「はあっ、はあっ、はあ…っ!」
「君いっ……、もう、諦めなさい!」

 慎二は涙目になりながら、家電の売り場を走り回っていた。
 洗濯機、冷蔵庫、炊飯器。
 色んな種類の家電製品を目にしながら、これでは何も出来ないと絶望する。

 大の男が情けないって?
 だって、後ろから、男の人が、包丁構えて追いかけて来てるんだ。仕方ないだろ?

 それに対し、慎二は何も持っていない。
 年齢差のおかげで今のところ彼との距離は取れているが、このままではろくな対抗策も無く、背後の男に殺されてしまうだろう。
 どうしてこうなった。いや、今は原因を追究している場合ではない。
 とにかく今は。生き残ることだけを。
 己を迂闊さを呪うが、こうして命を狙われてしまっている以上、もうどうしようもない。
 見本照明の眩しい明りに網膜を焼かれながら、慎二はひたすら売り場を逃げ惑っていた。

 ──一時間前のことだ。
 会議室を出た慎二は、ひとまず六階のソファ売り場に足を運んだ。
 慎二たちが集められた店舗は、全部で八フロアからなる超大型店だ。
 下の階では主に生活雑貨、上の階に行くにつれて、大型家具の展示が増える構造になっている。
 そんな中、慎二がなぜ六階に向かったかというと、とある物を探していたからだった。
 慎二はきょろきょろと、見慣れない売り場を見渡し、尚且つ誰にも見つからないように、こっそり歩く。
 そして、広い売り場の奥まった場所に、念願の見本群を見つけた。
 収納家具。
 所謂、箪笥やクローゼットなどの箱物家具だ。
 その中の、大きめのサイズのクローゼットに、慎二は入り込む。
 そして、内側から扉を閉めた。
 この殺し合いを少しでも生き延びるために慎二が取った行動は、隠密だった。
 慎二は武術を習ったことが無い。ましてや喧嘩なんて、人生で一度もしたことが無い。
 だから、積極的に他人をどうこう出来る訳も無く。
 そんな自分が出来るのは、ひたすら隠れる事。
 そう結論付けた慎二は、次に、どこに身を隠すか悩んだ。
 カーテン売り場や、ベッド売り場など、様々な選択肢が思い浮かんだ。
 だが、それは誰もが思い付きそうで、ばったり鉢合わせ、なんて事になったら目も当てられない。
 そして、昔見た、ある映画を思い出した。
 クローゼットの奥と繋がった先の異国で、兄妹がライオンと共に雪の女王と戦う物語。
 ああ、これだ、と。
 何となく、そこなら誰にも気が付かれない気がしたのだ。

 慎二はクローゼットの中で身体を小さくし、息を潜める。 
 後は、ここでひたすら時間が経つのを待ち、その間にあわよくば殺し合いが終われば良い。 
 そうすれば自分の手を汚さずに、勝ち抜ける。
 安易に、そう考えた。
 だがその15分後、油断しきって半ばうたたねしていた慎二の耳に、こんな音が届く。
 ……きぃ。ぱたん。
 ともすれば聞き逃してしまう様な、幽かな音。
 しかしそれは、慎二を叩き起こし、その心臓を跳ねさせるのに、十分な音量だった。
 冷や汗を流しながら、耳をそばだてる。
 きぃ。ぱたん。



