大宇宙音楽賛唱交響曲 ―【音楽+異能バトル+青春=???】ー


ここは、3020年東の大陸ジャポネ。
この物語は、とある少年の紡いだ闘いと奇跡の記録である。




『僕、将来世界一のムジーク使いになるんだ!』
 溢れんばかりの満点の星空のした、力一杯そう叫んだ僕の頭を、姉さんは優しく微笑みながら撫でてくれた。
『ふふ、頑張ってねタクト…離れていても私はいつでもあなたを応援してるよ…!
先に『聖帝学園』に行ってまってるから、一生懸命勉強するのよー…。』
 この世界は、人口の約4分の1割の人が、ある特別な能力を宿している。それは『ムジーク』
 その能力は人によって違いがあり、例えば超音波を出したり、糸を自在に操ったり…。
 共通点は一つ。全て『楽器』に関する能力だ。ムジークについてはまだまだ研究中で、謎だらけだ。いつから発生したのか、何故発生するのか…。
 しかし、ムジークが使える人の中には、悪用し出す犯罪者達もいる。
 彼らに対抗できる正義のムジーク使いを育成する為に建てられた音楽学校こそ、聖帝学園だ。
 僕は両親の顔を知らない…幼い頃に事故で亡くなったしまったときいた。
 姉さんはいつも優しく幼い僕の世話をしてくれる、世界で一人の家族だった。そんな姉さんは生まれつきあるムジークを宿していた。
 満月のように白くて美しい姉さんの指が、そっと白と黒の鍵盤に触れる。すると初秋の夜の露のような涼やかな音色と共に、辺りには見たことのない良い匂いの花々が咲き誇り、
 そして天使の歌声が響き渡る。
 ある時はそれが正教会のクワイアに、またあるときは陽気な宴の饗宴が奏でられた。
姉のピアノ…。ムジークはどんな曲でも完全完璧に、理解してその全てを、作曲家の意思を、込められた意志を『演奏』することだった。
 簡単に言えば、姉は楽譜に新たな生命の息吹を吹き込める、
 彼女は音楽を『愛して、愛された』女神だった。

そして姉は翌日、聖帝楽園へ特待生として14歳の若さで異例の入学をし、僕に毎週近況報告の手紙をくれるようになった。

『ちゃんと勉強はしてる?私は明日からムジークの研究実験に参加することになりました。忙しくて少し手紙が書けなくなるかもしれないけど、心配しないでね。体調に気をつけてね。』

 
 それを最後に 手紙は途絶えた。
 姉はムジークが使えるが、僕にはどう頑張っても発動しない。僕には才能が無い。
 聖帝楽園はムジーク使い以外は絶対に入学できない決まりがある。
 姉さんは、今どこで何をしているのだろう。生きてるのかどうかすらも知る術がない。
 世界でたった一人の家族さえも僕は失ってしまったのだ。


 3年後、路地裏
ヤンキー『おい! 待てこのメガネ!!!!』
 ムジーク使いが『女神に愛された天使達』なら、才能の塊なら、
 僕のような非ムジーク使いは、、『悪魔』なのだろうか。
『俺らお金持ってなくてさ〜…。 ちょーっっとだけ、、貸してくんないかなぁ????』
 悪魔が虐げられるのは当然なのか?
『オイ!!!聞いてんだろゴルァァァァァァ‼️』
 ムジークが使えない僕は無価値だ。
  『聞こえねえ〜のカァァァ‼️』
 無意味だ。
『チョーーシノンナアアア‼️‼️』
 ………無力だ…

 ??『さっきから騒がしい』
 ヤンキー『あァ❓』
 ??『吾輩は『作曲』中だ。黙りたまえ…。』
 …?? 誰だ、この男は? 高そうだけどボロい季節外れな黒のコートに、手入れしてない癖だらけの白髪、手に持っているのは……楽譜だろうか?
 その男はまるで喋ることすらめんどくさい、と思っていそうな表情でゆっくりこちらを向いた。
高身長なので向かい合うとかなり威圧感があった。
男『……名前は?』
 『え?』
男『君……名前はなんだ?』
なんなんだこの人は…?
『……白黒…タクトです…』
男『白黒…!』
『そうか…君は……あの子の……❗️』

 !? なんで?
『あ、あなた…。もしかして、姉さんことを……知っているんですか!』
 男は大きく頷き、言った。
『吾輩は、『天音 五線』君の姉さんの…。ノアの担任をしていた、
                   聖帝学園の’元"教師だ。』
 その言葉を聞いた瞬間、処理できない程の疑問と衝撃が脳を埋め尽くし、聞きたいことでいっぱいになった。しかしそれらを口にする前に、耳障りな怒号が鼓膜をつんざいた。
 ヤンキー『ゴタゴタうるせぇんじャァァァ‼️ このバットで脳天かち割ったろかゴルァァァ‼️』
 そういえば、さっきからこいつに絡まれてるんだった…。忘れてたな…
 いや、そんなこと考える暇はない。とりあえず逃げないと……
次の瞬間、
  『ゴタゴタ五月蝿いのは貴様だァァァ‼️ 不協和音を撒き散らかすんじゃないッッッ』
 今度は男が怒号と共に、、、、拳がヤンキーの顔面に直撃した。
直撃した…が、全くもってきいてはなさそうだ。ヤンキーがタフなのかこの男が弱…。少し運動が苦手なのか恐らく後者の方が正しいのだろうが…。 とりあえず事態は悪化してしまったのでは…?
 ヤンキー『あぁ‼️ 効かねーなぁ弱ぇーよジジィ‼️』
 しかし男はゆっくり体勢を直して-- ニヤリと笑った…?まるで勝利を確信したかのように…
 ヤンキー『何笑っとんじ………、……、……』
 なんだ?急に黙ったぞ?
 さっきまで大変威勢の良かったヤンキーは突如、その場に座り込んでしまった。
いや、まるで身体中の力が消えてしまって意識を失ったように…
男は脱力したヤンキーの前にしゃがみ込み、そっと彼の額に触れる…と、いきなり引き剥がした
 え? 目の前に信じられない光景が見える。紙…。いや、違うこれは………楽譜?
どういうことだ……人の顔が、本のように、いいや本になっている。
 男『フン、下らんな……ありきたりの不協和音ばかりの人生だな』
 男はつまらなさそうに『楽譜』のページをパラパラめくり、何枚か一気にベリっと剥がした。
そして本の『表紙』と化したヤンキーの顔面にゆっくりページを戻した。
  
