「あれ?
真白まだ帰ってなかったの?」
ある日の夕方の校門。帰宅する私と自転車で登校してきた葵くんが鉢合わせする。毎回彼に会うときはビックリしている私がいた。
葵くん……前から思ってたけど、登校時間がおかしいです!
下校時間の今頃登校してくるなんて。しかも、なぜそんな清々しい爽やかな顔色でしれっとしてるのか。
今日の授業は午前中のみで休みの部活も多く、ほとんどの生徒がもう帰ってしまっている。私が葵くんの不可解さに眉を潜めていると、もっとおかしな事を言う。
「真白、帰れんの? 電車動かないみたいだぞ?」
「……へ?」
何のことやら私は首を傾げる。その後に葵くんが言った話がにわかに信じ難くて、駅まで急いで走って確かめるとガックリ肩を落とした。
人とオーラでごった返しの改札前。部品の故障で今日は復旧の見込みがないと駅員さんがスピーカーで説明している。鉄道は明日の始発まで運休、臨時バスが出るけれど田原駅まで行かないし、こんな日に限って母は夜勤で父も残業で遅い。
こんなことなら絵を描いてないで早く帰ればよかった。柚子達は定食屋さんで昼御飯を食べて帰宅しているはず。私も誘われたけど若菜と純平が帰りのバスで二人きりになれないから遠慮した。柚子は田原駅から歩いて帰るけど、私と純平はバス停が一緒だし若菜の方が早く降りてしまうから。私がいると邪魔者だと思って絵を描いてから下校することにしたのだ。
「真白! どうなった!?」
葵くんが自転車で駆け付けて声をかけてくれた。葵くんは登校途中に駅前でこの騒動を見たそうだ。私が心配だから学校で用事を済ませたら駅に来てくれると、校門で私達は別々の方向へ走り出した。
私は知り得た情報を一通り説明して結論を出す。
「臨時バスは原川駅まで行くけど田原の方に出てるバスはないし。母は夜勤でもう仕事に出てて、父は今日残業って言ってたから……家に帰るのは無理みたい。学校に戻って相談してみる……」
「……なぁ、俺にイイ考えあるよ?」
困り果てた私を見兼ねたのか葵くんは顎に手を当て、余程の名案みたいな素振りでほのめかす。
……怪しいぞ?
これまでに葵くんのイイ発言はろくな事じゃなかったと頭を霞めたけれど、この非常事態に余裕はなくその案に乗ることにした。上りの臨時バスで隣の西堀駅まで行ってバイト先の先輩宅を訪問すると言う。
「まさか私をその先輩の家に泊める気なの?」
「アリバイ作りに協力してもらうだけだよ」
「アリバイ……?」
葵くんは西堀の先の北野駅に近いファーストフードでバイトをしていて、一緒に働く1つ年上のシオリ先輩は同じ東川高校の卒業生だそうだ。今日葵くんはバイトが休みだがシオリ先輩のシフト前に協力してくれる話がついたと、葵くんはスマホを耳から下ろして私に言った。
そうしてシオリ先輩の家に到着すると明るい笑顔で玄関から出てきて私を迎えてくれた。胡桃色のサラサラなロングヘアーが素敵なお姉さんだ。
そしてなぜか葵くんは、私のスマホで先輩と私のツーショットを撮ったのだ。
「今日は先輩の家に泊めさせてもらう、ってことにして親に連絡しときな」
「はい??」
「あらぁ葵くん、どこ連れてく気なのぉ?」
ドヤる葵くんに間抜けな返事と疑いの声。
「これからファミレスでオール。
明日までの課題、俺ノータッチで手伝ってもらうだけっスよ?」
「え!?」
「ホントにぃ~? カノジョじゃないの?」
「違うって」
「かのっ!?」
葵くん……いろいろビックリです。
私……これから朝まで、コキ使われる予定なんですね。
それでこんなアリバイ工作まで準備して、やっぱりイイ考えじゃなかった。
それより、私……葵くんの彼女に見えるの?
それともやっぱり……ふたりは特別な関係なのかな?
ふたりのオーラは……桃色じゃない。
そっか、好意はないんだ。
あれ?
なんで私……ちょっと安心してるんだろう?
