が持てなくなっていく。
やがて、「弟だけでも守れればそれでいい」という思いは、「弟だけを守っていたい」という考えに変質していった。
最終的に魔法少女としての責務を放棄しようと考えていた矢先に、マギアTVに捕獲されたのだ。
マギアTV――大手テレビ局『マジテレビ』の一番組。しかし、魔法少女を捕らえ、断罪するデスゲーム番組は、あっという間に視聴者たちを虜にし、半年もたたないうちに深夜ローカル番組からゴールデン全国番組へと昇格していった。彼らが魔法少女を断罪する理由は不明。だが、視聴者に単なる娯楽を提供するだけが目的ではない気がする。
一花はそんな謎のデスゲームを、これまで生き抜いてきたのだ。
さて、『魔法少女はカラスよりも賢いの?』という番組企画の準備のため、一旦CMに入って、その間に魔法少女たちが一箇所に集まった。
「なんなの、これ?」「どうしたらいいの?」「ぬいぐるみになんかなりたくない」「助けて」
初めてテレビに出演した魔法少女たちはパニックに陥っている。
そんな中、一花は慣れたもので、提供されているペットボトルのスポーツドリンクをストローで飲んでいた。そのまま、他の魔法少女たちを観察する。
――テレビ番組のデスゲーム企画で一度に呼ばれる魔法少女は10人。今回は企画前に1人失格になったから、自分を含めて9人で争うことになるだろう。
カラスがどれほど賢いのかは、この企画自体が初めてのため未知数。ただ、一筋縄ではいかないはずだ。
そんなことを考えていると、1人の魔法少女が「ねえ、提案があるんだけど」と他の魔法少女を見回した。
「こんな番組、潰してやろうよ。企画が潰れれば、そもそもこんな番組成り立たなくなるでしょ? 私たちが協力して大暴れすれば破壊できるよ」
「無駄だよ」すかさず一花が答える。
「このスタジオは、強力な魔法で守られてる。魔法少女が破壊しようとすることなんて、織り込み済みなんだ。先々週の放送で魔法を使って破壊しようとした魔法少女は即失格、ぬいぐるみにされちゃった」
「じゃあ、やっぱり正攻法でカラスに勝つしかないんだ……」弱気な魔法少女が泣きそうな声を出す。「私、クイズなんて自信ないよ……」
「それなら、みんなで協力してカラスよりもポイントを稼ぐしかないよ。みんなで頑張ればきっと勝てる。そうでしょ?」
番組の破壊を唱えた魔法少女が、リーダーシップを取るつもりらしい。他の魔法少女も1人では不安なのか、そのリーダーに頷いていた。
それを一花は冷静に見つめている。
作戦会議の後、CMが明けて、魔法少女たちは席についた。失格になった魔法少女の席にはうさぎのぬいぐるみがちょこんと置かれている。司会者は相変わらず陽気にMCをしていた。
「さあ、いよいよ『魔法少女はカラスよりも賢いの?』が始まります。当番組の新企画! 魔法少女の皆さんはどうですか? 楽しんでるかな~?」
しーんとお通夜のように静まり返っている魔法少女たちを見て、司会者は訳知り顔で頷く。
「うんうん、自分がカラスより馬鹿だったら恥ずかしいもんね。がんばってくださいね!」
客席のゲストたちがワハハ、と笑い声を上げた。
――退屈を持て余し、自分たちは安全圏から見て笑っているだけの豚どもめ。
一花は内心、悪態をつく。
奴らは魔法少女に守られるだけの存在のくせに、やけに傲慢だ。いくら心を込めて助けても、その口は文句しか言わない。魔法少女が失望して「好きな人だけ守っていたい」と考える罪を犯すのは、ある意味当然と言えるだろう。
司会者の隣にはカラスの回答席があり、黒い鳥が止まり木に止まっていた。アレが魔法少女に挑戦するカラスか。見た目は普通のカラスと、特に変わり映えはしない。
魔法少女たちとカラスの席にはボタンが置かれている。早押し形式だ。
