東京、羽田空港―――。
キャリーを転がしてスマホ片手にターミナルの広場に出ると、出発前の小さな空港に比べて、余りの広さと綺麗な内観に思わず仰天顔。
初めて訪れた東京、田舎者っぽくキョロキョロしていると……
「真白!」
声の方に振り向けば、行き交う人の隙間に覚えのあるコートをそよがせる姿が見え隠れする。
瞬きもせずに視線をキャッチすると、嬉しさでぴょんと跳ねて私は真っすぐ突き進んだ。
会いたかった気持ちは急ぐ足取りよりもお互いの手を合わせるほうが先で、それからつま先がこっつんこ。
ちょっぴりひんやりな手が口元に私の手を寄せて口づけを。
そしてブラウンのダッフルコートで私をぎゅっと包み、ハグから髪にもキスを落とす。
外国に来たわけではないのだけれど、これが葵くんのいつものスタイル。
「真白、誕生日おめでとう」
「ありがとう。……あはっ」
恋人、としての自分にまだ慣れてないからか凄く照れくさい。
今日が3回目のデート。1回目は葵くんが交際の許可をもらうために私の家を訪問してくれて。2回目は1年前のリベンジで12月25日に大原鉄道の終着であるJR駅で、東京から来た葵くんと待ち合わせてクリスマスデートを。
離れていても毎日電話をくれて心を繋いでくれる。いつでも、どこでも。
そんな感覚を懐かしむなら……
ふたりのクオリアが結ばれている、感じだ。
前向きに過ごした日々は実を結び、以前より私は健康で逞しくなった気がする。
私の体調を心配する葵くんに、全然平気と伝えると「じゃあ、イイトコ行こう」とエスカレーターで上階に向かう。
手を繋いで私を先に乗せ背後から支えてくれるエスコートも、キスとハグのスキンシップといい……
柚子と若菜いわく、騎士系彼氏らしい。
恋人に忠誠を誓ってとにかく彼女ファーストで一途な男、だとか。
「髪、自分でセットしたの?」
「柚子がしてくれた」
ふうん……と後ろから覗き込んで話しかけた隙に、こそっと私の首にキスをする。
「ひゃっ!?
葵くんって……キス魔だよね!?」
「そう? ちゃんとネックレスしてくれてるなぁって嬉しかったから」
不意打ちに首元を押さえて飛び跳ねるも、葵くんは私の肩をしっかり掴んでとぼけた顔をする。
いたずらに私を驚かすのはちっとも変わっていない。
クリスマスプレゼントに葵くんからネックレスを貰って、私は紺色の毛糸でマフラーを編んで渡した。
もちろん毎日肌身離さず大事にしている。
葵くんも同じ……
首に巻かれたマフラーに愛着を感じて、私の分身なのかと……愛くるしい。
私達恋人らしく、今日はもっと―――。
ぽけーっと頭がしたところで「こっちだよ」とエスカレーターを降りて案内される。
「真白、これ見て」
「……虹のオーロラのステージ!?」
壁の掲示を指差して私の反応を確かめると予想通りだったのか葵くんが吹き出す。
屋外の展望デッキに出てみると、まだ夕色を微かに残した淡い夜空に、燦めくネオンが其処ら中に光って見えた。
ひやっとした風が頬をくすぐって、こっちにおいでと誘うみたいに風が吹いてくる滑走路の方へ近づく。
「あれが公園の観覧車で、その横らへんがTDL方面」
「わぁ、観覧車も大きい。えーと、虹は?」
「これだね。通路が七色に光るって」
振り返ってみるとデッキの直線上のライトが1色ずつ順に変わるイルミネーション。
「なるほど!」
「少し物足りなかった?」
「ううん。東京ってピカピカしてるイメージだから、都会に来たって感じがする」
くすっと葵くんは笑った。
確かに一瞬、奇跡の虹を思い浮かべて興奮したけれど。
今日は特別な日だから……
色々と考えて連れて来てくれたんだろうな。
葵くんの優しさがいつもに増して胸を内をくすぐった。
遡ることクリスマス、私の誕生日を祝ってくれると約束をした。
大学は春休みで長く一緒に過ごせるから、そう言った後に―――
『東京、来る?』
『行ってみたい!』
『なら……日帰りはできないよ?
まだ真白の体に無理させたくないし、心配だし、帰したくな……くなると思うし……』
『…………行くっ』
もっと一緒にいたい―――本心に答えはひとつしかなかった。
そのためには!
『私、東京に行く。葵くんと外泊する』
何度も一気に言ってしまおうと両親の前で意気込んだ、でも勇気が足りず……
結局のところ若菜と柚子の家に招待されて……という二人を巻き込んだアリバイ作りをしてきてしまった。
まずは若菜の家に、それから空港に近い柚子の家に泊まって今日羽田に来た。
東京に3泊して、また柚子と若菜の家に寄る予定。
両親には葵くんがこっちの空港まで来て誕生日デートすると、偽の予定を伝えて柚子と若菜と口裏合わせをしている。
葵くんに会う前に二人と過ごせたことも嬉しかったのだけれど……
私への誕生日プレゼントに、オトナ度高いリップとランジェリーを柚子と若菜がそれぞれくれて。
二人からアレコレ教育指導された大人の予習の工程で……実は頭がいっぱい!
変にスキンシップも意識してしまうし、かくいう私もプレゼントをしっかり着用してここに立っているわけで……
葵くんの気遣いを思うと、自分が不純すぎて恥ずかしい〜、居た堪れない!
そっぽを向いて顔を手で隠し反省。
「ん?眩しい?」と聞く葵くんに、フリフリと首を横に振った。
反対側も行こうと手をひかれて来た道を戻り屋内の廊下を歩いていると……
ちらり、私の顔を伺う葵くんの幼いようで大人びた表情と視線に……ドキッとする。
体温が、異常なほど熱を発してのぼせそう。
煩悩をはらおうと周りに目を向けると、さっき見た同じ文字体の掲示を見て衝撃で息を呑んだ。
星屑のステージ!?