 きぃ。ぱたん。


 きぃ。ぱたん。

 慎二は目を瞠る。

 初めは遠かったその音が。

 きぃ。ぱたん。
 どんどん、
 どんどん、
 近付いてくる。
 誰かが、全てのクローゼットを、開けて回っている。
 それに気が付き、慎二はさあーっと血の気が引いていくのを感じた。
 このままでは、確実に見つかる。
 そして見つかれば、ここに逃げ場はない。まさしく、袋の鼠だ。
 クローゼットを開けて回っている人が、どういうつもりでこの行動をしているかは分からない。
 だが慎二が無事で済む確率は、かなり低い。それだけは分かる。
 何故なら今は、殺し合いの渦中なのだから。
 さらに、慎二は何も武器を持っていない。
 もちろん最初に、包丁などの刃物を、ホームファッションのフロアに探しに行くことも考えた。
 何でも使ってよいとは言われたが、ここはただの生活雑貨も取り扱う家具店。
 殺傷能力がある商品なんて、それ以外にない。しかしそれは、全員同じ考えだろうと思い、慎二は敢えて避けたのだ。
 だが今は、その決断が裏目に出ている。
 扉が開いた瞬間、ぐさりと鋭い何かに刺される自分の姿が容易に想像できた。
 指先が冷たい。震える。
 ぎゅう、と両腕で自分の身体を抱き締め、縮こまる慎二。
 その耳に、扉の開閉とは別の音が聞こえた。
「~~~♪」 
 ……歌?
 リズムに乗って、音程のある声がする。

 きぃ。ぱたん。
「かごめ♪ かごめ♪
 籠の中の鳥は♪ いついつでやる♪」

 クローゼットを開けて回っているのは、どうやら若い男だというのが分かった。
 だがそれが分かる程に、少しずつ、はっきりと聞こえてくる歌声に、戦慄する。
 見つかるまで、もう間もない。

 きぃ。ぱたん。
「夜明けの晩に♪」 

 既に、彼との距離まで三mもない。
 慎二は息を詰める。

 きぃ。ぱたん。
「鶴と亀が滑った♪」

 隣のクローゼットが開いた。
 次は────。
 緊張で、みぞおちが引っ張られる感じがする。

「後ろの正面──」

 扉の目の前で、歌が止まる。
 慎二はぎゅっと、目を瞑り、両手を組む。

 だが、一向に扉は開かない。

 慎二はじっと、様子を窺う。
 一分が経ち、二分が経ち、三分が経った。
 それでも、慎二が居るクローゼットが開かれる気配が無い。

 ……居なくなった?
 これまでの全ての扉を開けておいて、ここだけ開けない事なんて、有り得るか?
 
 気でも変わったのだろうか。それとも、別の人間が現れて、そいつから逃げている、とか。
 何にせよ、難は逃れたようだ。
 慎二はほうっと胸を撫でおろす。
 だがすぐに、いやいや、と気を引き締め直した。
 ここはだめだ。場所を移さないと。また別の奴に見つかるかもしれない。
 慎二はとんっと扉を押し、外へ出──





「だ あ れ♪」





 目の前に、男が居た。
「──────っ!!」
 慎二は衝撃で、ぴくりとも動けない。
 にこにこと、ただ目の前で笑う男。
 刃を向けるでも、拘束するでもなく、ひたすら笑みを浮かべている。
 そして徐に、口を開いた。
「怖かった?」
「……え?」
 唐突な、脈絡もない質問に、戸惑う慎二。
 だが、関西弁の彼は、変わらず慎二に聞き続ける。
「なあ、怖かったやろ?」
 困惑しきりの慎二は、こくこくと、ただ頷くことしか出来ない。
「そうかあ。ほんなら、良かったわあ」
 ますます目を細めた男は、くるりと踵を返した。 
「ここ、スポットライトが当たって目立ってんで。気ぃ付けなあよ」 
 それだけを言い残し、すたすたと下の階へと歩いて行ってしまった。
「……ええ」
 一体何だったんだ。
 クローゼットの中で慎二は思わずへたり込み、これまでの分を取り戻すかの様に、深く、深く息を吐いた。
 ただの嫌がらせ?こんな時に?
 意味が分からない。
 だが、アドバイスをくれたのは助かった。
 慎二はクローゼットを出て、自分が隠れていた場所を振り返る。
 初めは気が付かなかったが、確かに個別にスポットライトが当たっていて、遠目からでも、その存在を主張している。 
 新商品だから光を当てて、アピールしているのだ。
 殺し合いを楽しんでいる人間だったら、何となくで中身を確認してもおかしくない。
 
