翌日、僕は自分の席に座り、彼女が登校してくるのを待っていた。今日はまたいつもみたいに教室に入ったら一目散に僕の元へ来てくれる。そう信じて僕は彼女を待った。しかし、彼女はいつも登校してくる時間になっても教室に来なかった。僕は心配になって、靴箱のあるエントランスへ向かって足を進めた。
僕たちの教室がある三階から一階へ行くため、階段を降りていると靴を履いて階段を登ろうとする翠生の姿を見つけた。翠生のところへ僕は早歩きで向かおうとしたがその足はすぐに止まった。まっすぐ前を見つめて歩く彼女の視界に、僕は絶対に入っているはず。なのに、彼女と目すら合わなかった。僕が踊り場で呆然と立ち尽くしていると、彼女は僕の前を通り過ぎた。まるで僕のことを彼女は全く知らないかのように。
最近、彼女の様子がおかしいとは思っていた。僕を見つめる彼女の瞳は僕を見ていなかった。僕と話している時の彼女の瞳は笑っていなかった。何かに怯え、何かに必死になっているように感じた。彼女の中に存在する「僕」が空っぽになってしまって、彼女が一生懸命そこを満たそうとしているように感じる。遠ざかっていく彼女の背中を見つめる。もう、僕が彼女の名前を呼んでもいつもの笑顔で駆け寄って来てくれることは無いのだろうか。消えてしまいそうなくらい儚く、美しいあの声で僕の名前を呼んでくれることも無いのだろうか。
その日は翠生と一言も話さなかった。彼女が僕に話しかけてくることはなかったし、僕自身も彼女に話しかけることができなかった。一瞬目があったが、彼女の表情は変わることなく、交わっていたお互いの視線はすぐに逸れてしまった。彼女が何かしらの事情で僕のことを忘れているのは明らかだ。それでも、僕は実際に彼女と向き合うことでそのことを実感するのが怖かった。
もちろん僕は一人で帰路についた。いつもは翠生とたわいもない話をしながら帰っているため、一人で帰るのはとても長く感じた。僕が家に着いて、靴を脱いだ時、スマホがブルっと震えた。新規通知のところに示される翠生と言う文字が僕の目に飛び込んできた。急いでメッセージアプリを開くと彼女から一文だけ送られていた。
『今日の夜、恭介くんに話したいことがあるんだけど会えたりする?』
