図書室のドアを開けて中を見回した。

 しかし、翠生の姿は見当たらなかった。
奥の方まで入ってみると窓の近くの席で洋書を開いたままウトウトしている翠生を見つけた。暖かい日差しが差し込んでいるため、きっと眠くなってしまったのだろう。

「翠生、翠生起きて。」

 僕は優しくとんとんと彼女の肩を叩きながら声を掛けた。
「あれ、如月くん?来てくれたんだね。」
 余程気持ちよかったのだろう。目を擦り、背伸びをしながら彼女は僕の方を向いて優しく微笑んだ。やっと彼女と話せるのに僕はただ彼女のことを見つめることしかできなかった。そんな僕を不思議に思ったのだろう。きょとんとした顔をしながら首を傾げたと思ったら、彼女は隣の椅子を軽く引いてトントンと叩いた。
「座って。」


「恭介くん、何があったのか正直に話して欲しいの。」
 僕が席に座ってから少し沈黙の時間が流れたが、彼女は優しい声で僕にそう問いかけてきた。僕は椅子に座ってから彼女にどのような顔を向ければいいのかわからず、ずっと俯いていたが彼女の落ち着いた声を聞いて少し顔を上げてみた。彼女も眼差しがまっすぐ僕に向けられていた。その眼差しはまるで僕の心の奥底まで見つめているようだった。
「僕は中学の時、クラスメイトを傷つけてしまったんだ。」
 僕は気づいたらそう口にしていた。彼女はその僕の言葉に対して、何も口にしなかった。僕はゆっくり視線を翠生の方へ向けた。彼女は僕の顔を見つめたまま柔らかく微笑んでいた。
「安心して。どんな話だったとしても私はちゃんと最後まで聞くから。」
 彼女に話すべきか僕はずっと悩んでしまっていた。でも、この言葉が、彼女の言葉が僕の心の奥にストンとまっすぐ落ちた。


 僕は何も包み隠すことなく全てのことを話した。翠生はずっとコクコクと頷きながら話を聞いてくれた。少しの間、沈黙が僕たちの間を漂う。彼女は山掛やクラスメイトたちから僕の悪い噂をいろいら聞いているだろう。今僕が話したこと も嘘だと思っているかもしれない。僕がそんな風に考えていると彼女が小さく息をつき、微笑んだ。
「私は恭介くんを信じるよ。」
 彼女は僕の顔を、目を優しく見つめながらそう言った。
「僕が嘘ついてるかもとかって思わないの?」
 僕は彼女が僕を信じると言ってくれたことに驚いて思わずそう言ってしまった。彼女は僕のことを信じると言ってくれているのに僕はまるで、彼女のことを疑っているかのようなことを言ってしまった。僕はなんてことを言ってしまったんだ。
 そう思って僕が少し慌てていると彼女がクスッと笑ってから少し考えるように首を傾げた後、口を開いた。
「もしかしたら恭介くんが嘘をついているかもしれない。でも、私が知ってる恭介くんは優しくて強くて、嘘なんてつけないくらい暖かい心を持ってる人だから。」
 彼女はそう言って、ニッと笑った。無邪気な子供のような笑顔だ。僕の心の中で渦巻いていた黒くて重い感情が一気に消えた。
「私が信じたいって思うのは恭介くんだから。」
 嗚呼、なぜだろう。やっぱり彼女は僕が一番欲しい言葉をくれる。
 窓から差し込む夕陽に照らされた彼女はとても美しく、そして儚く見えた。