私が自問自答している間に、葵くんはシオリ先輩にジャンパーまで借りて私によこす。何度も先輩に御礼をした後ファミレスへ向かうと、葵くんは「夕飯奢るから課題手伝って」とドサッと大量のプリントを取り出した。夕飯の対価は4月から中間後までの手付かずの課題。どうやったらこんなに溜め込めるのかと呆気に取られたが、一晩あれば終わりそうだと彼の交渉に合意した。
それから気になっていた両親の反応は安心とのことで、若菜と柚子からの安否確認にもアリバイ通りに返事をした。
少し罪悪感と弟の留守番が心配だったけれど、21時過ぎ父帰宅の連絡を受けようやくホッとした。
「ウチは大丈夫そう。
葵くんは本当に帰らなくて平気?」
「あー、うん。
ウチ……母子家庭なんだよね。いま母さん自分の事で忙しいから」
葵くんは数学の問題を解きながら素っ気無く答えた。
……詮索、しない方が良い。それ以上の言葉は飲み込んだ。
しかし、かれこれ2時間以上葵くんは数学と物理の計算をしている。私は英語を手伝っただけでドリンクバーで休憩しながら観察。
黙々と集中する姿勢は勉強嫌いでも無さそうなのに、少しズレていて真面目さを隠してるような葵くんの行動が腑に落ちない。
「お、わったぁ~」プリントにペンを置いてズルズルと背もたれに沈み込むと、すぐ起きてそそくさと片付けを始めた。
「そろそろ出たほうがいいな」
「ここでオールじゃ?」
「まさか。流石に22時過ぎると補導の対象でしょ? 制服着てるし」
「そうなの!?」
再び窮地に陥った私の顔を見て葵くんは吹きだす。
「ふはっ、大丈夫。一応聞くけど……
天体観測とかキャンプ、好き?」
「好きっ」
即答した私に葵くんは若干安堵の表情を見せた。
それは昔から最も楽しみなイベントだったから “ 好き ” の言葉が躊躇いもなく飛び出した。
「星の丘公園ってとこ19時に施錠されるんだけど門とフェンスに隙間あって余裕で入れんの。展望台があってよく星が見えるよ」
葵くん家の近辺だというその公園は小高い丘の坂を登った上にあった。自転車を隅の茂みに停め、無意味な施錠の横から中へ。奥にトイレの常備灯と自販機がポツリ。
高台には展望台だと言うコンクリートの塔があって、階段を上がると直径3メートルの円形場で高さ1メートルの壁でぐるっと覆われていた。
葵くんはライト代わりのスマホを私に持たせるとリュックからケットを広げてくれる。「天気も悪くないしダベってたら朝になるっしょ」葵くんはリュックを枕にしてゴロンと転がった。
私は遠慮して端っこに。フカフカであったかい本格派のキャンプ用品。昼寝が好きな葵くんらしいとコソッと笑い、私も同じように寝転んだ。最近こそ余りしなくなったが、小さな頃はよく地面に転がって遊んでいた。草花や虫も近くで観察できたし、空を見上げて景色を楽しむのも好きだった。
「葵くん、将来は探検家になるの?」
「いんや? 外国は好きだけどな」
葵くんがこういう事に慣れていそうで聞きたくなった。それと私も彼との距離感に慣れてしまったのか、警戒せずに自然体でいられるようになっていた。好みが似ている親近感も湧いたのかもしれない。キャンプで友達と寝るまで喋り続ける感覚で他愛ない話をする。
「スマホ最新にしたら超高くてさぁ」と言うので値段に驚いて買取価格や分割の話をしたり、「私の家ネット繋がらないときあった」と田舎の通信環境を暴露して笑わせてみたり。
「真白はなんかバイトしてないの?」
「無理。家に帰れなくなると困るからしない」
「あ~……」
「そう……」
ふたりの声が瑠璃色の夜に馴染んでく。
しばらくして葵くんがスマホを閉じると暗転してから視界が戻ってきて、夜空の星の燦めきが見えるようになった。
今夜もたくさんの星が出てる。あれ?
このキャンバス、見覚えのある……
「葵くん……この前の写真ここで撮った?」
「そう。こうやって腹の上に固定させて。
わかる? あれが夏の大三角で……」
「うん。あの星が確か一番遠い……あっ」
「ごめん……」
葵くんが手を夜空に向けて、私も突き上げた指が葵くんとこっつんこ。すぐに引っ込めるお互いの手。
「あの星……1400光年先だろ。光の速さが30万km✕60秒✕……もいいや。
ちっさい星に見えんのに実は太陽よりデカいとか。地球から眺めてるだけでさ、俺ら偉そうに生きてっけど、宇宙じゃ虫の命みたいなもんだな」
「虫だって一生懸命生きてるよ?」
「ははっ、そうだよな……そういやこの前も朝起きたら胸にでっけぇカマキリいてさ、襲われるかと思った……」
「おはようをしに来たのかも?」
「ふっ……また眼力……虫の心までわかんの?
