小さく首を傾げ、安藤さんは聞き返した。

「すみません、ええっと、イスルギミサト様でよろしかったでしょうか?」

「そう言ってるでしょお!!!」

 突然、甲高い叫び声が聞こえて、安藤さんは驚きのあまり黙り込んだ。目の前のイスルギミサトは、小さな目を見開いて安藤さんを睨みつけている。周りの患者やスタッフも、一瞬黙って安藤さんたちに注目した。

 女はふーっふーっと鼻から息を吐いており、興奮状態にあるように見えた。

「あ……も、申し訳ありません。保険証をお願いいたします」

 慌てて安藤さんはそう言った。初めからそうしておけばよかった、と後悔しながら。ただ、女は今度は淡々とした声で答える。

「ないです」

「……」

 安藤さんはたらりと額に汗をかきつつ、もう一度パソコンにイスルギミサトを入力したが、やはり出てこなかった。一度イスルギのみを入れたところ、一人だけ該当したが、高齢男性だったので別人のようだった。

 安藤さんは無理やり笑って見せる。

「申し訳ありません。イスルギミサト様の記録が残っておりません。ええと、いつ頃診察されたのでしょうか? 今現在通院中でしょうか?」

 考えられるのは、どこか他の病院と間違えているというミスだ。ありえないミスかと思われるが、案外珍しくない。病気で色々な病院を掛け持ちしている患者は多くいる。こうやって質問を投げかけることで、相手の記憶を呼び起こし、自分のミスに気づいてもらうという魂胆だ。

 だが女性は何も答えなかった。黙り込んだまま、じいっと安藤さんの手元を見つめている。キーボードの上に置かれた指を。

「……記録、なかった?」

「は、はい。イスルギミサト様ですよね? 当院には何も……」

「……」

 しばらくその場に立ち尽くした後、女性は何も言わずにその場から離れていってしまった。非常に不安定でふらふらした足取りで、今にも転びそうだった。

 その後姿を呆然と見つめていると、彼女の折れそうなふくらはぎとサンダルが見えた。薄着にプラスして、サンダルとは。

 それにしても、急に怒鳴ったりしたし、一言くらい謝るとかあってもいいんじゃない? あの様子だと、多分違う病院と間違えてたんでしょ。

 安藤さんはそう思ってむっとしたが、すぐに気持ちを切り替えた。待っている人が大勢いるので、次の番号を呼び出した。