「はぁっ、星!?」
「ふっ。真白が好きなやつだと思うよ?」
初めからぜんぶ葵くんの思惑通りなのか、笑いを溢しながらパチクリする私を外へ連れ出した。
「―――わぁ!!」
青い星の絨毯!
再び屋外に出ると目に飛び込んできた光にときめいた。
展望デッキの床に等間隔に丸い電灯が埋め込まれて青と緑で一面が光っている。
まるで星を散りばめたライトアップに、体は夜空に浮かび上がったかのような錯覚を。幻想的に燦めく世界に入り込んだ。
この感じ……
瞬間的に心を奪われる、記憶の欠片。
繋いだ手をぎゅっとし合って感動を伝えると、アイコンタクトで―――歩いてみよう!
ゆっくりと歩幅を揃えて、情景を楽しみながら。いくつもの青緑の星を渡って行く。
「星の上を歩いてるみたい。こうやって進んでいると星が流れてくから……
天の川のイメージ?」
「真白が描いてくれた虹色の天の川。タイトルが……幸せなアオイ世界、だろ?
俺は真白みたいに創作で感動させたりプレゼントはできないんだけど……
真白が見えてた世界、俺も見てみたいと思ってたし、一緒に実感できたらいいなってずっと考えてて。
ちょっとは寄せれてる?」
「……うん。星の上を歩くなんて想像もしたことなかった。新しい、初めての感覚だよ。
本当に……幸せなアオイ世界……」
この青い光にうっとりして、葵くんの想いも胸いっぱいに広がった。
愛おしい……
気持ちを込めて見つめると葵くんは満足気に微笑む。
もし私に共感覚があったなら……
きっと今、キラキラの星屑が舞う中を歩いてるよ。
こんなに幸せな気分、もう、ときめきが止まらない!
いつも夢で見ていた雲のような色彩は、虹色の星雲だったのかもしれない。
思い起こして足元に重ねれば、私の描いた天の川そのもの。
そして燦めく青い星達が、希望の想像図を完成させる。
まるで絵の中にいるような……
奇跡みたいな実感を、葵くんが叶えてくれた。
―――「私ね、オーラが見えてたの」
葵くんに絵を描かない理由を問われて、『ごめん、て言わないでね』とお願いしてから共感覚があったことを告白した。
私の秘密、運命を惑わせたクオリアだ。
どうして私の中にあったのかもわからない、不確かなモノ。
消えるのも必然で……
悪い結果になったのは不運が重なった偶然。
大切なモノは、ぜんぶ今あるから大丈夫。
話を聞いた後に葵くんは、小さく震えながら私をずっと抱きしめていたっけ。
それからイイ事も悪い事も、お互いに思ったことを伝えると約束をした。
たぶん、オーラが見えなくても私が不安にならないように、葵くんは気遣ってくれたのだ。
そうやって過去の私までも救おうと、心から寄り添ってくれる。
たったひとりのかけがえのないひと。
私にとって一番輝いているアオイ星……。
「……葵くん、ありがとう」
私、今なら、未来を描けそう……
ふたりの未来、光に満ちた世界を。
「Anytime♪」あどけない表情で答えて、コツンと頭を合わせ戯けて見せる。
私は真面目に御礼をしたいのに笑いを誘っておいて、当の本人は顔を背け隠れて「フゥ」とひと息をついた。
珍しくいつも冷たい葵くんの手が私より温かい。
緊張、なのかと観察してみた。
「……あー、俺のおじさん覚えてる?
スイスからビデオ通話した時に話した……」
「うん、覚えてる!」
葵くんはクリスマスデートの後、お父さんとスイスに旅立った。お父さんのお兄さんがスイスで会社経営していて、葵くんは5年振りに訪問と。
新年を迎え通話中、私の父と母にも葵くんは挨拶したいとの流れで、葵くんのお父さんとも初顔合わせ。
仕草や話し方が二人よく似ていたな。
それから葵くんのおじさんとスイス人の奥さんとワンちゃんが2匹!
我が家では弟の空がしゃしゃり出て。スイスと日本と家族紹介をしあって賑やかな元日だった。
「おじさんが今度手術を受けるんだ……」
「大変っ」
「うん。完治の為の手術で、会社の事業拡大も目処がついたから思い切って決断したらしい」
「そっか。
手術で治るのは良い事だけど、入院がね……」
患者と見舞う側の双方を慮る私達は顔を合わせて苦笑い。
「でさ……会社のサポートを父さんがする予定だったんだけど……」
「……うん?」
「新規のプロジェクトを急遽任されてできなくなったんだ……」
「う、ん……」
「代わりに……っ」
「………………」
なぜか、そわそわする……
「俺、に……やってみないかって……」
「……そ、れで?」
「大学があるから、ノーともイエスとも……」
「………………」
なんか、嫌な予感……
「悩んだけど……
休学して、スイスに行くことにした」
「―――!?」
ピタッ。
流れていた星が一斉に佇む。
瞬間、私はそこから動けなくなった。
葵くんもつられて立ち止まり、私が見上げたアオイ星は……ぼんやりと霞んでゆく。
「大学編入を目標にしてたけど、海外で社会経験積む方が有益だって考えたんだよ……」
悪い事もイイ事も伝える、約束。
『早く自立しなきゃ』葵くんはよく言っていた。自分は成人だけど養われてる身だからって。
一人暮らしも自力じゃ無理で授業料も稼げない。お父さんには感謝してるけど少し敵対心もある、と。
スイス行きの決断はその背景もあるんだろう。葵くんは自分の力を試したい、もっと成長したい……そう強く思ってる。
葵くんの挑戦、私は応援、するべき。
ちゃんと意思疎通してきたから、すぐ頭では理解できたのに……
言葉が、出てこない。
心身が、動いてくれない。
ふたりの視線がぶつかる間を、飛行機のエンジン音が切り裂いていった。
着陸機の震える重低音が耳を覆い、私の中までも吹き乱し渦を巻く。
一緒にいたい、そう、願うと……
なぜ、葵くんは……
どんどん遠くへ行ってしまうの――――――。
不安を掻き立てる騒音に、動揺する瞳はあちこちに泳ぎ始め……!?
