《理想の世界へ、ようこそ。》


わたしは、この世界から必要とされていない。


わたしは、この世界を消したい。


わたしは……理想の世界を、手に入れたい……。


物心着いた時から、この世の全てに絶望していた。両親からは暴力を受け、見た目もボロボロ。


生活環境も悪い方だと思う。


父親は、アルコール中毒で常にお酒を飲んでいた。酒を飲んでは暴れ、家を壊していく。そんな父親が嫌になった母親は、幼いわたしを置いて出ていってしまった。



『お前なんか生きててもしょうがねぇんだ!』



ードカッ!



『さっさと死ね!』



ーバキッ!


身体はもちろん、顔にも容赦なく殴りかかってくる。だから身体中アザだらけ。いかにも“虐待受けてます”という身体をしているのに。


学校の先生や、近所の人は何もしてくれなかった。学校にもまともに行かせてくれなくて、常に父親に怯えていた。


この世の中を憎み、絶望していたわたし。


自分を産んでくれた母親を恨んだこともある。だけど今更そうしたって現実は変わらない。


だったら……いっそ目が覚めなくてもいいから、自分の理想の世界へと逃げたかった。


もし、そんな便利なものがあったら……と幼い頃、思っていたけど。


現実そう上手くはいかない。


……まぁ、今更別にどうでもいいんだけどね。


わたしはわたしで、自分から死ねばいいんだから。


***


「……はぁ。もう、朝」


目覚ましがなる前の、真っ暗な朝。


最近は夜眠れなくて、目を閉じているだけの日が多い。そうしたらいつの間にか朝を迎えていた。


時計を見ると時刻は午前五時。


真冬ということもあってかまだ朝日は登っていなくて外は真っ暗。今年ももうすぐ終わるという12月。


このまま、一生目を覚ましたくない。


そう思いながら重たい身体を無理やり起こす。近くのテーブルに置いてあったあるツーショトの写真を見ながら、ぼーっとする。


わたし、藤原実来(ふじわらみくる)は今年で18歳になった高校三年生。就活も終わり、学生生活も残りわずかなどこにでもいる人。



「龍央……今、何してる?会いたい……」


わたしは、毎日のように無意識に元カレの写真を見て泣いていた。


龍央とは、幼なじみで元カレ。小さい頃から唯一わたしのそばにいてくれた優しい人。この人がいたからわたしはここまで頑張れた。


なのに、就活を前にしてわたしは龍央に振られてしまった。


“実来よりも好きな人ができたから別れて欲しい”


そう残酷な言葉を投げつけられ、龍央のことが大好きでたまらなかったわたしはまだ現実を受け入れられなかった。


こうして毎日のように写真を眺めては思い出に浸る。そうして、現実逃避していた。


友達も恋人もいないわたし。


家族にも愛されないわたし。


理不尽な世の中に生まれたわたし。


……生きている意味、あるのかな……?


