夢の国で閉園まで遊びたおした、クリスマスイブ。

「すっごく楽しかったね。けど、なんか淋しいね」

 セリはぬいぐるみを抱きしめながら遠くの光を振り返り、薄暗いゲートで唇を尖らす。

「まだ、帰りたくないなぁ。……ねぇ、しーちゃん?」

 愛おしくも憎らしいお姫様。
 長い髪をふわりと揺らせて、上目づかいで顔をのぞきこんでくるのはズルい。

「……」

 だって「帰りたくない」なんて。
 いくら聖夜だからって、どうせそこに深い意味なんてないんでしょ?
 兄妹みたいにじゃれ合って、いくつもの季節を共に過ごしてきた僕たち。
 甘えたような仕種は慣れっこだし、何気ない言葉に振り回されるのも日常茶飯事。
 だから別に、変な期待をしてるわけじゃないんだけど。

 ほら。僕たちはもう、ただの幼なじみじゃない。何も知らない子供でもない。
 この20年、色んな事があったから――。

「じゃあさ。泊まってく?」

 やっと恋人繋ぎできたセリの手を、今夜このまま離したくなかった。
 魔法がとけるのを淋しいと感じてるのは、たぶん僕の方だと思う。


☆★☆


「うわ~、カワイイ♥️ ねーねー、しーちゃん見て! アメニティも全部プリンセスだよ」

 何ケ月も前から予約しておいた隣接のホテルでは、スムーズに部屋のキーを受けとることができた。
 クラシカルなインテリアでまとめられた7階のツインルーム。
 瞳をキラキラさせて嬉しそうに笑うセリが可愛くて、思わず唇に軽くキスをする。

「っ……しーちゃん?」

 セリは目を丸くした後、ちょっとテレたように視線を泳がせた。

「どっ……したの? きゅうに」
「うーん、別に。急ってわけでもないんだけど」

 だって今日1日、何度もキスしたいと思ってたから。
 そう白状したところで、ただセリを困惑させるだけ。ここからの展開に淡い期待をしてる僕の脳内なんて、きっと1ミリも想像できていないと思う。

「何か飲む? ミネラルウォーターあるけど」

 下心を笑顔で隠して、僕は冷蔵庫の中にあった水を手渡す。

「あ、ここにもプリンセスいるじゃん」
「え? どこ? わっ、ホントだ。こんなとこまでも可愛い! 飲んじゃうのもったいないよ」

 さっきのキスで多少の警戒心を見せたセリは、あっという間に平常運転。
 ペットボトルを嬉々として天井に掲げ、そのままテンション高めにベッドに仰向けに転がった。

「うわ~。ベッドもふかふかだ~」

 無防備に投げ出されたナマ足。
 見慣れてるはずの姿さえ今夜は艶かしく感じて、また心を乱される。
 はぁ。どーしようかね。
 まだ待てると思ってたのに、予想以上に僕の理性は脆そうだ。

「帽子くらいとりなよ」

 ベッドの端に腰をかけ、被っていた耳つきの帽子をするりと脱がせた。
 頭をそっと撫でると、セリは気持ちよさそうに目を細める。

「もう、眠くなっちゃった?」
「ううん、ぜんぜん。幸せすぎて、眠るなんてもったいないもん」

 セリはふわりと笑むと僕の右手を両手で包み、自分の頬に寄せた。

「しーちゃん、連れてきてくれてありがとう。すっごく楽しかった」
「だね。また来よっか」
「うん。しーちゃん大好き!」
「……」

 聞き飽きてるはずのセリの『大好き』が妙に甘く聞こえて、身体が熱くなるのを感じた。
 カッコつけたいのに。セリの前では常に余裕のある、イイ男でいたいのに。
 ヤバイ。もう限界かも。
 抱きしめてキスをして、触れたことのない処まで進みたい――。

