わたしの嘘つきな神様 【クリスマス特別番外編】
――これは、本編で語られなかった、二人の秘密の物語。
2024.12.23 Oto Mishiba.
※以下より、『わたしの嘘つきな神様』本編に関する、【重大なネタバレ】が含まれます。本編が未読の場合、閲覧の際は充分にご注意ください。
【番外編 (過去編)登場人物】
七瀬 月乃:
高1。本編の主人公。コンビニバイト歴九ヶ月。
生徒手帳に載ってる模範生徒のような外見。設楽先輩に恋をしている。
設楽 光亮:
高2。月乃と同じ高校に通う一つ年上の憧れの先輩。イケメン。
バスケ部。バイト先が同じ。コンビニバイト歴約三ヶ月。いつも眠そう。
柏崎 影亮:
高2。光亮の双子の弟。成外東町にある高校に通うサッカー部員。
侍ゲーにハマっている。ノリがよい性格。隣町に住む月乃に絶賛片想い中。
※本作品は、本編で月乃が神様に出会う半年ほど前、《影亮視点》のお話になります。
◇
街中が赤と緑とクリスマスソングに染まる十二月二十五日。
その日の俺は、赤い衣装を身にまとい、道ゆく子ども達に「わあ、サンタさんだあ!」と指をさされ、たびたび周囲を取り囲まれながらも、隣町の成外町へやってきていた。
「成外東映画館、クリスマスイベント開催中で〜す」
柏崎 影亮。高二。彼女いない歴十七年の俺に〝聖夜〟なんて言葉は存在しない。単なる寒い冬の平凡な一日であり、俺の所属するサッカー部では、必ず練習がオフになる日ともいう。
まあ、サッカー部の奴ら、みんなモテるし彼女もちばかりだからな。休む奴が続出するか、練習に集中できない奴が続出するかのどちらかだから、仕方のないことといえばそれまでなんだけど。
恋人のいないガチ部員のこともちょっとは考えろよなーという愚痴は吐き出さずに飲み込む。俺だって、もし彼女がいたらクリスマスぐらい二人でまったり過ごしたいだろうし、英気を養ったことで、彼女もち部員たちの今後の活動に気合いが入るなら部としてもプラスに働くだろう。
そんなわけで、本日の俺は、日雇いアルバイトで絶賛ビラ配り中、というわけだった、のだが――。
気がついたら俺は、隣町の某コンビニの近くにいた。
「隣町の映画館で、クリスマスイベント開催中で〜す」
ビラを配りながら、背後にあるコンビニをチラ見する。
煌々としたあかりの灯る店内には、割高の時給で雇われているであろうバイトスタッフが数名、テキパキとした様子で通常業務をこなしたり、特設台に置かれたクリスマスチキンを販売している。
目を凝らしてよく見ると、そこには――。
「……お待たせいたしました。こちらになります、ありがとうございました」
やはり、俺の想い人である七瀬月乃ちゃんの姿もあった。
真面目メガネに七三分けの前髪。緑色を基調とした制服に身を包み、頭には赤いサンタ帽子。
見た目は地味でも、全世界をやさしさで包んでいるかのような控えめな笑顔が世界一かわいい。
クリスマスにアルバイトだなんて……と、彼女が今年も独り身であることにほっとした気持ち半分、どんだけ願っても、その隣に自分が居られないことの悲しさが半分。
せめて他人のふりしてクリスマスチキンでも買いにいっちゃうか、いやバレたらやべえだろ……なんてウダウダと考えていると、
「おい、こんなトコでなにしてんだよ影亮」
「ふおっ」
突然背後から声をかけられ、ツケひげを落とす勢いで飛び退く。
振り返ればそこに、俺と同じ顔をした男が立っていた。
厳密に言えば、顔貌は俺と同じでも、服装は月乃ちゃんと同じ格好をした、俺の双子の兄の光亮。
光亮は彼女と同じコンビニで働いている従業員だから仕方のないこととはいえ、ちくしょう、彼女とオソロイみたいな格好しやがって……。
「ちょ、な、なんだよ光亮じゃん、なにしてんだよこんなとこで」
「それはこっちのセリフだっての。しかもサンタ服……まではまだ理解できるとして、髪、黒く染めてない?」
俺の恨み節はさておき、光亮が訝しむのも無理はない。
普段の俺は金髪だ。中学までは茶髪だったけど、校則のゆるい高校に入ってからはずっと金に染めていて、それがトレードマークのようになっているのだが、今日はワケあって髪色戻しで黒に染めている。その理由は――。
