今日は柾人くんと付き合って三回目のクリスマスだ。
というわけで、私たちはちょっと良いお店でディナーを楽しむ――予定だったのだが……。
「このコーンスープ、美味しいね」
「そ、そうだね。思ったより甘いけど」
「柾人くんが今飲んだの、スープじゃなくてアイスティーだよ」
それにさっき、ガムシロップ三つくらい入れてたんだから、甘くなるのは当たり前だと思う。
「ああ、そっか……うん、美味しい」
改めてスープを飲んで、彼は無理やり作ったような笑顔を浮かべる。
「このエビ、歯ごたえがすごいよ! どこで獲れたんだろ」
「きっと、海じゃないかな」
「……うん、私もそう思う」
冗談かどうかもわからず、私は曖昧な答えを返してしまう。
「ちょっと、柾人くん。それ、スプーンじゃ切れないと思うよ」
「……本当だ」
彼はスプーンをナイフに持ち替えて、チキンソテーを解体し始める。
と、こんな感じで、柾人くんの様子がおかしい。なんだかそわそわしている。
思えば、今日は会ったときから変だった。電柱にぶつかりそうになったり、逆方向の電車に乗ろうとしたりしていた。
マイペースな方ではあるけれど、基本的にはしっかりしている人だ。今日の彼はどこかおかしい。
体調でも悪いのだろうか。
彼の顔をまじまじと見てみるけれど、顔色は悪くない。
「梓帆、どうかした?」
声だっていつも通りだ。
「ううん、別に。ちょっと日本の未来を憂いてただけ」
「そっか。日本がもっとよくなればいいね」
うん。いつもだったらここで鋭いツッコミが飛んでくるはずだ……。
やっぱり今日の柾人くんはいつもと違う。
何か、隠し事をしているのかもしれない。
でも、いったいなんだろう……。
柾人くんに限ってないと思うけど、まさか女性関係?
柾人くんは大学で天体観測のサークルに入っている。同級生の女の子から星のことを聞かれて、物知りな柾人くんが優しく教えてあげて……なんてことがあるのかもしれない。
もしくは、バイト先の人とか? 柾人くんが半年前から働いているドラッグストアで、お客さんにナンパされて困っている後輩の高校生の子を助けてあげて、そこからよく話すようになって……ということももしかするとあるのではないだろうか。
正直、油断していた。
柾人くんみたいな人は、あまり女の子にキャーキャー言われることがない。別にディスっているわけではないけれど。
でも、彼の良さを知ってしまったら、好きになる人なんていくらでもいる。
小学生の頃は、足が速い人とか、面白い人とか、カッコイイ人とか、わかりやすく目立つ人が人気だった。
だけど人は大人になるにつれて、中身をちゃんと見るようになってくる。
底抜けに優しい柾人くんは、きっとたくさんの人から愛される。愛されてしまう。
私だけが、彼の良いところを知っていればそれで十分なのに……なんて、ちょっと汚いことも考える。
恋は、自分の醜い部分を浮き彫りにしてしまう。
なんだか、気分が落ち込んできた。
年末に遊ぶときに、親友の佳月に相談でもしてみようかな……。
そのまましばらく無言で料理を食べていると――。
「あのさ……梓帆」
彼がおそるおそるこちらを見る。何か覚悟を決めたような、真剣な声だった。
私は食事の手を止めて、彼の視線を受け止めた。
とても深刻な雰囲気を醸し出してくるから、すごく不安な気持ちになる。聞きたくないと思ってしまった。
だけど――。
『うん。もう二度と、勝手にいなくならない。これからは、ずっとそばにいるから』
彼はあのとき、そう言ってくれた。
だからきっと、私が想像したような展開にはならない。
一度そう思うと、なんだか気分が楽になってきた。
「どうかした?」
彼は少しためらったあと、バッグから何かを取り出した。
「……これ」
「え?」
柾人くんが差し出してきたのは、かわいらしい包装紙で包まれた、直方体の箱だった。
「開けてみて」
包みをはがして箱を開けると、中にはネックレスが入っていた。
「そんなに高いものじゃないけど……。去年も一昨年も、ちゃんとしたプレゼント、渡せなかったから」
柾人くんが照れたように小さく笑う。たしかに、一昨年のクリスマスは一緒に出掛けただけだった。去年は受験生だったので、一緒に勉強をした。
私は一緒にいられるだけで十分だったけれど、柾人くんは負い目に感じていたみたいだ。
でも、いざプレゼントをもらってみると、やっぱり嬉しい。感動して言葉が出ない。
「最初は、もう少し良いものを渡そうと思ってたんだけど。脩平に相談したら、あんまり値段高いのも良くないって言われて……」
さすが日野くんだ。めちゃくちゃ高級なものをもらってしまったら、正直ちょっと困る。
普段も柾人くんから色々なものをもらいすぎているくらいなのに、さらに返しきれなくなってしまう。
「……すごく嬉しい」
泣きそうになりながら、どうにかしてひと言をひねり出す。
「よかった」
全身の力が抜けたように、ピンと張っていた背中がぐにゃっと崩れ落ちる。
「センスないなって思われたらどうしようって、気が気じゃなかったんだ」
そんなこと、思うわけないのに。
柾人くんからもらったものなら、たとえその辺に落ちてる石ころだって宝物だ。
というか、柾人くんが今日ボーッしてるのって、そのせいだったの?」
「そんなにボーッとしてたかな」
「してたよ! 動物園のコアラくらいボーッとしてた!」
「それは相当だね」
「あ、なんか動物園行きたくなってきた!」
「いいね。今度行こうか」
「うん! コアラがいるところね!」
「わかった。調べとくよ」
ちょっと変な私を、温かく受け入れてくれる。
彼のそういうところが、好きなんて言葉じゃ足りないくらい、好きだ。



