【Y先生の話】

ああ、あの火事か……知ってるよ。
というか、あの辺りの人で知らない人はいないんじゃないかな?
犬飼さんの屋敷が燃えたって、随分話題になったからね。

……実はあそこの相続手続き、あれ僕がやったんだよ。

本当はあまり関わりたくなかったけど、断れなくてね。
乙張神社の神主さんの紹介だったから。

え?あなた登記簿見たの?
どうしてそこまで…?



そうなんだ、そんなことが…
なるほどね。なら気になるか…。

あ?飲み物おかわりする?
ちょっとまって。あっちで座って話そうか。ちょっと長くなりそうだ。


……

……


そう、すごい相続人の数だったでしょう。
たしか50人以上だったかかな?
だけどあれだけの期間ほっておいたら、そのくらいにはなるよね。

うん、半年以上かかったよ。

でもとにかくさっさと終わらせたくて、急いでやったな。戸籍を集めたスタッフの子がひーひー言ってたよ。

土地の売却?
……そう、それをやったのも僕。

乙張神社にお祓いをしてもらってね。
東京の会社が買うって話になって、すごいお買い得な価格で分譲したんだよね。

仕方がないよね。
このあたりの会社は手を出せないし…。

少なくとも火事の件は告知しなきゃいけないしね。

ただどうしても"ある部分"は売れないって話になってそこだけ売らずに相続人たちが共有したままになってるな。

いや、理由は……詳しくは聞いてないよ。

ただ建物図面と合わせて見た感じだと残したのはたしか母屋じゃなくて蔵があったあたりだな、という記憶はあるけど。

……だけど、あれ。気味が悪い話だったよ。


僕ら相続手続きなんか何十回もやったけど、あんなことは初めてだった。

あの一家。

犬飼さん……だったかな?

普通はあれだけのお屋敷の家柄なら、財産を巡って争いになるじゃない?

僕も戸籍を集めていて相続人がたくさん出てきた時は、こりゃ揉めて話がまとまらないぞと思ったんだよ。




普通そう思うじゃない?




ところがこれが逆だったんだ。

皆が皆、財産はいらない、関わりたくないって言ったんだよ。持分は放棄するから登記簿に名前を載せないでくれって。
中にはもう連絡してくるなって怒り出す人もいてさ。……散々だった。

で、誰を相続人にするか、もめた末にみんな載せることになったんだ。
それだけでも変なのに、戸籍を集めている時にもっと気持ちが悪いことに気がついたんだ。

変だと思わなかった?

相続人の中に犬飼の苗字の人はいなかったでしょう?

ううんそうじゃない。女だから嫁に行ったってわけじゃない。

どうしてか、あの一家の子供は男ばかりなんだ。


それだけならそういうこともあるかって感じだけど、男なのにみんながみんな養子に出てるんだ。

え?いや女の子も何人かいたけど、小さい頃に亡くなっていてね。

まあ時代が時代だから珍しいことじゃないんだろうけど。

でもとにかく、男がみんな養子にでているってのも気持ち悪いでしょ。

『まるで家から逃げたいって感じですね』って事務の子に言われた時は、なんかぞっとしたな。

たたり?

いや……どうだろうね

……僕はあのあたりのことには詳しくないから…


ただ父方の祖母が昔話してた感じでは、むしろ今あなたが言ったのとは逆の印象だったんだよ。

乙張地区は、祖母の時代は、あのあたりの娘たちにとって縁起のいい嫁入り先として人気があったそうだよ。

嫁入り先として、家柄でも職業でもなく地区が人気って変な話だけどね。

なんでも乙張という地区名は「男ばっかり」っていう言葉から来てるって話でね。

つまり嫁ぐと男の子ばっかり生まれる、縁起のいい地名だとかで…

まぁ男の子を産んで一人前って言われていた時代だからね。

だけど僕なんかは女の子の方が可愛いと思うよ?
そういえば、先月息子に子供が産まれてね。初孫なんだ。
これが可愛い女の子でね…


あ、写真見る?