幼い頃から考えていた“自殺”という言葉が急に頭の中を駆け巡る。ずっと死にたいと思っていたけど、それすら実行出来ない弱虫なわたし。


今なら、死ぬ事ができるかもしれない。


この理不尽な世界とサヨナラできるかもしれない。



「……死のう」


この先の未来、自分が生きていることを考えられない。そんなわたしは、死ねばいい。


朝起きて数分後。


“死”を考えているわたしはおかしいのかもしれない。でも……もう、生きるのが嫌になったから。


今日こそ、自分の命をたとう。


自分のことは自分で決める。


幼ない頃、そう教わったからね。もう逃げないよ。


そう思いながら、どう死のうかと考え始める。スマホは持っていないし、パソコンなんてもってのほか。


ネット環境がないから、自分で考えるしかない。


苦しいのは嫌だけど、飛び降りにしようか?首吊りはなんか後味悪くて嫌だし……。


なんて悶々と考えながら部屋の中を歩き回っていると、ふと机の引き出しから視線を感じた。


わたしはほとんど無意識にそっちに目をやり、机の引き出しを開ける。すると、そこには見覚えのない箱があった。



「……な、に?これ?」


この世界の色と思えないほど透明で真っ白なその箱は何故か光り輝いていた。わたしは自殺のことなんか忘れて、箱に手を伸ばす。


箱を開けると、中にはゴツイゴーグルらしきものがひとつだけ入っていた。


こんなの、わたし知らない。


見たことないゴーグルに驚きながらも、それに手を伸ばした。もしかしたらお父さんのいたずらかもしれない。


まるでなにかの機械みたいにずっしりと重たいゴーグル。



「《理想の世界へ、ようこそ》……?なんだ、これ?」


ゴーグルを見ているとカサっと音がして紙が1枚落ちた。床に落ちた紙を見るとそう書かれていて、さらになにかある。


『理想の世界に逃げたくなったら、このゴーグルをつけて仮想の世界へ飛び込んで見ませんか?あなたの理想の世界を作り上げることができます』


……理想の、世界……。


文章を全て読んだわたしの胸に突き刺さった言葉。このゴーグルは何故か生きることを辞めようと思っていたわたしの、救世主と思えた。


最後だから、つけてみようか。


なんて考えながら重たいゴーグルを頭に装着する。なんでもいいからこの現実から逃げたかった。


少しだけでもいい。


自分の思い通りの世界を作りたい。



『あなたの願い、受け取りました』



そう思いながらゴーグルを装着した後。


不思議な声が聞こえてきた気がした。

……あれ。


ここは、どこなんだろう……?


わたしどうしたんだっけ。重たいまぶたをゆっくりと開けると、そこは見慣れない真っ白な空間が広がっていた。


どのくらい広い空間なのか分からない。


ここはどこだか分からない。


ここに来る前の記憶が思い出せない。


何もかも分からないことだらけで頭の中は少しパニックになっていた。



「……誰か、いないの?」



誰もいない、何も無い空間に不安を感じて思わず声を出す。わたしの声だけが響いて、不気味な雰囲気だった。



『……目が覚めたか?』


「誰!?」



返事はないだろうなと思っていたら、突然この空間いっぱいに機械音が聞こえた。日本語を話しているけど、声は人じゃない。


そんな声。



『誰でもいいじゃないですか。まぁ、しいて言うならわたしは天使……いや、悪魔かな?』



わたしの不安をよそにケラケラと笑い出す声の主。悪魔……?天使……?


なんのことだかさっぱり分からない。



『そんな話は置いといて。ゴホンッ!改めて《理想の世界へ、ようこそ。》お前は選ばれし人間だ。ここではどんな願いも、自分の理想の世界も作れる最高の場所になる!』


「理想の、世界……?」


『そうだ。お前は生きるのが辛くなり“死”を考えていただろう?そこで!今日の抽選の中にお前がいたんだが、見事抽選で選ばれ、この世界へ導くことを許された!』



戸惑うわたしだったけど何かを言う隙もなくペラペラと話し出す顔も名前も知らない人。



『そこでお前には少し面白いゲームをしてもらう』


「ゲーム……」


『ルールは至って簡単。この空間で自分の理想の世界を作り上げること。ただそれだけだ。ひとつ、ひみつ道具として“トイトイ”というポケットをやろう。それで人間も道具も食べ物もなんでも出せる』



もう、何が何だか分からなくなった。


ゲーム?トイトイ?理想の世界?


