病室に変な女が侵入した、というインシデントレポートを読んでからしばらく、私は普通通りの生活を送っていました。青いワンピースを着た女はあれ以来侵入することはなく、結局警察に捕まることもありませんでした。不審者であることは間違いないですが、暴力や窃盗などをしたわけでもないので、警察の中でも優先順位が低かったのかもしれません。

 病院側としては警備員の人数を増やす、ぐらいの対応をしたようですが、そのほかに特に変わったところは見当たりませんでした。

 みんなの記憶からもあの事件が薄れていった頃、私は同期の友人と食事に出かけることになりました。

 その子は同じ看護学校に通っていて、そのままM病院に一緒に就職しました。病棟は離れてしまったのですが、定期的に会っては仕事の愚痴を交わす良き友人です。その子は小児科に配属されており、日々子供たちと接しながら切磋琢磨しているようでした。小児科は私も行きたいと思っていたので、彼女から話を聞くのは非常に勉強になっています。

 その子の名前は渚という子でした。

 よく行くカフェに二人で待ち合わせ、席に着くと笑顔で話を始めました。

「渚久しぶり! 元気だった? 最近、お互いのシフトが合わなくて久しぶりになっちゃったねえ」

「ほんとだよー! 休みとか合わなかったね。でももちろん元気元気!」

 渚と一緒にメニューを開き、お互いランチを注文しました。それぞれ料理が来るまで、お互いの近況報告をします。

 渚が付き合っている彼氏の話題だとか、最近見て感動した映画だとか、女が集まると話題は尽きることがありません。大半はくだらない話題を、大盛り上がりで話していきます。

 ランチが到着して、二人がフォークを手にパスタを食べ始めたところ、渚が思い出したように私に尋ねました。

「ねえそういえばさ。ちょっと前にあった、病棟に侵入者が入ったのって、消化器内科じゃなかった?」

「あーそうそう。私の病棟」

「やっぱりそうだよね!? ラインしようかと思ってたんだよ! 大きな事件だから、注意喚起でうちの病棟でも申し送りがあったもん! 個室に知らない女がいたんだっけ?」

「私は休みだから関わってないんだけど、新人さんが見つけたみたいなんだよね」

「うわー! 可哀そう、トラウマものじゃん!」

 渚は大げさなほど怯えた顔をしていました。