葵くんは私の手を引いてデッキの壁際の方へ。シートで仕切られたボックス席に、腑抜けた私の両肩を押さえ座らせた。
テーブルに置かれた昼白色のライトが私を温めてくれるけれど、背中はしょげたまま寒気を覚えるくらいに……きっと顔も青ざめているのだろう。
あの日、滑落した場所で追いかけた青い蝶が……
脳裏にちらちらと飛んできて―――胸を締めつける。
どこにも、行かないで―――。
その言葉が胸で仕えて、悲しい気持ちだけが私の中をぐるぐると彷徨う。
しゃがみこんだ葵くんが、膝の上で固く握り締めていた私の両手を、ふわりと優しく重ね合わさた手で覆って……
「―――!?」
きゅっと葵くんの大きな手に包まれて、私の絡んだ指が緩み解けると、ふたりの手の中に特別な感覚がした。
我に返って葵くんを見つめれば、恋しい瞳には私しか映っていない。
「―――真白……」
まるで、冷たい雪を溶かす……
暖かな春のそよ風みたいに、優しい声が耳に届いて。
私の心は……桜色に染まる。
「一緒に行こう」
―――花吹雪がふきぬけた、幻影。
前髪の奥から私を見上げる、それは真剣な葵くんの眼差し。
その言葉の真意を、私は手のひらでも探っている。
葵くんがそっと手をどけて……
私の両手に残されたのは―――リングケース。
え!?
「―――結婚してふたりで行こう」
葵くんがケースを開き、私の手のひらの上でシルバーの指輪が燦めく。
小さな星の欠片を手にしたみたいに……
現実の世界で、こんな、こんな……
幸せな奇跡が私に起きるなんて―――。
愛しい星を見つめれば、ゆらりと揺れたひと景色を零したあと、柔らかに燦々とまたたいていた。
葵くんはケースから指輪を出し、私の右手をふんわり掴むと、ゆっくり滑らせ輪の中に薬指を通した。
「左手はペアリングにとっておいて。
真白にはまた絵が描けるように……ね」
「―――あおぃく……責任、とか、……」
「違う。いつも考えてたんだ、俺達が一緒にいられる正当な理由を。
働くってなれば婚姻を望んでもいいだろうって……
ただ真白を早く手に入れたいだけなんだ」
ひと粒の不安さえも砕いてくれて……
頼もしい姿を見せたかと思えば、口元を押さえて照れ隠しをする。
葵くんのプロポーズを私は真摯に受け取った。ただ……
『結婚』に行き着くには容易い事ではないとわかりきっていて。
葛藤しながら指輪を見つめていると……
葵くんは私の右手を握り、遠い目でふと思い耽るように言った。
「……前に俺が、白色のオーラを出してたって―――ずっとそうしてるんだよ。
離れてた時も、今も、これからも。
こうやって真白の手を掴んでいたいんだ。
絵を描いてきたこの手も、真白が見る世界も、繊細な心も……全部。
真白の全部、俺が大切にしたいと思うし守りたい。
不安もあると思うけど全力で支えるから、そばにいてほしい。
ふたりで新しい世界を歩んで、俺達の人生を作っていきたい。
これが俺の気持ち、ぜんぶ……」
ふたりで新しい世界……
私も同じことを、未来に思い描いてた。
軽く首を傾げたポーズを葵くんがとる。私の気持ちを求めている合図。
「……ありがとう。凄く嬉しくて、本当にありがとう。でも私……」
「……うん。どんなことでも言っていいよ」
「突然の事で……葵くんに迷惑とか負担ばかりかけちゃうって心配。それに……
結婚は―――」
「求婚してんのに迷惑なワケないし。絵もそうだけどチャレンジする場としては良い環境だと思う。
確かに結婚は早いかもしれない。けど俺が中途半端で先に進みたくなかったんだ」
「そ、れ、でも……
私がスイスへ行ったら家族が……結婚も、許してもらえるかな?
私ひとりの気持ちで、決められない……」
お父さん、お母さん、弟に、生まれ育った地がいつも頭の片隅にあって……
それも私の人生のひと欠片なんだ。
「真白の、真白だけの気持ちは? 何?」
葵くんの力強い視線が私に訴える。
私だけの……?
それは、そんなの、ひとつしかない。
「……葵くんと、ずっと一緒にいたい!」
私の本心に葵くんは微笑んで、新しい扉を開く言葉を口にした。
「その気持ち、そのままぜんぶ伝えてみよう―――」
―――かつてない緊張感。
スマホから聞こえる呼出音がいつ途切れるか、ドキドキそわそわ。
『ご両親に報告して。
真白の気持ち、正直に話してみよう』
後ろめたく、置いてきた嘘が自分を苦しめる。
前にも……こんな感覚があった。
シオリさんにアリバイをお願いした時だ。
頭の中が爆発寸前まで考えを巡らせてた。罪悪感を常に引きずりながら……!!
「はい。真白? 今どこ……じゃなかった、どしたの?」
「うっ、うぅん。あのね……」
声がうわずる。正直に、正直に、心を落ち着かせて……
「葵くんっが、っスイスに、行くことになって。私も……
私も、っ結婚して一緒に行きたいの!」
省略、しすぎただろうか。もっと他の言い方……。
夕飯の支度中なのだろう、キッチン音がしていたがシーンと静かになった。
「……葵くんにプロポーズされた? 指輪もらったの?」
「……う、うん」
「真白は、ついて行きたい、のね?」
「……そう、です」
「……そっか。
……おめでとう。誕生日も結婚も……おめでとう! 良かったね、この幸せ者〜」
「えっ? あ、ありがとう?」
あれ?
……そんな、あっさり?
