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 私が言葉を探していると、小田氏は話しすぎたと思ったのか、ばつの悪そうな顔をした。私から頼んだことだし、それはまったく構わなかった。ただ、大変な状況におかれている彼に何と声をかけるべきかわからなかった。
「都築さんは、見つかりそうですか」
 今度は私の番ということだろう、小田氏が話を振った。見つかりそうか、というのはおかしな訊き方だと思った。いなくなった人間が見つかるか見つからないかの間に、見つかりそうというのは存在するものだろうか。都築さんは見つからないままだ、私は首を横に振った。
 今回、私が小田氏に頼んで話をしてもらうことにしたのは、都築さんのことがきっかけだった。私の勤める工場に長くいるベテランの都築さんが、突如姿を消したのだった。ある朝突然来なくなった。電話をしても出ないし、社員寮にもいない。警察に相談しても事件性がないとかで本格的な動きは望めそうになかった。
 工場内で、都築さんはどちらかというと疎まれているほうだった。仕事に厳しく、人を叱る声は大きかった。だから多くの人は、都築さんがいなくなったことを心配しながらも安堵しているような雰囲気があって、本腰を入れて捜し出そうという空気ではなかった。しかし私には、都築さんが理不尽な人だとはとても思えなかった。小田氏の話に登場するような人と違って都築さんはめちゃくちゃなことは言わないし、妥当な場面でしか叱らない。入社したての若い私にも責任ある仕事を任せてくれた。私だけでも、都築さんを蔑ろにはしたくなかった。
 都築さんに一番懐いていたという理由で、私が多くの仕事を引き継ぐことになった。そのうちの一つに、とても古い設備があった。よそのラインと違って仕様が独特のようで、使い方がまるでわからない。周りに訊いても埒が明かず、手順書ももちろんない。
 プログラムを担当した業者に頼ろうと履歴を見た私は驚いた。ほかのラインではありえないほど、かなりの数の外注が携わっていた。入社してさほど経っていないとはいえ知らない業者名があまりに多い。すでに廃業したり担当者が去っていたりと、まともに連絡できる人はいなかった。
 西川多果子さんの名前もこのときに見つけた。その外注業者には私と同い年で親しい人がいる。いつだったか彼が話してくれたことがあった。西川さんという人が突然会社を辞めた、何の前触れもなくて、皆とても驚いたのだと。
 それを思い出した私は、都築さんと同じだと直感した。西川さんだけでなく、この設備に関わったほかの人たちもまた、ろくに連絡が取れないでいる。行方をくらます人たちに共通項を見出した気がした。
 当初は気安く話せた彼に詳細を聞くつもりでいたが、彼は、もう辞めるつもりだ、関わるのも嫌だと言って代わりに小田氏の名前を挙げた。それで私は仕事の相談という名目で小田氏を呼んだのだった。

「つまり、あれに関係した人が次々に消えていると?」
「はい、私はそう思っています」
 私は小田氏に自分の考えを打ち明けた。突飛だという自覚はある。都築さんと西川さんとの間には、退職届の存在という点で明確な差異がある。ほかの業者に連絡がつかないのも、単に年月が経っているためと考えることもできる。だけど都築さんがいなくなった理由は何も思い当たらない。その意味では西川さんも同じである。都築さんは無責任に会社を休んだり辞めたりするほかの人たちとは違うのだ。都築さんが消えた説明としては、これ以外考えられなかった。
「だからといって、そういうものだと納得する以外に私にできることはもう、ないんですけどね」
 こんなことを話しても小田氏を困らせるだけだ。西川さんの話を聞いて、彼女が都築さん同様に不可解な去り方をしたことはわかった。私の説の補強になると思って彼を呼んだわけだけれど、その先のことは考えていなかった。それがわかったところで都築さんが見つかるわけではない、そんなことは初めからわかっていた。
 結局のところ、私は人に話したかったのだ。気味の悪いことをそのままにはしておけなくて、誰かに話して共有することで、この一件を飲み込んでしまいたかった。
「あの一帯の機器はすべて撤去したいと思っているんです。上司に話すのはこれからですが」
 都築さんや西川さん、ほかの業者の人たちまでも消し去ったあの設備を、そのままにはしておけない。そもそも都築さんがいなければ動かせないし、稼働率の低いものを置いておけるほどスペースもない。ほかに増設の必要なラインはいくらでもある。説明しがたい私の想像を語らずとも話は進められるだろう。――そう思っていたのだったが。
「それ、待っていただけますか」
 思いがけないことに、小田氏からそんな言葉が出た。私は目を瞬くことしかできなかった。
「うちに担当させてください」
 そう言った小田氏の口調は真剣そのものだったが、その瞳はどこか胡乱げに見えた。