「カラスよりも賢いクイズ王魔法少女の栄冠は誰の手に!? それでは、問題!」
司会者は問題文を読み上げる。
「徳川9代目将軍は誰でしょう?」
ぴんぽーん、とボタンを先に押したのはカラスだ。くちばしの動きがあまりにも速い。
「はい、カラスくん、答えをどうぞ!」
「徳川家重」
カラスの言葉は人間かと思うほど流暢だった。魔法少女たちに衝撃が走る。まさか、ここまで賢いカラスだとは想定していなかったのだ。
しかも「徳川家重、正解です!」という司会者の言葉で、いよいよ彼女たちは焦り始める。
知能の高いカラス、難易度の高い問題、のしかかるぬいぐるみへの重圧……。
ただ1人、一花だけが、ポーカーフェイスのまま魔法少女たちとカラスの様子を観察していた。
「どうしよう……このままじゃ、みんなぬいぐるみに……」
再びCMに入り、魔法少女たちは頭を抱えている。
10問出された時点で、正解しているのはカラス、しかも全問正解だ。
デスゲームが始まってから、彼女たちはなんとかカラスよりも先に回答しなければと一心不乱にボタンにかじりついた。
しかし、カラスはそれを嘲笑うかのように、次々とクイズに答えていくのである。
「ねえ、魔法少女1番さん。あなた、もしかしてマギアTV経験者なんじゃない?」
1番は一花のことだ。
彼女が「そうだけど」と答えると、他の魔法少女は「言ってよ、そういうことは!」と歓喜の声を上げた。
「よかった、マギアTVの経験者がいるなら、少しは勝率上がるかも!」
「そう言われても、私もこの企画初めてだよ。新企画って言ってたでしょ」
「それでも、ある程度の傾向は掴めるはずだよ。なにかヒントになる話を聞かせてくれない?」
希望の光を見出した魔法少女たちに、一花は「そうだなあ……」と考えを巡らす。
「たとえば、みんなのそれぞれ持ってる魔法を使えばいいんじゃないの。スタジオの破壊はできないけど、魔法自体は使えるよ」
「そっか、それで司会者の問題のカンニングをしたり、カラスの妨害をすればいいんだ!」
そこからは、リーダーシップを取っている魔法少女が中心になって、彼女たちは自分の持っている魔法を開示した。
キノコを生やす魔法、傷を回復させる魔法、炎を出す魔法、周囲を凍りつかせる魔法など……。
役に立つのか立たないのか、判断が難しいが、大半は使い所がわからないと思われた。
「1番さんはどんな魔法が使えるの?」
一花は「ただ、花が咲くだけの魔法だよ。役には立たない」と肩をすくめる。
リーダー役の魔法少女、8番は「私も似たようなものだから、気にしなくていいよ」と励ましてくれた。
やがて、作戦時間は終わり、彼女たちは元の席に戻る。
そこから何故か、魔法少女8番の快進撃が始まった。
「問題。10月は――」
問題の途中でぴんぽーんとボタンを鳴らし、「島根県」と回答する8番。
司会者はつまらなそうに「……正解」と答えた。
「10月は別名『神無月』と呼ばれますが、『神有月』と呼ぶ県はどこでしょう? という問題でした。正解は出雲大社のある島根県です」
しかし、次の瞬間には司会者はニタァっと笑みを浮かべる。
「これで魔法少女8番がやっと一歩リード! 問題は全部で30問。10問はカラスが既に答えています。残りの19問、8番とカラス以外が答えられなければ、8番が1人勝ち。他の魔法少女は全員ぬいぐるみです! 死に物狂いで争ってくださいね!」
――やっぱり、悪趣味な番組だ。
一花は人知れず、拳を握りしめた。
これは本質的には、カラスと魔法少女の勝負ではない。カラスはあくまで妨害役。
この番組の狙いは、魔法少女同士の醜い争いを全国区で放送し、それを娯楽として視聴者を楽しませること、その一点に尽きる。