 その瞬間、さっきまで死んだかのようだったヤンキーがスッと目を開けた……!
しかし、様子がおかしい……? さっきまでの威勢は?まるで…怯えるトイプードルのような潤んだ眼をしているじゃあないか…
ヤンキー?『ヒィッッ!な、なんですかおじさん!僕今はお金もってないんです!!スンマセン!』
 一体何がどうなってるんだ!! さっきと全然違う!! 別人だ!
そしてヤンキーは、僕たちを置いてそそくさと足早に退散して行った。
 立ち尽くす僕に、男は得意げに語りかけてくる
『どうした白黒少年? 吾輩の華麗なる勝利に声も出ないかな?』
 一発殴ってやりたくなるほどの大変偉そうな態度に内心呆れつつ、さっきの現象はなんなのかが気になって仕方ない。
『さっきの現象について知りたくてたまらないようだな? 知りたいか? そうだろう? な?』
 ……。結構グイグイくる人だな。 少し疲れてくる……。
 『何か言ったか?』
『い、いや……。 それより、さっきのは一体なんなんですか?』
 待ってましたとばかりに、男は偉そうにふんぞり返って語り出した。
『あぁ、あれか…。吾輩の『ムジーク』だな。 "作曲"の能力を持っている。 対象に直接触れることでいつでも発動可能になる。又は、吾輩の演奏を聴くことでも発動可能だな。』
ムジーク……! やっぱり…。
『そうだ、発動すると対象の"記憶"が音符になり、相手はそれを載せるただの楽譜と化す。
  言うならば……人を楽譜にするムジークだな。』
 人を……楽譜に…!?
『どうだ? 素晴らしいムジークだろう? ……そうかそうか、素晴らし過ぎて声も出ないか…!』
  僕はまだ何も……。 やめておこう。 今度は僕が楽譜にされるかもしれない。
『あの……それで、姉の…ことは……?』
男はハッと我にかえってこっちを見た。
『そうだったな。すまない、つい……。』
『結論から言おう、白黒タクト……。吾輩は、君の姉さんに頼まれて君を迎えに来た。
                      君を聖帝学園に入学させたいと思っている。』
  !? 姉さんが‼️ 生きてたのか…!
『……3年前、ノアは聖帝学園のあるプロジェクトに参加して、……行方不明になった。
   “三日月の惨劇"事件に巻き込まれたんだ……。 』
  失踪? 三日月の……惨劇?
『聖帝学園側は、この事件の詳細を黙秘し、単なる事故として処理した。吾輩は責任を問われて辞職した。吾輩にも詳しい情報は一切伝えられなかったしかし、……。 ノアはその少し前、“私に何かあったら頼む"と、君の住所ほと名前のメモを渡した…。そして今に至る訳だ。』
 姉さんが…失踪………。
『もちろん、君が何か別にしたいことがあるならばそれでいい。だが、君がノアの行方を本気で探して、事件の真相を望むなら…………。真実は聖帝学園が握っている。さぁ、どうしたい?』
 答えなんて決まってる。
  『僕は……聖帝学園に入学します。 三日月の惨劇の真実を知りたい。そして必ず姉さんを探し出す。何がなんでも…!』
『君なら、白黒ノアの弟ならそういうと思ったさ…。よし、そうと来たらすぐ荷物をまとめろ、
   早速"受験勉強"を始めるぞ…!』
『あ、あの、天音さん……!』
  『教授だ。』
『え?』
『吾輩のことは教授と呼びたまえ…。』
『辞職したんじゃ…』
 『ほぅ……。貴様は楽譜にされたいのか?』
『本日よりよろしくお願いしますいたします!! 天音教授!!!!』
『フン、良かろう…早速レッスンを始めるぞ、ついてこいタクト‼️』
 ついてこいと言うか、めちゃくちゃ遅いけど…指摘しない方が良いのか?
  そうして、風変わりな変人教授と僕の受験勉強の日々が幕を開ける。


 
 第1章  完ッッッ‼️
 
 
 
 
 
 
 
 
これは、ある博士が遺したムジーク研究のレポートです。

ムジーク……。女神の授けた祝福と人々に畏れられるその力は、宿したものに人智を超えた事さえも可能にさせる。
しかし悪用の危険や『赤い羊』事件などの様々な事情でその研究はあまり進まず、未だに謎は多い。
その中で私が監視の目を何とかかいくぐって調べた、ムジークについて現段階で分かった事をここに記しておこうと思う。



ムジーク……特定の人間にのみ使用出来る超能力。何故か全て音楽に関するもの。存在が初めて記録されているのは、約750年前のとある歴史書だが、それ以前からあったの可能性があり、詳細は不明。
個人が宿せるムジークの限界は、基本的に一人ひとつまでだが、極めて稀に複数のムジークを使用出来る赤子が産まれることがある。しかし、奇妙なことにどんなに恵まれた環境で育っても、彼らの多くは5歳になるまでに衰弱死してしまう。
その為、私はムジークを宿すこと、それを使うことは、人体にとてつもない負担をかけているのではないかと推測している。
発動条件は、主に3つ。
  ①生まれつき扱える……このパターンが最も多い。又、ムジーク使いの子は似た特
徴のムジークを宿して産まれるので、基本遺伝性であると思われる。
  ②成長してから発動する…例えば事故に遭いかけるなど、本人の生命危機に瀕した場合、無能力でもいきなりムジークが覚醒する事がある。しかしながら、そのコントロールが上手く出来ず、誤って自分や他人を攻撃してしまう事が良くある。
   ③DNA変格剤を使う…。身体に入れるだけでムジークを宿せる薬品。その製造方法は…。……。
私でさえも吐き気を催す程、生命倫理に反するので…。ここでの記述は避けておく。
DNA復元剤で元には戻せるが、しかし…。


ムジークの種類について…………
  ムジークには、自分の意思を持つものもある。その性格は使い手の精神性に影響を受けている。
だが、使い手の精神力が弱いと使うどころか逆に人格がムジークに侵食される為、発動したら、マインドをとにかく保たなければならない。


ムジーク使いの戦闘……
   ムジークが相手からの攻撃などで負傷した場合、ムジーク使いも同等のダメージを喰らう。逆も同様。
基本的に主人のムジーク使いが死んだら、そのムジークは消滅してしまう。