……その眼……星空どんなふぅ……今……度……描いて……」
葵くんの声は途切れ途切れ、どうやら寝てしまったよう。ファミレスの灯りの下では青碧色の疲労感を放っていたから。今はどんな気持ちで眠りに就いたのか、真夜中の星明りでは計り知れない。
ただ……
こうして星空を一緒に眺めて思ったのは、葵くんのクオリアと私のクオリアは似ている部分もあるのだと感じた。
私達、空に希望を探してる。
いつか……星空の世界を……描いてみよう。
星屑の欠片と一緒に叶えたい事が心に落ちてきて胸を温める。
特別な夜空を観察していたら、瞼が段々重くなってきて意識は遠のいた。知らないうちに深い眠りについて色の夢も見ずに―――そして、ほんの僅かな朝光に目をゆっくり開いてみたら……
空が、生まれたての青空が、一面に飛び込んできて一瞬で瞼が全開になる。目覚めて一番に空を映すなんて初めての事だった。
綺麗……
美しく清らかで、淡くて優しい宇宙色。
うっとりして時を忘れ眺めていた。天描きはいらない。そこに完璧に仕上げた本物の空があるから。
小鳥のさえずりをBGMに今日の始まりを映していたら、隣から葵くんの声が突然して全身が飛び跳ねた。
「朝!? やべ……爆睡しちゃったじゃん」
「お、おはよう」
朝空の下で交わす会話はなぜか照れくさかった。まだふたりとも寝起きでボーッとしていたが荷物をまとめ公園を出る。すると葵くんは自転車にまたいで、私に後ろに乗るよう言った。
「めっちゃ目覚めるイイ方法だから!」
「私も!? またイイ発言だし……」
「またって何のこと?
いいから早く、早く! 俺の肩捕まって乗ってみ!」
私は言われた通りに荷台のない葵くんのスポーツバイクにまたがって、後輪の車軸に踵を乗せる。
「ちゃんと捕まってろよ? じゃあ出発!!」
「わっ」
葵くんが地面を蹴ってペダルを漕ぐと坂道を下るスピードがグングン速くなる。
「やっほ~!」
風を受けてなびく前髪に、肌を擦り過ぎ去ってく清涼感。葵くんがハンドルを切るたびに清々しい朝の空気と景色の爽やかな配色がシュルシュルシュルッと流れてく。
でも……
ちょっとスピード出すぎじゃない?
「わっ! ブレーキ効かないかも!?」
「え? えっ!?」
「わぁ~っ!!」
「んーっ!!」
キキ―――ッ!!
坂道の最後で自転車は大きなブレーキ音を立てて止まった。シーンと静まり返る―――何にも見えない風景。
「真白……冗談、だよ?」
私はぎゅっと目を閉じて覚悟をしてたみたいだ。なぜか耳元で葵くんの声がした気がする。
ゆっくり目を開けるとすぐ真横に葵くんの顔があってびっくりした。
「はっ! ごめんっ」
勢いで葵くんの首元に強くしがみついてしまったらしい。態勢を急いで起こしたら、大怪我の予感が外れてホッとした。
「はぁ。ドキドキした……」
「……このまま駅送る」
葵くんはまた自転車を走らせ始めた。まだ心臓が高速で鳴っていて、同じくらい早口で湧き出る疑問を葵くんに浴びせる。
「葵くん家近いのに何で駅まで!?」
「……コンビニ行く」
「あ、私も行きたい。
でも二人乗りって禁止じゃ? 罰金じゃない!?」
「この時間じゃ見つかんないだろ。
一応言っとくけど……天体観測は部外秘な」
「部外秘?」
しーっ、葵くんは振り向き様に人差し指を口に当てた。
「あ、秘密……」
それきり葵くんは黙ってしまうけど……染まった耳の桜色がふわりゆらり私になびいていた。
風を彩る無口な後ろ姿がやたらと可愛げに映って、私の心音もトクントクン擽ったい。自然と言葉は忘れてしまった。
朝焼けはラムネ色にピンクレモネードを注いだみたいな空。
私の心とおんなじだ。甘酸っぱくてパチパチ弾ける……アオとハルの色?
