ぴちょん、ぴちょん、と雨樋から水が滴る音が小刻みに響く。うっすらと瞼を持ち上げると、ぼやけた視界の中に教卓の脚が見えた。
「ここは……」
どこからどう見ても、教室だった。しかも、夕方まで僕たちが授業を受けていた二年二組の。電気は後ろ半分しかついていなくて、薄暗い。黒板の右端には、「一月二十日(月)」と今日の日付が書かれている。日直は僕——皆木聖と、女子の小沼亜美だった。二人で六時間目の英語の授業を受けた後、黒板をきれいにしたのは夕方のことだ。
けれど、窓の外を見ると空は真っ暗だった。雨樋から水が流れる音が聞こえるのを考えると、さっきまで雨が降っていたんだろう。ぼんやりとした頭で、なぜか冷静にそこまで考えてはっと息をのむ。
「え?」
自分の居場所を確認することに必死で盲点になっていたが、自分の周りに人が転がっていることに気づき、絶句する。自分の他に七人——男子は僕の他に四人、女子は三人だ。うつ伏せに倒れている人が多く、薄暗い教室の中では誰が誰なのか判然としない。だが一人、雪のように白い肌をした彼女——天沢雪音だけは、すぐに見分けがついた。
どうして彼女がここに……?
天沢雪音は確かに二年二組の生徒だが、ここ最近はずっと不登校気味だった。実に一ヶ月ほど、教室で目にしていない。久しぶりに彼女を目にしたことに僕が驚いていると、僕の隣に転がっていた人物がのっそりと身体を起こしたのが分かった。
「あれ、これ、なんだ?」
男子生徒だ。湯浅真紘。このクラス一番の男前で、常にクールな男だ。女子からも人気が高く、かといってそれを鼻にかけるようなこともない。クラスメイト全員に対してフェアに接している……ように思う。
「え、なにこれ? どういうこと?」
「ここどこ?」
真紘が目を覚ましたのを皮切りに、眠っていた人たちが次々に目を覚ます。最後にうっすらと目を開けて周りの様子を伺っていたのは、天沢雪音だった。彼女は久しぶりに教室という空間を目にして、現状を測りかねているというところだろう。
とはいえ、今この状況について理解が追いついていないのはみんな同じだった。昼間ならまだしも、外を見れば夜だということは一目瞭然。一体なぜ、自分たちがこの場に倒れていたのか、説明できる者は誰もいない。
「なあ、なんで集まってるのか知ってるやついる?」
この不可解な状況をものともせずに大声を出したのは、大村武史だ。クラスのムードメーカーで、大男。父親は県議会議員をしている。彼に逆らうと村八分に遭うかもしれない——そんな恐怖心さえ与えてくる。とにかく二年二組の中で、一番の権力者だ。
武史の威圧的な視線を感じ、僕はそっと目を逸らした。その目が、「なあんだ皆木、お前もいたのか」と僕をなじっているかのように感じられる。
僕は彼が苦手だ。このクラスで一番——できれば、顔を合わせたくもないと思うほど。今日一日、武史から何も話しかけられなければ、平和な一日だったとほっと胸を撫で下ろすことができる。それぐらい、彼の存在は僕にとって脅威だった。
「さあ、分からないな。これ、何かのドッキリじゃね? うちの学校にもついにテレビ局が来たのか〜」
お気楽な口調でそう言ったのは、綾部一樹。彼は武史の一番弟子……というより、金魚の糞のような存在で、とにかく武史に迎合し、付き従う。強い者についていれば人生間違うことはない——そんな下心が透けて見える。
「なに呑気なこと言ってんのよ。これって誘拐じゃない? ねえ、みんなここで目を覚ます前何してた?」
キリッとした鋭い視線を一樹に向ける、一人の少女。貴田春香が、この場にそぐわない一樹の発言に警鐘を鳴らした。僕も、彼女と同じ意見だが、表立って同意することはできない。
なぜかって?