聞いたこともない言葉だらけで説明されても全然意味がわからない。



『ただし。自分の理想とは違うものを出すとそれは消える。それは現実でもこの世界でも一緒。さらに、制限時間内に作り上げることが出来なければお前はこの世界から一生目が覚めない。意識はこの空間にさまようことになる』



……一生、目が覚めない。


つまり、この空間は夢の中。もしくは自分が思い描く“仮想”の世界。きっと、あのゴーグルのせいでこの変な空間に飛ばされた。


頭の中はパニックなはずなのにそう冷静に考えていた。



『さぁ、この真っ白な空間を自分の色に染めて、理想の世界を作り上げるんだ!それじゃあ、ゲーム……スタート!!』



楽しそうな声と共に謎のゲームはスタートした。ケラケラと笑う声、真っ白な空間に取り残されたわたし。


そして、目の前にはポンっと洋服のポケットのようなものが出てきた。


それを受け取るとわたしの服にくっつき、離れなくなる。……どうやら、わたしはもう逃げられないらしい。


まるでこの世界から抜け出せない、と言わんばかりにポケットは離れないし、ドアも何も無い。


辺りを見渡していると、ウィーン……という音と共にモニターが出され、パッと画面が明るくなる。


するとそこには自分の部屋でゴーグルをつけながら寝ているわたしがいた。


この画面はリアルな世界と繋がっているのか。


確か声の主も……『自分の理想と違うものを出すと消える。それは現実でもこの世界でも一緒』と言っていた。



「理想の世界、か……わたしに、作れるかな?」



常に自分の中で思い描く理想はあった。


だけど、間違ったものを出すと消える、となるとほとんどそれに関してはチャンスは1度きりということになる。


怖い、と思う反面少し面白いと思っている自分がいて。


そんなわたしはおかしいのかな、とも思ってしまった。



『さぁさぁ、早くしないと制限時間が終わってしまうよ?制限時間は24時間。時間は無限じゃない。限られた中で作り上げなくちゃ』



ぼーっとしながら突っ立っているとそう声が聞こえた。


はっとしてもう一度ポケットを見た。


何も無い空間じゃ、何も出来ない。


とりあえずなにか出そうか?


そう考えて1番に思ったのはわたしの元カレだった。理想の世界を作るなら彼がいないと始まらない。


そう思ったわたしは意を決してポケットを叩いた。



「櫻井、龍央をお願いします」



ポンポン、と2回叩くとそこから龍央がにゅるっと出てくる。


……ほ、本当に龍央が出てきた。


わたしは驚きながらも龍央と目を合わせる。すると、龍央は付き合っていた頃と変わらぬ優しい表情でニコッと微笑む。


それを見て胸が熱くなった。


久しぶりにそんな優しい眼差しを向けられ、喜ばない手はなかった。



「龍央……龍央なの?ねぇ、龍央……!」



この真っ白な空間に、わたしと龍央の2人きり。涙を流しながら彼に飛びつきわんわん泣いた。


色んなことが起こりすぎていっぱいだったのかもしれない。


ああ……やっと、龍央がわたしを見てくれた。やっと、戻ってきてくれた……。


龍央に抱きつきながら泣いていると、突然モニターが動いて目の前で止まる。そこに映っていたのはわたしじゃなくてリアルな世界で生きる龍央だった。


リアルな龍央は起きていて学校に向かう途中だった。


その隣にはわたしの知らない女の子がいる。


……あの子、誰?


龍央に抱きついていたけどその映像を見て胸の奥に黒いモヤがかかる。嫉妬しているのか、悔しいのか、情けないのか。


どんな気持ちが正解なのか分からない。


だけどそんなわたしに容赦なくモニターはリアルの龍央を映し出す。


見たくない。


見てはいけないと思っているのに。


視線がモニターの方にいってしまうのはなんで……?