急に肩の力が抜ける。
「準備に忙しくなるわねぇ、あぁ帰って来なくていいわよ? ちゃんと葵くんと話し合って、お父様にもご挨拶してね。
それからお母様も、今は故郷で暮らしてるそうだけど、お伺いしないとでしょ?
きちんとしてから戻ってらっしゃいね」
「えっ、あー、うん……」
……おかしい。
もともと母は気さくな人だけど、話がうまくいきすぎてるとゆうか?
「お父さーん、真白が結婚してスイス行くってぇ」
「は?」
母の「夕飯できたよ〜」みたいな告知に呆気にとられて私はキョトン顔。
土曜の夜の団欒に衝撃を落とす覚悟でいた私は拍子抜けだ。
「姉ちゃん結婚してスイス行くの!? わ~すげ〜!」
「静かにしてて! 真白? お父さんに代わるね」
「あっ、はい……」
キリッとまた背筋を正す。
お父さんは……厳しい、かな……
「真白?」
「お父さん……あ、うっ……」
「話は聞いているよ。迷っているのかい?」
「……ひとりで決めていいのか、迷ってる」
「もし、その原因が父さんなら……謝っておかないとなぁ」
「っ、何で!?」
「父さんが入院した時、まだ真白は小さかったのに……
怪我と向き合うのに精一杯で、真白に随分と怖い思いをさせてしまったよ。
じいっと探るように人を見るようになって、自分の気持ちを後回しさせていたんだな」
「それはっ、お父さんのせいじゃな……」
「真白にたくさん花の絵を貰って、力も元気もくれたのに……足を元に戻せなくて、ずっと不安にさせてしまっているだろう?」
「ち、がっ……」
―――違う、と言い切れない。
―――もう、嘘は……つけない。
「父さんの片足は無惨かもしれないが、知らなかったか?
父さんは幸せなんだ、家族が笑顔でいてくれて。真白が笑えば、花の絵をくれた時と同じで元気を貰えるんだよ。
彼がいるおかげで、真白はよく笑うようになっただろう?」
「……本当に?」
「あぁ。だから真白が幸せなら、父さんも幸せだ。
自分の選んだ道を、大切な相手と一緒に進めばいい。そうやって、父さんには母さんがいるじゃないか。
母さんとは一心同体だから、何も心配することはないぞ。イテッ」
バチンと音がした後に、鼻をすすりながら照れ笑いする母の声が聞こえた。
一心……心をひとつに。
いつも二人が同色のオーラを出していたのは、心と心が繋がっていたからなんだね。
家族を思い浮かべていた私の視界に、ようやく葵くんを映し安堵の笑みを送ると……
これもお見通しだったのか、葵くんはふっと笑う。
「それにしても……」
「うん?」
「彼の熱心さには参るよ。
アメリカの先進医療がどうだとか、イギリスの再生医療があーだのこーだの。
さっぱりわからん長いメールを送ってきて」
「え?」
「足の事はとっくに諦めてたが、医学の進歩に……未来へ希望や夢を見れるようになったよ。まったく面白い奴だ」
「え??」
「彼はそこにいるのかい? 代わってくれないか?」
「う、うん。……、お父さんが代わってって
?」
私は葵くんにスマホを差し出すと、コホンッと咳払いをして受け取った。
「はい、神崎です。ご無沙汰しています」
なぜか私が緊張してしまって、胸で祈るように左手が右手を包んでいた。
「……え?
ご無沙汰でもないし、しつこい? はぃ……まだ他の論文も……もういいって!?
興味深い発表なのに……」
ん……?
戯れてる?
「はい、先日お伝えした通りに手続きを始めます」
「なっ!?」
話は聞いているよ、父が言っていたのはそういうこと!?
「はい、わかりました。……失礼します」
何くわぬ顔でスマホを私に返し「はぁ〜」と腰を折り曲げると、葵くんは謎のガッツポーズを夜空に掲げた。
デッキをうろついてダッフルコートをひらひら、足元から灯る星のライトを写しながら蝶のように舞わせてる。
満足したのか振り返ると、そのまま私に向けて両手を広げた。
おいで、を勝ち誇った顔で。
私はすくっと立ち上がって……一歩、二歩、止まれ。
「―――言って!!? 謀ったでしょ!?」
「ぷはっ。怒った」
「ひどい! 私にだけ黙ってた!」
「プロポーズするのに本人にバラせないでしょ?」
「今日のために盛大に嘘ついちゃったのよ!? お母さんも全部知ってて……だからニタニタと。恥ずかしすぎるっ」
思い返す、自分のしどろもどろな大根演技。初めから葵くんとお泊りするってバレてたんだ。
「真白、下手にアリバイ工作すると、俺達ろくなことにならない。同じミスは二度も繰り返しちゃいけないんだよ?」
「はぁ〜……」
今度は私がうなだれてしまった。
そうだったね……
葵くんは、先回りが得意なんだった……!!
いつの間にか目の前にいた葵くんが、私の右手を口元に寄せて指輪に口づけを。
そして、ぎゅっと抱きしめた。ぎゅうっと隙間ないくらい、きつく抱き寄せる。
「もう二度と離さないよ……」
――――――!!?
