予期せず名前を呼ばれ、心臓がドッと跳ねる。
今、イトウリリコって……。そんなはずは。聞き間違い? ううん、でも確かに……。
「お前が死ななかったのは、俺がお前を足止めしたから──今お前が生きているのは、俺が生かしているから」
彼は、抑揚のない声でそう言い切った。
さっきから物騒でヘンな冗談ばっかり。
“いい加減にしてください。警察呼びますよ”アブナイ人に絡まれたとき、マンガやドラマではそんなセリフがよく出てくるけど、実際に口にするにはとても勇気がいる。
それでも何か言おうと唇を開きかけたけど、結局、声になることはなかった。彼の極めて冷静な表情にどきりとして。その一瞬、呼吸をすることさえ忘れてしまったから。
「十字路ではもう騒ぎが起こり始めてる。少し遠回りになるけど、手前の路地を通って家に帰ろう」
夜の静けさを閉じ込めたみたいな昏い瞳は不思議な魅力を放っていて、気を抜けば吸い込まれちゃいそう。
気づけば手を取られていた。冷たくもあったかくもない手のひらだった。ぬるいというわけでもなく、なんだろう、表現しがたい……そう、温度がない、みたい。ただ“触れている”という実感だけが静かにそこにあった。
とつぜん現れた男の子に奇妙なハナシをされた挙句、その人に手を引かれながら歩いている。普通に考えておかしいありえない。私、なに大人しく従ってるんだろう。
でも……。
──『お前はソレに巻き込まれて死ぬはずだった──伊藤りりこちゃん』
彼に話しかけられたときの位置から十字路までの距離は、彼が言うように40メートルほど。
足止めされなかった場合、タイミング的に巻き込まれていたとしても本当におかしくはない。
さっきの衝撃音が嫌なイメージとともに脳裏をよぎり、再び心臓が跳ねた。
私は、死ぬはずだった……?
指先から体温が徐々に失せていく。
いやいや、違う違う!所詮結果論というか、後付けというか。もしかしたら巻き込まれてたかもしれないよ、あぶなかったねーってハナシでしょ?
そもそも本当にトラックの事故だったのかもわかんないし。
でも、じゃあなんで、私の名前を知ってるの?
しかも、“遠回りになるけど、手前の路地を通って家に帰ろう”なんて、まるで私の家まで知ってるみたいな口ぶり。
冷静に考えて、一般的に導き出される答えは……“ストーカー”。
だけど困ったことに、この綺麗な人とストーカーという言葉がまったく結びつかない。
綺麗だからストーカーしなさそうとか、そんなガバガバな理由じゃなくて、彼を綺麗だと思う理由のひとつに、おそろしいほどの冷静さが含まれているから。
誰かを熱く追いかける姿なんて想像できない。むしろ普段は、他者との関わりを極力避けていそうな印象を受ける。
……きちんとたしかめなくちゃ。この人が何者なのか。なんで私に話しかけたのか。
手を引かれるままに歩いていた私は、つま先にぐ、っとブレーキをかけた。
すると彼は、思いのほか素直に足を止めてくれた。
「あのっ……あなたは誰なんですか、どうして私に話しかけたんですか……あと、なんで私の名前を知ってるんですか?」
一拍分の間をおいて、振り向いた彼はくすっと笑う。
「言っても信じないと思うよ。それに今の状況は俺にとってもイレギュラーだから説明が難しい」
「?…… と、とりあえず話してくれませんか? 聞かないことには判断のしようがないし……」
「ん……それもそうだね。俗っぽい人間の言葉を借りるなら死神ってのが1番近いかな」
「……、……」
「く、はは、やっぱり信じないでしょ」
そりゃあ、にわかに信じられるわけもない。のに、彼の声や瞳が極めて冷静なせいか、妙な説得力が生まれてしまっている。
今、イトウリリコって……。そんなはずは。聞き間違い? ううん、でも確かに……。
「お前が死ななかったのは、俺がお前を足止めしたから──今お前が生きているのは、俺が生かしているから」
彼は、抑揚のない声でそう言い切った。
さっきから物騒でヘンな冗談ばっかり。
“いい加減にしてください。警察呼びますよ”アブナイ人に絡まれたとき、マンガやドラマではそんなセリフがよく出てくるけど、実際に口にするにはとても勇気がいる。
それでも何か言おうと唇を開きかけたけど、結局、声になることはなかった。彼の極めて冷静な表情にどきりとして。その一瞬、呼吸をすることさえ忘れてしまったから。
「十字路ではもう騒ぎが起こり始めてる。少し遠回りになるけど、手前の路地を通って家に帰ろう」
夜の静けさを閉じ込めたみたいな昏い瞳は不思議な魅力を放っていて、気を抜けば吸い込まれちゃいそう。
気づけば手を取られていた。冷たくもあったかくもない手のひらだった。ぬるいというわけでもなく、なんだろう、表現しがたい……そう、温度がない、みたい。ただ“触れている”という実感だけが静かにそこにあった。
とつぜん現れた男の子に奇妙なハナシをされた挙句、その人に手を引かれながら歩いている。普通に考えておかしいありえない。私、なに大人しく従ってるんだろう。
でも……。
──『お前はソレに巻き込まれて死ぬはずだった──伊藤りりこちゃん』
彼に話しかけられたときの位置から十字路までの距離は、彼が言うように40メートルほど。
足止めされなかった場合、タイミング的に巻き込まれていたとしても本当におかしくはない。
さっきの衝撃音が嫌なイメージとともに脳裏をよぎり、再び心臓が跳ねた。
私は、死ぬはずだった……?
指先から体温が徐々に失せていく。
いやいや、違う違う!所詮結果論というか、後付けというか。もしかしたら巻き込まれてたかもしれないよ、あぶなかったねーってハナシでしょ?
そもそも本当にトラックの事故だったのかもわかんないし。
でも、じゃあなんで、私の名前を知ってるの?
しかも、“遠回りになるけど、手前の路地を通って家に帰ろう”なんて、まるで私の家まで知ってるみたいな口ぶり。
冷静に考えて、一般的に導き出される答えは……“ストーカー”。
だけど困ったことに、この綺麗な人とストーカーという言葉がまったく結びつかない。
綺麗だからストーカーしなさそうとか、そんなガバガバな理由じゃなくて、彼を綺麗だと思う理由のひとつに、おそろしいほどの冷静さが含まれているから。
誰かを熱く追いかける姿なんて想像できない。むしろ普段は、他者との関わりを極力避けていそうな印象を受ける。
……きちんとたしかめなくちゃ。この人が何者なのか。なんで私に話しかけたのか。
手を引かれるままに歩いていた私は、つま先にぐ、っとブレーキをかけた。
すると彼は、思いのほか素直に足を止めてくれた。
「あのっ……あなたは誰なんですか、どうして私に話しかけたんですか……あと、なんで私の名前を知ってるんですか?」
一拍分の間をおいて、振り向いた彼はくすっと笑う。
「言っても信じないと思うよ。それに今の状況は俺にとってもイレギュラーだから説明が難しい」
「?…… と、とりあえず話してくれませんか? 聞かないことには判断のしようがないし……」
「ん……それもそうだね。俗っぽい人間の言葉を借りるなら死神ってのが1番近いかな」
「……、……」
「く、はは、やっぱり信じないでしょ」
そりゃあ、にわかに信じられるわけもない。のに、彼の声や瞳が極めて冷静なせいか、妙な説得力が生まれてしまっている。