……再び何もない空間に戻った。


この世界にはわたし一人しかいない。もう、どうしたらいいのか分からない。


なんで、わたしは死にたいと思ったのだろう。なんで、わたしはこの世界に呼ばれたのだろう。


なんで……。


考えても考えても答えが出ない考えに嫌気が指した。こんなことになるならあのゴーグルなんかつけなきゃ良かった。


龍央はどうなっただろう。


世界からいなくなるってことはもしかして死ぬって事なのかな。つまり、わたしもこの世界から抜け出せなければ死ぬことになる……?


そう考えただけでゾッとしてしまった。


ついさっきまで死にたいとしか考えていなかったのに。


……急に、死ぬのが怖くなった……。


ーーカチ、カチ……。


呆然と突っ立っていると時計の刻む音が聞こえた。こうしている間も時間は止まらない。


容赦なく進んでいた。


こうなったら、自分の理想の世界を作り上げるしかない。人はまず出さないで、自分の欲しいと思っているもの、生活に必要なものだけを出してみよう。



「こうなったら、このゲームを完璧にクリアしてリアルな世界に戻ってみせる」



考えても無駄だと悟ったわたしは、ボソリとつぶやいた。


この真っ白な世界に取り残されるくらいなら腐りきったリアルな世界で生きた方がマシ。


そう思うほど、今のわたしはこのゲームをクリアすることしか考えていなかった。


わたしの究極の現実を見て楽しんでいる誰か分からない声の主。絶対にクリアしてみせるんだから!



『……やる気が出てきたみたいですね。そんなあなたにヒントをひとつ差し上げましょう』



ポケットの方に手を伸ばすと、また声が聞こえた。……何だかこの声の主、わたしの心の声を読めているみたい。


いつもタイミングよく声が聞こえる。



『あなたが本当に欲しかったものは、目に見えるけど見えないもの。それが分かれば、クリアとしましょう』


「目に見えるけど見えないもの……」



よく分からない謎の言葉を残して声の主は消えた。


目に見えるけど見えないもの。


目に見えないものだったら、このポケットを使っても理想の世界は作り上げることが出来なくない……?


でも、こうして確かにヒントは与えられた。それがよく分からないものだったけど。


いったいなんだろう……と疑問に思いながらもわたしはポケットを叩いて、理想の世界を作ろうと立ち上がった。


***


「……どうしよう。出しても出しても目の前からものが消える……」



あれから何時間たっただろうか。


わたしはあれからひたすらに“生きるために必要なもの”をポケットから出してみた。


だけどそれらは現れたと思ったらすぐに消える。


龍央が消えたように、目の前から跡形もなく消え去っていくのだ。


わたしの好きな食べ物も、住みたいと思っていた家も、欲しいと思った洋服やバック、メイク道具。


人こそは出していないものの、それらは全て弾けて消える。


なんで。


なんでなの。


これじゃあ“理想の世界”を作れない。わたしの好きな物、欲しかったものを出しているはずなのに。


この空間は、色が染まるどころか真っ白なままだった。



「……ぜんぶ、わたしには必要無いってこと……?」



制限時間もだんだんと無くなり、気持ちが焦るばかり。力が尽きてしまい、その場に座り込む。


声の主がわたしの理想の世界を作れって言ったのに。全然作れないじゃない。


……わたしが今、1番必要にしてるものって……ナニ?



『おやおや、大丈夫かな?』



呆然としているとそれを見計らったかのように声が降ってくる。



『力尽きた顔してるね。どうやら自分の理想の世界はできていないようだね』



きっと、声の主はどこかでわたしの様子を見ているのだろう。この状況を1番楽しんでいる。


会ったこともない、姿を見たこともない悪魔のような声の主に。ふつふつと怒りが湧いてきていた。



「……なんで、なの。なんでわたしなの」



思わずボソッと呟いた。


本当にこんなことするために死にたいと思った訳じゃない。あのゴーグルをつけたわけじゃない。



『なんでって言われましても……。あなたが選んだ道じゃないですか』


「……」



声の主に鋭いことを言われ、黙り込む。


確かにこの道は自分で選んだ。死にたくてしょうがなかった朝。リアルな世界から逃げられるなら……と思ってつけたゴーグル。



『あなたは自分の意思で選んだ。確かにわたしはこの世界に導くように仕事をした。でもそれまでなんです。この世界に来たのはあなた自身の“意思”なんですよ』



わたし自身の意思。


自分の気持ち、自分の意思でわたしはここにいる。


これは……自分が決めた道。



『あなたは、それだけまだ物事を決め、自分の道を歩むことができる。だからこうして今。この世界で迷っているのでは無いのですか?死にたいと思っていたのに、今は死に対して“恐怖”を抱いているように』



そこまで言われて、ハッとした。


わたし……まだ、生きたいの?


この世界じゃなくて、リアルの苦しい世界で行きたいと思ってるの?



「……うっ……でも、わたしはもう誰からも愛されない。誰からも必要とされてない。自分の道なんて……決められない」



虚しく響くわたしの言葉。なんでか分からないけど涙が溢れる。久しぶりに流した涙は冷たい。


頬を伝って、流れ落ちる。


なんでわたしがこの世に産まれたのか分からない。実の父親からは暴力を受け、母親には逃げられ。唯一見方だった好きな人も誰かに取られ。


……もう、わたしには生きる希望なんてない。


だったらいっそこのままこの世界に残りたい。そう思うはずなのに。


……体が、自分の気持ちがそれを全力で拒否していた。



『……愛してあげられなくて、ごめんなさい』


「え?」



涙を流して泣いていると小さな声で何かを呟いた声の主。わたしはびっくりして、顔を上げた。



『とにかく、あなたはまだ自分の本当にほしいもの。理想の世界はまだ見つかっていない。それを見つけられたら、リアルの世界へ戻してあげましょう』



先程まで楽しそうな声だったのに、今は何故か震えている。なんで。


わたしの理想の世界。


わたしの本当の気持ち。


わたしの……ほしいものって。


なんだろう。