「しゃーないだろ。うちのガッコーはバイトOKでも、サッカー部の方が厳しくてバイト禁止だから、小遣い稼ぎで日雇いバイトしてんのバレたら即レギュラーおろされるんだよ」
「小遣い稼ぎって……お前、そんなに金に困ってんの?」
「いや、まあ。新しいスパイクとか、こないだ発売した侍ゲーの新作欲しいし。つか、それを言うなら光亮だって別に金に困ってるわけじゃねーのにバイトしてんだろ」
「まあ、それはそうだけど」
俺は知っている。光亮は金のためというより、あのコンビニで働く月乃ちゃんを見守るため、ひいてはその月乃ちゃんに想いを寄せている俺のために働いているようなもんだ。
お人よしといえばそれまでだけれど、光亮があのコンビニで働く理由、最近では、それ以上の理由もある気がしている。
「俺のことはともかく」
でも、きっと。
光亮は、その理由を俺には絶対に話さないだろう。
「あんだよ光亮」
「変装までしてバイトしたかった、ってところまではなんとなく理解できる。……いやでもだからって、わざわざ隣町のここまでビラ配りにくる?」
「……。それはあれだろ。ノリ?」
「ウソこけ」
「いやマジだって。ノリノリで配ってたらいつの間にかここまで来てたみたいな」
「正直に言えよ。彼女のこと、見にきたんだろ」
「…………」
くそ。やはり、全てを知る光亮に誤魔化しはきかなかった。
図星を指摘されて押し黙る俺を見て、光亮はクールに肩をすくめている。
「まあ、クリスマスだしな。気持ちはわかる」
「モテんのに彼女も作らず、クリスマスにバイト入れてるような光亮に言われたくねーわ」
「だから俺のことはどうでもいいし、お前だって似たようなもんだろ。それより、せっかく変装してんだし、彼女に挨拶ぐらいしてけば?」
「いやいやいや無理だろ。いくら変装してるっつっても、声やら雰囲気やらでさすがにバレるって」
「やっぱバレるか……」
「つかお前はなんでこんなとこにいんだよ。バイト終わったん?」
「俺は今日十七時半上がりでもう終わった。彼女は十八時上がりのはずだからもうすぐ」
「まじか……」
彼女の予定を聞いたところでどうにもできないのに。
これから家族か、あるいは友達なんかとクリパとかすんのかなって、妙にソワソワしてきた。そんな俺の様子を、光亮がじっと見ている。
「影亮は?」
「俺? 俺はもうノルマ分のビラ配りは終わってるから、フリーっちゃフリー」
「そう」
「……なに?」
「クリスマス、彼女と一緒にいたい?」
俺はハテナ顔で首を傾げる。
「だからそれは、どう考えてもバレるから無……」
無理だって、と言おうとしたのだが。その途中で、光亮にサンタ帽子とヒゲをむしり取られた。
「え、ちょ、なにす」
「はいこれ」
代わりに、光亮が自分が着ていたコンビニの制服と自分がかぶっていたサンタ帽子を差し出してくる。
「は? え? なに??」
「一日ぐらい、いや、数時間ぐらいなら、いけるっしょ」
「いけるってなにが」
「入れ替えんだよ、俺とお前を」
「はい⁉︎」
やべえ、光亮が、クールな顔してとんでもないことを言い出したんだが⁉︎
「いやいやいや、ちょ、まじで言ってんの?」
「影亮、昔っから愚痴ってたじゃん。人生で一度くらいは好きな子とクリスマスを一緒に過ごしたいって」
「い、いや、それはそうだけどな⁉︎」
「今日の影亮、髪染めてるからどこからどう見ても外見俺だし」
「いや、それもそうだけどな⁉︎ で、でも、そもそも俺とお前、性格真逆じゃん。絶対バレるって!」
「数時間ぐらい俺のフリしとけよ。彼女だってもう高一なんだからいつまでもソロだとは限らねーんだし、今回逃したら次はないかもしんねーぞ」
「……ぐ」
それは確かに……そうなんだけども。
「何年片想いしてんだよ。本当は一緒にいたいんだろ」
「…………」
光亮の指摘がもっともすぎて、俺は結局それ以上反論することも、自身の欲望に抗うこともできず。
応援するようふっと笑う、弟想いの光亮に背を押される形で、彼女の待つコンビニへ乗り込むこととなったのだった。
◇
