苦手かもしれない。でも、会ってからまだ30秒だし。
 憂鬱なピフラは婚約者候補を連れてローズガーデンへ向かっていた。
 本日のお相手はアスタラ侯爵家が長男、ヨーナス・アスタラ侯爵令息である。
 短く整えられた亜麻色の髪と薄い緑色の瞳。目立った印象はなく、こざっぱりとした男性だ。
 "攻略対象"のガルムに比べたら華やかさは劣るが、しかし人間は見た目ではなく中身が肝心である。
 ピフラにとって、彼のごくごく平凡な容姿は決して障害でなかった。
 しかし出会って数秒で問題が発生した。対面早々、なんとピフラの方が見た目を測量されたことである。

「ああ……惜しいですね。公爵さまくらい濃紫の瞳なら完璧だったのに」
(──へ?)
「バストはもう少し控え目な方が理知的に見えますよ。まあ、育ってしまったものは仕方がないですが」
(──はいいっ!?)
 エリューズ公爵家の面子があるため反応は控えるが、ピフラの中では怒りが着実に煮えていく。無理に微笑う表情筋は顫動していた。
 そして到着した中庭のローズガーデンを前に、ピフラは拳を握った。もうティーテーブルに案内せずUターンさせてしまいたい。
 しかし家門の体裁のためには、この"いけ好かねえ男"と少なくとも1時間は過ごす必要があるだろう。
 ──死ぬ。そして見える、自分の墓が。
 キリキリ痛む腹部を撫でながら、ピフラはバラのアーチを潜った。
 するとそこで待っていたのは、豪華で手の込んだティーセットと──ガルムだった。
(なっなんでいるのおおお!?)
 あらかじめ設えていたティーテーブルと2脚の椅子。
 そこにガルムは自分用の椅子を用意して、ピフラ達を今か今かと待ちわびていたようである。
 ピフラは血相を変え、優雅にお茶を飲むガルムに掴みかかった。

「ガルム! あなた(なん)でここに来たの!?」
(なに)で、と言われましても。当然徒歩で来ましたよ。思いっきり敷地内なので」
「~~っもう! そうじゃなくて!」
「ピフラ嬢、これは一体どういう……この無礼な男は誰ですか」
「お前こそ誰ですか」
 ガルムはヨーナスにガンを飛ばす。姉にべったりな可愛い義弟の知られざる一面を見たピフラは縮み上がった。
 
「こ、この子は義弟のガルムです。少々人見知りと言いますかっ……社交下手な子でして!」
 厳しい視線を向けるヨーナスの前にピフラは立ちはだかる。
 従順で優しい義弟が、まさか他所の人間にこれだけ好戦的とは思わなかった。手塩にかけて育てているつもりだが、どうやら塩が足りなかったらしい。社交についての知識を伝授しなければならなそうである。
 そしてピフラと婚約者候補と義弟による、珍妙なお茶会が始まった。

「やはり趣味の類はアウトドアに限りますね。ピフラ嬢は?」
「わたしは……」
「インドア派です。紅茶を飲みながら刺繍をしたり恋愛小説をよく読みます」
(なんでガルムが答えるのよ。合ってるけど)
「ははっそうですか。自然と触れ合ってこそ情緒を育めるというのに」
「姉上とは合わないみたいですね」
 喜色満面でガルムが応える。
 2人の間に挟まれたピフラは、熱いお茶を飲んでいるにも関わらず背中に冷たい汗をかいていた。
 ヨーナスの口の端がピクッと動き話題は次へと移る。

「では、甘い物と塩気が強い物ではどちらがお好きですか?」
「ええっと、どちらかと言いますと……」
「断然甘党です。モーニングティーは必ずジャムを4杯入れます」
(だからっなんでガルムが答えるのよ! ──合ってるけど!)
「ははっなるほど。糖分に頼るほど脳が疲労しやすいんですね。キャパが狭いのでしょうか」
「随分浅慮でしょっぱい思考回路ですね。やはり姉上には合わないみたいですね」
 棘のある言葉に反しガルムは花のかんばせを見せる。

 ──これ、何の会?
 目の前の状況に脳性疲労したピフラが、紅茶にジャムを2杯足す。表面上は笑顔の義弟と婚約者候補、2人の会話のドッヂボールは続いた。

「一緒に住むならこれは譲れないですよね。ずばり、犬派ですか? 猫派ですか?」
「それは」
「犬派です!!」
 今度はガルムに口を挟ませず、ピフラが即答した。