「俺は昔、田舎のじいちゃんから鉄砲を借りて撃ったことがあるんだ」

 昼休み。俺は隣の席の友達に、昔の自慢話を始めた。
「おお、すげえじゃん。射的みたいなもんか?」
「馬鹿。狩りだよ、狩り。あれは狸かな? じいちゃんから内緒だぞって言われて一発撃った」
「いやいや、それ駄目なんじゃないの?」
 友達の焦った声に笑みを浮かべる。
「だから内緒なんだろ。じいちゃんは昔から俺に甘いからさ」
「へえぇ、良いなあ。狸には当たったのかよ?」
「ちゃんと命中したよ。じいちゃんが母狸を撃ち抜いた後、子狸を俺が一発よ」
 俺は猟銃を構える真似をする。

「おお、将来は猟師だな?」
「ふざけんな、子供の頃の遊びだよ」


 その夜。
 昔の夢を見た。

 俺はじいちゃんの後ろを歩いている。やがて俺達は山に入っていった。
 しばらく山道を歩いていると、じいちゃんが狸の親子を見つけた。じいちゃんが示す先の川辺で水を飲んでいる。
 じいちゃんは人差し指を口元で立てた。俺は頷く。
 背負っていた猟銃を両手で構えて、じいちゃんが狙いを定めた。
「ッ!?」
 俺が緊張に体を強張らせていると、パーンという軽いけど大きな音がした。母親の狸が倒れる。
 次にじいちゃんは俺に猟銃を握らせた。緊張で胸が高鳴っていく。じいちゃんが俺の後ろから猟銃を覗いて、狙いを定めてくれる。子狸は何が起こったのか理解していないのだろう。母狸のそばを離れようとはせずに鼻先で死体をつついている――ふと子狸がこちらを向いた。
 逃げ出すより早く、俺は猟銃の引き金を引いた。先程と同じ音が鳴って、子狸が倒れる。
 笑みを浮かべてじいちゃんを見上げた。じいちゃんは「内緒だぞ」と微笑んだ。

 ――仕留めた狸の親子を連れて歩く帰り道。ずっと俺の胸は高鳴っていた。
 ――その夢を、毎日見るようになった。


 数日ほどが過ぎた後の昼休み。
「どうした? 元気ないな」
「ああ、ちょっと眠れてない」
 友達の声にどうにか軽く返すが、いつも通りに返事できた自信はあまりなかった。
「何だ、寝不足かよ。じゃあいつも通りじゃねぇか」
「いや、実は変な夢を見てな。ほら、お前に話した狸を撃ったときの夢」
「狸を撃った夢? ははは、俺に話したから思い出したってだけだろ。忘れろ忘れろ。意識しているから見るんだろうよ」
「……そういうものか? まあ、そうかもな。ありがとう、少し楽になったよ」
 だろ、と笑う友達にどうにか笑みを返す。

 今日は別の夢を見れる気がした。


 その夜。
 別の夢を見た。

 俺はお母さんの後ろを歩いている。やがていつもの水場までやってきた。
 お母さんの隣で、川に顔を近づけて水を飲む。喉が渇いていたので、水は美味しかった。
 しばらく水を飲んでいると、パーンという小さな音が聞こえた。思わずびくっとしてしまう。
 顔を上げると、お母さんが倒れていた。どうしたのだろう。大丈夫かな。近づいて触ってみるが、お母さんは動かない。何度触っても動かない。
 ふと気になって、木々の隙間へと目を向けた。

 ――俺が猟銃を向けていた。
 ――帰り道はなかった。


 空席になった隣を眺めながら、彼の友達は呟いた。
「行方不明……あいつが? あの夢と何か関係が……いや、そんな馬鹿な」