青春てこんな感覚なのかもしれないと体験できた、ナイショの天体観測だった。
真白まだ帰ってなかったの?」
ある日の夕方の校門。帰宅する私と自転車で登校してきた葵くんが鉢合わせする。毎回彼に会うときはビックリしている私がいた。
葵くん……前から思ってたけど、登校時間がおかしいです!
下校時間の今頃登校してくるなんて。しかも、なぜそんな清々しい爽やかな顔色でしれっとしてるのか。
今日の授業は午前中のみで休みの部活も多く、ほとんどの生徒がもう帰ってしまっている。私が葵くんの不可解さに眉を潜めていると、もっとおかしな事を言う。
「真白、帰れんの? 電車動かないみたいだぞ?」
「……へ?」
何のことやら私は首を傾げる。その後に葵くんが言った話がにわかに信じ難くて、駅まで急いで走って確かめるとガックリ肩を落とした。
人とオーラでごった返しの改札前。部品の故障で今日は復旧の見込みがないと駅員さんがスピーカーで説明している。鉄道は明日の始発まで運休、臨時バスが出るけれど田原駅まで行かないし、こんな日に限って母は夜勤で父も残業で遅い。
こんなことなら絵を描いてないで早く帰ればよかった。柚子達は定食屋さんで昼御飯を食べて帰宅しているはず。私も誘われたけど若菜と純平が帰りのバスで二人きりになれないから遠慮した。柚子は田原駅から歩いて帰るけど、私と純平はバス停が一緒だし若菜の方が早く降りてしまうから。私がいると邪魔者だと思って絵を描いてから下校することにしたのだ。
「真白! どうなった!?」
葵くんが自転車で駆け付けて声をかけてくれた。葵くんは登校途中に駅前でこの騒動を見たそうだ。私が心配だから学校で用事を済ませたら駅に来てくれると、校門で私達は別々の方向へ走り出した。
私は知り得た情報を一通り説明して結論を出す。
「臨時バスは原川駅まで行くけど田原の方に出てるバスはないし。母は夜勤でもう仕事に出てて、父は今日残業って言ってたから……家に帰るのは無理みたい。学校に戻って相談してみる……」
「……なぁ、俺にイイ考えあるよ?」
困り果てた私を見兼ねたのか葵くんは顎に手を当て、余程の名案みたいな素振りでほのめかす。
……怪しいぞ?
これまでに葵くんのイイ発言はろくな事じゃなかったと頭を霞めたけれど、この非常事態に余裕はなくその案に乗ることにした。上りの臨時バスで隣の西堀駅まで行ってバイト先の先輩宅を訪問すると言う。
「まさか私をその先輩の家に泊める気なの?」
「アリバイ作りに協力してもらうだけだよ」
「アリバイ……?」
葵くんは西堀の先の北野駅に近いファーストフードでバイトをしていて、一緒に働く1つ年上のシオリ先輩は同じ東川高校の卒業生だそうだ。今日葵くんはバイトが休みだがシオリ先輩のシフト前に協力してくれる話がついたと、葵くんはスマホを耳から下ろして私に言った。
そうしてシオリ先輩の家に到着すると明るい笑顔で玄関から出てきて私を迎えてくれた。胡桃色のサラサラなロングヘアーが素敵なお姉さんだ。
そしてなぜか葵くんは、私のスマホで先輩と私のツーショットを撮ったのだ。
「今日は先輩の家に泊めさせてもらう、ってことにして親に連絡しときな」
「はい??」
「あらぁ葵くん、どこ連れてく気なのぉ?」
ドヤる葵くんに間抜けな返事と疑いの声。
「これからファミレスでオール。
明日までの課題、俺ノータッチで手伝ってもらうだけっスよ?」
「え!?」
「ホントにぃ~? カノジョじゃないの?」
「違うって」
「かのっ!?」
葵くん……いろいろビックリです。
私……これから朝まで、コキ使われる予定なんですね。
それでこんなアリバイ工作まで準備して、やっぱりイイ考えじゃなかった。
それより、私……葵くんの彼女に見えるの?
それともやっぱり……ふたりは特別な関係なのかな?
ふたりのオーラは……桃色じゃない。
そっか、好意はないんだ。
あれ?
なんで私……ちょっと安心してるんだろう?