 もし俺を見つけたのが彼じゃなかったら、今頃は……。

 そう思うとぞっとした。
 だが、別に彼も気が置けない訳ではない。
 先程の振る舞いは、変質者そのものだった。

 こうなるとやはり、包丁やナイフやハサミの一つでも欲しい所だ。
 自分の身を守れるのは、自分だけだ。
 ほんの少しでも対抗策を手に入れるべく、慎二は忍び足で、階下へと向かった。

 
 


 二階。キッチン、ダイニング用品のフロア。
「ひどい有様だ……」
 包丁・まな板の売り場を目にして、慎二はぎょっとした。
 刃物系は根こそぎ持って行かれており、空のゴンドラが残るのみ。
 そして、近くに転がる、複数の遺体。
 恐らく、ここに殺到した人々の間で、武器の奪い合いが起こったのだろう。
 慎二がすぐにここに来なかったのは、賢明だったようだ。
 下手をしたら、早々に死んでいたかもしれない。
 だが肝心の武器は、勝ち残った者や、タイミングよくここを訪れた人々に、全て先取りされてしまっていた。 
 危険を冒したのに、収穫は、ゼロ。
 仕方がないとは納得しつつ、慎二は肩を落とす。
 だがそこで、ぴかり、と閃いた。
 倉庫に、在庫が残ってるんじゃないか、と。
 ここまで大きな店舗だ。在庫も大量に入って来て、余りもあるだろう。
 後はもう、それに賭けるしかない。
 慎二はそう考え、従業員専用のスイングドアをくぐる。
 大きな音を立てては、誰かに見つかってしまう。
 慎重に、こっそりと、倉庫の中を漁る。
 だが倉庫にも、刃物の類の過剰在庫は無かった。
 ────やっぱり、もう何も残ってないのか。
 一瞬落胆しかけるが、慎二はぶんぶんと頭を横に振る。
 もしかして、別の階の倉庫にならあるかも。
 まだ、諦めない。
 そんな思いから、二階の倉庫から三階の倉庫へ続く階段を上がる。
 そして、三階の倉庫もくまなく探した。
 しかし。

 ……………………無い、何も。

 そもそも、三階は家電や清掃用品がメインのフロアだ。収納場所をそこまで取らない刃物を、わざわざ一つ上の階に格納する理由も無い。
 慎二は落ち込みながら、余り深く考えず、倉庫からドアを通って売り場へと出た。

「……あ」
「……え」
 倉庫を出てすぐは、家電の売り場。
 そこには、一人の男性社員が居た。
 会議室で、皆の中心になりかけていた、大川田さんだ。
 別に、ここに彼が居ることは不思議ではない。
 だが一点、どうしても解せないことがある。
 慎二は、彼の手元から目が離せなかった。
 えーと、あれは、どこからどう見ても。
 出刃包丁。
 それが二本。両手に握られたそれは、血に塗れていて。
 何故そんな状態なのかは、本人に聞かなくても明白で。
「ええと、あの、お久し、ぶりですね」
「ええ、どうも……」
 ほとんど面識がないもの同士の、曖昧な挨拶を、とりあえず交わしてみる。
 今のところ、大川田さんは襲い掛かってくる様子は無い。
 至って通常運転の彼に、慎二は一安心する。
 握られている出刃包丁は、ただの護身用で、拾った刃物を持っているだけかもしれない。
「じゃあ、はは、それでは……」
 それでも油断しまいと、慎二は一度頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。
 そしてじっ、とこちらを見ている壮年の社員に背を向け、歩き出した。
「待ちなさい、君!」
 慎二が五歩進んだ所で、掛かる声。
「え……」
 戦々恐々、振り返ると、
「君、大人しく、死んでくれないかね?」 
 包丁をカマキリの様に頭上に構えた大川田が、真顔で慎二に問いかけてきた。
 慎二の脳はこの時、フル稼働していた。
 「大人しく」と「死ぬ」という単語の意味を一旦ウェルニッケ野で処理し、理解した後、その二つを何とか納得の行くよう組み合わせ────。
 
 いや、納得出来るかよ!
 
