ただ寝ているというのは実に退屈だ。こんなことを口にすべきではないと分かっているが、何か事件のような刺激がほしいとこっそり願ってしまう。
 
 すると、僕と同じ高校のクラスメイトだという男友達2人が、この後、お見舞いに来るという。この2人について記憶は曖昧だが、僕を含む3人のグループチャットがある以上、一定程度の仲ではあったということだろう。

 以下が僕らグループチャットでのやり取りの記録だ。友達の名前は、プライバシー保護のため一応隠しておくことにする。

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友達X:昨日じこにあったらしいけど、だいじょうぶだったか? ニュースを見るかぎりは無事みたいだけど
9:01 既読2

友達Y:俺もそのニュース見た! だいじょうぶか? だいじょうぶだったらへんじしてくれ!
9:12 既読2

僕:うん、なんとかだいじょうぶ。ありがとう。ただ、少しきおくそうしつになったぽい(泣)。今は(病院のスタンプ)
12:23 既読2

友達X:まじ!? それはさいなんだったな。でもとにかく無事でよかった。じゃあ、ほうがごおみまいに行くよ。短い時間になるかもしれないけど。
13:34 既読2

友達Y:俺も行くよ。道にまようかもしれないけど(笑)!
13:45 既読2

僕:じゃあ、ここに来てくれるとうれしい(病院の場所が書かれた資料を添付)
1:56 既読2

友達X:おう!
14:57 既読2

友達Y:おう!!
14:58 既読2

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 放課後というのはおそらく午後4時から午後5時頃のことだろう。現在は午後3時50分を少し回ったところ。まもなくといったところだろうか。

 ただ、このチャット画面を見るたびにとあることが目に飛びつく。このチャット、平仮名が多くないか――と。そう感じてしまうのは自然だろうか。確かに、チャットというツールでわざわざ全てを漢字変換する必要はないのはわかるが、あまりにも平仮名が多いと、高校生として少し情けなく思えてしまう。

 そんな些細なことを気にしてしまう僕は、たぶん記憶喪失が大きく影響しているんだろう。何でもいいから、早くあの失われた記憶を取り戻したいと思っているのだ。

 自分から言っておいてなんだが、確かに僕も、例えば友達Xの『じこ』という字を漢字に変換しろと言われた場合、どのような漢字を書けばいいのか思い出せない。多分、漢字のレベルとしては小学生程だろう。そんな漢字を書けないのは、記憶喪失の問題とは少し違う気がする。

 まさか、『こうせい高校』っていわゆる❝不良高校❞だったりしないだろうか。規律違反や暴力行為が頻繁に行われている高校。

 心臓がバクバクと鳴り響く。僕の体を見る限り、入れ墨等は確認されなかったが、髪の毛の色がやけに茶色にみえる(もちろん地毛だったり、髪を染めてもいい高校の場合もあるが)。

 「不良高校」か本当に調べるのは気が引けたため、僕は『こうせい高校』を検索することはしなかった。ただ不安が募るばかりなので、代わりにここ数年で急激に普及してきたチャットGPTで「じけんにあうの『じけん』の漢字をかけない高校生はどういう高校にかよっているかのうせいがある?」と質問した。

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「じこ」の漢字(事故)を書けない高校生について考える場合、いくつかの可能性があります。以下の通りです:

●学力に課題がある高校
偏差値が比較的低めの高校や(中略)

●実業系や専門系の高校
工業、商業などの専門分野に重点を置く高校では(中略)

●学び直しの環境にある高校
定時制高校や通信制高校など、さまざまな事情で学び直しをしている生徒が通う学校では(中略)

(以下略)
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 漢字が多すぎて全部を理解するのは難しいが、大体は把握できた。やはり、不良高校の可能性も捨てきれないということだ。一方で、ただ単に学力が低いという可能性も大きく存在している。

 そのような❝不良高校❞という言葉が頭の中を巡っていたが、突然、コンコンと病室のドアが叩かれる。君の友達と名乗る人物2名が僕の病室に入ってきた。この人たちが僕が、先ほどチャットで連絡してきた友達だそうだ。

 ❝不良高校❞が頭によぎっていたため、いわゆるリーゼントや入れ墨などを想像していたが、実際にはそんなことは一切なく、むしろ人が良さそうな2人だった。

 不良高校ではなく、ただの偏差値が低い高校に通っているだけなのかもしれない。もちろん見た目だけで考えるのはよくはないけれど、2人の容姿をみる限り、勉強などを放置しそうには見えないため、僕らの学校は何か❝訳あり❞な事情があるのかもしれない。

「で、記憶喪失なんだっけ?」

「うん、そうみたい」

 僕の現段階では知らない人に、記憶喪失と言うのは、なんだか恐ろしい部分もあるが、この人たちが僕の仲の良い友達だと信じて、早々に認めた。ちなみに2人の名前はプライバシー上の観点から、先ほどのチャットと同様にYとXにしておく。テレビや動画ではないので、いわゆるピー音はならせないためだ。

「まあ、少しずつ思い出してくれればいいよ。ちなみに俺はY」

「俺はXな」

「……おう、分かった」

「……で、これ、お見舞い」

 Xは持っていたビニール袋を、僕の近くにある小さな机の上に置いた。僕は一言「ありがとう」とお礼を言ってから体を起こし、中をのぞき込んだ。すると、ホワイトチョコレートの他に、漫画と花が入っていた。漫画は一瞬、表紙の絵柄からエロ漫画かと勘違いしてしまったが、よく見ると某探偵漫画の最新刊だった。花は見たことがないものだった。何気ない贈り物の中に、Xの思いが込められていることを感じ取る。