最後に、私が提唱するムジークの危険性について








彼のレポートは、ここで終わりました。
天音教授は激怒した。 かつての教え子白黒ノアの弟の…演奏レベルのあまりの低さに。
ここは教授の家(屋敷と言うべきか?) 弟子入りしてから住み込みでピアノの特訓を初めて二ヶ月。早くも暗雲が立ち込めて来ていた。
『貴様、今まで一体何をして来た?どうしたらそんな無茶苦茶な弾き方が出来るんだ?』
今まで…。して来たこと?
 『…バイトですね。』
『……。バイト?』
『はい。』
 『ふざけるな馬鹿野郎‼️ 聖帝学園の入学試験をいくらなんでも舐めすぎだろ??』
自分では結構上手くやった方と思うけど…。初心者向けのピアノ教本、バイエルの乗った鍵盤の前で首を傾げるタクトの隣で、教授は深く溜息をつく。
『あのなぁ…。聖帝学園は元々ムジーク使いを育成する目的で建てられた学校なんだが、君はそもそもムジークが使えないらしいじゃないか…。なら、世界トップレベルの演奏でも出来ない限り、学校側には入学させる意味が無いんだ。』
『……。』
 『審査員が、恵まれたお偉いさんがたが学歴も、金も、ムジークもないようなガキをまともにテストして下さると思うか? 君が相手にするのはそんな奴らだ。 こんな所で満足するな。考える暇があったら弾け。』
そうだ…。僕は何が何でも姉さんを捜しに行かないといけない。入学しないと。何が何でも…。
『すみません、少し軽く見てました…』
 『…なら良い。 ほら、早く再開す…ゲホゲホッ!』
『どうしたんですか‼️』
『…いや、すまない。 よくあることだ…。』
おかしい…。明らかに顔色が悪いし、見間違いじゃ無ければ…今の咳は血が混じってた。
僕の視線を察したのか、教授は静かに僕を見つめた。
『…。タクト、このことはあまり知られていないが…ムジークは人智を超えた力。使用にはそれなりの…代償を払わないといけない。』
‼️嘘だろ?
『…。本当だ。吾輩のムジークが初めて発動したのは20年前だが、確かに心がすり減っていく気がするんだ…。この力を使うたびに。』
そんな…。信じられない。『なら、聖帝学園は…。それを知ってるんですか?』
『黙認している…。そんなことが世に知れ渡ってみろ、入学志願者の現象はおろか、ムジークに対する世間の意見も一変するだろう。』
……。
『…そんなものだ。』
『それに、歴史に刻める至高の曲がこの手で紡げる力が手に入るのなら…。吾輩は喜んでムジークを使う。たとえそれが寿命を削る悪魔の契約だとしても…。』
『雑談はおわりだ。 …さて、そろそろ初見演奏をしてみようか。』
初見演奏? 何だそれ?
『…。(本当に何も知らないのか)…。初見とは文字通り、目の前に出された楽譜を1分ほど見てから演奏し、ミスの少なさや表現力の高さを競うものだ。 聖帝学園の入学試験は毎回音楽の筆記テストとピアノの初見演奏で行われるから、これで失敗は許されない。  …さぁ、早速始めるぞ。』
そう言って教授は本棚から使い古したぼろぼろの楽譜集を一冊僕の目の前におき、ページを開いた。
  ……。嘘だろ!…嘘だろおい❓ 
何だこれ?まず符号が多すぎる!読むのが お、追いつけない。曲が長い!
難しいなんて言葉じゃ足りないくらいに難しい‼️
見たことのないくらいの音符の嵐が僕の脳内で処理できず、バグのなみが起きている。頭が痛い…。
『時間だ、さぁ演奏しろ。』
憂鬱な気分で鍵盤に手を置く。死に物狂いで鍵盤に齧り付く。しかし開始2小節まで指がもつれる。まずい、焦ってまた和音を弾き間違う。
音が、音達が暗く冷たい嵐の波のようで、もがいてももがいても口に氷水が入って、飲み込んで吐き出してはまた飲んで、意識が段々と朦朧として、僕はなすすべもなく波に飲み込まれていく…。底なしの、暗い底なしの深海に…。
『…。終了だ。』
…………言葉が出てこない。  教授に目を合わせられず、じっと床を見て、いる。
『どうだ?己の力不足を思い知ったようだな?』
何も、言えない。深い海底に沈んでしまって、何も考えられない。何も、出来ない。
……あぁ、これが"絶望"なのか。
まだ、何も出来てないのに、自分の目指していた壁は、いかに高くて厚いものだったのか。 今嫌になるくらいに味わっている。
 聖帝学園を目指すライバルたちは、こんな問題なんて余裕でクリアしていくのだろう。こんな簡単な問題なんて………。
  果たして、僕はここから本当に成長出来るのか? 変われるのか? イメージが………。浮かばない。
『どうした? .....自分が憎いか? それとも、もうやる気をなくしたか?』
……僕は、   
 教授は話し出した。
『今の演奏は、正直言って下手だ。下手過ぎる。……焦って弾いたら何もかも台無しだ。』
  やっぱり僕は…! 期待はずれだ…!  今までずっとそうだったんだから.…。
目の前が真っ暗になってくる。 僕には何もかもない。 才能も…。やる気も。
 『もし点を付けるなら、……はっきり言って0点だろうな…………だがマイナスはつけないだろう。』
『どう言う………事ですか?』
 教授は今まで見たことないくらいに静かに僕を見る。
 『今の演奏は間違いだらけだったな、テンポもデタラメだ。君もそれくらいわかっていただろう。
だが………。決して演奏を辞めはしなかった。逃げなかった。最後までやり切った。そこは評価すべきだ。』
『…教授…!?』
教授は静かに言葉を続ける。
  『それに、君は自分で音楽に熱意が無いと思い込んでいるようだが……。』
そこまで見透かされてたのか…。
  『やる気のない人間が、そんなに全力で涙を流せるか? 全力で…悔しがれる簡単にのか?』
 ーー! 本当だ、気づかなかった! 無意識のうちにボロボロと、涙が溢れている いつのまに…。
 『……なぁ、タクト? "正解"の反対は一体何だと思う?』
どうして、そんなことを聞くんだ? 今はそれどころじゃないのに……。
 『……不正解、ですかね、』
『違うな!』
…え?
教授は安らかな笑みを見せ、言った。
  『ーーー正解の反対は、”無解答“だ。』
 『君は初見演奏という高い壁に対して、自分の力で答えを出そうとした。決して投げ出さずに。 己の力不足を知ることは良いことだ。  そして本気で涙を流して悔しんで、その力が人を更なる高みへと押し上げるんだ。』
その言葉を聞いてハッとした。 心地よい気分になった。僕の目の前を覆っていた黒いモヤがスッと爽やかに晴れ渡って行くような。
 今まで僕の人生は、色んな人たちに泣かされてばかりだった。 施設の人や、周りの同級生たちや、意地の悪い大人たちに。 そして、些細なことですぐに涙を流す自分自身が…僕は何よりも大嫌いだった。
 泣いても、良かったんだ。
まだ僕は、本当にピアノが上達出来るのか迷っていた。不安だ、本当に聖帝学園に受かるか分からない。それでもやっぱり僕は……。もっと上に行きたい‼️
心の中の迷いと焦りが解けていくのを感じる。 さっきまでの事が嘘のように、僕の気持ちは穏やかだった。
  『…。さぁ、迷いが晴れたようだな、なら特訓を再開するぞ。』
『はい!!』
自分で少しびっくりするくらい、元気な返事だった。
『先に初見のコツを教えよう。主に…。楽譜を見てすぐに“主旋律"を意識する事だ。簡単に言うと、メロディーだな。大体右手のパートの事だ。そこをまず見て、合わせるようにして和音を弾くと、曲のイメージがつきやすい。大切なのは日頃から右手のパートだけでも“弾き歌い”をすること、早速やってみろ。』
弾き歌い?
『ド〜とかミーとかのやつを、声に出して歌う事だ。ほら、やってみろ。』
そんな急に言われても、歌?歌って…。
『つべこべ言わずにやれッッッ!』
『は、はい…。』
『ド、ソ〜ミ〜ラ、ラ〜シ〜.........。』
『小さいッッッ‼️ 声が小さ過ぎる‼️ 音程も合ってないッッッ‼️』
そんな急に音程とか言われても…。
『音符の位置が上にあったら高く、したなら低くだ。』
『……は、はい!』
歌って見る?そんな練習で果たして効果があるのか分からないけど、……今はとにかくやるしかない。
それからは毎夜毎朝ひたすらに教授と一体一で、鍵盤にこじり着く日々だった。 想定外だったけど……メロディーを歌う練習を続けるうちに、最初は絶望的だった初見の楽譜が、段々と見ただけで曲の雰囲気や響きが漠然とイメージできるようになって行った。
朝起きて、弾いて、また弾いて、ひたすら弾いて……。
そんな毎日を過ごすうちに、聖帝学園の入学試験の日がついにやってきた。

