高校の入学式の日、僕は彼女に出逢った。

 僕が入学した学校は附属の中学があったため、入学式が始まるまで教室で待っている時、僕は誰とも話すことができなかった。クラスメイトが賑やかに話している中、一人で席に座って俯いているのも居心地が悪かったため、僕は席を立ち、校舎内をふらふらと歩いた。廊下を歩きながらふと視線を窓の方へ向けてみると満開に咲いた桜がグラウンドに植えられていた。僕は当てもなく校舎内を歩き続けた。
 人気が少なくなってきたなと思っていると僕の目の前に少し廃れた階段が現れた。登る気にもならなかったため踵を返し、教室に向かって歩き出そうとした時、微かに階段の方から歌声が聞こえた。教室に戻ろうとしていた僕の足は歌声につられるように自然と階段を登っていた。階段の一番上にはきっと屋上に出るであろう錆びた扉があった。立ち入り禁止の看板がぶら下げられている鎖は切れ、鍵も壊れていた。こんなところに来る生徒がいないため、直していないのだろう。
 僕がドアノブを回すと耳障りの悪い金属音が響いた。扉の向こうはやはり屋上だった。僕が屋上を見渡していると人がいるのを見つけた。細身で色白、長いグレーアッシュの髪を靡かせた女の子が手すりにそっと手を置き、軽く目を瞑りながら階段の下で聞こえた歌と同じ歌を歌っていた。澄み渡る青い空を背景に透き通った美しい声で歌う彼女はとても様になった。僕は足音を立てないように静かに彼女に近づいた。

『We want to cherish everything because it is all fleeting and disappearing. It is the beautiful things that disappear quickly. We don't want to forget the memories we don't want to forget. That is all I pray for.』

 聞いたことのない英語の歌だった。彼女は歌い終わると深呼吸をして目を開いた。綺麗な二重に長いまつ毛。瞳は稀にしかいないと言われるアースアイだった。僕が彼女に見惚れていると、彼女がこちらを向いた。名前も知らない女の子は驚いたように目を見開いて固まってしまった。僕は慌てて口を開いた。
「ごめん。驚かせる気はなかったたんだ。廊下を歩いていたら歌声が聞こえて。」
彼女は数回瞬きをした後、薄く笑みを浮かべた。
「そうだったんだね。」
鈴のような美しく小さな声で彼女は言った。
「僕、一年三組の如月恭介。よろしく。」
僕は柄にもなく彼女と話がしたいと思った。焦った僕はひっくり返った声で自己紹介をした。彼女はクスッと笑った。僕が赤面していると彼女が口を開いた。
「私も一年三組。水無瀬翠生です。翡翠の翠に生きるって書いて、すいって読むの。こちらこそよろしくね。恭介くん。」
そう言って微笑んだ彼女に僕は心が疼くのを感じた。