体温まで伝わるような……初めてのキス。
大好き、よりもっと……
濃厚で深く色添う気持ちがひたひたに沁みこむ。
私も同じ気持ちのお返しをして……
星屑のステージで、
永遠の愛を誓う。
長く、そして……熱く重なる唇は―――ふたりの心までも溶かすみたいに。
キラキラ光る星達が、瑠璃色の空から降ってくる。
ひとりで怯えた過去も優しく包んで、諦めかけた夢色の未来を輝かせて……
真白と葵のクオリアは―――
今、ひとつに結ばれる。
「……伝わった?」
「うん」
いつの日も、心と心を繋ぎ合わせて……
ふたりで未来を歩んでゆく―――。
『しろとあおのクオリア』完
あなたの未来も
希望の光で満ちていますように。作者より
キャリーを転がしてスマホ片手にターミナルの広場に出ると、出発前の小さな空港に比べて、余りの広さと綺麗な内観に思わず仰天顔。
初めて訪れた東京、田舎者っぽくキョロキョロしていると……
「真白!」
声の方に振り向けば、行き交う人の隙間に覚えのあるコートをそよがせる姿が見え隠れする。
瞬きもせずに視線をキャッチすると、嬉しさでぴょんと跳ねて私は真っすぐ突き進んだ。
会いたかった気持ちは急ぐ足取りよりもお互いの手を合わせるほうが先で、それからつま先がこっつんこ。
ちょっぴりひんやりな手が口元に私の手を寄せて口づけを。
そしてブラウンのダッフルコートで私をぎゅっと包み、ハグから髪にもキスを落とす。
外国に来たわけではないのだけれど、これが葵くんのいつものスタイル。
「真白、誕生日おめでとう」
「ありがとう。……あはっ」
恋人、としての自分にまだ慣れてないからか凄く照れくさい。
今日が3回目のデート。1回目は葵くんが交際の許可をもらうために私の家を訪問してくれて。2回目は1年前のリベンジで12月25日に大原鉄道の終着であるJR駅で、東京から来た葵くんと待ち合わせてクリスマスデートを。
離れていても毎日電話をくれて心を繋いでくれる。いつでも、どこでも。
そんな感覚を懐かしむなら……
ふたりのクオリアが結ばれている、感じだ。
前向きに過ごした日々は実を結び、以前より私は健康で逞しくなった気がする。
私の体調を心配する葵くんに、全然平気と伝えると「じゃあ、イイトコ行こう」とエスカレーターで上階に向かう。
手を繋いで私を先に乗せ背後から支えてくれるエスコートも、キスとハグのスキンシップといい……
柚子と若菜いわく、騎士系彼氏らしい。
恋人に忠誠を誓ってとにかく彼女ファーストで一途な男、だとか。
「髪、自分でセットしたの?」
「柚子がしてくれた」
ふうん……と後ろから覗き込んで話しかけた隙に、こそっと私の首にキスをする。
「ひゃっ!?
葵くんって……キス魔だよね!?」
「そう? ちゃんとネックレスしてくれてるなぁって嬉しかったから」
不意打ちに首元を押さえて飛び跳ねるも、葵くんは私の肩をしっかり掴んでとぼけた顔をする。
いたずらに私を驚かすのはちっとも変わっていない。
クリスマスプレゼントに葵くんからネックレスを貰って、私は紺色の毛糸でマフラーを編んで渡した。
もちろん毎日肌身離さず大事にしている。
葵くんも同じ……
首に巻かれたマフラーに愛着を感じて、私の分身なのかと……愛くるしい。
私達恋人らしく、今日はもっと―――。
ぽけーっと頭がしたところで「こっちだよ」とエスカレーターを降りて案内される。
「真白、これ見て」
「……虹のオーロラのステージ!?」
壁の掲示を指差して私の反応を確かめると予想通りだったのか葵くんが吹き出す。
屋外の展望デッキに出てみると、まだ夕色を微かに残した淡い夜空に、燦めくネオンが其処ら中に光って見えた。
ひやっとした風が頬をくすぐって、こっちにおいでと誘うみたいに風が吹いてくる滑走路の方へ近づく。
「あれが公園の観覧車で、その横らへんがTDL方面」
「わぁ、観覧車も大きい。えーと、虹は?」
「これだね。通路が七色に光るって」
振り返ってみるとデッキの直線上のライトが1色ずつ順に変わるイルミネーション。
「なるほど!」
「少し物足りなかった?」
「ううん。東京ってピカピカしてるイメージだから、都会に来たって感じがする」
くすっと葵くんは笑った。
確かに一瞬、奇跡の虹を思い浮かべて興奮したけれど。
今日は特別な日だから……
色々と考えて連れて来てくれたんだろうな。
葵くんの優しさがいつもに増して胸を内をくすぐった。
遡ることクリスマス、私の誕生日を祝ってくれると約束をした。
大学は春休みで長く一緒に過ごせるから、そう言った後に―――
『東京、来る?』
『行ってみたい!』
『なら……日帰りはできないよ?
まだ真白の体に無理させたくないし、心配だし、帰したくな……くなると思うし……』
『…………行くっ』
もっと一緒にいたい―――本心に答えはひとつしかなかった。
そのためには!
『私、東京に行く。葵くんと外泊する』
何度も一気に言ってしまおうと両親の前で意気込んだ、でも勇気が足りず……
結局のところ若菜と柚子の家に招待されて……という二人を巻き込んだアリバイ作りをしてきてしまった。
まずは若菜の家に、それから空港に近い柚子の家に泊まって今日羽田に来た。
東京に3泊して、また柚子と若菜の家に寄る予定。
両親には葵くんがこっちの空港まで来て誕生日デートすると、偽の予定を伝えて柚子と若菜と口裏合わせをしている。
葵くんに会う前に二人と過ごせたことも嬉しかったのだけれど……
私への誕生日プレゼントに、オトナ度高いリップとランジェリーを柚子と若菜がそれぞれくれて。
二人からアレコレ教育指導された大人の予習の工程で……実は頭がいっぱい!
変にスキンシップも意識してしまうし、かくいう私もプレゼントをしっかり着用してここに立っているわけで……
葵くんの気遣いを思うと、自分が不純すぎて恥ずかしい〜、居た堪れない!
そっぽを向いて顔を手で隠し反省。
「ん?眩しい?」と聞く葵くんに、フリフリと首を横に振った。
反対側も行こうと手をひかれて来た道を戻り屋内の廊下を歩いていると……
ちらり、私の顔を伺う葵くんの幼いようで大人びた表情と視線に……ドキッとする。
体温が、異常なほど熱を発してのぼせそう。
煩悩をはらおうと周りに目を向けると、さっき見た同じ文字体の掲示を見て衝撃で息を呑んだ。
星屑のステージ!?