試験の前日、僕は寝室で一人、仄かなランタンの燈を頼りに10年前に撮った家族写真を眺めていた。
僕と、姉さんしか居ない『家族写真』を。
行方しれずになってから数年。 ようやく明日、探せるようになるチャンスがやって来るんだ。
必ず迎えに行くから……。 待ってて。 姉さん。

4月1日
ーーー 吹き抜ける爽やかな風が頬を撫でる。 優美な装飾の刻まれた大理石の厳格な双門をくぐり抜けた先には、今までずっと憧憬の幻だったあの聖帝学園が堂々と建ちそびえていた。
遂にやってきたんだ。この場所に。
『おい。タクト? 今感動してる場合か!? 何のためにここに来たんだ……。』
『‼️ す、すみません……。』
そうだった。感心してる場合じゃなかった…!
今日の試験だけは、なにがなんでも合格しないと、こんなところで止まる訳には行かないんだ‼️
『フン、…わざわざ吾輩が推薦してやってるんだぞ? …… くれぐれもヘマをしでかすなよ?』
教授…。送迎までもさせてしまって何だか申し訳ないな……。
『ひゃ、……。はい! 』
できる限り元気に返事をしたつもりだったけど、途端にプレッシャーを感じだしてしまい、かなり声が上ずってしまった。
『吾輩が案内出来るのはここまでだ。……。さぁ、行け‼️ 今までの成果を審査員共に見せつけてやれ!』
教授……! よく分からないけど、励ましてくれてるんだろう、た、多分……!
『教授……。 行ってきます‼️』

そう言って僕は、聖帝学園へ一気に走り出した。
僕の人生最大の戦いが、今日幕を開ける。












【 聖帝学園入学パンフレット 】
 

 
  入学試験を御志望なさる皆様へ
       我が校の教育方針に日頃よりご理解を示して頂き誠に有難うございます。
                本日は我が聖帝学園の華々しい歴史を皆様にご紹介させて頂きます。
  




我が校はの目指す生徒像は、目まぐるしく変化して行くこれからの時代で、気高い志を抱きながら、己のムジークを人の世の為に尽し、仲間と共に崇高なる音楽の高みへと極め上げて行く生徒です。

 本校の教育が始まった日は明鏡3000年如月二日、偉大なる学園長 シェズ・ストラディバリアス様のご指導の元、
音楽理論の正しい知識を学び、ムジークの悪用を無くすという理想を掲げ、[ミューズ聖教会]の設備を五年の歳月を掛けた改修工事の後に建立されました。


 それから何十年もの間、我が校の卒業生たちは、音楽和音理論の画期的発見や、次世代の新楽器の開発など様々な分野で輝かしい実績を残し続けており、在校生達も先輩の背中を追って、今日も麗らかな日差しが射す学舎で日々精進しております。




  我が校は超一流の最新設備と実績のあるベテラン教師陣、そして何より入学試験を乗り越えた、選ばれしムジーク使いの方々が集うジャポネ唯一無二の音楽専門学園です。
   皆さまが我が聖帝学園を御卒業なさった暁には、今後華々しい生涯を送られることをここに御約束させて頂きます。




   それでは、皆さまが入学試験を突破なさい、入学式でまたお会いできる事を我々一同心よりお待ちしております。
4月一日  聖帝学園エントランス
そこは、今や軽く一千人を超える受験会場となっていた。




『うわ、何だよこの問題……。  【ベートーヴェンの彼女の人数を答えよ】とか誰も知らねーぉ………。』
オレの名前は (金木 共鳴)カネキ トモナリ 受験番号は971番、歳は15、彼女は…。全力募集中。
  いやそんな事はどうでもいい!  何だよこのテストは‼️ 俺らに解かせる気はあんのかよ‼️‼️
 『ハァ……。』
隣の席の427番、以下にもガリ勉です!オーラを醸し出すメガネ男子も溜息をつき、頭を抱えてる。そりゃそうだ、さっきからまともな問題が一つもないんだから……。
 【モーツァルトが書ききれなかった曲の数は?】……モーツァルトに聞けよ。聞く相手はオレじゃない。
 【世界で最も長いボカロ曲のタイトルは?】…オレの実家Wi-Fi無かったんだよ!ボカロ聞いた事ないの!
 次のページには、見開きの楽譜が載っていた、
  【この曲について貴方はどう思いますか?  音楽理論を使った理由と共に答えよ】…………。
……………。
 …。知るかよボケエエェ‼️‼️

 ああぁ……。 なんなんだこれはよぉ〜…。 夢なら醒めてくれぇ!
もういいや、全部『35個です』とでも書いてやろうか……。35個の彼女……。ベートーヴェン……。 …。

 オレたちの目の前には、なんか怪しげに煌る砂時計⏳が置かれている。これが、この砂の尽きるまでが即ちオレらの生命の、タイムリミットって事か。
 見たところ、あと十五分ってとこだろーな、
よし!気にしたってしゃーなし! 俺のハムスター並みの頭脳でも解ける問題を探して、せめてもの悪あがきだ!
 オレは両手で頬を力一杯叩く。 よし、やってやる‼️
『………。 チッッッ!  マジ五月蝿いんだけど……』
……。
……。 『 すいません…………。』
『ハァ……。』
前の席から御最もな御指摘を受けてしまった。番号は115番、声的におそらく女子だ、水色のポニーテールが優雅になびく。エアコンの風で。
無茶苦茶なテストに対して、みんなイライラし出してる。あちこちから試験をリタイアして帰っていく背中が見える。

 
隣のメガネはどんな感じだろう? まぁ、みんなそろそろ俺みたいに集中を切らしてる頃だろしーな、ふと視線を合わせると、
………。一心不乱にテストを解き続けている。
 

 おい、嘘だろ?
分かるのか?  これが。  信じられない………。
さっきの溜息は…。 もしかして集中のスイッチを入れる深呼吸だったのか!?
メガネは俺が見えないかのように、えげつない集中力で試験に喰らいつく。
一瞬見えた眼鏡の奥の眼差しは、俺とは、他の人とは違う気迫の宿った鋭い眼光が覗いた……気がする。
その気迫になんか圧倒されるかのような気分になり、それからはオレも、ただひたすらに、気合いで我武者羅に試験に取り掛かった。