その証拠に、8番以外の他の魔法少女の目の色が変わった。みんな、他の魔法少女を出し抜いて、なんとか正解しなければ、生き残れない。生存者は、この中のたった1人。
こうして、20問目までが終わり、8番は4問、カラスは16問正解。残り10問を戦って、正解数が一番多かった魔法少女が生き残る。
CM休憩中、もう魔法少女は会話も交わさなかった。お互いを監視し、相手の魔法を見極め、自分の魔法でなんとか生き延びなければならない。
「……8番。アンタ、騙したわね」
「あら、なんのこと?」
「とぼけないでよ……! アンタ、私たちにだけ魔法を開示させて、自分の手札は見せてないじゃない!」
そう、リーダーぶっていた魔法少女8番は、自分の魔法は一花と似たようなものだと言っただけで、具体的な内容は告げていない。
他の魔法少女を蹴落とすために、リーダーシップを取るふりをしただけ。
「――あははっ。騙される方が悪いんだよ、バーカ」
「この……ッ!」
魔法少女5番が8番に掴みかかろうとすると、番組スタッフが「そろそろ席に戻ってくださーい。CM明けまーす」と声を掛ける。その隙に、8番はするっと5番の手をすり抜けた。
「それじゃ、あと10問。楽しみましょうね? 私の正解数を超えられなければ、あんたら全員可愛いぬいぐるみだから。生き残るのはアタシよ、どんな手段を使ってでも勝ち上がってやる」
せせら笑いながら席に戻っていく8番のあとを、他の魔法少女が苦い表情でついていく。
一花は、やはりポーカーフェイスで、焦る様子もなかった。
「……グリード」
「ああ、キミの睨んだとおりだった。ここから逆転しよう」
魔法少女が全員回答席に座ると、司会者は「残りは10問、リードは4問正解の8番! さて、ここから逆転劇は起こるのか!?」と煽る。
客席では賭けが始まっていて、ほとんどのゲストは8番に大金を賭けていた。このギャンブルが楽しめるのが、番組観覧の吐き気がするような醍醐味だ。
8番はニヤニヤと笑っていた。自分が負けることはないという慢心ゆえだろう。
一花は、司会者にも客席にも目をくれず、番組のセットを見つめている。
「問題――」
問題文を読み上げようとした瞬間から、8番とカラスが早押し勝負をしようとする。
このタイミング――!
「――『咲き誇れ、徒花』」
「!?」
8番もカラスも、動きが止まった。
いや、拘束されているのだ。
無数の植物のツタが、カラスと魔法少女全員を雁字搦めにしている。一花以外は。
「1番、まさかアンタの隠し玉……!?」
「隠してないよ。『花が咲くだけの魔法』って言ったでしょ」
たしかにツルからは朝顔のような花が咲いていた。
「8番。あなたの持っている魔法は、『虫を操る魔法』だね」
番組のセットに目をやると、セットにもツタが這い回り、セミのような虫を捕らえている。
8番は手の内を暴かれたことに歯ぎしりをした。
「あの虫を使って、司会者の問題文とその回答を盗み見ていたんだ」
ここで一花は、初めてかすかに笑んだ。
「でも、もうこれ以上、手出しはさせない。あとは私が全問正解して、10問正解で私が一抜け」
「1番ンンン……! 今すぐこの魔法を解きなさいよ、卑怯者! アタシたちがぬいぐるみにされても、罪悪感とかないわけ!? 人として最低!」
8番は植物のツタを引きちぎろうと暴れるが、魔法で生成された植物はロープにも出来るかと思うほどに頑丈で、女の力では到底抜け出せない。
「1人で抜け駆けしようとしてた人には言われたくないんだけど。それに、これは1人だけが生き残るデスゲームだよ。みんなでおてて繋いで仲良くゴールなんて出来ない。残酷なようだけど、マギアTVに捕まった時点でそこは諦めて」
一花を除く魔法少女8人は、絶望の表情で彼女を見ている。
一花は、その視線を一身に受けながら、ボタンに手をかざした。