光亮と月乃ちゃんが働くコンビニに戻った俺は、ばくばくする心臓をおさえながらバックヤードに侵入し、『設楽』と書かれたロッカーから光亮の荷物とジャケットを取り出す。
「おつかれー」
「う、うす」
店長らしき人に挨拶をして、隅の方で縮こまりながらスマホを弄る。
大丈夫。バレてない。光亮いわく必要以上に喋んなければOKとのことだったが、なるほど。確かに光亮のやつ、普段からあんま喋んないから黙ってさえいれば数分ぐらいはなんとかなりそう。
外で待機してる本物の光亮にSNSで状況報告を送っていると、ほどなくしてガチャン、とタイムカードを打つ音がして、月乃ちゃんがバックヤードにやってきた。
「おつかれー。クリスマスなのに悪いね」
「いえ。お疲れ様でした」
店長と挨拶を交わした月乃ちゃんがすぐ近くまてやってくる。
「…………」
やべっ。目が合った。
「お、おつかれ」
「お疲れ様です、設楽先輩」
光亮っぽい口調で挨拶を投げると、はにかんだ笑顔と会釈が返ってきた。
やばい。マジやばい。こんな近くで彼女と会話するのは成長して以来はじめてみたいなもんだし、心拍数がありえないほど加速している。
――って、それどころじゃなかった。
「あ、月……七瀬さん」
狭いバックヤードゆえ、俺(というか光亮)に気を遣ってなのか、さっさと帰り支度を済ませて外に出ようとしていた月乃ちゃんを、俺は慌てて呼び止めた。
「はい?」
彼女がこちらを振り返る。心臓が飛び出しそうになるが、俺は今、光亮なんだと自分に言い聞かせ、あらかじめ予定していた通りの言葉を、自然なトーンで投げかけた。
「この後、なにか予定あったりする?」
「へ? いや、特には」
「そっか。じゃあ、その、ちょっとだけ付き合ってほしいところがあるんだけど……」
俺は今、光亮だから。
光亮の誘いに、月乃ちゃんは驚いたように目を瞬きつつも、それはそれは嬉しそうな顔で頷いた。
◇
かくして無事に月乃ちゃんを誘い出すことに成功した俺は、緑と赤に染まる街中で、二人肩を並べて歩く。
「付き合わせてごめん」
「いえ、わたしもずっと気になってたお店なので……」
俺、というより、ほぼ光亮が考えた口実はこうだ。
〝駅前にできたばかりのケーキ屋で、親に頼まれてるクリスマス限定スウィーツを買いたいんだけど、女子向けの店っぽくて入りにくいから一緒に来てほしい〟
親に頼まれたは嘘だけど、駅前に女子向けっぽいケーキ屋ができてたのは本当みたいだし、どこからどうみても自然な誘い。
喜んで承諾してくれた彼女は今、俺の隣を緊張した面持ちでせっせと歩いており、かくいう俺も、ニヤつきそうになる顔を必死に引き締めながらそわそわ歩いているというわけだ。
「…………」
「…………」
近づきすぎず離れすぎず、微妙な距離を保って、確かに二人の時間を共有する俺たち。
スウィーツを買って帰るだけという、ほんの小一時間程度のイベントとはいえ、念願だった彼女と二人で過ごすクリスマス。
顔の微妙な違和感でバレるかもしれないという心配は杞憂に終わりそうだ。なぜなら彼女は、恥ずかしがっているのか全く俺の顔を直視しないから。
ほっとしたし嬉しい気持ちが大半だが、ただ一つ残念なことといえば、今、彼女の横を歩いているのは俺であって、俺ではないという点だけ。
彼女が照れたように、そして緊張したように歩いているのは、俺のことを本物の光亮だと思い込んでいるからであって。
本当はきっと、彼女は――。
「あの、設楽先輩」
「ふぉいっ」
なんてことを考えていたら、不意打ちで名前を呼ばれたため、思わず声が裏返ってしまった。
ゴホン、と咳払いをして、今一度、光亮らしくスマートに言い直す。
「……うん、なに?」
「あ、えっと、その……」
モジモジとはにかんだように口ごもっている月乃ちゃん。
「どうした?」
あくまで光亮らしく。落ち着いた雰囲気を漂わせて首を捻ると、彼女はちらちらと俺の足元を見ながら言いにくそうにモゴモゴと口を動かした。
「その、ずっと気になってたんですが……」
「うん」
まずい。なんだこの絶妙に緊迫した空気。
も、もしや、絶対完璧だと思ってたのに、実は中身が違うこと、バレてた、とか――?