『終了‼️ 解答を止めろ。』
 お、終わった〜〜ー!  ……。二つの意味で。
解答は聖学の教師陣、精鋭部隊で即座に丸つけされるので、昼食を兼ねた約一時間の休憩時間の後に結果が、『二次試験「初見演奏」』へ行けるかがデカい声で発表される。


 試験終了後、皆はようやくホッとしたように各々の弁当を開け出す。オレはさっきの覚醒が気になって、弁当の包みを開いている隣の席のメガネに話しかけた。
『なぁメガネ!!  さっきのテスト、お前どうだった?』
『め、…メガネ?』
 見ず知らずの俺に急に話しかけられたことにビビったのか、メガネはキョどる。なんか様子がさっきと全然違う…。本当に同一人物か?
 『あの、僕の事ですか?』
 『そう!』
 『その…。できれば名前で呼んでください…。
    僕の名前は…。白黒タクトって言います。』


 『白黒』タクト⁉️ その苗字、何処かできいたことがある気がする……。 なんだっけな?
  ……。まぁいっか!  ちょっと珍しいだけで、よくある普通の名前だし。

 『分かった!!  よろしくな、メガネ!!』
  『……。はい!』

  ふと視線を下ろすと、メガネの弁当が見えた。
そういやコイツは何食べるんだろーな……。  見えるのは、白米と、………。白米。
        え?  どゆこと?
  『なぁ、お前昼ご飯そんだけ?  足りないんじゃ?』
  『大丈夫です。』
  『足りる?』
  『大丈夫。』
  『………。』 
  『……。大丈夫です…。』
 しばし沈黙。
  『大丈夫な訳ねーーだろッッッ‼️ ダイエットかお前⁉️』
  『すみません……。実は、僕も教授も、そんなにお金持ってなくて……。』
  教授?
  『はい、僕両親が居なくて、今は教授の家に居候してて……。「天音五線」っていう人なんですけど。』
そ、その名前は……!
  『あ、あの天音五線教授‼️‼️』
  『あれ、もしかして知り合いですか?』
  『そうじゃねー、有名人だよ!! 聖帝学園の伝説の教師!  レジェンド!!
       なのにある日、突然学園を辞めて、行方不明になったって聞いてたけど…』
  『教授が…。あの人、そんな偉い人だったんですね!』
  『マジで‼️ お前、それ知らなかったのかよやべぇな!  』
  『はい……。 それで教授に、昼食に何か買っても良いとは言われてたんですけど、申し訳無くて…。』
コイツ、こう見えて意外と苦労してたんだな……。
  ……。
  『お前、何かアレルギーとかある?』
  『え?』
  『い、一応ない、はずですけど……。』
  『俺の弁当、そこの売店で買った奴なんだけどさ、ちょっと多くて…。俺減量中だからさー。
                               もしよかったら、ちょっと食べる?』
  『!?』
  『いる?』
激しく取り乱すメガネ。…。流石に失礼だったかな?
  『……。本当に、減量中なんですよね?』
  『あぁ、俺ダイエット中なの。』
  『た、卵焼きと唐揚げを…。貰ってもいいですか?』
よりにもよってオレの二大好物。
   『 そんなにかしこまるなよwww 唐揚げと卵焼きね! ………ほら!』
 受け取ると、メガネは拾われた子犬の様に瞳を潤つかせた。
   『ありがとうございます‼️ 本当にありがとうございます!』
そう言ってメガネは、感謝に満ちた眼差しで俺を見る。
   『気にすんなって!! それに…。俺らもう友だちだろ?』
   『……!』
   『はい‼️ありがとうございます!』
 そうして、少しばかりの安らいだ時間を過ごし、

アナウンス 【受験者の皆様、今より筆記テストの結果を発表致しますので、エントランスホールに御集まり下さい】

……。現実のお時間です。はい、来てしまった……。



エントランスに着くと、そこには既に合格者の番号が印刷されたポスターがでかでかと張り出されていた。
馬鹿でかい歓喜の雄叫びをあげる奴、放心状態の奴…。
最早、そこは熱帯雨林のジャングルと化していた。
あぁ……。オレはどうだった?見たいような、見たくないような…。
とうとう覚悟した。
意を決して、前へ出る。人と人の荒波をかきわけ、押し退け、押されながら…。


【合格者番号】
802番
965番、
……。978番


……。


.....。 971番!!‼️


う、受かったぁぁァァァ‼️

「 受かった‼️ 」
隣から聞き覚えのある声がする。どうやらメガネも大丈夫だったらしい。

『よぉメガネ‼️ どーやら……お前も行けたらしいなぁ!おめでと‼️』
『ありがとうございます!! 共鳴君も合格したんですね❕』

ふと横に視線をずらすと、さっきのポニテの女子が俯いていた……。
そして……。小さくガッツポーズをとった。どうやら、あいつは合格したようだ。マジで紛らわしい。
『共鳴君、筆記テストは突破出来たことですし、次は……。いよいよ初見演奏ですね!』
『初見?』
『はい!』
『……。』


忘 れ て た

『あぁぁァァ初見! 初見演奏‼️ あるんだったわそれも‼️ やべぇ忘れとったわ‼️』
オレは短い人生でこれ以上ないくらいに……。
頭を抱え、膝を着いた。





【クライマックス編へ続く】
          
ここは聖帝学園エントランスホール
たった今、筆記テストの合格発表が終わったところだ。
『うゎあぁあぁぁあぁぁぁ‼️ 終わった……。
初見演奏もあるとか聞いてねぇーよぉぉぉ……。』
僕の目の前で見事に泣き崩れるのは、さっき知り合ったばかりの共鳴くんだ。
どうやら初見演奏が受験テストに含まれている事を知らなかったらしい。
『と、共鳴くん……。 もしかして、あまり練習してなかったとかじゃ……。』
『うるせーなぁ そのまさかだよ‼️』
『えぇ……。
だけど、本番まであと……。五分しかないですよ?』
『ご、5……ふん?
ど゛お゛し゛て゛だ゛よ゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛ぉ゛!!』
再び泣き崩れる共鳴くん、その姿さながら悲劇のヒロイン。




アナウンス【初見演奏テストを受ける受験者の方は、
教員の指示に従ってグループごとに3階教室へおいで下さい】

『オイ! どーすんだよォッッッ メガネぇ!!!!』
『どうしろって、僕に聞かれても.....』

教官『うるせえぞそこのお前らぁッッッ さっさと並べやぁ‼️』
『は、ハイィ……‼️ すんませ〜ん……。』
今にも泣き叫ばんばかりの目をした共鳴くんは、教官の罵声にサッと顔を青くし、まるで仔犬のように大人しく教官の後ろに並んだ。

