突然祖母が亡くなってしまったことにより、しばらくバタバタしていました。
急性心不全だったようで、外を歩いていたところ急に意識を失って倒れ、そのまま亡くなったようでした。周りに人がおらず、発見が遅れたのも不運でした。
高齢だったとはいえ、この前会ったのが最後になるなんて夢にも思っていなかった私はショックで泣き崩れながらも、祖母のために小さな葬儀を開き、最期の別れをしました。私をずっと支えてくれた祖母に、ひたすら感謝の気持ちを告げて。
祖母の死に魂が抜けたようになっていた私ですが、すぐに別件で忙しくなります。それは、祖母が残していてくれた手紙を見つけたからです。
私に先日話してくれた直後に書いたようで、やはり祖母も私を探す女のことが気になっていたようでした。
祖母の家の引き出しに、その手紙はそっと置いてありました。まるで私に気づかれるのを待っていたように。
美里へ
これはもし、美里に全てを話す前に私が死んでしまった時のために書いておきます。
先日、美里には初めて両親のことを話しましたね。あれは全て事実で、あなたが石動美里になるはずだったというのも本当のことです。
あなたを探すという女性に心当たりがないのも嘘ではありません。
その正体不明の女がこのままあなたを探すそぶりを見せなければそれでいいのですが、もしまだ執拗にあなたを探すようなことがあったら……助けを求められる人が一人だけいます。
あなたの父親です。
あなたの父親、石動雅一さんは転勤が多い方で、住所がよく変わる方だったので、今現在の住所はわかりません。ですが、雅一さんの実家のご住所は知っています。実はあなたのお母さんは、あなたに会わせることは拒否していましたが、美里が受験に合格しただとか、成人した、就職したという人生の節目には、雅一さんに手紙を送って現状を伝えていました。どれも雅一さんのご実家に送っていたのです。
でもここ数年、美里が無事社会人になってからは連絡を取っていません。雅一さんが今どう過ごしているのか私はわかりません。
私が死んでしまったら、あなたの血のつながりがある人は雅一さんとそのご両親のみになります。だから、ここにその連絡先を残しておきます。これを使うか使わないかはあなたに任せます。
手紙の最後には、北陸地方の住所が書かれていました。
私はその手紙を読んで、しばらく放心状態でした。ですが少し時間が経った後、私はすぐに起き上がって書かれた住所へ向かう準備を始めました。祖母の葬儀のために忌引き休暇を貰っていたのと、私の家庭環境をしっていた上司が気を遣ってさらに休みをつけてくれていたので、時間に余裕があったのです。
それと同時に、心の奥底でぞわぞわと騒ぐ不安感を放っておけなかったから。
このタイミングで、元気だった祖母が亡くなったのは、私の不安を掻き立てるには十分な展開でした。なにも、女が祖母を……なんて現実離れしたことを考えていたわけではないです。でも、なんだか女が徐々に私に近づいてきている、そんな気がしてならなかったのです。
本来なら、家を訪ねていいか手紙を出してアポイントを取ってから伺うのがマナーでしょう。でも、その時の私にはそんな余裕ありませんでした。マナー違反でもなんでもいいから、早く動きたいと思ったのです。
もし相手が留守だったら泊まりになるかもしれないと考え、泊まりの準備までして新幹線に飛び乗りました。一人で新幹線に乗るのも、北陸地方に行くのも初めての経験です。
スマホで住所を調べて大体の場所を見てみると、新幹線を下りて電車に乗り換え、さらにバスを使わないといけない場所のようでした。
そして私が住む場所から数時間かけて、私は父の実家へ到着したのです。
勝手なイメージで田舎を想像していたのですが、思ったよりずっと店も人も多い場所でした。さびれた駅を降りてバスに乗ろうとしたのですが、次のバスは一時間後だったので待ちきれず、タクシーで移動することにしました。
タクシーから見える景色は新鮮でした。田んぼや畑も多くありましたが、大きなスーパーやホームセンター、飲食店もそれなりにある街です。どの店も駐車場がやたら広いのが印象的でした。
タクシーで二十分ほど移動した後、目的地がここだよと教えられて降りました。住宅街の中にひっそりある、ごくごく普通の和のお家でした。
