回らない頭で何とか業務をこなし、仕事を終えた後、私は同僚から聞いた話を頼りに、女の姿を見たという人たちを探して回りました。

 まずすぐに会うことが出来たのが、図書コーナーに勤める石動さんという女性でした。今月の頭に女の姿を見たという石動さんの話は不気味で、どう考えても現実とは思えないような内容でした。

 次に会えたのは薬剤師で、夜勤帯に女と遭遇したとのこと。これまた非現実的な話で、話す相手の方もなるべく思い出したくない、というように早口で話してくれました。

 この日に会えたのはその二人でしたが、後日に受付で女を見た人、女を見たわけではないけれど変なメモを見たという給食室の人にも話を伺えました。みんな、『あまり関わりたくない』という反応でした。

 私はすべての情報を手に入れ、家でまとめてみることにします。SNSでもらった情報も込め、起こったことを時系列に並べてその内容をしっかり確認してみます。そこで、あることに気が付きました。

 ここにも記しておきます。


一月十五日 女が消化器内科に侵入し、看護師たちを突き飛ばして逃亡する

   同月 女が興信所に電話をする

二月 二日 給食室に女が書いたとみられるメモが届く

   同月 おかしなQRコードが印刷されたチラシが貼られる

   同月 イスルギさんという不思議な遊びが小児科内で流行る

三月二十日 受付に女が現れ、診察券を忘れたから再発行するように言う

   同月 SNSにおかしな書き込みがされる

 四月十日 薬局に女が現れる

 五月一日 図書コーナーに女が現れる
 
五月十五日 総合心療内科に女が侵入する


 私の知らぬ間にこれだけのことが起こっていたということに震えつつ、冷静に考えます。女の行動力はいつでも常識を逸していますが、ある時期から特に不思議なことが増えました。

 前半は、確かに不気味なものですが、生身の人間が動いたのだろう、というものが多くありました。最初の侵入の時は看護師を突き飛ばして逃げる様子が見られていますし、興信所に依頼をするのも、SNSに書き込むのも、人探しとしてまず考えつく方法を取っています。受付でも、スタッフにイスルギミサトの名前を検索させることで、患者にはいないという情報を手に入れたのです。

 でも、そのあとは?

 夜の薬局と図書コーナーに関しては、いるはずだった女が突然姿を消したりして、不可解な点が増えています。それに、目撃者はたった一人。他の人間が現れたときには忽然といなくなっています。

 それは、祖父母が『女を殺した』と言っていた時期以降のことです。つまり、四月中旬以降。

 さらには、ここ最近女に会った人たちは何かしら体に影響が出ています。薬剤師は高熱にうなされ、図書コーナーの女性は原因不明の湿疹、寝たきり患者がベッドから転落する……。

 どれも『ただの偶然ではないか?』と言われれば何も言えません。でも女に会った人たちが次々こんな目に遭うのを、偶然と笑い飛ばすことは私にはできませんでした。

 もしかして、女はすでに――

 そんなバカげた、けれども恐ろしい考えが頭に浮かび、私は一人愕然とするしかありませんでした。




 私はM病院を辞めました。理由や、やめた後にどうするかは上司にも同僚にも伝えませんでした。

 さらに、女と祖父母たちから逃げるように引っ越しも済ませました。

 ただ、電話が鳴り響いています。固定電話からなので検索をかけると、北陸地方からだったので、おそらくあの人たちです。

 まだ鳴っています。

 出る勇気はありません。