共鳴くん……。
心配だけど、今は他人のこと気にしてる余裕は無いんだ、
どうか、ご健闘を……。

教官『おい、お前もだぞ! さっさと着いて来んか!』
……。僕も同じグループだったらしい
『申し訳ありません!』





【聖帝学園 3階 個人用教室】
不自然なくらいに真っ白な壁に、天井、そして床。
空間のど真ん中には、艶々の大きなグランドピアノ。
この部屋にはそれ以外は何も無い 。この空間の異様さは、『秩序』の言葉が世界でいちばん良く似合う気がした。



僕たち受験者は、部屋内のドア付近で一列に立って、自分の順番を待っていた。
テストは、1人ずつピアノに座って 見せられた楽譜を30秒ほど見た後に、教官の隣で演奏する。
基本、初見演奏はテストする側が 作った専用の曲を渡されるけど、
どうやら今年からシステムは代わり、オリジナルではなく『既存の曲』を見せられ、それを弾かないと行けないらしい。



たった今、大人しそうな黒髪の女子の、トップバッターの演奏が終わったばっかりだ。
緊張してそうだったけど、ほれ惚れするようないい演奏だったな!
曲はショパンの『子犬のワルツ』だった。
黙って演奏を聞いていた教官が、初めて口を開く、
なんて言うんだろう?


教官『……。うん、全然駄目だね。へっったクソ! 何しにここに来たの?
もういいよ、……。さっさと帰って?』


……。 …………。
ここに来るまでに、 覚悟はできてた。出来てた……。 はずだけど……。


やっぱり……。 実際に目の当たりにすると……心苦しいな。

さっきの女子は、何も言わない。ただじっと俯いていた。

はっきりとは分からないが、その両眼には、心無しか涙が滲んでいるようにも見える。

教官『次の方、早く来て下さい。』


そのまま何も言わずに、その女子は静かに退室して行った。 すれ違った瞬間、顔を見られた。
何か声を掛けようとしたかった。 それでも、どんな言葉も喉でつかえて引っ掛かり出てこない
ーーーーーーーーーーーーーーーー。僕は咄嗟に目を背けた。 背けてしまった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―その後、どれくらい時間がかかっただろうか。
100時間だと言われても納得するだろうし、15分しか経ってない、と言われても納得するだろう。
とにかく、ここにいる全員が、既にまともな時間感覚を失っていた。

トップバッターの後、もう何人も初見を受けているけど……。
あの教官は決して首を縦に降らなかった。
僕みたいに順番が後の人達は、プレッシャーと緊張で段々と心をすり減らしつつある。



『 947番、……。早く来てください?』



遂に……。来たか。





黒く輝くグランドピアノ。きっと僕が、僕たちが今日ほどにこの楽器に怯えた日はないだろう。
規則正しく並ぶこの黒と白の鍵盤たちは、既に何人もの受験者達の夢を刈りとり、希望を砕いて来た。


失敗が恐ろしい。
自分の演奏を否定されるのが怖くて恐くて堪らない。 もう心臓が悲鳴をあげている。
今でもこの部屋から逃げ出したい。

それに、それに、
それから……。

長椅子にそっと腰掛ける。

それでも……、! やるしか無いんだ……。!!


教官は静かに真新しい楽譜を見せる。
タイトルは……。 【4分33秒】






(おっ、次はメガネの番かぁー……。 あいつ、何弾くんだろーな?)
オレたちはたった今、初見演奏テストの順番待ち中だ。 最初は緊張でガッチガチだったオレだが、このバカみたいに長い順番を待っているうちに……。 段々と頭が冷えてきた。
もはや、1周回って冷静になりつつある。
今や他の受験者たちの様子を細かく観察できるくらいにには、心に余裕が出来ていた。

オレは無駄に視力だけは良く、他の受験者の楽譜がこの距離でもはっきり見えた。





さて、メガネの奴はどんな曲を……。 ん? 待てよ、 えぇ?
オレの気の所為だろうか?
あいつの楽譜……。 『4分33秒』 タイトルは見える、けど……
タイトルしか、見えない。
この楽譜にはタイトルしか書いてない。
音符が……。 無いだと?





はぁ? 嘘だろオイ、教官の野郎……! 嫌がらせかぁ??




メガネは、一言も発さない。
ただ……。ひたすらに長椅子に座ったままだ。






「沈黙」ただそれだけが流れる。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





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ひたすら静寂。











――――――――――――――――――――








『はい、……。 947番、
ありがとうございました。』





何だ……。 今のは、
『 演奏』が……。終わったらしい。 何が起こったか、オレには良くわからんかったが…
でも、何よりも……メガネのオーラがえげつなかった。
あいつ……。瞬き一回もしてなかった。
目付きが--集中っていうレベルじゃなくて、もう殺気すら滲み出てた。




もしかして、
あの教官がオレらに1番求めてたのって……。



『 』なのかもしれない。


なんか……。 気づけたかも!!!!






僕の順番は終わって、遠くからは
水色の髪の女子が演奏する、ショパンの『幻想即興曲』が聞こえる。


これで……。 本当に終わりだ。



教授、…………。
僕は……。 逃げ出さなかった。
「解答」を僕は出せたはず。
だから、きっと…………。









4月3日、
結果発表の日だった。





今までやれることは全てやり切った筈だ、きっと大丈夫……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。たぶん?



『あぁぁ‼️ 教授!! 本当に受かりますよねえぇ⁉️
大丈夫? 大丈夫ですよねえ❓❓』


『うるせえええぇ‼️ 吾輩に聞いてどうする!?
さっきからもうそれ5万回くらい言ってるぞ‼️』


ここは教授の屋敷内、リビングルームだ。 良く言えばレトロ、正直に言ったら……。気味が悪い置物で
囲まれていた。 置物に貼り付けられた【差し押さえ】の紙が隙間風でわびしく揺れる。
聖帝学園のテスト結果は、電報で家に届けられるそうだ。 聞いたところ、
届くのは 大体七時くらいになるそうだが……。


『教授、【4分33秒】って本当にあれで良かったんですかね?楽譜見た時は流石にギョッとしましたよ……。』


『……。あれを初見で出すか?普通……。
……。いいか?【4分33秒】はアメリカのジョン・ケージが発表した曲だ。
"演奏中、一音も鳴らさない" と言う指示がある。 4分33秒の無音となった環境の中で、普段は意識しないだろう人の呼吸音、風の囁きそういった環境の音楽に心を向けさせる為の曲で、彼の理念が現れている。』


『じゃ、じゃあ本当にあれで良かったんですかね…』

教授は心底不思議そうに、首を傾げた。

『―。 多分、な。
聖帝学園の初見演奏は、あらかじめ受験者たちの演奏レベルを徹底的に調べ上げたうえに、
その人に適した難易度の楽譜が渡される筈だ。
君の場合はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 どうなんだろうなぁ?』




『す、すみません……。 僕が至らないばかりに……。』

しかし教授は静かに首を振った。

『いいや、今まで君が特訓に真剣に取り組む姿、吾輩は良く見てきたさ。
決して君の能力が不足していた訳ではない。 もっと 胸を張れ。』

ーーーー教授!!

