「な、亡くなったの?」
「はい、もうだいぶ前に……」
「あなたが就職した、という連絡を最後に、全くやり取りをしなくなったんです。いえ、やり取りという言い方もあれかしら。お母様が手紙を送ってくれただけで……あなた方の連絡先はわからなかったから、こちらからは連絡のとりようがなくて」
「すみません、母は本当に頑なだったんですね」
項垂れて謝る私を、二人は強く止めました。
「いいえ、元はと言えば悪かったのはうちの息子なんですから! 何も妊娠中に……あ、ええと」
「はい、全て祖母から聞きました」
「そう。その、妊娠中にあなたのお母様を裏切るようなこと、本当に情けないです。同じ女性として許せない気持ちは分かる。むしろ、孫であるあなたの様子を時々でも知ることが出来たのはありがたいぐらい。うちにとってはたった一人の孫なのに……」
「一人?」
私が首を傾げると、二人は大きく頷きました。男性の方が答えます。
「一人息子でね。君のお母さんと別れた後もずっと独り身で……孫と呼べるのは他にいない」
「そうだったんですか……」
それを聞いて、母の行動を少し悲しく思いました。妊娠中の浮気は許せないという気持ちは分かりますが、見たところご両親はいい人そうだし、たまに会わせてくれてもよかったのに、と思ってしまいます。
そんな私の心を見抜いたのか、女性は慌てた様子でフォローします。
「悪いのはほんと、うちの息子だから! あなたのお母さんは立派に美里ちゃんを育てて本当に素晴らしいお母さんよ。こうしてあなたが元気に過ごしているのが何より嬉しいから」
「……ありがとうございます。実は先日、祖母も亡くなりまして。最後に残してくれた手紙にここの住所が書いてあったんです。いてもたってもいられなくて、急に来てしまいました」
「そうだったの……」
「それまでは全く知らなくて。父のこともこの家のことも……あの、それで父は? 転勤が多い仕事だと祖母から聞いたのですが、今はどこにいるのでしょうか?」
私が尋ねると、二人が明らかに表情を曇らせました。不思議に思っていると、男性の方が言いにくそうに口を開きます。
「……去年の終わりに、病気で亡くなって……」
「……え」
「あともう少し頑張って生きていれば、美里ちゃんに会えたかもしれないのにね……」
すると女性の方が無言で立ち上がり、どこかへ行ったかと思うと、手に写真を持って戻ってきました。数枚あるその写真を見てみると、見覚えのない男性が映っています。目鼻立ちがきりっとした男性で、整った顔をしている、と思いました。私とは全く似ていないので、私は母似だったようです。
恐る恐るそのうちの一枚を手に取ります。
「……これが……」
「ガンでね……一つだけ息子のフォローを入れさせてもらうと、あの子なりにあなたのことを考えていて、再婚も何もしなかったみたいなの。自分で蒔いた種なんだけど、子供に会えなかったのが相当辛かったみたいで。会いに行くことも出来たけど、そんな勇気も出ない小心者だったの」
全く知らない男性を見せられ、これが父だと言われても、複雑な気持ちになりました。でも間違いなく私の父親なのでしょう。私は何も言えずに黙り込んでしまいます。亡くなっていたなんて思いませんでした。確かにもう少し早く来られれば、会えたかもしれないのに……。
ただ、ふっとあることが頭に思い浮かびます。
女が現れたのは、一月のことだった――父が亡くなった直後に私を探しに来ている。これは偶然なのだろうか?