「実来……?」


「龍央……あの子が、わたしよりも好きな子?」



久しぶりに名前を呼んでくれたのに。


今はちっとも嬉しいとも胸の高鳴りを感じることもなかった。代わりに溢れてくるのは憎しみ、悲しみ、怒り。


先程まで龍央のことが好きで好きでしょうがなかったのに。今となっては本当に“消えて欲しい”と思ってしまった。


好きな気持ちが一瞬にして消える瞬間だった。



「龍央。わたしを愛せないなら、“ここから消えて”。今の龍央はこの世界に必要無い!」



怒りのあまり叫んでしまった。


すると、目の前の龍央はぱんっという音と共に弾けて消えた。それと同時にモニターに写っている龍央も苦しみ出す。



『……うゔ……』



ドサッとその場に倒れ込み、そこでモニターは消えた。パッとくらい画面に変わり、わたしが映る。



『あーあ、やってしまいましたね。これで、この世界の龍央さんとリアルな龍央さんは居なくなりました』


「あ、……あ、わたし……今、なんて……」



目の前で起こったことが信じられなくてガクガクと足が震える。


画面が黒くなった後、この状況を楽しんでいるであろう声の主が話し出す。


今、龍央が……龍央が……!


わたし、なんてことをしてしまったの……!?


普段なら言わない言葉がスルスルと口から出てきて自分が恐ろしくなった。


本当に、龍央が……!



「ね、ねぇ……龍央は、龍央はどうなったの!?」


『あはは!いいですねぇ、その絶望した顔。あなたの表情は今とても良い!この表情ですよ、わたしが見たかったのは!!』



藁にもすがる思いで聞いたのに。


そんなわたしの思いとは別に高らかに、楽しそうに笑っていた。



『……どうです?この世界は。あなたの思った通りに動く世界は素晴らしいでしょう?この調子でどんどん理想の世界を作り上げてください。そして、この世界から目覚める時が来ることを心から祈っています』


「ちょ、ちょっと……!ねぇ、待って!」



もう何も考えられなくて。


必死に見えない声の主に向かって、手を伸ばした。


だけど。


その手は行き場を失い。


そのまま、ストン、と落ちていった……。


……再び何もない空間に戻った。


この世界にはわたし一人しかいない。もう、どうしたらいいのか分からない。


なんで、わたしは死にたいと思ったのだろう。なんで、わたしはこの世界に呼ばれたのだろう。


なんで……。


考えても考えても答えが出ない考えに嫌気が指した。こんなことになるならあのゴーグルなんかつけなきゃ良かった。


龍央はどうなっただろう。


世界からいなくなるってことはもしかして死ぬって事なのかな。つまり、わたしもこの世界から抜け出せなければ死ぬことになる……?


そう考えただけでゾッとしてしまった。


ついさっきまで死にたいとしか考えていなかったのに。


……急に、死ぬのが怖くなった……。


ーーカチ、カチ……。


呆然と突っ立っていると時計の刻む音が聞こえた。こうしている間も時間は止まらない。


容赦なく進んでいた。


こうなったら、自分の理想の世界を作り上げるしかない。人はまず出さないで、自分の欲しいと思っているもの、生活に必要なものだけを出してみよう。



「こうなったら、このゲームを完璧にクリアしてリアルな世界に戻ってみせる」



考えても無駄だと悟ったわたしは、ボソリとつぶやいた。


この真っ白な世界に取り残されるくらいなら腐りきったリアルな世界で生きた方がマシ。


そう思うほど、今のわたしはこのゲームをクリアすることしか考えていなかった。


わたしの究極の現実を見て楽しんでいる誰か分からない声の主。絶対にクリアしてみせるんだから!



『……やる気が出てきたみたいですね。そんなあなたにヒントをひとつ差し上げましょう』



ポケットの方に手を伸ばすと、また声が聞こえた。……何だかこの声の主、わたしの心の声を読めているみたい。


いつもタイミングよく声が聞こえる。



『あなたが本当に欲しかったものは、目に見えるけど見えないもの。それが分かれば、クリアとしましょう』


「目に見えるけど見えないもの……」



よく分からない謎の言葉を残して声の主は消えた。


目に見えるけど見えないもの。


目に見えないものだったら、このポケットを使っても理想の世界は作り上げることが出来なくない……?