  5

 端からどんな案件も断るつもりで工場に行った。佐藤から仕事の相談があると呼び出されたのだ。
 佐藤のことは覚えているし、今後のことも考えると期待に応えてやりたい気持ちはあったが、とてもそんな余裕はなかった。仕事は山積みで、その上進捗の遅れについて深く掘り下げてまとめろという課題も出されている。本社から来たあの男だ。お前のせいだと結論づけて提出してやろうかと何度思ったことか。とにかく、佐藤にはせめて直接会って、現状では受けられないと丁寧に辞退の旨を伝えるつもりでいた。
 しかし佐藤と会ってみると、仕事の話をするより先に西川のことを訊かれた。工場のほうでも都築が突然出社しなくなったらしいと風の噂で聞いていた。妙なことに佐藤は、都築と西川に何やら繋がりを感じているようだった。
 軽く話して聞かせるつもりが、気づけば長く語っていた。無駄話など悠長なことに時間を費やしている場合ではないのに、次から次へと言葉が出ていた。所長と同じで、事務所に帰るのが嫌で諸々を先送りにしたい気持ちがあったのかもしれない。あそこに戻れば三木の呪詛のような不満を相手にしなければならないし、いつ辞めるか知れない泉には神経を使うし、何よりあの男がいる。小田は夢中になって話していた。
 話し尽くすと、自分はいったい何をしているのだろうという思いに駆られた。彼女が都築のことを気にしていたのを思い出し、小田はかろうじて、
「都築さんは、見つかりそうですか」
 と言ってみた。佐藤は曖昧な顔で首を横に振っただけだった。都築が欠勤扱いか退職扱いか知らないが、彼を見つけるのは佐藤の仕事ではないし、工場の誰の仕事でもないだろう。
 佐藤が内緒話をするように顔を寄せてくる。そろそろ本来の目的である仕事の相談とやらに移ってほしかったが、仕事の話ではなさそうだった。それでも小田は仕方なく調子を合わせた。

「つまり、あれに関係した人が次々に消えていると?」
「はい、私はそう思っています」
 都築も西川も、例の古い設備に関わったために姿を消した。それが佐藤の考えだった。彼女があまりに真面目なトーンで話すので、小田は言葉を失った。そんなオカルトじみた話があるわけない。それとも彼女の世代は皆こうなのか。真顔で冗談にならないことを言う流行りでもあるのか。小田は数年しか違わないはずの佐藤たちがまるで別世界の住人のように思えた。
 さらに佐藤は、あの一画を撤去する考えを明かした。これには拍子抜けだった。小田はてっきり、その案件をこちらに振るつもりで呼ばれたと思っていた。都築がいなくなり、動かせる人間がいなくなった今、頼れるのは外注の自分たちくらいだろうと踏んでいた。頼られたところで担当した西川はもういないし、彼女のフォルダを漁るところから始めなければならないのだが。
 小田はふと思った。これは根回しかもしれない。佐藤にしてみれば、都築が急に蒸発したことで余計な仕事を押しつけられて迷惑しているはずだ。少しでも軽減するために、厄介なものはなくしてしまいたいと思うのが本音だろう。外注にも断られてどうすることもできないとなれば、上も彼女の進言に耳を傾ける。外堀を埋めておいて、外注に頼んでみたけど駄目でした、という事実を作りたいのだろう。
 小田に異論はなかった。元々いっさいの仕事を断るつもりで来たのだ。工場側の事情によそ者が口を挟むことはないし、勝手に進めてくれて構わない。
 しかしひっかかることもあった。小田の抱く印象では佐藤が、自分が楽をするためだけに荒唐無稽な話を大真面目に語るような人間には思えなかった。
「それ、待っていただけますか」
 小田に閃くものがあった。もしも、佐藤の話がホンモノだとしたら。本当に、あの設備に呪いのようなものがあって、そのために都築や西川が消えたのだとしたら。
 眉唾であってもいい、そのジンクスに是が非でも縋りたい理由が、小田にはある。
「うちに担当させてください」
 小田は、困惑する佐藤に願い出た。
 あの男は≪Всё_в_порядке≫という変数名を見て、どんな反応をするだろう。そんなことを思いながら、仄暗い希望が自分の内側に灯るのを感じていた。