無事に学校に着いた。
でも――『こうせい高校』は僕の想像していた姿とは全くもって違った。
まるで刑務所のように錆びた鉄柵が立ち並び、外から中の様子をうかがい知る事はできない。周りに住居や店舗など1つもなく、ただ『こうせい高校』だけがぽつんと存在しているようだった。
そして、校門と思われる場所には、無数の❝行方不明者❞の情報の紙が「おめでとう!」という言葉と共に言い方が悪いが指名手配犯のように貼り付けられていた。祝福の言葉が、皮肉のように見えた。その情報には、少し笑った顔の写真もあり、気味が悪いと思うのは失礼かもしれないが、異様な印象を受けた。
この光景を見て、学校に入りたくなった人なんていないだろう。僕はもう気にしない。どんな学校いいと思い、この高校の正体を知るために、口コミを調べることにした。僕の通っていた(そして今からも通う)高校が、不良高校だろうが、少年院のような高校だろうが、怪しい宗教の高校だろうが何でも構わない。
体が震えていくのを感じながらも、手は確実に脳の命令に従っていた。スマートフォンでこの高校の口コミサイトにたどり着いた。
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悪玉さん(近所住民)
評価:★☆☆☆☆
『謎多き学校』
この学校は、一般的な学校に通えない現実と妄想が混じってしまったり、自殺願望があったりする生徒を保護し、更生することを目的として設立された高校だと言われています。しかし、学校の中で実際に何が行われているのかは謎に包まれており、本当に保護に値する場所なのかは疑問です。ある日、帰り道にこの高校に通っていると思われる女の子が車に轢かれそうになっているのを見かけ、思わず助けました。その子は無事でしたが、その子の体は震えていて、彼女の美しい顔には大きなくまがありました。本当に大丈夫なのか心配です。震えながら『助けて』と呟いていた様子は今でも忘れられません。生徒たちが悪いわけではなく、むしろその環境に問題があると感じています。
※補足:この学校には犯罪を犯すような生徒はいないので、誤解しないでほしいです(もちろん、人間だから100%とは言えませんが)。
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匿名さん(元生徒)
評価:☆☆☆☆☆(※星評価はつけていない)
『行方不明者制度がある』
この高校には「行方不明者制度」というものがあるらしい。自殺願望の生徒も多いけど、そのような境遇から抜け出して、もうこの学校に来る必要がないと、いわゆる更生した生徒はこの制度を使って誰にも告げることなくこの学校を去って(=この学校から行方不明になって)いいらしい。ただ、その場合は荷物等が全てなくなっていると誰かが気づくため、数日後には誰が行方不明者になったかわかるんだってさ。普通なら行方不明者という言葉はマイナスに捉えられがちかもしれないけど、この高校にとってはある意味プラスなんだ。
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死さん(元生徒)
評価:★☆☆☆☆
『この高校に通うな』
親に言われたからこの高校に入りましたが、生きた心地がしませんでした。この高校に通うことで、自殺願望が消えるどころか、逆に強まっていく生徒もいるという現実があります。実際に、窓から飛び降りて亡くなった生徒もいました。自殺防止策として、高い壁や24時間監視カメラ、刃物類の持ち込み禁止などが設けられていますが、それでも防げないケースがあったようです。校舎からの転落に備えてマットも敷かれていますが、最初に話した通り、それでも防げなかったケースが多々あります。自殺願望が強まる原因には、いじめや教師からの嫌がらせが挙げられます。確かに、教師も多くの負担を抱えているかもしれませんが、だからといって許されることではありません。
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破壊さん(元生徒の母)
評価:★☆☆☆☆
『いじめは普通の高校よりも多いかも』
私の娘もいじめにあってました。自殺願望など精神的に不安面を抱く人も多く、いじめに発展してしまうことも全く理解できないわけではないです。でも、その境遇の中、そういう行動をしていない人だってたくさんいるし、更生に向けて頑張っている人も多く存在すると考えると、やはり深刻な問題だと思います。
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上位には、否定的の口コミが所狭しと並んでいた。もちろん、好意的の口コミも存在したのだけれど、そちらには目もいかなかった。現実を突き止めてほしい、そんな気持ち悪い感情を持ったまま、ただスクロールしていく。
「今、どんな気持ちですか?」と誰かに聞かれても答えられない。ただ、絶望とは違う感情。悔しさも感じないし、死にたいとも思わない。でも、どこかもう諦めて受け入れなければならないという思いが、じわじわと心に広がっていく。
こんな高校だったのか。多分、僕の傷も心の不安定さから自分で作ったものなのだろう。
「おう、おはよう」
「おはよう」
「……おは、よ……」
僕の表情はとくに変わったところはないのか、YとXに校門の目の前で声をかけられた。僕はそのまま2人に引きずられるように、校舎の中へと入っていく。まるで、自分の体が勝手に動いているかのようだった。
あと教室まで数メートル。その時、突然チャットの通知音が鳴った。名前は表示されていなかったので、誰だかはわからなかった。2人もその音に気づいたようで、先に行っててと伝え、僕はトイレの個室にこもる。昔からこうした癖があったようだ。
通知を確認すると、意図せずにその人の名前を変えてしまったのか、通常の名前のところには『元カノ』と書かれていた。
――『元カノ』?