私の祖母が以前住んでいた家より新しく、綺麗に見えます。リフォームでもしたのでしょうか。真っ黒な瓦屋根に、少しくすんでいるけれども、そこまで古くはなさそうな色の白い壁。玄関はガラスの引き戸で、そこは壁とは違って年季が入っているように見えました。庭も目に入りましたが、比較的手入れされているようでスッキリしています。
表札には石動、と書かれているのを確認します。家の前には車が一台、停まっていました。
玄関の前で立ち止まり、今さら急に訪問することの非常識さを思い出しインターホンを押す手が止まってしまいます。怖気づいているのです。ここに自分は全く知らない祖父母がいる、もしかしたら父もいるかもしれないと思うと、緊張するのは当然とも言えます。
それでも立ち止まっていては何も始まらない。私は意を決してインターホンを鳴らしました。
機械越しにピンポーンと音が鳴り響きます。ドキドキしながら待っていると、家の中から足音がしたので、なお緊張が増しました。そして、女性の声が流れてきます。
『はい』
「あ、あの……」
説明しようとして、何から言えばいいのか分からなくなり口籠ってしまいました。孫の美里です、と言うのは何だか気が引ける……迷った挙句、父だという人の名前を出しました。
「突然すみません。石動雅一さんのご自宅はこちらでしょうか?」
『え? ええ……』
「あの……なんと説明をすればいいのか……私、雅一さんの娘だとつい先日祖母から聞きまして。その祖母も急逝してしまったのですが……」
しどろもどろに説明してると、向こうが息を呑んだのが伝わってきました。そしてすぐに、バタバタと足音が聞こえてきたかと思うと、がらっと玄関の戸が開きました。
そこから出てきたのは、一人の高齢女性でした。グレーの髪を一つにまとめ、顔中には皺が刻み込まれていましたが、背筋はピンと伸びてしっかりしていそうな人でした。
「あ、あの、美里と言います」
「……あ、あんた! あんた、来て!」
女性がそう叫ぶと、後ろからもう一つ足音が聞こえ、高齢男性が現れました。二人とも目を満月のように丸くして私を見つめています。女性はサンダルを履くこともせず、呆然としたまま素足で外にふらふらと出てきました。
私は頭を下げます。
「み、美里ちゃん?」
「突然すみません。あの……」
「信じられない! あ、あなた、美里ちゃんですって!」
女性はぶわっと目に涙を浮かべて私を見つめました。その姿を見て、歓迎されているようだと分かりほっとします。男性も後からこちらに歩み寄り、驚いた顔で私を見ていました。
「ほ、本当にか? ど、どうして急に?」
「話せば長くなるのですが……」
「な、中に入ってちょうだい。汚い所だけど……ほ、ほら。よかったら」
女性に促され、私は会釈をしてそのまま家へお邪魔することになりました。そこで、手土産の一つも持ってこなかったことを思い出し、しまったと思いました。とにかくここに辿り着くのに必死で、何も考えられなかったのです。
「すみません、私手ぶらで……」
「そんなこと気にしないで! こっちへどうぞ」
その家は、昔祖母が住んでいた家に非常に似ていて、懐かしくなりました。言葉では言い表せられない独特の香り……いわゆる『おばあちゃんの家の匂い』がして、胸がいっぱいになります。中は外見より古く見え、でも温かみのあるお家でした。
リビングに通されると、こたつがあったので、さらにぐっと泣きそうになります。北陸地方は冬が長いため、もう五月だというのにまだ片付けていなかったようです。
私の視線に気が付いたのか、女性は恥ずかしそうに笑います。
「もう片付けなきゃと思ってたんだけどね。そろそろ温かいから」
「いえ……こたつ、好きです」
私はそっとお邪魔し、あまり寒くないけれど膝にこたつ布団を掛けてみました。懐かしい気持ちで満たされます。
女性は私に温かいお茶を淹れてくれ、男性は落ち着かないようにきょろきょろとやたら視線を動かしていました。二人は正面に座り、改めて私に言ってくれました。
「雅一の母です。あなたから見れば、おばあちゃんになるんです」
「雅一の父です」
「……ええと、初めまして……美里です」
二人は顔を綻ばせて私の話を聞いてくれています。
「あの、お二人は母の死についてはご存じでしたか?」
私がそう尋ねると、驚いたように顔を見合わせました。どうやら、知らないようでした。