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ありがとうございますッッッ‼️』


『さて、そろそろ合格発表のようだな!!
――。ほら、届いてるぞ?』

『……。え?』

教授は徐に窓に歩み寄り、一気に開けた。 一気に吹き込む初春の風はまだ冷たく、思わず身震いした。

すると、ーー。
風に紛れて、黒い蝶が部屋に入ってきた。
逃がしてやろうと、ほぼ無意識にその蝶に手を伸ばした瞬間、

『受験番号971番、白黒タクトさんですか?』

『 ぅゎあぁあぁぁあぁぁぁ‼️
蝶が喋ったア゙ア゙ア゙ア゙ア゙』

『おい、落ち着け。タクト!!
誰かがムジークで、遠隔操作してるだけだ。』

確かに、よく聞くと蝶から聞こえるのはノイズ混じりの、ハスキーで中性的な人間の声らしかった。
激しく取り乱す僕の姿が滑稽だったのか、蝶から笑い声が聞こえる。
『ハハッwww あぁごめんねぇw ビビった?
この方法が一番効率がいいからさ〜。』

「は、はい……。」



『じゃあ気を取り直してぇ、
白黒タクトさん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 合格です。』













歓喜と驚愕、そしてこれからの生活に対する漠然とした不安。
名前が付けられない無いような沢山の気持ちが荒波の如く一気に押し寄せて、僕は暫く突っ立っていたらしい。


ようやく乗り越えたんだ。 『 最初の』壁を。
これでやっと……。 前に進める。




『タクト、――。 今まで良く頑張ったな。』

『今から、ですよ?
……。頑張るのは。』


思いがけない僕の返しに、教授は少し戸惑って
微かに微笑んだ。

そして、突然何処かに行ったと思うと 大切そうに、黄ばんだ桐箱を抱えてきた。


『これは―餞別だ。 大事にしろよ?
君の姉さんからの、預かり物だ。』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼️





シルクで編まれている 深紅のマフラーだった。
姉さんは、何処へ行く時も必ずそれを身につけて離さなかった。


『どうして、これを……。』



『……。今は、これを渡す事しか出来ない。
吾輩よりも君が持っていた方が相応しいだろう。』




聞きたいことは山ほどあるが、今はただ……。








『マジで有難う御座いましたァァ‼️ 教授‼️』


見事なまでに90度の礼をする僕。
教授の表情は、見えなかった。






1週間後


吹き抜ける空は、澄み渡るように蒼い。
あの日見た大理石の門を、再びくぐり抜けて、
僕の人生は、今この瞬間に始まったばかりだ。

【聖帝学園 総合科コース 生徒名簿】
総合科コース……ムジークが現時点ではまだ判明していない、もしくは未成長の生徒が集まるクラス。
同期との交流や、訓練によって彼らの可能性を模索する事を目的としている。





出席番号1番……白黒タクト《ビャッコク タクト》
・身長160cm ・体重47kg ・血液型A型 ・ 誕生日 1月1日 ・年齢15歳
・ 性別 男 ・好きな物 (物理学) 嫌いな物(マシュマロ)
固有ムジーク【不明】
《追伸》
無能力者で、身元不明。 要注意人物。


出席番号2番……金木 共鳴《カネキ トモナリ》
・身長165cm ・体重50kg ・血液型O型 ・誕生日7月3日 ・年齢15歳
・性別 男 ・好きな物(家族) ・嫌いな物(暗記)
固有ムジーク【未発動】
《追伸》
無能力者だが適正あり、{打楽器系}のムジークか?



出席番号3番……音無 莉子 《オトナシ リコ》
・身長158cm ・体重48cm ・血液型AB型 ・誕生日 推定4月5日 ・年齢 推定14歳
・性別 女 ・好きな物(星空) ・嫌いな物(口紅)
固有ムジーク【未確認】
《追伸》
[天使園]出身、監視を怠るな。




出席番号4番……六弦 千秋 《ムゲン チアキ》
・身長175cm ・体重54kg 血液型A型 ・誕生日11月23日 ・年齢16歳
・性別 男 ・好きな物 (音楽) 嫌いな物(音楽)
固有ムジーク 【未確認】
《追伸》
成績不振の留年生。 元『バンドリーダー』らしい。
しかし社会性に難あり。要注意。




出席番号5番……興戸 羅夢《コウド ラム》
・身長170cm ・体重51kg ・血液型AB型 ・誕生日 不明 ・年齢17歳
・性別 未回答 ・好きな物 (仲間 ) ・ 嫌いな物 (偏見)
固有ムジーク【Lock and roll ドラム能力】
《 追伸》
同じく留年生。 教師への態度が悪い。 六弦と同じバンドの、ドラム担当らしい。
危険組織、忍の家系【興戸一派】の跡取りなので、要注意。
"ギターは俺の武器であり、隠れる為の盾でもある"
ーーーーーーー【Buraiann・May 】 イギリス最高のロックバンド、𝓠𝚞𝚎𝚎𝚗のギタリスト




去年の今頃は、きっとコートを着ていたはずだ。 今年は気温が妙に生暖かい。だから気味が悪い。
生暖かいのは、気温だけでは無い。俺の周りの目もだ。
留年を告げられたあの日、ドヤされると思ってそれを伝えた俺に、
親父は「そうか。」とだけ言い、何も言わずに出て行った。
それだけだった。
俺の人生、何もかもがつまらない。
つまらなくしたんだ。俺が、自分で。

ーーー。全ては俺の所為だ。
怖気付いた、あのライブから。




『今日から皆さんの担任となりました、大正 琴音 《オオタダ コトネ》と申します。
……。なんて、堅苦しいのはおいといて〜!! ウェぇぇーイお前ら!! 入学おめでとう‼️』

……。少し、いや結構変な……。個性的、個性的な人だな…。

『俺ら、同じクラスらしーな! 良かったな〜』

隣の席の彼は、この前知り合った共鳴君だ。

『オレさ〜、初見演奏の課題曲がめっちゃ簡単な奴で、 エリーゼのために だったんよ。
命拾いしたわ〜!マジで。』
   
いいな〜。僕もせめて、音符がある曲が弾きたかったなぁ……。

帰蝶『皆さんはじめまして、って言いたいとこなんやけど…。
六弦、興戸 、お前ら、また1年生かよ‪w‪w‪w‪ 』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?
どういうことだ?