だって僕は、このクラスの——。
「ここは……」
どこからどう見ても、教室だった。しかも、夕方まで僕たちが授業を受けていた二年二組の。電気は後ろ半分しかついていなくて、薄暗い。黒板の右端には、「一月二十日(月)」と今日の日付が書かれている。日直は僕——皆木聖と、女子の小沼亜美だった。二人で六時間目の英語の授業を受けた後、黒板をきれいにしたのは夕方のことだ。
けれど、窓の外を見ると空は真っ暗だった。雨樋から水が流れる音が聞こえるのを考えると、さっきまで雨が降っていたんだろう。ぼんやりとした頭で、なぜか冷静にそこまで考えてはっと息をのむ。
「え?」
自分の居場所を確認することに必死で盲点になっていたが、自分の周りに人が転がっていることに気づき、絶句する。自分の他に七人——男子は僕の他に四人、女子は三人だ。うつ伏せに倒れている人が多く、薄暗い教室の中では誰が誰なのか判然としない。だが一人、雪のように白い肌をした彼女——天沢雪音だけは、すぐに見分けがついた。
どうして彼女がここに……?
天沢雪音は確かに二年二組の生徒だが、ここ最近はずっと不登校気味だった。実に一ヶ月ほど、教室で目にしていない。久しぶりに彼女を目にしたことに僕が驚いていると、僕の隣に転がっていた人物がのっそりと身体を起こしたのが分かった。
「あれ、これ、なんだ?」
男子生徒だ。湯浅真紘。このクラス一番の男前で、常にクールな男だ。女子からも人気が高く、かといってそれを鼻にかけるようなこともない。クラスメイト全員に対してフェアに接している……ように思う。
「え、なにこれ? どういうこと?」
「ここどこ?」
真紘が目を覚ましたのを皮切りに、眠っていた人たちが次々に目を覚ます。最後にうっすらと目を開けて周りの様子を伺っていたのは、天沢雪音だった。彼女は久しぶりに教室という空間を目にして、現状を測りかねているというところだろう。
とはいえ、今この状況について理解が追いついていないのはみんな同じだった。昼間ならまだしも、外を見れば夜だということは一目瞭然。一体なぜ、自分たちがこの場に倒れていたのか、説明できる者は誰もいない。
「なあ、なんで集まってるのか知ってるやついる?」
この不可解な状況をものともせずに大声を出したのは、大村武史だ。クラスのムードメーカーで、大男。父親は県議会議員をしている。彼に逆らうと村八分に遭うかもしれない——そんな恐怖心さえ与えてくる。とにかく二年二組の中で、一番の権力者だ。
武史の威圧的な視線を感じ、僕はそっと目を逸らした。その目が、「なあんだ皆木、お前もいたのか」と僕をなじっているかのように感じられる。
僕は彼が苦手だ。このクラスで一番——できれば、顔を合わせたくもないと思うほど。今日一日、武史から何も話しかけられなければ、平和な一日だったとほっと胸を撫で下ろすことができる。それぐらい、彼の存在は僕にとって脅威だった。
「さあ、分からないな。これ、何かのドッキリじゃね? うちの学校にもついにテレビ局が来たのか〜」
お気楽な口調でそう言ったのは、綾部一樹。彼は武史の一番弟子……というより、金魚の糞のような存在で、とにかく武史に迎合し、付き従う。強い者についていれば人生間違うことはない——そんな下心が透けて見える。
「なに呑気なこと言ってんのよ。これって誘拐じゃない? ねえ、みんなここで目を覚ます前何してた?」
キリッとした鋭い視線を一樹に向ける、一人の少女。貴田春香が、この場にそぐわない一樹の発言に警鐘を鳴らした。僕も、彼女と同じ意見だが、表立って同意することはできない。
なぜかって?
だって僕は、このクラスの——。