記憶の中で、僕を殴った女性の言葉が蘇る。「も◯◯◯くん」というその言葉が、頭の中でリンクする。もし、◯の中にこの言葉が入るのなら、僕は「元カノ」に殴られたことになる。確かに、そうなると別れ方が相手にとって不愉快だったのかもしれないという理由が、辻褄を合わせるように思えた。
―――
To:僕
from:元カノ
もう一度、せいりしてあげる。これが最後。私たちは、あのじけんが起こる1週間前までの約半年間、つきあっていた。
初めてだったのもあってすごく楽しかったよ。初めて「生きていてよかった」って思えたよ。でも、君が私をふったときの言葉「もう別れよう。最初から本気で私と付き合おうなんて思ってなかったんだよ。もしかしたらいい人かもなってぐらいで、飽きたからもうやめよう」には、さすがに心がいたかったよ。つらかった。たしかに、わたしも別れたあと、あなたをなぐった。ふくしゅうとして。悪いとは思ってる。罪をうけるべきだともかんじている。でも、わたしはそれいじょうに辛いんだよ。
今日は、あの事件がおこった3日後だね。この学校の❝行方不明❞は更生を意味するみたいだけど、私にとって❝行方不明❞は死を意味するようだね。じゃあ、今から自殺橋で人生を終わらせます。またね。
―――
違う意味で行方不明――。
僕がその文をすべて読み終わる頃、始業のチャイムが校内に響き渡っていた。ただ、そんなことはどうでもよかった。
文に記されていたのは、僕が元カノを傷つけ、追い詰め、そして最後には――。この内容だけで、当時の僕がどれほど冷酷で、愚かだったのかを痛感するには十分すぎた。どうしようもないほどの罪悪感が胸を締め付ける。あの頃の自分に戻ってやり直せたらどれほどいいかと思うけれど、そんなのはただの夢物語だ。
それでも。取り返しがつかないことをしたからこそ、今、何かを取り返したいと思った。意味があるのかなんてわからない。ただ、自分の中に残る微かな希望にすがるように、涙をこぼしながら、彼女がいるはずの自殺橋に向かって走り出した。
このまま彼女は、本当に「行方不明」になってしまうのだろうか。自殺してしまうのだろうか。
いや、僕がそれを止めるのだ。
答えのない問いが頭の中を駆け巡る。分からない。ただ、それでも僕の足は前へ進む――まるで、この瞬間だけが僕の存在意義であるかのように。
僕は走りながら彼女に電話した。電話に出てくれるなんかわからない。でも、少しでも時間稼ぎをしたかった。
案の定、彼女は僕の電話に出てくれた。
『ごめん、僕、自分の過去を知らなかった。実は事故の衝撃で記憶喪失になってた。でも、僕は過去に、そんな自分勝手なことをしていたんだね』
急に記憶喪失などという言葉、信じてくれるかはわからない。でも、それならそれで別にいい。息が整わないのは致し方ない。
『……そう、君は自分勝手だった。でも、どこか優しい部分もあった。それも事実。元々私も自殺願望があってこの学校に入ったわけだし、ありがとうね。これでけじめがついたよ』
彼女はもう誰かにコントロールされたロボットのような口調だった。確かに、彼女には自殺願望があった。もしかしたらこの出来事がなくたとしてもいずれかは自ら命を絶っていたのかもしれない。。だからといって、ここで彼女にそんな行為をさせるわけにはいかない。
『どうせ自殺するならもう一度、やり直したい。僕は記憶喪失になって気づいたんだ。本当の人がどんな姿なのか。生きていたら、人の温かみを感じられるってことを。だから、もう一度――人は生きるために生まれてきたから』
もう文もぐちゃぐちゃだ。言ってることも自分勝手だ。ただ、確実に自殺橋までは近づいている。まだ、間に合うかもしれない。行方不明になんてならせてはいけないのだ。
彼女は10秒ほど、何も喋らなかった。しかし、彼女は一言だけ僕にこう呟いてから、電話を切った。
『――あと少しだけ、待つよ。私を説得させてみなさい』
と。その言葉が、僕をさらに追い詰めた。僕は無我夢中で走り続ける。暗か明か。この空は僕の味方なのだろうか、それとも僕の敵なのだろうか。