「僕も、好きだよ」

 僕の方が、かな。
 こみ上げる切なさを胸の奥で押さえつけて、左手でセリの長い髪を裂き、耳からうなじにかけて指を滑らせる。
 覆い被さるように口づけを落とすと、セリが「あっ……」と小さく声をあげた。
 長いまつ毛が幾度か揺れて、何か言いたげなのが伝わってきた。
 でも止めたくない。
 舌先で唇を舐めてから、少し開いた隙間にすかさず舌を割り込ませる。
 チュッ。
 水音の混じったリップ音が響く。
 いったん離して、セリの顔を見て。もう一度、角度を変えて深く口づけると、唇の端から甘い吐息が洩れた。
 ヤバイ……こんな声聞いたことない。
 たまらなくなって、繋いでいたセリの手を衝動的にシーツに縫い付けると、それまで従順だったセリの躰がビクッと跳ねる。

「まって……しーちゃん……」

 鈍感なセリもここまでされて、さすがに状況を把握したみたいだ。
 自由の残ったもう片方の腕で僕の肩を押し返し距離をとると、潤んだ瞳で訴えかける。

「……待って…お願い…………」
「イヤ?」
「違う……そうじゃないんだけど……」
「けど?」
「……あのね……えっとぉ……」
「……」

「……あの、お風呂! お風呂に入りたいの! だから……」
「うん。そうだね」

 僕はできる限りの笑顔で頷いて、セリの額にキスを移した。
 熱をおびた躰。
 本当は1秒でも離したくなかったけれど、不安げな目を向けるセリを無視して、このまま自分勝手に欲望をぶつけるわけにはいかない。
 まだ、早かったかな。
 ずいぶんと昔のように感じるけど、ちゃんと付き合ってまだ3ヶ月――。

 外堀を固めて、アイツから強引に奪った感は否めない。
 心が手に入ったなんていうのは僕の勘違いで、セリはただ流されただけかもしれない。
 らしくもなく不安で、だからこそ確実に繋がったという証が欲しくなる。

 ぐずぐずに甘やかして、可愛がりたいのに。
 怖がらせたくない。
 もう傷つけたくない。
 誰よりもそばにいたくせに、今さらながらに痛感する。
 セリを大切にするのは、何でこんなに難しいんだろうって。

「バスタブにお湯をためてくるからさ。先に入って、ゆっくりしなよ」

 何でもない素振りでセリの頭をグシャっと掻き、僕はゆっくり立ち上がった。

「え、いいよっ。しーちゃんが先で」

 セリはどこかホッとした顔で上半身を起こす。

「私の方が、お風呂長くなっちゃうと思うから」
「うん、だから先に入ってよ。で、僕が出てくるまで寝ないで待ってられたらさ、やっぱりセリのこと抱きたいんだけど」
「えっ!」

 簡単に逃がしてなんかあげない。
 少しだけ意地悪な気持ちで、口角を上げる。
 セリは頬を赤らめながら上目づかいで僕を見ると、大きく首を縦に振った。

「待ってられるよ。絶対、ぜったい、起きてる。何なら朝まででも……大丈夫だからっ」

 覚悟を決めたような表情。
 朝までって、どんな煽り方なわけ?
 はあ、もう。何でそんなに、いちいち可愛いの。

「……ぷはっ」

 思わず吹き出してしまう。

「えぇ? 何でここで笑うの!?」

 セリは拗ねてそっぽを向いてしまったんだけど、そんな子供じみた姿さえも愛おしくてたまらなかった。
 自分でも重症だなって思う。


 幼い頃から、僕を振り回し続けたお姫様。
 やっと捕まえたんだ。一生をかけて幸せにしなきゃね。
 僕の隣を選んだことを後悔はさせない。

 頬の膨れたセリの横顔を見つめ、改めて強く誓った。

 ☃︎𖢔𓍄𓃕 Merry Christmas to you. 𓍄𓃕︎𖢔☃︎
   
   ꙳⋆‪࿄ཽ·˖* Forever yours, my love. ࿄ཽ·˖*‬ 

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