「はぁっ、星!?」
「ふっ。真白が好きなやつだと思うよ?」
初めからぜんぶ葵くんの思惑通りなのか、笑いを溢しながらパチクリする私を外へ連れ出した。
「―――わぁ!!」
青い星の絨毯!
再び屋外に出ると目に飛び込んできた光にときめいた。
展望デッキの床に等間隔に丸い電灯が埋め込まれて青と緑で一面が光っている。
まるで星を散りばめたライトアップに、体は夜空に浮かび上がったかのような錯覚を。幻想的に燦めく世界に入り込んだ。
この感じ……
瞬間的に心を奪われる、記憶の欠片。
繋いだ手をぎゅっとし合って感動を伝えると、アイコンタクトで―――歩いてみよう!
ゆっくりと歩幅を揃えて、情景を楽しみながら。いくつもの青緑の星を渡って行く。
「星の上を歩いてるみたい。こうやって進んでいると星が流れてくから……
天の川のイメージ?」
「真白が描いてくれた虹色の天の川。タイトルが……幸せなアオイ世界、だろ?
俺は真白みたいに創作で感動させたりプレゼントはできないんだけど……
真白が見えてた世界、俺も見てみたいと思ってたし、一緒に実感できたらいいなってずっと考えてて。
ちょっとは寄せれてる?」
「……うん。星の上を歩くなんて想像もしたことなかった。新しい、初めての感覚だよ。
本当に……幸せなアオイ世界……」
この青い光にうっとりして、葵くんの想いも胸いっぱいに広がった。
愛おしい……
気持ちを込めて見つめると葵くんは満足気に微笑む。
もし私に共感覚があったなら……
きっと今、キラキラの星屑が舞う中を歩いてるよ。
こんなに幸せな気分、もう、ときめきが止まらない!
いつも夢で見ていた雲のような色彩は、虹色の星雲だったのかもしれない。
思い起こして足元に重ねれば、私の描いた天の川そのもの。
そして燦めく青い星達が、希望の想像図を完成させる。
まるで絵の中にいるような……
奇跡みたいな実感を、葵くんが叶えてくれた。
―――「私ね、オーラが見えてたの」
葵くんに絵を描かない理由を問われて、『ごめん、て言わないでね』とお願いしてから共感覚があったことを告白した。
私の秘密、運命を惑わせたクオリアだ。
どうして私の中にあったのかもわからない、不確かなモノ。
消えるのも必然で……
悪い結果になったのは不運が重なった偶然。
大切なモノは、ぜんぶ今あるから大丈夫。
話を聞いた後に葵くんは、小さく震えながら私をずっと抱きしめていたっけ。
それからイイ事も悪い事も、お互いに思ったことを伝えると約束をした。
たぶん、オーラが見えなくても私が不安にならないように、葵くんは気遣ってくれたのだ。
そうやって過去の私までも救おうと、心から寄り添ってくれる。
たったひとりのかけがえのないひと。
私にとって一番輝いているアオイ星……。
「……葵くん、ありがとう」
私、今なら、未来を描けそう……
ふたりの未来、光に満ちた世界を。
「Anytime♪」あどけない表情で答えて、コツンと頭を合わせ戯けて見せる。
私は真面目に御礼をしたいのに笑いを誘っておいて、当の本人は顔を背け隠れて「フゥ」とひと息をついた。
珍しくいつも冷たい葵くんの手が私より温かい。
緊張、なのかと観察してみた。
「……あー、俺のおじさん覚えてる?
スイスからビデオ通話した時に話した……」
「うん、覚えてる!」
葵くんはクリスマスデートの後、お父さんとスイスに旅立った。お父さんのお兄さんがスイスで会社経営していて、葵くんは5年振りに訪問と。
新年を迎え通話中、私の父と母にも葵くんは挨拶したいとの流れで、葵くんのお父さんとも初顔合わせ。
仕草や話し方が二人よく似ていたな。
それから葵くんのおじさんとスイス人の奥さんとワンちゃんが2匹!
我が家では弟の空がしゃしゃり出て。スイスと日本と家族紹介をしあって賑やかな元日だった。
「おじさんが今度手術を受けるんだ……」
「大変っ」
「うん。完治の為の手術で、会社の事業拡大も目処がついたから思い切って決断したらしい」
「そっか。
手術で治るのは良い事だけど、入院がね……」
患者と見舞う側の双方を慮る私達は顔を合わせて苦笑い。
「でさ……会社のサポートを父さんがする予定だったんだけど……」
「……うん?」
「新規のプロジェクトを急遽任されてできなくなったんだ……」
「う、ん……」
「代わりに……っ」
「………………」
なぜか、そわそわする……
「俺、に……やってみないかって……」
「……そ、れで?」
「大学があるから、ノーともイエスとも……」
「………………」
なんか、嫌な予感……
「悩んだけど……
休学して、スイスに行くことにした」
「―――!?」
ピタッ。
流れていた星が一斉に佇む。
瞬間、私はそこから動けなくなった。
葵くんもつられて立ち止まり、私が見上げたアオイ星は……ぼんやりと霞んでゆく。
「大学編入を目標にしてたけど、海外で社会経験積む方が有益だって考えたんだよ……」
悪い事もイイ事も伝える、約束。
『早く自立しなきゃ』葵くんはよく言っていた。自分は成人だけど養われてる身だからって。
一人暮らしも自力じゃ無理で授業料も稼げない。お父さんには感謝してるけど少し敵対心もある、と。
スイス行きの決断はその背景もあるんだろう。葵くんは自分の力を試したい、もっと成長したい……そう強く思ってる。
葵くんの挑戦、私は応援、するべき。
ちゃんと意思疎通してきたから、すぐ頭では理解できたのに……
言葉が、出てこない。
心身が、動いてくれない。
ふたりの視線がぶつかる間を、飛行機のエンジン音が切り裂いていった。
着陸機の震える重低音が耳を覆い、私の中までも吹き乱し渦を巻く。
一緒にいたい、そう、願うと……
なぜ、葵くんは……
どんどん遠くへ行ってしまうの――――――。
不安を掻き立てる騒音に、動揺する瞳はあちこちに泳ぎ始め……!?
