夢から醒めた僕らは

「いつも何で俯いてるの?」
クラスの中心人物である本多(ほった)くんが話しかけてきた。
本多くんは見た目はチャラいけど、みんなをまとめるのが上手くてクラスメイトから慕われている。
そして、みんなに分け隔てなく接しているせいか『誰にも本気にならない』と有名。
そんな本多くんと運悪く(・・・)席が前後になってしまった。
それからというもの彼に話しかけられるようになってしまったのだ。


「なあ、紫垣さんってなんで俺の目を見ないんだ?」
放課後になりクラスメイトも続々と帰っていく中、本多くんに話しかけかれる。
質問の内容に内心ビクつきながら、おそるおそる本多くんの目を合わせる。
「なんで・・・そんなこと・・・聞くんですか?」
心の中のことは悟られないように、慎重に言葉を重ねていく。
「なんとなく?あっ、もしかして図星?」
悟られないように慎重にしていたはずなのに、あっさり本多くんにバレてしまった。
「・・・怖い・・・から・・・です」
自分の声なのにあまりにも小さく掠れていることに安堵する。
これならまだ引き返れる(・・・・・・・・・)と。
「ふーん。じゃあ、俺でリハビリしたらいいじゃん」
「へ?」
それはどういう意味?
「だから、これから放課後俺と話そうよ。そしたら怖くなくなるかもよ?」
確かに彼とリハビリをしたら話せるようになるかもしれない。
でも、彼と一緒にいることで目立つかもしれない。
「放課後だから、誰も見てないよ」
そんな不安が顔に出ていたのか、答えてくれる。
「じゃあ、お願い・・・します」
「うん。よろしくね」
そうして彼との交流が始まった。


放課後になり、教室に誰もいなくなった頃にリハビリは開始する。
リハビリといっても向かい合わせに座ってただただ、他愛もない話をするだけ。
なのに、そんな放課後の時間が好きになっている。
「じゃあ、今日は何をする?」
「何っていつも話しているだけじゃないですか」
「最近は、つっかえずに話せるようになったね」
そう。彼のおかげでスムーズに話せるようになったのだ。
「じゃあ、俺と一緒に帰らない?」
「人・・・」
「今の時間帯に帰る人はいないと思うなー」
確かにこの時間帯は、帰宅部の人はもうとっくに帰っている。
そして部活に入っている生徒は、もう少し後に下校し始めるのだ。
「いいですよ」
「やったね」
本多くんは、小さくガッツポーズをした後に私の手をつかむ。
「いこっか」
廊下には誰もいなかった。
そりゃ、部活している人は部室か運動場、体育館にいるから廊下はシンとしている。
そのせいで、廊下には私たち二人しかいないと意識してしまう。
「ねぇ」
急に振り向いてジッと見つめてくる。ドクン、と心臓が音をたてた。
本多くんの瞳に吸い込まれそうになる。
この空気がどうしよもなく気まずくて、言葉を喉に詰まらせてしまう。
「何、ですか?」
それでも何か言わなきゃいけないから、声が震えないように言葉を綴る。
「俺、紫垣さんのことを好きになった。付き合ってくれませんか?」
まさか、告白されるとは想像できなかったせいか、固まってしまう。
さっきとは違う意味で心臓が音をたて始める。
「私でいいんですか・・・?」
こんな、取り柄が一つもない私で?
私よりもっといい人がいる。
不安でネガティブなことばかり考えている。
「うん。紫垣さんがいい。紫垣さんと話せる時間が楽しくて紫垣さんの笑顔が好きだから」
「そうですか」
そんな風に思われていてうれしいと思っている自分がいた。
ああ。私も本多くんのことが―――。
「はい。私も本多くんのことを好きになっていました。こちらこそよろしくお願いします」
そういって笑うと、本多くんも笑いかけてくれた。
その笑みをこれからも隣で見ていたと思った。
永遠なんてないと知っているからこそ、この時間を大切にしたいと思う。
そんな私たちを祝福するようにサー、と風が髪の毛の(なび)かせた。


「陽花、今日も一緒に帰ろう」
連くんと付き合って一週間がたった。
付き合い始めて、互いのことは名前で呼ぼうと言われて呼び捨ては恥ずかしくてできなかった。
だから、連くんと呼んでいる。
「うん」
私と連くんが付き合っているということは学校中に知れ渡っていた。
だけど、連くんが少しチャラかったおかげか『紫垣が本多に騙されている』と噂され、私に被害は及んでいなかった。
廊下で手をつないでも、視線が少し向くぐらい。
「ねぇ、明日デートしない?」
学校を出て少し歩いたところで連くんがデートに誘ってきた。
「いいの?」
「いいの。てか、俺が行きたいの」
気を使ってくれているのかと思って聞いてみると、連くんはニコッと笑ってくれる。
「じゃあ、楽しみ・・・」
プーと横から車のクラクションが聞こえる。
「危ないッ」
連くんがとっさに私の手を引く。
ドンという衝撃と同時に意識が飛んで行った。


「陽花ー、起きなさい」
リビングがある一階から母の声が聞こえる。
「はーい」
一階にも聞こえるように声を上げ、ベットから降りる。
変な夢を見た。
ものすごく長い夢だった。
現実身がある、そんな夢だった。
だけど、夢の内容はあまり覚えていない。
私は急いで今日から通う南波高校(なんばこうこう)の制服に着替える。
私は中学二年の記憶だけが無い。
中二の夏に事故に合い、頭を強く打ったせいかその時期の記憶だけなくなってしまった。
高次脳機能障害《こうじのうきのうしょうがい》だった。簡単に説明すると記憶喪失。
高次脳機能障害は、事故や病気などで脳の一部を損傷し脳機能の一部に障害が起きること。
急にクラスメイトが記憶を無くしたとなると、私が最も嫌う噂の的になってしまう。
だから、転校したいと両親に頼み込んだ。
たまたま、父親の転勤と重なったおかげで転校も了承してくれた。
だから、高校は引っ越した家から一番近かった南波高校にしたのだ。
中学二年の時の記憶は、未だに思い出せてない。
「早く、降りてきなさい」
さっきよりも大きいお母さんの声が聞こえた。
「んー」
部屋の隅に置いているリュックを背負って、一階まで降りる。
中学最後の一年は誰とも話さず過ごしてきた。
高校でも同じように、過ごせばいい。
それが一番、いい。
一階に降りて、用意された朝ご飯を次々に口へ詰め込んでいく。
「いってきまーす」
「気を付けて」
リビングにいる両親に向かって、声をかけて玄関を開ける。
『静かに、平凡に、誰にも関わらずに過ごせますよう』
そんな願いを心の中で呟きながら・・・。