急性心不全だったようで、外を歩いていたところ急に意識を失って倒れ、そのまま亡くなったようでした。周りに人がおらず、発見が遅れたのも不運でした。
高齢だったとはいえ、この前会ったのが最後になるなんて夢にも思っていなかった私はショックで泣き崩れながらも、祖母のために小さな葬儀を開き、最期の別れをしました。私をずっと支えてくれた祖母に、ひたすら感謝の気持ちを告げて。
祖母の死に魂が抜けたようになっていた私ですが、すぐに別件で忙しくなります。それは、祖母が残していてくれた手紙を見つけたからです。
私に先日話してくれた直後に書いたようで、やはり祖母も私を探す女のことが気になっていたようでした。
祖母の家の引き出しに、その手紙はそっと置いてありました。まるで私に気づかれるのを待っていたように。
美里へ
これはもし、美里に全てを話す前に私が死んでしまった時のために書いておきます。
先日、美里には初めて両親のことを話しましたね。あれは全て事実で、あなたが石動美里になるはずだったというのも本当のことです。
あなたを探すという女性に心当たりがないのも嘘ではありません。
その正体不明の女がこのままあなたを探すそぶりを見せなければそれでいいのですが、もしまだ執拗にあなたを探すようなことがあったら……助けを求められる人が一人だけいます。
あなたの父親です。
あなたの父親、石動雅一さんは転勤が多い方で、住所がよく変わる方だったので、今現在の住所はわかりません。ですが、雅一さんの実家のご住所は知っています。実はあなたのお母さんは、あなたに会わせることは拒否していましたが、美里が受験に合格しただとか、成人した、就職したという人生の節目には、雅一さんに手紙を送って現状を伝えていました。どれも雅一さんのご実家に送っていたのです。
でもここ数年、美里が無事社会人になってからは連絡を取っていません。雅一さんが今どう過ごしているのか私はわかりません。
私が死んでしまったら、あなたの血のつながりがある人は雅一さんとそのご両親のみになります。だから、ここにその連絡先を残しておきます。これを使うか使わないかはあなたに任せます。
手紙の最後には、北陸地方の住所が書かれていました。
私はその手紙を読んで、しばらく放心状態でした。ですが少し時間が経った後、私はすぐに起き上がって書かれた住所へ向かう準備を始めました。祖母の葬儀のために忌引き休暇を貰っていたのと、私の家庭環境をしっていた上司が気を遣ってさらに休みをつけてくれていたので、時間に余裕があったのです。
それと同時に、心の奥底でぞわぞわと騒ぐ不安感を放っておけなかったから。
このタイミングで、元気だった祖母が亡くなったのは、私の不安を掻き立てるには十分な展開でした。なにも、女が祖母を……なんて現実離れしたことを考えていたわけではないです。でも、なんだか女が徐々に私に近づいてきている、そんな気がしてならなかったのです。
本来なら、家を訪ねていいか手紙を出してアポイントを取ってから伺うのがマナーでしょう。でも、その時の私にはそんな余裕ありませんでした。マナー違反でもなんでもいいから、早く動きたいと思ったのです。
もし相手が留守だったら泊まりになるかもしれないと考え、泊まりの準備までして新幹線に飛び乗りました。一人で新幹線に乗るのも、北陸地方に行くのも初めての経験です。
スマホで住所を調べて大体の場所を見てみると、新幹線を下りて電車に乗り換え、さらにバスを使わないといけない場所のようでした。
そして私が住む場所から数時間かけて、私は父の実家へ到着したのです。
勝手なイメージで田舎を想像していたのですが、思ったよりずっと店も人も多い場所でした。さびれた駅を降りてバスに乗ろうとしたのですが、次のバスは一時間後だったので待ちきれず、タクシーで移動することにしました。
タクシーから見える景色は新鮮でした。田んぼや畑も多くありましたが、大きなスーパーやホームセンター、飲食店もそれなりにある街です。どの店も駐車場がやたら広いのが印象的でした。
タクシーで二十分ほど移動した後、目的地がここだよと教えられて降りました。住宅街の中にひっそりある、ごくごく普通の和のお家でした。
