暑い夏がやって来て、期末テストをクリアした私達に夏休みが訪れた。受験生の夏は落ち着かないけれど、私は(あおい)くんにも急かされていた。

(絵いつできる?)   
            (仕上げ中)
(まだなの?)   
           (まだなの!)
(怒ったw)     

 暫く音信不通、で夏休みも終盤になって―――

            (完成した)
(見せて!)
(美術部も夏活!)
(昼飯奢るから!)

 葵くん……バレてます。
 私、夏休みの宿題手伝わされるんだね。

 約束の日、ちょうど校門を入ったら花壇の花達に惹き寄せられて。ピンク色のタチアオイが空高く煌々と咲き誇っていた。
 私は近くにくっついて少し見上げるようにして観察。

 タチアオイは縦に真っすぐ伸びる茎にたくさん蕾をつける。下からハイビスカスに似た花を咲かせながら伸びていき、夏の間に空を目指してもうてっぺんまで開花した。

 葵くんと同じ身長で、葵くんの名前の花。

「わっ!?」

 突然、空を斬って重低音の羽音がする。
 クマバチだ。羽をバチバチ轟かしその大きな音と、セミ程の体格にビックリするけれど……普通なら。

 ゆらゆら青色のオーラを撒き散らしてアオイの花の周りを飛んでいる。
 お腹を空かせて花の蜜を吸いに来たんだ。胴体に黄色のもこもこなベストを着てオシャレな子……

 私は何気なく青いオーラに手をかざしてみた。
 その時、「ガシャン!」と何か後ろの方で音がして振り返って見ると……

 「真白(ましろ)!」葵くんが私を呼びながら決死の表情で駆けてきて―――!?
 勢いよく私に、ばっと覆い被さる。

 パシッと高い音がしてクマバチのオーラに触れていた手を強く捕まれると、強引なちからで体ごと伏せられた。

 私はされるがまましゃがみ込んで小さく……
 とても小さく丸まった。

 葵くんの腕の中で……すっぽりと。
 葵くんの胸に……ぴったりと。

 ドクン……
     ドクン、
         ドクン!

 葵くんの心臓の音が―――耳から直接聞こえる!!

 アツイ体温もしっとり感も……苦しいっ!
 息、できない。


「刺されてない!?」

 (あおい)くんは私から剥がれると真っ先に私の捕まえた右手を見て、確認するように私の顔を捉えた。

 コ、クン……私はゆっくり頷く。

「あ、焦ったぁ」

 葵くんはへなへなと地面に尻もちをついた。

「何あのでっけぇ蜂!? 観察も大概にして!  
 絵描けなくなったらどうすんの!?」

 険しい、から緩んで……
 百面相みたいにコロコロ表情を変える葵くんは、また眉を寄せた形相で丸いダンゴムシのままの私に叱りつけるよう。

「あ、あの子は花の蜜を吸いに来ただけで……」
「何それ? ……あ、眼力か。はぁ〜、
 ホント田舎の虫デカすぎだって〜。やべ! チャリが〜。パンも潰れたかも!?」

 葵くんはさっと立ち上がり校門で倒れたままの自転車に駆け戻った。
 リュックを揺らす葵くんの後ろ姿は青色とキラキラが混ざり合っていた。

 とびきり急いで……私を庇いに……
 走ってきてくれたんだね。

 自分の胸に両手を当てて、伝染した葵くんのドキドキを静める。

 父と娘みたいな。
 私って……葵くんにとってそうゆう対象なのかな?

 柚子(ゆず)若菜(わかな)がお姉さんぽく振舞うのに似ていた気がして、なぜかちょっぴり心がチクチクした。


 教室に寄ってから美術室行くから、と再度合流した(あおい)くんに完成したキャンバスを見せると、溜息まじりにじーっと眺めてから首を傾げる。

「おんなじの見てたのに……俺が記憶した虹より100倍は光ってる。虹の天の川だ。
 ……サインはしないの?」

「サイン? 裏にタイトルと名前はいつも書いて応募する……」

「裏? どれ……あぁ。
 幸せの証、大井田原(おおいたわら)真白(ましろ)。幸せね……」

 葵くんは裏側を覗いて、愛おしそうな目で幸せの意味を確かめているかに見えた。
 あんまりに静寂さを纏うので、何かあったのか尋ねようとすると「真白は夏休み何してた?」誤魔化すみたいに聞かれた。

 私の夏休みは絵を描く登校以外はオープンキャンパスに行ったり、若菜(わかな)柚子(ゆず)とたまに会ったり。

 報告に頷くと葵くんはニコニコしながらポケットから出した物を私に見せる。

「ジャ~ン。俺は原付の免許取ってバイトでデリバリー担当してた。時給アップ!」

 目の前に差し出されたのは葵くんの免許証。初めて見たので釘付けで観察。

「……葵くん?
 誕生日7月2日、山登りした日だよね?」

「そうそう! あの日誕生日でさぁ。
 ちょうど18になるし成人だし、何か特別な事しようと思って」

「……、言って!!?」

 葵くんはケラケラ笑う。私の顔が面白いって。
 何も出来なかった事を悔んでいると、なだめるように優しい表情を向ける。

「いいんだよ……
 じゃあ、俺に絵書いてくれる?」

 葵くんはスマホでお絵描きアプリをダウンロードして私に渡す。
 「何を書けば?」との問いに、何でも。

 初めて描く画面上は難しいが指の腹に全集中。プレゼントといえば花……元気が出る花を……黙々と指先を働かせる。

「やっぱ真白の誕生日は冬? 雪の日だったとか」
「……うん」
「何かお祝いしないとな」
「……いい」

 葵くんはスマホと私を順番に見て吹く。「楽しい?」と聞くのでウンウンと首で答えた。

「……向日葵?」
「はい。出来た」

 太陽に向かってサンサンと咲いている向日葵。葵くんにピッタリだと思った。
 「サンキュー。アイコンにしよう」葵くんはその向日葵も愛おしそうに見つめていた。


 ランチは(あおい)くんがパン屋で買ってきたとゆうクロワッサンとメロンパン。甘くて香ばしい匂いを確かめ合って『いいね!!』をする。
 私はミニトマトと氷で冷えたドクダミ茶を用意した。いつも眠そうな葵くんには効果がありそうだと思って。

 メインディッシュの宿題もテーブルに上がると自ら英語のテキストを奪った。
 「バレてた?」くしゃっと笑う。
 さっき教室に取りに行ったんでしょう?
 初めからヤル気なしで置きっぱとは予想を越えてた。

 談笑しながらのモグモグ中にササッと葵くんは2冊終えてしまって、可笑しな人だとつくづく思った。

「文化祭、美術部は何すんの?」
「……何も」
「なんもしないの!? 文化部なのに!?」

 当たり前の返事をしただけなのに、葵くんが私の得意な仰天顔を披露する。 
 ずっと一人だったし、個展みたいな数ある作品は用意できないし。応募した絵は手元に戻ってこないから何も展示する物がない。

「折角最後の高校文化祭だし、何か思い出になるような事したいよな……俺もいるし?」
「でも文化祭まで1か月もない」
「……そうだ! パフォーマンス!
 アートパフォーマンスしよう!」

 閃いたとキラキラ星屑を飛ばして、まさにその表情は向日葵顔。
 葵くんの発案はこうだ。

「観客集めて目の前で大きな絵を二人で描こう♪ 音楽流しながら、変わった物? 身近にある道具使って描いたりしてさ。絵の楽しさを皆に伝えてみよう!」

 うーん、じっくり考えてみても……

 それ……凄く……いいな……、やりたい!
 の答え以外見つからなかった。