私が自問自答している間に、葵くんはシオリ先輩にジャンパーまで借りて私によこす。何度も先輩に御礼をした後ファミレスへ向かうと、葵くんは「夕飯奢るから課題手伝って」とドサッと大量のプリントを取り出した。夕飯の対価は4月から中間後までの手付かずの課題。どうやったらこんなに溜め込めるのかと呆気に取られたが、一晩あれば終わりそうだと彼の交渉に合意した。
それから気になっていた両親の反応は安心とのことで、若菜と柚子からの安否確認にもアリバイ通りに返事をした。
少し罪悪感と弟の留守番が心配だったけれど、21時過ぎ父帰宅の連絡を受けようやくホッとした。
「ウチは大丈夫そう。
葵くんは本当に帰らなくて平気?」
「あー、うん。
ウチ……母子家庭なんだよね。いま母さん自分の事で忙しいから」
葵くんは数学の問題を解きながら素っ気無く答えた。
……詮索、しない方が良い。それ以上の言葉は飲み込んだ。
しかし、かれこれ2時間以上葵くんは数学と物理の計算をしている。私は英語を手伝っただけでドリンクバーで休憩しながら観察。
黙々と集中する姿勢は勉強嫌いでも無さそうなのに、少しズレていて真面目さを隠してるような葵くんの行動が腑に落ちない。
「お、わったぁ~」プリントにペンを置いてズルズルと背もたれに沈み込むと、すぐ起きてそそくさと片付けを始めた。
「そろそろ出たほうがいいな」
「ここでオールじゃ?」
「まさか。流石に22時過ぎると補導の対象でしょ? 制服着てるし」
「そうなの!?」
再び窮地に陥った私の顔を見て葵くんは吹きだす。
「ふはっ、大丈夫。一応聞くけど……
天体観測とかキャンプ、好き?」
「好きっ」
即答した私に葵くんは若干安堵の表情を見せた。
それは昔から最も楽しみなイベントだったから “ 好き ” の言葉が躊躇いもなく飛び出した。
「星の丘公園ってとこ19時に施錠されるんだけど門とフェンスに隙間あって余裕で入れんの。展望台があってよく星が見えるよ」
葵くん家の近辺だというその公園は小高い丘の坂を登った上にあった。自転車を隅の茂みに停め、無意味な施錠の横から中へ。奥にトイレの常備灯と自販機がポツリ。
高台には展望台だと言うコンクリートの塔があって、階段を上がると直径3メートルの円形場で高さ1メートルの壁でぐるっと覆われていた。
葵くんはライト代わりのスマホを私に持たせるとリュックからケットを広げてくれる。「天気も悪くないしダベってたら朝になるっしょ」葵くんはリュックを枕にしてゴロンと転がった。
私は遠慮して端っこに。フカフカであったかい本格派のキャンプ用品。昼寝が好きな葵くんらしいとコソッと笑い、私も同じように寝転んだ。最近こそ余りしなくなったが、小さな頃はよく地面に転がって遊んでいた。草花や虫も近くで観察できたし、空を見上げて景色を楽しむのも好きだった。
「葵くん、将来は探検家になるの?」
「いんや? 外国は好きだけどな」
葵くんがこういう事に慣れていそうで聞きたくなった。それと私も彼との距離感に慣れてしまったのか、警戒せずに自然体でいられるようになっていた。好みが似ている親近感も湧いたのかもしれない。キャンプで友達と寝るまで喋り続ける感覚で他愛ない話をする。
「スマホ最新にしたら超高くてさぁ」と言うので値段に驚いて買取価格や分割の話をしたり、「私の家ネット繋がらないときあった」と田舎の通信環境を暴露して笑わせてみたり。
「真白はなんかバイトしてないの?」
「無理。家に帰れなくなると困るからしない」
「あ~……」
「そう……」
ふたりの声が瑠璃色の夜に馴染んでく。
しばらくして葵くんがスマホを閉じると暗転してから視界が戻ってきて、夜空の星の燦めきが見えるようになった。
今夜もたくさんの星が出てる。あれ?
このキャンバス、見覚えのある……
「葵くん……この前の写真ここで撮った?」
「そう。こうやって腹の上に固定させて。
わかる? あれが夏の大三角で……」
「うん。あの星が確か一番遠い……あっ」
「ごめん……」
葵くんが手を夜空に向けて、私も突き上げた指が葵くんとこっつんこ。すぐに引っ込めるお互いの手。
「あの星……1400光年先だろ。光の速さが30万km✕60秒✕……もいいや。
ちっさい星に見えんのに実は太陽よりデカいとか。地球から眺めてるだけでさ、俺ら偉そうに生きてっけど、宇宙じゃ虫の命みたいなもんだな」
「虫だって一生懸命生きてるよ?」
「ははっ、そうだよな……そういやこの前も朝起きたら胸にでっけぇカマキリいてさ、襲われるかと思った……」
「おはようをしに来たのかも?」
「ふっ……また眼力……虫の心までわかんの?