でも、こうして確かにヒントは与えられた。それがよく分からないものだったけど。


いったいなんだろう……と疑問に思いながらもわたしはポケットを叩いて、理想の世界を作ろうと立ち上がった。


***


「……どうしよう。出しても出しても目の前からものが消える……」



あれから何時間たっただろうか。


わたしはあれからひたすらに“生きるために必要なもの”をポケットから出してみた。


だけどそれらは現れたと思ったらすぐに消える。


龍央が消えたように、目の前から跡形もなく消え去っていくのだ。


わたしの好きな食べ物も、住みたいと思っていた家も、欲しいと思った洋服やバック、メイク道具。


人こそは出していないものの、それらは全て弾けて消える。


なんで。


なんでなの。


これじゃあ“理想の世界”を作れない。わたしの好きな物、欲しかったものを出しているはずなのに。


この空間は、色が染まるどころか真っ白なままだった。



「……ぜんぶ、わたしには必要無いってこと……?」



制限時間もだんだんと無くなり、気持ちが焦るばかり。力が尽きてしまい、その場に座り込む。


声の主がわたしの理想の世界を作れって言ったのに。全然作れないじゃない。


……わたしが今、1番必要にしてるものって……ナニ?



『おやおや、大丈夫かな?』



呆然としているとそれを見計らったかのように声が降ってくる。



『力尽きた顔してるね。どうやら自分の理想の世界はできていないようだね』



きっと、声の主はどこかでわたしの様子を見ているのだろう。この状況を1番楽しんでいる。


会ったこともない、姿を見たこともない悪魔のような声の主に。ふつふつと怒りが湧いてきていた。



「……なんで、なの。なんでわたしなの」



思わずボソッと呟いた。


本当にこんなことするために死にたいと思った訳じゃない。あのゴーグルをつけたわけじゃない。



『なんでって言われましても……。あなたが選んだ道じゃないですか』


「……」



声の主に鋭いことを言われ、黙り込む。


確かにこの道は自分で選んだ。死にたくてしょうがなかった朝。リアルな世界から逃げられるなら……と思ってつけたゴーグル。



『あなたは自分の意思で選んだ。確かにわたしはこの世界に導くように仕事をした。でもそれまでなんです。この世界に来たのはあなた自身の“意思”なんですよ』



わたし自身の意思。


自分の気持ち、自分の意思でわたしはここにいる。


これは……自分が決めた道。



『あなたは、それだけまだ物事を決め、自分の道を歩むことができる。だからこうして今。この世界で迷っているのでは無いのですか?死にたいと思っていたのに、今は死に対して“恐怖”を抱いているように』



そこまで言われて、ハッとした。


わたし……まだ、生きたいの?


この世界じゃなくて、リアルの苦しい世界で行きたいと思ってるの?