私は一旦写真を置いて、今回ここに来ることになった経緯を話すことにしました。石動美里を探す女がいたこと、自分だと全く気付かなかったが、最近になって自分だと知ったこと。女は今でもSNSなどを使って私を探そうとしているが、心当たりは一切ないこと。
私の話を聞いて、二人はどんどん青ざめていきました。女性の方が声を震わせながら言います。
「それは……怖かったでしょう……! 何もなくて幸いだったわ」
「あの、その女性について心当たりはありませんか? 私は実際には見ていないので特徴を話すことも出来ませんが、話によるとかなりやせ細った、髪の長い女性みたいなんですが」
すると二人の目が同時に吊り上がったので、心当たりがあるんだ、と瞬時に理解しました。女性は怒りに満ちた声で言います。
「うちの葬儀にも来たのよ! 雅一の葬儀に!」
「……え?」
「家族だけで見送ることにしていたのに、突然来たのよ。初めて会ったあの人は雅一の交際相手だって言い張ったけれど、そんなはずはない。それに、女の様子はどう見ても普通じゃなかったからお断りして……そしたら、その場で金切り声を上げて無理やり中に入ろうとして、警察を呼んだのよ」
「警察を!?」
「雅一の葬儀であんな騒ぎを起こすなんて信じられなかった……でもね、美里ちゃん、安心してほしい」
突然、柔らかな声を出して、私の手を握りました。皺のある手は、どこか安心感を与えてくれます。
「あの女は、殺しておいたから」
「はい、もうだいぶ前に……」
「あなたが就職した、という連絡を最後に、全くやり取りをしなくなったんです。いえ、やり取りという言い方もあれかしら。お母様が手紙を送ってくれただけで……あなた方の連絡先はわからなかったから、こちらからは連絡のとりようがなくて」
「すみません、母は本当に頑なだったんですね」
項垂れて謝る私を、二人は強く止めました。
「いいえ、元はと言えば悪かったのはうちの息子なんですから! 何も妊娠中に……あ、ええと」
「はい、全て祖母から聞きました」
「そう。その、妊娠中にあなたのお母様を裏切るようなこと、本当に情けないです。同じ女性として許せない気持ちは分かる。むしろ、孫であるあなたの様子を時々でも知ることが出来たのはありがたいぐらい。うちにとってはたった一人の孫なのに……」
「一人?」
私が首を傾げると、二人は大きく頷きました。男性の方が答えます。
「一人息子でね。君のお母さんと別れた後もずっと独り身で……孫と呼べるのは他にいない」
「そうだったんですか……」
それを聞いて、母の行動を少し悲しく思いました。妊娠中の浮気は許せないという気持ちは分かりますが、見たところご両親はいい人そうだし、たまに会わせてくれてもよかったのに、と思ってしまいます。
そんな私の心を見抜いたのか、女性は慌てた様子でフォローします。
「悪いのはほんと、うちの息子だから! あなたのお母さんは立派に美里ちゃんを育てて本当に素晴らしいお母さんよ。こうしてあなたが元気に過ごしているのが何より嬉しいから」
「……ありがとうございます。実は先日、祖母も亡くなりまして。最後に残してくれた手紙にここの住所が書いてあったんです。いてもたってもいられなくて、急に来てしまいました」
「そうだったの……」
「それまでは全く知らなくて。父のこともこの家のことも……あの、それで父は? 転勤が多い仕事だと祖母から聞いたのですが、今はどこにいるのでしょうか?」
私が尋ねると、二人が明らかに表情を曇らせました。不思議に思っていると、男性の方が言いにくそうに口を開きます。
「……去年の終わりに、病気で亡くなって……」
「……え」
「あともう少し頑張って生きていれば、美里ちゃんに会えたかもしれないのにね……」
すると女性の方が無言で立ち上がり、どこかへ行ったかと思うと、手に写真を持って戻ってきました。数枚あるその写真を見てみると、見覚えのない男性が映っています。目鼻立ちがきりっとした男性で、整った顔をしている、と思いました。私とは全く似ていないので、私は母似だったようです。
恐る恐るそのうちの一枚を手に取ります。
「……これが……」
「ガンでね……一つだけ息子のフォローを入れさせてもらうと、あの子なりにあなたのことを考えていて、再婚も何もしなかったみたいなの。自分で蒔いた種なんだけど、子供に会えなかったのが相当辛かったみたいで。会いに行くことも出来たけど、そんな勇気も出ない小心者だったの」
全く知らない男性を見せられ、これが父だと言われても、複雑な気持ちになりました。でも間違いなく私の父親なのでしょう。私は何も言えずに黙り込んでしまいます。亡くなっていたなんて思いませんでした。確かにもう少し早く来られれば、会えたかもしれないのに……。
ただ、ふっとあることが頭に思い浮かびます。
女が現れたのは、一月のことだった――父が亡くなった直後に私を探しに来ている。これは偶然なのだろうか?
私は一旦写真を置いて、今回ここに来ることになった経緯を話すことにしました。石動美里を探す女がいたこと、自分だと全く気付かなかったが、最近になって自分だと知ったこと。女は今でもSNSなどを使って私を探そうとしているが、心当たりは一切ないこと。
私の話を聞いて、二人はどんどん青ざめていきました。女性の方が声を震わせながら言います。
「それは……怖かったでしょう……! 何もなくて幸いだったわ」
「あの、その女性について心当たりはありませんか? 私は実際には見ていないので特徴を話すことも出来ませんが、話によるとかなりやせ細った、髪の長い女性みたいなんですが」
すると二人の目が同時に吊り上がったので、心当たりがあるんだ、と瞬時に理解しました。女性は怒りに満ちた声で言います。
「うちの葬儀にも来たのよ! 雅一の葬儀に!」
「……え?」
「家族だけで見送ることにしていたのに、突然来たのよ。初めて会ったあの人は雅一の交際相手だって言い張ったけれど、そんなはずはない。それに、女の様子はどう見ても普通じゃなかったからお断りして……そしたら、その場で金切り声を上げて無理やり中に入ろうとして、警察を呼んだのよ」
「警察を!?」
「雅一の葬儀であんな騒ぎを起こすなんて信じられなかった……でもね、美里ちゃん、安心してほしい」
突然、柔らかな声を出して、私の手を握りました。皺のある手は、どこか安心感を与えてくれます。
「あの女は、殺しておいたから」