……その眼……星空どんなふぅ……今……度……描いて……」
葵くんの声は途切れ途切れ、どうやら寝てしまったよう。ファミレスの灯りの下では青碧色の疲労感を放っていたから。今はどんな気持ちで眠りに就いたのか、真夜中の星明りでは計り知れない。
ただ……
こうして星空を一緒に眺めて思ったのは、葵くんのクオリアと私のクオリアは似ている部分もあるのだと感じた。
私達、空に希望を探してる。
いつか……星空の世界を……描いてみよう。
星屑の欠片と一緒に叶えたい事が心に落ちてきて胸を温める。
特別な夜空を観察していたら、瞼が段々重くなってきて意識は遠のいた。知らないうちに深い眠りについて色の夢も見ずに―――そして、ほんの僅かな朝光に目をゆっくり開いてみたら……
空が、生まれたての青空が、一面に飛び込んできて一瞬で瞼が全開になる。目覚めて一番に空を映すなんて初めての事だった。
綺麗……
美しく清らかで、淡くて優しい宇宙色。
うっとりして時を忘れ眺めていた。天描きはいらない。そこに完璧に仕上げた本物の空があるから。
小鳥のさえずりをBGMに今日の始まりを映していたら、隣から葵くんの声が突然して全身が飛び跳ねた。
「朝!? やべ……爆睡しちゃったじゃん」
「お、おはよう」
朝空の下で交わす会話はなぜか照れくさかった。まだふたりとも寝起きでボーッとしていたが荷物をまとめ公園を出る。すると葵くんは自転車にまたいで、私に後ろに乗るよう言った。
「めっちゃ目覚めるイイ方法だから!」
「私も!? またイイ発言だし……」
「またって何のこと?
いいから早く、早く! 俺の肩捕まって乗ってみ!」
私は言われた通りに荷台のない葵くんのスポーツバイクにまたがって、後輪の車軸に踵を乗せる。
「ちゃんと捕まってろよ? じゃあ出発!!」
「わっ」
葵くんが地面を蹴ってペダルを漕ぐと坂道を下るスピードがグングン速くなる。
「やっほ~!」
風を受けてなびく前髪に、肌を擦り過ぎ去ってく清涼感。葵くんがハンドルを切るたびに清々しい朝の空気と景色の爽やかな配色がシュルシュルシュルッと流れてく。
でも……
ちょっとスピード出すぎじゃない?
「わっ! ブレーキ効かないかも!?」
「え? えっ!?」
「わぁ~っ!!」
「んーっ!!」
キキ―――ッ!!
坂道の最後で自転車は大きなブレーキ音を立てて止まった。シーンと静まり返る―――何にも見えない風景。
「真白……冗談、だよ?」
私はぎゅっと目を閉じて覚悟をしてたみたいだ。なぜか耳元で葵くんの声がした気がする。
ゆっくり目を開けるとすぐ真横に葵くんの顔があってびっくりした。
「はっ! ごめんっ」
勢いで葵くんの首元に強くしがみついてしまったらしい。態勢を急いで起こしたら、大怪我の予感が外れてホッとした。
「はぁ。ドキドキした……」
「……このまま駅送る」
葵くんはまた自転車を走らせ始めた。まだ心臓が高速で鳴っていて、同じくらい早口で湧き出る疑問を葵くんに浴びせる。
「葵くん家近いのに何で駅まで!?」
「……コンビニ行く」
「あ、私も行きたい。
でも二人乗りって禁止じゃ? 罰金じゃない!?」
「この時間じゃ見つかんないだろ。
一応言っとくけど……天体観測は部外秘な」
「部外秘?」
しーっ、葵くんは振り向き様に人差し指を口に当てた。
「あ、秘密……」
それきり葵くんは黙ってしまうけど……染まった耳の桜色がふわりゆらり私になびいていた。
風を彩る無口な後ろ姿がやたらと可愛げに映って、私の心音もトクントクン擽ったい。自然と言葉は忘れてしまった。
朝焼けはラムネ色にピンクレモネードを注いだみたいな空。
私の心とおんなじだ。甘酸っぱくてパチパチ弾ける……アオとハルの色?
青春てこんな感覚なのかもしれないと体験できた、ナイショの天体観測だった。