どっどっどっと高鳴る心音に冷や汗をダラダラと垂らしながら続きを待っていると、彼女は意を決したように言った。
「靴、左右逆に履いてません?」
「まじかよオイ」
やっべ、素が出た。
いやそんなことより、よく見ると確かに、靴の左右が逆だ。
コンビニに戻る前、着ていた上衣装と靴を光亮と交換したので、履き替えたときに逆にしてしまったのだろう。
慌てていた、緊張していたとはいえ、さすがに高校生にもなって恥ずかしすぎる。
「寝ぼけてたのかも」
「ふふ。先輩いつも、眠そうですもんね」
なんとか光亮っぽいリアクションで誤魔化しつつ、その場で立ち止まって、靴を履き替えようといそいそと片足を脱いだところ、後ろからきたサラリーマンに突き飛ばされてつんのめった。
「うお」
おかげで片足脱いだ状態のまま数歩小躍りするような形になり、周囲の人たちからくすくすと小さな笑いがこぼれる。
「だ、大丈夫です?」
「……うん」
はっず……。
地味に地面が湿っているため、片足上げた状態で固まる俺。
慌てて駆けつけてきた月乃ちゃんが、置き去りにされてた光亮の靴をとって、俺のそばまで持ってきてくれたんだけど、驚いたのは、靴を差し出されたと同時に、彼女が自分のハンカチを地面に敷いたことだ。
「この上に乗って履き替えてください」
「ちょ、いや、でも」
「足、ついたら濡れちゃいますから。気にしないでください」
そう言って、肩を貸してくれる月乃ちゃん。
彼女はやはり、あの頃のまま、やさしい少女だった。
「……ごめん」
「いえ……」
こんなミス、光亮なら絶対しないのに。
光亮ならもっと、格好よく彼女のそばを歩けるはずなのに。
月乃ちゃんのやさしさが身に染みると同時に、自分の不甲斐なさが極まった。
でも、いつまでもこのままじゃ彼女だって恥ずかしいだろうと思って、ありがたく肩を借り、靴を履き替えることにした。
「ハンカチ、洗って返す」
「いえ、大丈夫ですから、そんな気を遣わな……」
使い終わったハンカチを拾い上げてポケットにしまおうとしたところ、それを差し止めようとした彼女の手が、ハンカチを持つ俺の手に重なって、心臓がばくんと飛び跳ねた。
「すっ、すみませんっ」
「こ、こっ、こっちこそ」
結局、テンパった拍子にハンカチを取り落とし、彼女がすばやく拾って自分のポケットにおさめるという結果に。
「ホント、ごめん……」
「いえ……」
ああもう、なにやってんだよ俺。
マジでダサすぎんだろ……。
夢にまで見た好きな子がこんなに近くにいるっていうのに、なんで俺は、光亮みたいに要領よく生きられないんだろうって、なんだか情けなくなってきた。
「あ、お店。見えてきましたよ」
「……うん」
目的の店はクリスマス仕様に彩られ、店内はたくさんの客で賑わっていた。
離れないようにそばに寄り添って、甘くて女子が好きそうなスウィーツを数点、月乃ちゃんに選んでもらう。
外の臨時レジで会計を済ませて店を出ると、すでに時刻は十九時を回っていた。
もっとずっと一緒にいたい。
けれど、そういうわけにもいかない。
そもそも今の俺は、本物の光亮ではないし、これ以上格好悪いところは見せられないから。
「今日はありがとう」
「いえ。わたしも楽しかったので」
ほんのり頬を染めて、俺を見上げる月乃ちゃん。彼女の光亮に対する気持ちは、前々から薄々気づいていた。
胸がきゅ、と苦しくなる。
けれど、最後くらいはしっかりやろうと思って、精一杯、光亮らしく微笑んで見せた。
「なんか、今日の俺、しくじってばっかで色々ごめん。その、あんま女子と一緒に歩いたりしないから、少し緊張してたっていうか」
「設楽先輩……」