「この花、何……?」

「えっ、この花? 何だっけ?」

「セラなんとか……?」

 おいおいと思いながら、僕はもう一度その花を見つめる。小ぶりで可愛らしいピンクの花が房状に集まって咲いており、丸みのある葉っぱが特徴的だった。確かに今の僕には心を落ち着かせる花なのかもしれない。

「あ、そうそう、ゼラニウムだ! 花言葉は『慰め』とかあったから、今の君にはちょうどいいかなっと思って」

 ようやくこの花の名前を思い出したYは、少し得意げにその花言葉を教えてくれた。僕も「そうか」と興味深そうに相槌を打った。

 ありがたくその花を小机に飾ってもらい、僕は2人からもらったホワイトチョコをいただいた。甘いという感想しか出てこなかったが、幸福感があり、美味しいことは確かだった。

「なあ、少しは俺らのこと思い出したか?」

 そんな僕を見て、Xは僕の記憶喪失の話題に触れる。

「……うん、まあ、こんなやついたかもなとは少し思い出したかも」

 正直に言うと、これは嘘だ。少ししか思い出していない。しかし、彼らの行為に感謝するという気持ちを込めてそう言わざるを得なかった。もし、嘘だとばれそうになったら、なんとかしてごまかそうと考えていた。

「おお、ならよかった!」

「だな。俺らのこと、忘れられたらこまるし。まあ、人間、いつかは忘れられるものだけど」

 2人は僕にさらに記憶を呼び起こしてもらおうと考えたのか、僕のことや僕ら3人の出来事を語り始めた。明らかに不良のような出来事が話し出されることはなかったが、僕はイメージに描いていた❝高校生❞とは少しズレた出来事ばかりだった。確かに、僕の描いている高校生のイメージが漫画やアニメのような理想化されたものだったのかもしれない、それを踏まえてもどこか違うものばかりだったのだ。

 僕は僕のことや出来事やらをノートに記入していたので公開する。ひらがなが多いのはご愛嬌ということで許してほしい。


―――

【僕のじょうほう】
:今は高校3年のあき(←じゅけんというものはしないらしい)
:父母がいて、きょうだいなどはいないらしい
:この2人以外に仲のいい人はあまりいない様子(←少しならいるみたい)
:好きなことばは「生きてやる」

【僕ら3人仲良くなったきっかけ】
:入学式の時にせきが近かったため、仲良くなったみたい(←なお、クラスがえとかないのか、ずっと同じクラスらしい)

【1年のころ】
:としょいいんかいに入り、よくやぶれた本をよくしゅうりしていた(←なぜそんなにやぶれた本が?)
:飛びおり方のくんれんをした
:3人でそろってパジャマで学校にとうこう

【2年のころ】
:2ヶ月ほど入院していた
:遠足はちかくのこうえん(←高校生なのに)
:きょうかしょを半分にちぎるぎしきにさんか(←なぞすぎる)

【3年のころ】
:夏休みごろ、僕にかんするじょうほうが学校でひろまっていた(←なんのうさわかは教えてくれなかった)
:初めて音楽アーティストのライブに3人で行った
:かていかしつで油だけを3人で火にかけていた(←先生も近くにいた)

―――

 このような情報を手に入れた。

 ただ、率直に感じたことを言うのなら僕はどこか❝変❞なのかもしれない。このまま、自分の過去を知らないほうがいいのではないかと、このとき、はっきりと感じたような気がする。

 過去の僕が怖い。

 僕は、一体どんな人間なのか?
 
 僕は被害に合うようなことをしたのか?



 2人はそろそろ用事があるから帰ると言って、帰り支度を始めた。まだいてほしい気持ちもあるけれど、それを言葉にすることはできなかった。ただ、どこかでこれ以上、自分のことを知りたくないから帰ってほしいという気持ちもあったと思う。

 僕の心は、自分勝手だ。

 もしかしたら、過去の自分はもっと自分勝手だったのかもしれない。考えたくはないが、過去の僕は犯罪を犯してはいないだろうかとの不安が脳裏をよぎる。今の母と父は第二の母と父であり、元々僕を生んでくれた親は僕の手によってこの世界から消されてしまった、とか――それはあまりにも考えすぎだろうか。

「――あ、そういえば1つ嬉しい報告があるよ」

 帰り支度が整い、Xが先に外へ出て、Yがその後を追う中、Yが病室のドアノブに手をかけたとき、何か言い忘れたかのようにつぶやいた。それも、嬉しい報告と言いながら。

「うちの学年で昨日、2人が❝行方不明❞になったらしいよ」

 その言葉が言い終わるとほぼ同時に、Yはドアを閉め、僕の視界から消え去った。

 確かに、Yは嬉しい報告と言った。しかし、Yから発せられた言葉は、同じ学校の同学年の生徒が行方不明になったという内容だった。Yが何を伝えたかったのか、全く理解できない。どこが嬉しい報告なのかもわからない。行方不明とは、人がどこにいるのかわからなくなり、安否が確認できない状態のこと、なのに。

 僕はしばらく、何も動けずにいた。ただ、数分間、僕だけが時間が止まっているような感覚に襲われた。しかし、病室の秒針は二周ほど回っていた。

 僕はその真相を聞きたくて病室のドアを開け、周囲を見渡したが、2人の姿は視界に入ることはなかった。

 ――Yがドアを閉める直前に、にやりと笑った?

 僕の背筋が凍りついた。生まれて初めてこの言葉を使ったような気がする。