約1/30000の確率の音を、私は忘れることができない。

もう、かすみかがったおぼろげな記憶の中で、

後輩の男の子が私に何か言った。

なんて言ったのか忘れた。
当時の私は、好きな人にしか興味が持てなかった。早く大人になりたくて、消化試合みたいな学生生活を送っている最中だった。


その『何か』は、告白だったような気もするし、
危うい橋を渡る私に一矢報いるような、図星をついた発言だった気もする。

『趣里先輩』

掠れた、声変わりがほぼ終わりかけの声が、あの音だけが
鮮明に再生されるたびに

私の気持ちだけが高校生に戻っていく。
あの時も、私はこの場所に立って、正面に並べられた白黒の的を見据えていた。
的に当たれば勝ち。外れたら下手くそ。
ただそれだけの単純なゲームに私は負けたくなくて、ムキになった日もあったけれど、後輩の男の子はそんな私を軽々と超えていった。


「コーチ?あの、試合進行お願いします」

生徒に声をかけられて我に返る。

そこは、弓道場で、記憶の中のそれよりも鮮明で、白と黒に分かれた道着を着用した生徒が私を覗き込んでいた。

幼気なその顔は、私から見れば子供にしか見えないのに、彼女たちから私はほぼ同じ年くらいに思われていて。
その“差”に気がつくのにはもう少し先の話だ。実際私もそうだったから。

「あー、ごめんなさい。ボーッとしてた。……じゃあ、
Aチーム、Bチーム。3人立射の試合を始めます。


起立、……始め」


私の掛け声で、生徒たちはパイプ椅子から立ち上がる。
しん、としていた弓道場から、足袋が、袴が擦れる音がする。

ああ、そうだ。あの時は、テスト週間で、私と彼しかいなかったんだ。

2人だけの弓道場。
あの時に聞いた、矢が矢を貫く音。
金属がメリメリと裂ける、ただの音だけど、
私にとっては運命が切り替わる音。