???①『……。 すんません。』
???②『センセェ~〜、なんで自分らが留年しなきゃいけないンすかァ? 』


帰蝶『お前らだけだぞ、単位が足りんかったのは―。 そんな呑気に構えててもいいんか?
次やったら 退 学 なんやけど。 』

②『そ こ を ‼️ 何とか御願いしゃーっすよぉ〜〜』

帰蝶『アホか』

声がした方を見ると、どうやらこの二人が 留年生 らしかった。
一人は、如何にもやる気無し、と言いたげな態度で だらしなく机の上に長ズボンをはいた両足を乗せ、ぐたっと肩に手を組んでいた。
さっき口答えしていたのは、どうやらこの人らしい。
オレンジ色とピンク色を足して割った様な独特な髪色で、アシメントリーな短髪だ。シャツの上からは 興戸と苗字が刺繍されたジャージをぐちゃっと羽織っている。

そしてもう1人はーーーーーーーーーーーーーーーーー。
さっきの生徒とは対照的に、グッタリと俯いて表情が見えない。 黒髪の短髪の先は 金色のグラデーションになっており、頭の後ろの方でただ無造作に束ねてあった。
片方の留年生とは打って変わって、この生徒は制服は着崩してなかった。
ただ、彼の雰囲気は 最早希望が無い、もう生きる気力が残っていない、そんな 無気力なオーラを纏っていた。 恐らく、この男子が「六弦」なのだろう。


その後は、教科書の配布や簡単な説明 クラスメイトたちのの自己紹介に費やされた。
そうして入学初日の授業時間は過ぎていった。


『おつかれ~~つっ メガネ!!』

『あっ、お疲れ様です。共鳴君。』

『よーやく自由時間になったな! 早速メシ行こーぜ‼️ 』

あぁ、食堂のことかー……。

聖帝学園の食堂は、1階の合唱ホールのすぐ側にあった。
然し、学園自体がえげつない広さなので、見つけるまでには随分と途方も無い時間が掛かってしまった。

『ハア……。 学校の癖に、何でこんな迷宮みたいな造りしてんだよぉ……。
どんだけぇ~……。』

『け、結構 時間かかっちゃいましたね―。 もしかしたら、もう閉店してるかも……。』

『ハアア!? マジで困るって…』

軽く口論になりながらも僕らはグダグダと食堂に入る。
食堂内は流石の広さだったけれど、時間も相まって 生徒の人数はそぞろになってきているところだった。
入口すぐ近くに、見渡せるくらいの大きさのメニュー表が写真と共に設置してあり、各々自由に選べるようだった。
『なぁー、お前さ、なん頼むん?』
『えぇと……。 親子丼にしよっかなー?』
『マジ?じゃあオレは〜。カツ丼にしよっーと‼️』

そう言って、共鳴君はトテトテと受け取り口の方へと歩んでいく。

『あ、ちょっと待って下さい…。』
『あぁ? なんすかー?』
『カツ丼、あと一つで売り切れだっte……。』

『『はァ!? もっと早く言ってよ馬鹿ァ‼️』』

残り一メートル位の距離で、猛然とダッシュしだした……。
ごめん。次はもっと早く伝えますー。

『すみませーん!! カツ丼1個下sa……!』

???『あ、14番のカツ丼1つお願いします。』
店員『かしこまりましたー!』


……。あっ。

共鳴『……。huh???』

5秒くらい。
たったそれだけの差で、こうも簡単に人は絶望できるのか。



トレーを持ったまま此方をチラッと覗く瞳。風で揺れる特徴的な水色のポニーテール。
この女子には何処か見覚えがあった。

『あーー!! お前はァ! あの時《入学試験の時》の!』
???『は? 誰ですか あんた?』

どうやら共鳴君も彼女と面識があったらしい。
だが向こうは違ったようだ。

『音無? であってるよね? オレだよー! テストの時後ろの席だった』

音無『 そうだけど ー。 他の人とか、そんなのいちいち覚えてる暇、無いから。』

『御願い致します!!! そのカツ丼 ラス1だからさ!!
オレに譲って頂きたく……。 』

音無『『無理。』』

『……。厳しいって……。』

まるでゲームのデータを親に消されたかのような、あまりに見事な落ち込みっぷり。

『ま、まぁ……。 他のメニューはまだ残ってるからさ……。
その、元気出してください??』


『わ、分かったから……。
……。月見うどんで御願いします。』

店員『かしこまりました。
350ユーロンでございます。』

『え、??? お金いるのぉ??』

店員 『え』


音無『は?』


僕『え?……。えっ?』


即座に顔を見合わす僕ら2人。
考えていたことはどうやら同じだったらしい。


共鳴『だ、だからほら……。
学校側が資金出して下さるとかじゃなくて💦???』

白い目をした女性陣。
音無さんに至っては、最早 干からびた蛙を見るような、侮蔑のこもった眼差しをこちらに刺してくる。

???『あ〜。 ちょっと良いすかぁ?』

店員『す、すみません。今ちょっと……。』

???『そこ御三方。 自分が奢るッスよ。』

『『え?』』

音無『な、?』


???『良いの良いの〜。 気にせんで? お金持っとらんのやろ?
これでも自分、《先輩》なんでぇ。』

店員『は、はい。 分かりました。……。』


和柄な趣向の財布をはためかせながら、【興戸 羅夢】は、ニマニマと笑っていた。

『あ、ありがとうございます……。
興戸センパi……。』

『ラムちゃん。 で良いっすよ〜』

『えぇ???』

『自分、堅苦しーの嫌いなんで。』

『で、ですが……。』

『良いから良いから〜~www』

『……。』

『……。 ラムちゃん、先輩‼️』

間髪入れずに共鳴君のツッコミが響く。
共鳴『おい? どーしてそうなった💦 』



そうやって、少々ゴタゴタしてる内に、さっき頼んだ料理が届いた。

久しぶりに食べる親子丼は、やっぱり格別な味わいだった。
噛み締める度に溢れかえる、肉汁の旨みと、仄かに薫る卵とキビ砂糖の優しい甘味。
何よりも、まだ肌寒い時期だったので、ホカホカの白米の温もりが嬉しかった。

『ら、ラム先輩、本当にすみません……。』

『お気に為さらず〜~。 自分、どうせ味分からないっすから。』

――!

『そ、それって……!』

『そのとーり! ムジークの【代償】ってやつ??』

『……。』

『な、なんか……。
本当、申し訳ないです。』

『ハハッ!! 別に大丈夫っすよ〜。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 実の所、君らに御願いがあって。』

急に声のトーンが変わった、 声だけじゃない。
……。 威圧的な雰囲気がひしひしと、痛いくらいに伝わって来る。


『……。 何ですか? 頼みって。』

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

御願い、聞いてくれるらしいね?』


『あ・の・さ!』

待ってましたとばかりに、羅夢先輩は クワッと此方に身を乗り出してきた。
まるで黒真珠の様な澄み渡る瞳を、更に輝かせて 彼(彼女??)は問い掛ける。

『君ら、-バンド-に興味無い??』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


成程、文字通り【うまい話には裏がある】という訳だ。