私の祖母が以前住んでいた家より新しく、綺麗に見えます。リフォームでもしたのでしょうか。真っ黒な瓦屋根に、少しくすんでいるけれども、そこまで古くはなさそうな色の白い壁。玄関はガラスの引き戸で、そこは壁とは違って年季が入っているように見えました。庭も目に入りましたが、比較的手入れされているようでスッキリしています。
表札には石動、と書かれているのを確認します。家の前には車が一台、停まっていました。
玄関の前で立ち止まり、今さら急に訪問することの非常識さを思い出しインターホンを押す手が止まってしまいます。怖気づいているのです。ここに自分は全く知らない祖父母がいる、もしかしたら父もいるかもしれないと思うと、緊張するのは当然とも言えます。
それでも立ち止まっていては何も始まらない。私は意を決してインターホンを鳴らしました。
機械越しにピンポーンと音が鳴り響きます。ドキドキしながら待っていると、家の中から足音がしたので、なお緊張が増しました。そして、女性の声が流れてきます。
『はい』
「あ、あの……」
説明しようとして、何から言えばいいのか分からなくなり口籠ってしまいました。孫の美里です、と言うのは何だか気が引ける……迷った挙句、父だという人の名前を出しました。
「突然すみません。石動雅一さんのご自宅はこちらでしょうか?」
『え? ええ……』
「あの……なんと説明をすればいいのか……私、雅一さんの娘だとつい先日祖母から聞きまして。その祖母も急逝してしまったのですが……」
しどろもどろに説明してると、向こうが息を呑んだのが伝わってきました。そしてすぐに、バタバタと足音が聞こえてきたかと思うと、がらっと玄関の戸が開きました。
そこから出てきたのは、一人の高齢女性でした。グレーの髪を一つにまとめ、顔中には皺が刻み込まれていましたが、背筋はピンと伸びてしっかりしていそうな人でした。
「あ、あの、美里と言います」
「……あ、あんた! あんた、来て!」
女性がそう叫ぶと、後ろからもう一つ足音が聞こえ、高齢男性が現れました。二人とも目を満月のように丸くして私を見つめています。女性はサンダルを履くこともせず、呆然としたまま素足で外にふらふらと出てきました。
私は頭を下げます。
「み、美里ちゃん?」
「突然すみません。あの……」
「信じられない! あ、あなた、美里ちゃんですって!」
女性はぶわっと目に涙を浮かべて私を見つめました。その姿を見て、歓迎されているようだと分かりほっとします。男性も後からこちらに歩み寄り、驚いた顔で私を見ていました。
「ほ、本当にか? ど、どうして急に?」
「話せば長くなるのですが……」
「な、中に入ってちょうだい。汚い所だけど……ほ、ほら。よかったら」
女性に促され、私は会釈をしてそのまま家へお邪魔することになりました。そこで、手土産の一つも持ってこなかったことを思い出し、しまったと思いました。とにかくここに辿り着くのに必死で、何も考えられなかったのです。
「すみません、私手ぶらで……」
「そんなこと気にしないで! こっちへどうぞ」
その家は、昔祖母が住んでいた家に非常に似ていて、懐かしくなりました。言葉では言い表せられない独特の香り……いわゆる『おばあちゃんの家の匂い』がして、胸がいっぱいになります。中は外見より古く見え、でも温かみのあるお家でした。
リビングに通されると、こたつがあったので、さらにぐっと泣きそうになります。北陸地方は冬が長いため、もう五月だというのにまだ片付けていなかったようです。
私の視線に気が付いたのか、女性は恥ずかしそうに笑います。
「もう片付けなきゃと思ってたんだけどね。そろそろ温かいから」
「いえ……こたつ、好きです」
私はそっとお邪魔し、あまり寒くないけれど膝にこたつ布団を掛けてみました。懐かしい気持ちで満たされます。
女性は私に温かいお茶を淹れてくれ、男性は落ち着かないようにきょろきょろとやたら視線を動かしていました。二人は正面に座り、改めて私に言ってくれました。
「雅一の母です。あなたから見れば、おばあちゃんになるんです」
「雅一の父です」
「……ええと、初めまして……美里です」
二人は顔を綻ばせて私の話を聞いてくれています。
「あの、お二人は母の死についてはご存じでしたか?」
私がそう尋ねると、驚いたように顔を見合わせました。どうやら、知らないようでした。


