山掛がしたことが明らかになり、僕に関する噂も時間とともに忘れられていった。はじめは名前ぐらいしか知らないクラスメイトに謝られたり、戸惑うことが多くあったが、かなり落ち着いてきた。そんなじめじめとした梅雨のある朝、僕が席に座ってぼうっといつもよりも暗く、たくさんの傘に埋め尽くされた校庭を見つめていると彼女が登校してきた。いつもなら教室に入った瞬間、自分からまっすぐ僕の席まで来て明るい笑顔でおはようと言うのに、今朝は彼女は僕と目を合わすことなく、挨拶を交わすこともなく自分の席についた。
何かあったのだろうか。僕はいつもと彼女の様子が違うことが心配で彼女のもとへ行った。
「翠生?おはよう。何かあった?」
僕がそう尋ねると、驚いたように体を震わせ、もともと大きな目をさらに見開いて彼女は数回瞬きをした。少しの沈黙が僕たちの間に広がった。そして、彼女が突然はっとしたように口を開いた。
「なんでもないよ。如月くん。おはよう。」
如月くん、今彼女の口から発せられた僕の名前はいつもと違うものだった。しかも、彼女は僕の胸元に着いている名札をチラッと見てから確認するように僕の名前を呼んだ。彼女が浮かべている笑顔もまるで貼り付けられたもののようだった。明らかに彼女の様子がおかしい。そう思いながらも僕は彼女に何も聞かなかった。
その日は一日、いつも通り翠生と毎休み時間話し、移動も昼食の時も一緒にいた。だけど、やっぱり彼女はいつもと違った。話をしていても最近話したことを忘れていたり、誤魔化すように笑ったり、時折悲しそうに微笑んでいた。どれも今まで僕が見たことのない翠生の姿だった。