「今日の俺はポンコツでも、本物の光亮は、もっと格好いいから安心してね」
なに言ってんだ俺。
こんなこと言ったら困惑させるだけかもしれないのに、どうしても伝えておきたい本音だった。
だって、俺のせいで光亮の評価が落ちたら、あいつにも悪いし。
妙なことを言い出す俺を、月乃ちゃんはしばらくきょとんとした顔で見ていた。
「ポンコツだなんて、そんなことないです」
「いやなんか、格好悪いところばっかだった気がするし、ずっと謝ってた……」
「たしかに今日の先輩、いつもとちょっと違いましたね」
「うぐ。やっぱそう見えた?」
「はい。普段はもっとクールな感じだと思うんですけど、今日はなんだかところどころお茶目というか……」
ば、バレてる……。
まあそうだわな。光亮は俺みたいなミス絶対しないし。
あいつのスパダリ感は半端ねえし。
それに引き換え俺ときたら、やっぱりダサいよなって、苦笑してヘコみそうになったけれど。
「でも」
「……でも?」
「わたしは、今日みたいな先輩、すごく好きですよ」
「え……」
思わず、足が止まる。
いや足だけでなく、呼吸まで止まるかと思った。
煌めく世界に彩られた雑踏の中、月乃ちゃんの声だけが、俺の耳にきちんと届く。
「あ、えっと。普段の先輩ももちろん格好良いですよ! でも、普段は眩しすぎて遠い存在に見えてるっていうか。近寄りがたく感じていた先輩が今日はすごく親しみやすく感じましたし、可愛らしいところもあるんだなって、ほんわかもしました」
「……」
「格好悪いだなんて、全然思いませんでした。むしろ、わたしの歩く速度に合わせてくれてたり、はぐれないよう人の少ない道をわざわざ選んでくれたり、気を遣って下さってるのか、常に車道側を歩いてくれたり……すごくやさしい人なんだなって、改めて思ってたところです」
「月乃ちゃん……」
「お誘い、本当に嬉しかったです。声をかけてくれて、ありがとうございました」
照れたように微笑む月乃ちゃん。
上辺だけでなくちゃんと中身も見ていた彼女。だからこそ、それは明らかに、中身に向かって放たれた言葉だったように思えて、密かに目頭が熱くなった。
突然のことだったから、プレゼントも何も用意してなくて申し訳なくて仕方がなかったけれど、先ほどの店で余分に買っておいた小さめのクッキー缶を、せめてもの気持ちとしておずおずと差し出す。
「こちらこそありがと。嬉しかったよ」
「先輩……」
「今日のお礼。メリークリスマス」
目を見開きながらも、素直にそれを受け取ってくれる月乃ちゃん。
「嬉しいです……。味わって食べます。ありがとうございます」
ああ、よかった。笑ってくれた。
この夢にまで見た温かいひとときと、嬉しそうに笑う月乃ちゃんの顔が、俺にとって何よりの最高のクリスマスプレゼントだ。
サンタになってくれた光亮にも、あとでちゃんとお礼参りしてやらないとな。
どこかで隠れて見ているであろう光亮に、ひたすら心の中で感謝の念を送りつつ、「んじゃいこっか」と、俺たちは帰路に向かい、再び歩き始める。
「寒いね」
「ですね」
なんてことはない会話を名残惜しく交わしながら、ゆっくりと、ゆっくりと。
手ぐらい繋げたら最高なんだけど、今、俺は光亮だからな。
敵に塩を送るような実績を残すのはさすがに癪だから、めっちゃ我慢することにした。
いつか『影亮』として堂々と繋げる日がくるといいんだけどな……なんて夢みたいなことを妄想しつつ。でも今だけは、こうして隣を歩けることに幸せを噛み締めて前を向いた。
寒い冬の十二月二十五日の夜。
かくして、俺と大好きな彼女のささやかなクリスマスの夜は、静かに更けていったのだった。
―了―

