「いちばん好きな子に嫌われるのは、怖いから」

 ちょびと同じ色をした猫の耳を撫で、自嘲気味にそう話す。

「……そもそも、僕は人と話すの、本当はそこまで苦手でもないんだ。でも、君とは話せなかったし、あまり話したくなかった。……嫌われたくなかったから」

「……それって……矛盾、してません?」

 思い切って訊いてみたら、彼は頬を緩めて穏やかに笑った。

「面倒くさいよね。自覚はある」
「じゃあ、僕を猫だと思ってるわけでもない……?」
「その恰好も、かわいいよ。いつもの姿も好き。……好きすぎて、ずっと声を掛けられなかった」

 歯が浮くような台詞でも、この人が言うと素直に響いてくるような気がする。
 
 ……自分は、この幸せを喜んでもいいのだろうか。

 人が苦手で、不器用で。
 短所ならいくらでも並べ立てることのできる自分が、誰かに恋をする日が来るなんて。

 鼻の先が触れそうな距離。目は逸らさなかった。

「もっと、教えてください。加賀谷さんのこと」
「ちょびと、よく似てるよ。人見知りで不器用で」
「……一緒です。僕も」
「そうかな」
「そうですよ」

 彼は髪を弄ぶのをやめると、低く掠れた声で呟くように言った。

「でも、奏多くんは誰よりも猫が好きで、いつだって優しく接するよう心がけてる。すべての人に誠実で、平等であろうと努力してる。……そんな気がする」

 目頭に熱いものが込みあげてきた。
 こんな自分でも、見てくれている人がいる。

(加賀谷さんも、そうじゃないんですか)
 
 そう言おうとしたのに、泣きそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。彼は奏多の首筋に顔を埋めると、もう一度背中に手を回した。
 
 さっきよりも強く抱きしめられる。
 奏多もそっとハグを返した。
 
 身体が離れる。
 顔が近づいてきて、お互いの鼻先が触れた。
 
 いつも猫たちがする、挨拶みたいに。

「……キス、してもいい?」
 
 奏多は小さく頷き、目を閉じた。
 初めてするキスは、ほろ苦いコーヒーの味がした。