 ここまでで、三秒経過。
 その直後、
「絶対に、お断りします!!」
 慎二は辛うじてそれだけ答え、脱兎のごとく駆け出した。
  




 ────そして、現在に至るという訳なのだが。
 走りながら、後ろを振り返る。
 依然として大川田は、表情無く追いかけて来ていた。
 そこまで平静なのが、逆に狂気を感じて、慎二は恐怖する。
 家電の売り場では対抗不可能と判断した慎二は、逃げ場を変え、組み立て家具のゾーンへと向かう。
 そこには、背の高いカラーボックスややスチール棚の見本が乱立していた。
 少しでも行方を眩ませられると思って、慎二はそこへ駆け込む。
 それから、カバー付きのワードローブの見本の陰に、身を潜めた。
 大川田との距離は稼げていたおかげで、姿を隠す時間は悠にあった。
「あれえ、どこに行ったのかなあ」 
 そうぶつぶつ呟く大川田は、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていく。
 上手に彼の死角に居た慎二は、どこかへと去っていくその背中を横目に、忍び足で彼が来た道を逆行した。
 灯台下暗し。
 自分が確認した所にはもう居ないだろうという心理を逆手に取るのだ。
 なるべく音を立てずに組み立て家具の売り場手前まで戻る。

 一先ずの脅威は去った。さて、次はどこに逃げるべきか……。

 早歩きをしつつ、慎二は落ち着いて考える。

 いっそ最上階まで行って、ベッドの展示の毛布の中に潜って隠れるか……?
 子どもっぽくて、一周回ってばれないんじゃないだろうか。

 とんとん。
 てくてくと、カラーボックスの見本の側を通る慎二の肩を、誰かが叩く。
 絶賛作戦会議中の慎二は、その手を振り払う。
 とんとん。
 またも叩かれる慎二の肩。
「なんだよしつこいな!」
 少し苛つき、カっとして、ばしん、と強くその手を払う。
「────ッッッ!」
 熱と、痒さが伴う痛みが、手の甲に走る。
 驚いて見れば、細く、赤い線が一つ、描かれていた。
 そこから、待ち針のようにぽつぽつと赤い球が滲む。
 切り傷だ。
 
 ……何で?
 いや、よく考えれば、そもそも肩を叩かれること自体がおかしい。
 この場に、他に誰が居るというのだ────?

 慎二はばっ、と振り返り、自分を呼び止めた人物を確認する。
「どこに行ったのかと思ったよ」 
 相も変わらず真顔で、右手の包丁をふりふりとかざす大川田。
 その包丁には、鮮血が付いていた。
 慎二の血だ。
 慎二の肩を叩いていたのは手ではなく包丁で、それを叩いた折に、切ってしまったのだろう。
「まじか……」
 手の甲を抑えながら、慎二は驚愕の面持ちで大川田を見る。
 もう気付かれたなんて。
 ちゃんと撒いたはずなのに。
 そんな慎二の内情を察したのか、大川田は言った。
「伊達に店長してないんだよ。人の気配や足音なんて、何年気にかけていると思っているんだい」
「……御見それしました」
 一歩、後ずさる慎二。
 だがそれに追随し、距離を詰める大川田。
「さあ、覚悟は出来たかい」
 大川田はずい、と慎二の首元に刃先を突き付けてくる。
「んー、あーえーと……」
 慎二は視線を彷徨わせ、何か、せめてもの反抗は出来ないかと、策を案じる。
 そして、とりあえず目に入った物に手を伸ばしつつ、
「嫌です、かね!」
 そう叫び、見本のカラーボックスを倒した。

 ……つもりだった。
 ガチン!!
 白いベルトが引き延ばされ、カラーボックスは30度程は傾いたものの、それ以上は倒れなかった。
 転倒防止ベルト……!
 店舗に展示されている比較的大きな商品の見本は、地震が起きた時でも被害が出ないように、倒れないような細工がしてある。
 その一つとして、ボックスの裏側とゴンドラを繋ぐ、太い白いベルトがあり。
 もちろん最新の店舗だから、しっかりコンプライアンス対策はされていて。
 だから簡単にカラーボックスが倒れるはずも無かった。
 そんなことは当然、知っていたのに────!
 