葵くんは私の手を引いてデッキの壁際の方へ。シートで仕切られたボックス席に、腑抜けた私の両肩を押さえ座らせた。
テーブルに置かれた昼白色のライトが私を温めてくれるけれど、背中はしょげたまま寒気を覚えるくらいに……きっと顔も青ざめているのだろう。
あの日、滑落した場所で追いかけた青い蝶が……
脳裏にちらちらと飛んできて―――胸を締めつける。
どこにも、行かないで―――。
その言葉が胸で仕えて、悲しい気持ちだけが私の中をぐるぐると彷徨う。
しゃがみこんだ葵くんが、膝の上で固く握り締めていた私の両手を、ふわりと優しく重ね合わさた手で覆って……
「―――!?」
きゅっと葵くんの大きな手に包まれて、私の絡んだ指が緩み解けると、ふたりの手の中に特別な感覚がした。
我に返って葵くんを見つめれば、恋しい瞳には私しか映っていない。
「―――真白……」
まるで、冷たい雪を溶かす……
暖かな春のそよ風みたいに、優しい声が耳に届いて。
私の心は……桜色に染まる。
「一緒に行こう」
―――花吹雪がふきぬけた、幻影。
前髪の奥から私を見上げる、それは真剣な葵くんの眼差し。
その言葉の真意を、私は手のひらでも探っている。
葵くんがそっと手をどけて……
私の両手に残されたのは―――リングケース。
え!?
「―――結婚してふたりで行こう」
葵くんがケースを開き、私の手のひらの上でシルバーの指輪が燦めく。
小さな星の欠片を手にしたみたいに……
現実の世界で、こんな、こんな……
幸せな奇跡が私に起きるなんて―――。
愛しい星を見つめれば、ゆらりと揺れたひと景色を零したあと、柔らかに燦々とまたたいていた。
葵くんはケースから指輪を出し、私の右手をふんわり掴むと、ゆっくり滑らせ輪の中に薬指を通した。
「左手はペアリングにとっておいて。
真白にはまた絵が描けるように……ね」
「―――あおぃく……責任、とか、……」
「違う。いつも考えてたんだ、俺達が一緒にいられる正当な理由を。
働くってなれば婚姻を望んでもいいだろうって……
ただ真白を早く手に入れたいだけなんだ」
ひと粒の不安さえも砕いてくれて……
頼もしい姿を見せたかと思えば、口元を押さえて照れ隠しをする。
葵くんのプロポーズを私は真摯に受け取った。ただ……
『結婚』に行き着くには容易い事ではないとわかりきっていて。
葛藤しながら指輪を見つめていると……
葵くんは私の右手を握り、遠い目でふと思い耽るように言った。
「……前に俺が、白色のオーラを出してたって―――ずっとそうしてるんだよ。
離れてた時も、今も、これからも。
こうやって真白の手を掴んでいたいんだ。
絵を描いてきたこの手も、真白が見る世界も、繊細な心も……全部。
真白の全部、俺が大切にしたいと思うし守りたい。
不安もあると思うけど全力で支えるから、そばにいてほしい。
ふたりで新しい世界を歩んで、俺達の人生を作っていきたい。
これが俺の気持ち、ぜんぶ……」
ふたりで新しい世界……
私も同じことを、未来に思い描いてた。
軽く首を傾げたポーズを葵くんがとる。私の気持ちを求めている合図。
「……ありがとう。凄く嬉しくて、本当にありがとう。でも私……」
「……うん。どんなことでも言っていいよ」
「突然の事で……葵くんに迷惑とか負担ばかりかけちゃうって心配。それに……
結婚は―――」
「求婚してんのに迷惑なワケないし。絵もそうだけどチャレンジする場としては良い環境だと思う。
確かに結婚は早いかもしれない。けど俺が中途半端で先に進みたくなかったんだ」
「そ、れ、でも……
私がスイスへ行ったら家族が……結婚も、許してもらえるかな?
私ひとりの気持ちで、決められない……」
お父さん、お母さん、弟に、生まれ育った地がいつも頭の片隅にあって……
それも私の人生のひと欠片なんだ。
「真白の、真白だけの気持ちは? 何?」
葵くんの力強い視線が私に訴える。
私だけの……?
それは、そんなの、ひとつしかない。
「……葵くんと、ずっと一緒にいたい!」
私の本心に葵くんは微笑んで、新しい扉を開く言葉を口にした。
「その気持ち、そのままぜんぶ伝えてみよう―――」
―――かつてない緊張感。
スマホから聞こえる呼出音がいつ途切れるか、ドキドキそわそわ。
『ご両親に報告して。
真白の気持ち、正直に話してみよう』
後ろめたく、置いてきた嘘が自分を苦しめる。
前にも……こんな感覚があった。
シオリさんにアリバイをお願いした時だ。
頭の中が爆発寸前まで考えを巡らせてた。罪悪感を常に引きずりながら……!!
「はい。真白? 今どこ……じゃなかった、どしたの?」
「うっ、うぅん。あのね……」
声がうわずる。正直に、正直に、心を落ち着かせて……
「葵くんっが、っスイスに、行くことになって。私も……
私も、っ結婚して一緒に行きたいの!」
省略、しすぎただろうか。もっと他の言い方……。
夕飯の支度中なのだろう、キッチン音がしていたがシーンと静かになった。
「……葵くんにプロポーズされた? 指輪もらったの?」
「……う、うん」
「真白は、ついて行きたい、のね?」
「……そう、です」
「……そっか。
……おめでとう。誕生日も結婚も……おめでとう! 良かったね、この幸せ者〜」
「えっ? あ、ありがとう?」
あれ?
……そんな、あっさり?