「――ッ、させるものか、お前なんかに勝たせるものかァッ! 『襲え、毒蟲』!」
8番が魔法の呪文を叫ぶと、どこからか羽音が聞こえてくる。観覧席から悲鳴が上がった。
テレビ局に侵入したスズメバチの大群が、一花に襲いかかろうとブンブンと唸る。
しかし。
「虫なら私にも対抗策があるよ。『香れ、艶花』」
8番を拘束しているツルに咲いている花が、芳しい香りを放った。
その途端、蜂の注意はその芳香を放つ花に向けられる。
「ぎゃあああああっ! こっちじゃないッ、こっち来ないで、いやぁぁぁあ!」
8番に群がる蜂の群れと、彼女の悲鳴を無視して、一花は再びボタンに手を置いた。
「さあ、司会者さん。問題文を読み上げる仕事を忘れないで」
「あっ、ああ……」
司会者は、覚悟の決まった一花の目にゾクゾクとしているようで、恍惚の表情で「それでは、問題の続きに戻ります」と問題文を読み上げていく。
一花は、誰も邪魔も入らず、落ち着いて問題を最後まで聞き、9問まで正解した。この時点で、既に他の魔法少女の敗退は確定している。
「さて、最後の問題ですが――」
司会者から不意に笑みが消える。
「30問目は、カラスの出題に答えていただきましょう」
一花は、ツタ植物に縛られたままのカラスを見る。
漆黒の鳥は、くちばしを開けて、彼女に問いかけた。
「怪人の手により、暴走している電車がある。切り替えスイッチで電車の線路を切り替えられる。それぞれの線路には、5人の魔法少女と、1人の人間がいる。お前は、線路のスイッチを切り替える手段を持っている。5人の魔法少女と1人の人間、どちらを助ける?」
それはいわゆる『トロッコ問題』と呼ばれるもので、もはやクイズではなく哲学問題。答えの出るものではない。
しかし、一花は答える。
「なんで私が助けなきゃならないの?」
「魔法少女も人間も、どうでもいいということか?」
「あなたもとっくにわかっているんでしょう? このマギアTVに集められたのは『好きな人だけ守っていたい』魔法少女ばかり。好きでもない人間も魔法少女も、どうなったって知ったことじゃない」
カラスは「カカカッ!」と笑った。
「面白い。それでこそ魔女になるべき邪悪な魔法少女だ! よかろう、お前に点を与える。これでお前は10点獲得、文句なしの優勝者だ!」
そして、他の魔法少女に異変が起き始める。
「やめて! たすけて!」「お願い、ぬいぐるみはいや!」「おうちに帰りたいよう!」
ぽん、ぽん、と音を立てて、泣き叫ぶ魔法少女たちの身体はぬいぐるみになっていった。
一花の周りには、9体のぬいぐるみがある。
「――素晴らしい!」
司会者は彼女に拍手を送った。
「この魔法少女たちのぬいぐるみには、魔女に成長するための魔力が籠もっています。これを集め続けて、魔女の頂点に上り詰めてくださいね、『強欲の魔法少女』!」
一花は、そっとぬいぐるみを1つ1つ拾い集める。
8番の、生き延びたい、ここで終わりたくないという執念のこもった形相を思い出した。
「待っててね……すぐにお姉ちゃんが戻るからね……」
一花はマギアTVに捕らわれた際に、5歳の弟と生き別れている。
どうしても、何があっても、何をしてでも守りたい人。
弟に再び会うためなら、どんな手段を使ってでも、他の魔法少女を蹴落として這い上がってみせる。
そして、それは「好きな人だけ守っていたい」と願う全ての魔法少女に言えることだ。
魔法少女の屍を積み上げ、踏みつけて、魔女という頂点を目指せ。
魔女になれば、なんでも願いが叶う。
それは、たとえ死者を蘇らせたいという禁忌さえも。
「それでは、今夜はここまで! また来週お会いしましょう! アデュー!」
陽気な司会者の挨拶とともに、満足した視聴者は「今週も面白かった」とテレビの画面を消したのであった。
〈了〉