「……うっ……でも、わたしはもう誰からも愛されない。誰からも必要とされてない。自分の道なんて……決められない」



虚しく響くわたしの言葉。なんでか分からないけど涙が溢れる。久しぶりに流した涙は冷たい。


頬を伝って、流れ落ちる。


なんでわたしがこの世に産まれたのか分からない。実の父親からは暴力を受け、母親には逃げられ。唯一見方だった好きな人も誰かに取られ。


……もう、わたしには生きる希望なんてない。


だったらいっそこのままこの世界に残りたい。そう思うはずなのに。


……体が、自分の気持ちがそれを全力で拒否していた。



『……愛してあげられなくて、ごめんなさい』


「え?」



涙を流して泣いていると小さな声で何かを呟いた声の主。わたしはびっくりして、顔を上げた。



『とにかく、あなたはまだ自分の本当にほしいもの。理想の世界はまだ見つかっていない。それを見つけられたら、リアルの世界へ戻してあげましょう』



先程まで楽しそうな声だったのに、今は何故か震えている。なんで。


わたしの理想の世界。


わたしの本当の気持ち。


わたしの……ほしいものって。


なんだろう。


ーーゲーム時間、残り1時間。


わたしは結局、何も作り上げることが出来ないままゲームの残り時間は一時間を切った。


あれからわたし以外の声は聞いていない。


このままじゃ本当にこの世界に取り残される。どうにかしてこの世界から抜け出さないと……。


そう思うのに気持ちは疲れ果て、身体は動かない。


わたしの欲しいものは全て出し切ったはずなのに。


何も、この世界には残らなかった。



「わたし……どうなるの」



この世界に取り残されたら、きっとわたしはリアルな世界から跡形もなく消えていく。


わたしが生きていた証も、何もかも全部。


リアルな世界で死ぬのとはわけが違う。



『さぁ、ゲームも残り一時間です。あなたが1番ほしいもの、理想のもの。見つかりましたか?』



この状況を見ていて全てわかっているはずなのに。


分かりきったことを聞いてくる声の主はなんて意地悪なんだろう。



「……自分のほしいもの、分からない。何が1番欲しいの。自分が求めているものは全て出し切った。あなたが理想の世界を作れって言ったのに何も作れてない!」



心が壊れそうになって。


心の底から絶望しそうになって。


八つ当たりしてしまった。



『それは……ほしいものは目に見えないから』


「……目に……?」



なんかそんなことゲームが始まる前に言っていた気がする。わたし、そんなことすら忘れていた。


目に見えないもの。


それって……。



「……やっぱり、よく分からない。誰からも必要とされないわたしはやっぱりこの世界にいた方がいいのかな」


『それです。その気持ちですよ』



ヒントを言われても分からないわたし。


呟いた言葉に声の主は反応した。



『あなたのその気持ち、言葉に表してみてください。それがあなたの“目に見えないほしいもの”ですよ』



そう言われてしばらく考え込む。


わたしがほしいもの。目に見えないもの。


……わたし……誰かに必要とされたい?


……わたし……誰かに愛されたいの?



「……何となく。ほしいもの、わかった。けどもうそれはわたしにとって叶わないものだ。あなたは意地悪ね」



ようやく声の主が言っていた欲しいものがわかった気がした。


それはきっと。


“愛”。


誰かに愛されること、誰かに必要とされること。



『でも、自分の欲しいものが見つかった。あなたはこのゲームをクリアとします』


「……え?」



自分のほしいものが見つかったと話しただけなのに。その一言であっさりとゲームはクリア宣言された。


あまりにもあっけない終わりに顔を上げる。


すると、誰もいないはずなのにふわっと優しく、懐かしい香りがして。誰かがわたしを抱きしめた。



『あなたは生きて。生きてたらいいことある。……逃げ出して、ごめんね』


「あ、……え?あの……!」



懐かしい香りに包まれながら手を伸ばす。


だけどそれは……どこにも届かずに、終わった。


そして。


わたしはそのまま意識を手放した。


***

ーーピピピ、ピピピ……。


部屋に鳴り響く目覚まし時計。


ハッとして時計を見ると時刻は朝の6時30分。何だか長い眠りから目が覚めたような感覚になり、重たい身体をゆっくり起こした。


……不思議な夢を見た。


わたしが変なゲームをさせられて、自分の理想を作らされて。


何だかリアルすぎる夢を見た。


でも。心は不思議と軽くなっていて。わたしの中では“死にたい”と思わなくなっていた。


最後はよく分からない終わり方だったけど。


夢なら、納得する。



「もう少し、頑張って見ようかな」



夢のおかげで、わたしのほしいものが見つかった。わたしは生きたい。誰かに愛されたい。


その願いを叶えるためには、もっともっと頑張って生きなきゃいけない。


それなら、“生きる意味”はあるから頑張れる。


あの優しい香りを思い出しながら。


わたしは、今日も父親と戦って、孤独な日々を生き抜ける。


いつか、誰かに愛される日を願って。


新しい1日が始まった。


『……あの子の元カレ……櫻井龍央がどうなったかって?それは……ご想像にお任せしますよ……クスクス……』


部屋の中にあった写真。


その写真には……わたし一人しか、写っていなかった。



《終わり》

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