 ザシュッ!
「いっ……!!」
 ボックスに伸ばしている慎二の腕を、躊躇なく切り裂く大和田の出刃包丁。
 出来た傷はそこまで深くはないものの、慎二の心身にダメージを与えた。
 痛い、痛い……っ!
 気が動転した慎二は、浅い呼吸を繰り返しながら、大川田の表情を盗み見る。
 ほんの少し、口角が上がっていた。
「う、うわあああああああ!!!」
 慎二は堪らず、駆け出す。
 もう、計画や作戦など、何も無かった。
 ただがむしゃらに、走る。走る。走る。
「待ちなさい。もう逃げ場なんて、ありはしないよ」
 背後から聞こえる中年の声を、若さならではの体力で無視し、駆け抜ける。
 慎二は気が付けば、清掃用品の通路に来ていた。
 よりによって、武器になりそうな物が何もない所に……っ!
 歯噛みしながらそれでも、逃げ続けた。
 が、
 ずさあああっ!
 何かに躓いて、慎二は派手に転ぶ。
 
 ~~~~!この忙しい時に!

 自分の足を引っ掛けたものを睨むとそれは、普段はゴンドラの下に隠しているはずの脚立だった。
 それが少しはみ出していて、慎二の足を止めたのだ。
「おやおや、危ないねえ。この店舗のコンプラ担当はどうなっているんだろう。後でここの店長に言っとくよ」
 かつん、かつん、と、大川田が足音を鳴らしながら、慎二に近づいてくる。
 こけた反動で足がもつれて動けない慎二は、死に物狂いで目についたたわしやスポンジを、それらがぶら下がっている鉄製のフックごと大川田に投げつけた。
 だが、一つとして当たらない。
 ほんのちょっとだけ、彼の進路を妨害するに過ぎなかった。
「いいかい。君みたいな若造より、私の様な者が生き残った方が、会社にとっては利益になるのだよ」
 一歩、また一歩と、優しく語りかけながら、慎二ににじり寄る大川田。
「分かったら、黙って死んでくれるね?」 
 彼が慎二の腹部に向かって大きく振りかざした両手の包丁は、ぎらりと、照明の輝きを反射した。

 ────万事休す。
 慎二は、もうだめだと思った。
 何となく、自分が手当たり次第に放った商品があった棚に目を向ける。
 一部が空になったゴンドラ。フックを掛けるために設置されている鉄のバーが、露わになっている。
 ……いいや、まだだっ!
 ガツンッ!
 とんでもない勢いで振り下ろされた包丁を、ごろ!と身体を横回転させて慎二は避けた。
「~~~っ!」
 大川田が、包丁を地面に打ち付けた反動の痺れに苦しんでいる隙に、慎二は起き上がった。鉄のバーに手をかける。
 ガチャリ。
 ゴンドラに引っ掛かっている爪を外し、こうなってはただの如意棒と化した鉄の棒を手に入れる。
 そしてそれを、
 思い切り、
 大川田の頭に振りかぶった。
「がっ!?」
 まさか什器で反撃されるとは思っていなかったのだろう。突然の衝撃に、大川田は横に吹っ飛ぶ。
 こめかみを抑えて、のたうち回る大川田を、慎二は冷静に見下ろした。
 そして、思う。

 そっか、俺が殺しても、別にいいんだ。

 その後は、無意識だった。
 何度も、何度も、120㎝弱の長さの鉄棒を、大川田の頭に叩きつける。
 何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
 そうしていつしか、彼が動かなくなった時に、気が付いた。
 ああ、俺の勝ちだと。
 びくびくと、関節を跳ねさせつつも、絶対に生きてはいない有様を披露している死体を見て、慎二は安堵する。
 そして、足元に散らばった赤茶色の物体に、こんな感想を抱いた。
 
 脳みそって、こんな感じなんだ。