『はい、肝胆膵内科、看護師の山田です』

「あ、給食室です。すみません、そちらに入院中の森田明代さんの選択食の用紙が提出されているのですが、AかBどちらも選んでなくて。このままだとAになりますが、それでいいか本人に確認してもらえますか?」

 増田さんがそう説明すると、電話口の看護師は少し黙った。電話の向こうで電子カルテを開いているらしい。そしてすぐに答えた。

『ああ……森田さんの食事を止めてなかった! すみません、森田さんは今危篤状態なので食事を取れる状態じゃないんです。食事の入力を変更できていませんでした、すみません』

「えっ……そうなんですか。あの、いつからそのような状態に? 今日、選択食の紙を提出されていたんですけど……」

『……昨日の夕方から意識がない状態なので、提出しているはずがないと思うのですが……』

 看護師はやや困ったようにそう言った。

 選択食の用紙は朝と夜、回収する。先ほど回収されてきたということは、昨日の夜から今日にかけて提出されたはず。でも当の本人は提出できる状態ではなかった。

 増田さんは受話器を持ったまま、近くに置いてあるメッセージ付きの紙を見た。なんとなく、この文章については触れてはいけない気がした。

「……そうですか。わかりました、ありがとうございます」

 増田さんはすべての言葉を呑み込んでそれだけ言うと、電話を切った。何があったのか聞きたそうにしている同僚に何も答えず、無言で紙をぐしゃぐしゃにした。

 漠然と、これ以上深入りしない方がいいと思ったからだ。

「どうだった?」

「……いたずらだろうって」

 増田さんは無理やり笑ってそう答えた。

 結局、選択食の用紙に変なメッセージが書き込まれたのはこれきりだった。