「なんか朝の配膳で部屋に入ったら、女が立ってたんだって。どう見ても怪しい変質者だったみたい。青いワンピースを着て、顔は見えないぐらい俯いてゆらゆら揺れてた、って……」

「ひー! ホラーじゃん、私怖い話だめなんだよー!」

「その病室の患者とは違う名前を出して、その人はいますか? って尋ねてきたんだって……」

「え、違う病室の患者を探していたってこと?」

「ううん、それがうちの病棟にはいない名前だったの」

「じゃあ違う病棟の人とかかなあ……」

「間違えて入ってきたにしても風貌が怪しすぎるし、人を突き飛ばして逃げてるから、不審者に間違いないよね」

 渚はカルボナーラを器用に巻いて食べています。私もトマトパスタを服に飛ばないよう気をつけながら食べました。

「警察にも連絡したけど結局捕まってないし、あれ以降何も起こってないんだけどね。怖いよねー新人さんはよく頑張ったと思う。叫んじゃいそうだよね?」

「私も絶対怖すぎて動けないと思う……やだなあ、夏でもないのに怖い話聞いちゃったよ。……あ、そういえば、うちの科でも怖い話があったんだよ」

 渚はにやりと笑った。小児科で怖い話があった、というのは何だか意外な気がしました。

「小児科で? 勝手なイメージだけど、小児科はいつも平和なのかと思ってた。子供たち可愛いしさ」

「そうでもないよーモンスターな家族もいるしさあ」

「ああ、それはね……」

「って、今回はそういうのじゃなくてさ。正しく言えば院内学級で起こったことなの」

 渚はどこか鼻息を荒くして言いました。私はパスタを食べながら続きを促します。

「へえ、どんなことがあったの?」

「子供たちの間で不気味な遊びが流行っててさ……一体誰が始めたのかわからないっていうんだよ」

「不気味な遊び?」

「『イスルギさん』って遊び」

 その名を聞いたとき、ぴたりと自分の手は止まりました。

 イスルギさん……イスルギさん。
 
 その名は、あの青いワンピースを着ていた女が探していた人間と同じ名前でした。

「……どんな遊びなの?」

「なんか数人が集まって、まず人間の顔とか体を簡単に書くのね。あとは順番に、その一部分を鉛筆で塗りつぶしていくんだって。目とか鼻とか手とか、ね。最後真っ黒になって塗る場所が無くなった人の負け。しかも、使い終わった紙を捨てるときには『イスルギさん、お迎えです』って言って捨てなきゃならない」

 渚の説明を聞いて、確かに子供がやる遊びとしては得体のしれない恐怖を感じました。ぞくっと寒気が襲い、自然とフォークを置いていました。

「そんな遊びが流行ってたの?」

「怖くない? しかも、大勢の子供たちがやった経験ありなんだって。そりゃ子供たちは流行りものが好きだし何にハマるかわからないけど、このやり方はさすがにさ……」

「イスルギさん、ってさ」

「うん?」

「うちの病棟に侵入した女が探してた人の名前だよ」

 私がついにそれを教えると、渚の表情も止まりました。お互い、見つめ合ったまま食事を続ける手を止めたままでいます。

「……マジ?」

「イスルギミサト。それがあの不審者が探してた名前だった。偶然にしては出来すぎだよね……」

「イスルギって、あんまり聞かない苗字だし、こんな偶然あるのかな……」

 二人して黙り込んでしまいました。カフェのBGMの音がやけに大きく響き渡っているように感じました。

 でもこの空気を払うように、渚は気を取り直したように笑顔を見せて食事を続けます。

「でも偶然だよね。だって消化器内科と院内学級、全然共通点ないもん。でもぞっとしたー、怖いよね!」

「そ、そうだね。偶然だよね」

 渚が笑い飛ばしてくれたのはありがたいことでした。私はなんだかほっとして、表情を緩めます。

「でも気になるね、イスルギさんとイスルギミサト……そもそも、イスルギミサトはどこかの病棟に入院しているってことだよね。じゃなきゃ探しに来ないし」

「カルテで検索すればわかるんじゃない?」

「そうだね。次の勤務の時、時間があったら調べよう。警察も調べてると思うけど、その後の情報なんて何も知らされてないしさあ」

「やだねー。どういう目的で探していたのかぐらい知りたいよね」

 渚からイスルギさんの遊びについて聞いたことで、ここ最近忘れていた青いワンピースの女のことを思い出し、また気になるようになりました。

 私は心で、イスルギさんについて調べてみよう、と決めたのです。もしかしたら、物書きとしてこれほど非現実的な出来事を放っておくなんて出来なかったのかもしれません。