ガルムが公爵家に来て1年。ピフラは15歳、ガルムは14歳になった。
 一般的に言えば所謂思春期で、家族仲も不安定になりやすい年頃だが、しかし2人は良好な姉弟関係を築いている。
 その秘訣は兎にも角にも「ガルムを手塩にかけて育てよう(死ぬ気で!!)」というピフラの心がけだ。
 公爵家(ここ)へ来た当初、ガルムは自己嫌悪していた。赤目のせいで長らく虐げられてきたことが原因で、自分は嫌われて然るべきと思い込んでいたのである。
 そのまま彼が順当に病んでいくとどうなるか。
 心を病んだ状態のガルムがヒロインに恋をしたら、ヤンデレ化した彼に──ピフラは殺される!
 
(いっいやよ!! 死にたくない!!)
 ゆえにこの1年、ガルムが"赤色を嫌悪"するごとにピフラは"赤色の素晴らしさ"を言い聞かせ戒飭してきた。
 洗脳にも近い方法ではあったが、その甲斐あって今では赤目を気に病んでいる様子はない。
 最近では赤色の物を好んでピフラにプレゼントするようになった。
 最初にくれた赤い物は、編み方を教えたマフラーである。拙いながらも真心が込められた品なので、実用ではなく観賞用として額縁に入れている。
 春になると、赤い花をどこからかどっさり摘んできた。花が萎れるのを残念がると、暇つぶしで教えた刺繍を習得しハンカチに赤い花の刺繍を施してくれて。
 繊細なステッチは職人顔負けの出来だった。これも布地にシワが出来るのは忍びないので、マフラーとは別の額縁に入れて飾ってある。
 夏には、瑞々しい真っ赤なトマトを振る舞ってくれた。てっきりナナカマドの時のように魔法で育てたものと思っていたが、汗水垂らして土いじりしていたらしい。未来のヤンデレ大魔法士が野菜作りとはにわかには信じ難かったが「少しすっぱいけど……」と控え目に笑ったガルムの顔が全てを物語っていた。
 秋は、綺麗な紅葉の押し葉の栞をもらって。
 こちらも最初は飾っていたが「使わないのか」と薄目で問われ、今は活用させてもらっている。
 ゆえにピフラの部屋は一面赤色でみちている。そのせいで交感神経が優位になり、寝つきが悪くなったのはここだけの話だ。

 ◇◇◇

「え? 婚約者候補とお茶会?」
「そう。気乗りはしないけど、わたしももう15歳だしね」
 ジュエリーボックスを開きながらピフラは生返事した。
 本日は婚約者候補と顔合わせの日だ。
 王国屈指の大貴族、エリューズ公爵家の縁戚になろうと躍起になる家門は多い。親バカの公爵はピフラに見合う男がいないと婚約打診を謝絶し続けた。
 しかしあまりにも食い下がってくるので、ピフラの善意で設けられたのが本日の顔合わせである。
 予定ではあと30分ほどで婚約者候補(相手)が到着する。逸る気持ちを宥めながら、ピフラはイヤリングを選び取った。
 ドレスとイヤリングを合わせるため姿見を見やると、イヤリングを着けた自分、と、すぐ背後(うしろ)でピフラの肩に頭を乗せるガルムがいた。

「きゃあっ! もうっ何なの?」
「そんなに着飾る必要がありますか?」
 膨れ面で眉間に深いシワを寄せてガルムが言った。
 それでも麗しいかんばせは憎たらしいほどである。
 女受けのする見目で尚且つ魔法も使える、攻略対象感が日々増加中だ。
 身長も嘘のようにグンと伸び、今ではピフラがガルムを見上げるようになっていた。
 イヤリングを着けながら彼を見やれば、難しい顔で奥噛みしている。そしてピフラの絹髪を指で梳いた。

「俺の前じゃこんなに飾らないくせに」
「何か言った?」
「別に。ただ姉上を滅茶苦茶にしたいだけです」
 そう言うと、ガルムはピフラの髪束をグンッと後ろへ引っ張る。その弾みでピフラはよろけ、ガルムの腕の中にすっぽりと収まった。

(いた)っ! もうっどうしたのよ。そんなに怖い顔しちゃって。何かあった?」
「……俺がいるんですけど」
「え? なんて?」
 ガルムの消え入る声をピフラは聞き取れなかった。
 それでますます機嫌を害されたのか、彼は顔を歪めて部屋を出て行った。

(あら、もしかして反抗期?)
 そんなことを悠長に考えピフラは身支度していく。
 ライラック色のドレスを纏い、ガルムに貰ったルビーのイヤリングを装着した。
 ガルムに見守られているような、そんな気持ちになれるから。