急に肩の力が抜ける。
「準備に忙しくなるわねぇ、あぁ帰って来なくていいわよ? ちゃんと葵くんと話し合って、お父様にもご挨拶してね。
それからお母様も、今は故郷で暮らしてるそうだけど、お伺いしないとでしょ?
きちんとしてから戻ってらっしゃいね」
「えっ、あー、うん……」
……おかしい。
もともと母は気さくな人だけど、話がうまくいきすぎてるとゆうか?
「お父さーん、真白が結婚してスイス行くってぇ」
「は?」
母の「夕飯できたよ〜」みたいな告知に呆気にとられて私はキョトン顔。
土曜の夜の団欒に衝撃を落とす覚悟でいた私は拍子抜けだ。
「姉ちゃん結婚してスイス行くの!? わ~すげ〜!」
「静かにしてて! 真白? お父さんに代わるね」
「あっ、はい……」
キリッとまた背筋を正す。
お父さんは……厳しい、かな……
「真白?」
「お父さん……あ、うっ……」
「話は聞いているよ。迷っているのかい?」
「……ひとりで決めていいのか、迷ってる」
「もし、その原因が父さんなら……謝っておかないとなぁ」
「っ、何で!?」
「父さんが入院した時、まだ真白は小さかったのに……
怪我と向き合うのに精一杯で、真白に随分と怖い思いをさせてしまったよ。
じいっと探るように人を見るようになって、自分の気持ちを後回しさせていたんだな」
「それはっ、お父さんのせいじゃな……」
「真白にたくさん花の絵を貰って、力も元気もくれたのに……足を元に戻せなくて、ずっと不安にさせてしまっているだろう?」
「ち、がっ……」
―――違う、と言い切れない。
―――もう、嘘は……つけない。
「父さんの片足は無惨かもしれないが、知らなかったか?
父さんは幸せなんだ、家族が笑顔でいてくれて。真白が笑えば、花の絵をくれた時と同じで元気を貰えるんだよ。
彼がいるおかげで、真白はよく笑うようになっただろう?」
「……本当に?」
「あぁ。だから真白が幸せなら、父さんも幸せだ。
自分の選んだ道を、大切な相手と一緒に進めばいい。そうやって、父さんには母さんがいるじゃないか。
母さんとは一心同体だから、何も心配することはないぞ。イテッ」
バチンと音がした後に、鼻をすすりながら照れ笑いする母の声が聞こえた。
一心……心をひとつに。
いつも二人が同色のオーラを出していたのは、心と心が繋がっていたからなんだね。
家族を思い浮かべていた私の視界に、ようやく葵くんを映し安堵の笑みを送ると……
これもお見通しだったのか、葵くんはふっと笑う。
「それにしても……」
「うん?」
「彼の熱心さには参るよ。
アメリカの先進医療がどうだとか、イギリスの再生医療があーだのこーだの。
さっぱりわからん長いメールを送ってきて」
「え?」
「足の事はとっくに諦めてたが、医学の進歩に……未来へ希望や夢を見れるようになったよ。まったく面白い奴だ」
「え??」
「彼はそこにいるのかい? 代わってくれないか?」
「う、うん。……、お父さんが代わってって
?」
私は葵くんにスマホを差し出すと、コホンッと咳払いをして受け取った。
「はい、神崎です。ご無沙汰しています」
なぜか私が緊張してしまって、胸で祈るように左手が右手を包んでいた。
「……え?
ご無沙汰でもないし、しつこい? はぃ……まだ他の論文も……もういいって!?
興味深い発表なのに……」
ん……?
戯れてる?
「はい、先日お伝えした通りに手続きを始めます」
「なっ!?」
話は聞いているよ、父が言っていたのはそういうこと!?
「はい、わかりました。……失礼します」
何くわぬ顔でスマホを私に返し「はぁ〜」と腰を折り曲げると、葵くんは謎のガッツポーズを夜空に掲げた。
デッキをうろついてダッフルコートをひらひら、足元から灯る星のライトを写しながら蝶のように舞わせてる。
満足したのか振り返ると、そのまま私に向けて両手を広げた。
おいで、を勝ち誇った顔で。
私はすくっと立ち上がって……一歩、二歩、止まれ。
「―――言って!!? 謀ったでしょ!?」
「ぷはっ。怒った」
「ひどい! 私にだけ黙ってた!」
「プロポーズするのに本人にバラせないでしょ?」
「今日のために盛大に嘘ついちゃったのよ!? お母さんも全部知ってて……だからニタニタと。恥ずかしすぎるっ」
思い返す、自分のしどろもどろな大根演技。初めから葵くんとお泊りするってバレてたんだ。
「真白、下手にアリバイ工作すると、俺達ろくなことにならない。同じミスは二度も繰り返しちゃいけないんだよ?」
「はぁ〜……」
今度は私がうなだれてしまった。
そうだったね……
葵くんは、先回りが得意なんだった……!!
いつの間にか目の前にいた葵くんが、私の右手を口元に寄せて指輪に口づけを。
そして、ぎゅっと抱きしめた。ぎゅうっと隙間ないくらい、きつく抱き寄せる。
「もう二度と離さないよ……」
――――――!!?
体温まで伝わるような……初めてのキス。
大好き、よりもっと……
濃厚で深く色添う気持ちがひたひたに沁みこむ。
私も同じ気持ちのお返しをして……
星屑のステージで、
永遠の愛を誓う。
長く、そして……熱く重なる唇は―――ふたりの心までも溶かすみたいに。
キラキラ光る星達が、瑠璃色の空から降ってくる。
ひとりで怯えた過去も優しく包んで、諦めかけた夢色の未来を輝かせて……
真白と葵のクオリアは―――
今、ひとつに結ばれる。
「……伝わった?」
「うん」
いつの日も、心と心を繋ぎ合わせて……
ふたりで未来を歩んでゆく―――。
『しろとあおのクオリア』完
あなたの未来も
希望の光で満ちていますように。作者より