12月、恋のクオリアは葵くんばかり探し求めていた。僅かな面影を感じては期待して、微かな感覚でも反応してしまうけど……空振りばかり。
若菜と純平が放つ桃色のオーラも今なら羨ましく思うし、慎重になるのも痛いほど理解できた。
ただ、そばにいるだけでいい……
今日は最後の選択授業の日。明後日からは卒業試験が始まる。私は後ろ向きに席についてドアの先をじっと見ていた。
葵くんが来るのを心待ちにして……!
その視線を待ち侘びてた私にキラキラの星屑が降り注ぐ。
ぴたりとぶつかり合った眼差しは、瞳の奥であの夜の記憶が見え隠れする。
『俺は大丈夫』『私は平気』
『前に進んでく』『思い出があるから』
『弱音を吐いたのは』『涙を零したのは』
『 ナイショにしよう。ふたりの秘密――― 』
ただ見つめ合う、絡めた視線に気持ちも繋いで……
ふたりのクオリアが同調した、気がした。
「久しぶり! 元気だった?」
「……うん」
葵くんは教室に入ってくると席に座っていつもの調子で話しかける。
私はというと……
じっくり観察してしまった、葵くんのオーラ。どうやら落ち着いているみたいだ。
「真白、これ洗って置いといてくれたの?」
葵くんは羽織っているパーカーをペラペラさせるので、コクンとして返事した。
それより……
パーカーの奥のYシャツの胸ポケットがやたらとキラキラして見える。なんだろう?
「これで最後の授業か。色々、ありがと。
面倒かけてごめんな」
「……ちっとも?」
「ははっ。真白って意外に逞しいよな」
目を合わせようとしてすぐ逸らすような……恥ずかしそうな素振り。
逆に私は言われた通り図々しく、そんな葵くんを取りこぼさないよう見つめていた。
「真白、前向いて。イイ物あげるから」
「え? ……ちょ」
「早く!」
グイグイ私の肩を押しながら、胸に手を忍ばせた仕草を見つつ私は前向きに。
「御礼替わりにプレゼントさせて」
「!?」
髪をいじられる感触にビクッと一瞬震えた。なんだか慣れない手つきで、そおっと優しく触れる。
擽ったい……髪から全身が。
じっと体は固まって息も止めて……そうしてパチンと音がすると、髪に何かついた感覚と離れた感じが同時にする。
火照った耳は静かで低い囁やきを聴き取った!
「……忘れないよ」
……葵くん!?
後ろを振り向こうとした時「出欠取るよ〜」先生がちょうど入ってきて首を回し切れずに元に戻す。
「始まるぞ」
葵くんが私を制した。喉元まで飛び出しかけた気持ちを飲み込む。
思わず……閉じ込めてるモノが溢れかけた。
沈ませて普通なフリをするけれど、背中側が緊張しっ放しだ。
思えば春から15センチ伸びた髪は、いつからかトリートメントも、ひとつ結びのアレンジも時間をかけ……意識をしてた。恋心、だったのかもしれない。
もうそれも最後、かな。
別れの時は……あっという間に来る気がする。
ずっとこの距離感で過ごせたらいいのに。
無理して大人ぶらないで、このまま高校生でいたいなんて考えてしまう。
時間を止めて―――。
まだ子供の私が願うのはおかしいけれど、背後にいてくれるこの存在感を……失いたくないと思った。
駆け足で脈を打つ心音も、耳を熱くする恥ずかしさも、本音を隠す切なさも―――
葵くんのせいで、私が恋をしているせいだ。
今はぜんぶ、愛おしくて仕方がない。
最後の最後まで葵くんのことしか頭にないまま授業が終わり急いで振り返った。
ようやく目と目が合って。
塞いでいた唇が温めていた言葉をやっと開放する。
「……っ、ありがとう!」
「おう。卒験頑張ろうな」
照れくさそうに葵くんは行ってしまったけれど、私は後ろ姿をじいっと目に焼き付けた。どんなに時間が過ぎても頭の片隅でくっきりと思い出せるように……
飾り!
葵くんがつけたの、どんな!?
ハッとして頭を手探りに確かめて外して見る。
そっとそれを包んだ手のひらを……ゆっくり開いて―――
フェルメールの青!?
星の形!!
その青くキラキラ光る星を確認すると、私は咄嗟に息を呑んで両手でぎゅっと握りしめていた。
葵くんが……私に、青い星をくれた!
どうしよう、嬉しい……凄く嬉しいっ!
おかしくなりそうなハイテンションも丸め込んで、ぎゅうっと一緒に宝物と両手で包んで胸に押し当てる。
大事に大事に大切に握りしめて……誰にも見せないようにして幸せを噛み締めた。
私も、忘れないよ……
同じ道を歩めなくても離ればなれになっても、絶対に葵くんの事は忘れない!
幸せ満タンで卒業試験を突破。答案返却を経て卒業認定をクリアすると、いよいよ受験に突入だ。
私は相変わらず美術室に通って……星空の絵を描いていた。
最後の一枚には迷わず、あの夜空を選んだ。天体観測のとき『いつか描いて……』その声を覚えていたから。それに―――
葵くんがくれた髪飾りの青い石は、画家フェルメールの絵で有名な青色ウルトラマリンの原料になるラピスラズリ。
鮮やかな美しい青の中に金色の斑点が散りばめられた石。ラピスラズリの和名は『瑠璃』。
その深い青色は " 夜空 " を、金色は " 星 " を表しているそう、だから。
最初に惹かれたのも瑠璃色の髪だった。青春色にときめいて、初恋色に染まり……私は大切な人を思いながら星空の絵を描いている。
けど、恋わずらいの想い人は、試験後また見かけなくなった。
ひと目だけでも……と願うも、3学年の終業式さえ叶わず。スマホを握り締めては……躊躇って。
迷いながら夜を迎え、スマホ画面のポップアップに向日葵のアイコンが現れると、秒でタップしトーク画面を開いた。
(元気?)
(知ってた?)
(俺…卒業できんのw)
(今、東京にいんだよね)
次々送られるトークが急に止まって……着信に切り替わる。速攻で指がスライド。
「っもしもし!?」
「ははっ。早っ」
「何で東京!?」
久しぶりに聞いた声は耳を擽って、胸騒ぎを掻き立てた。
「あー、父さんに相談したんだ母さんの事。そしたらこっちの精神科に入院させてくれて。
それで受験が終わるまで父さんのとこで、つってもずっと住んでたトコだけど、暮らすことになって……びっくりした?」
「……うん。でも良かった」
「ほんと、大人って何でもすぐ解決できんだね……。俺はなんも……」
葵くんの声が弱くなる。あんなに我慢していた事、自分で何とかしたかったろうに。
やるせない……もどかしさ。
私達の力が通用しない、大人のコントロールする世界では。
私もおんなじだ。
別れが急に訪れたのか、と不安になる。
「葵くん……もう帰って、こない?」
「イヴには一旦帰ってバイト終いするんだ。忙しいからクリスマスは働いてって。
家の荷物も配送しなきゃだし。その次は始業式に戻るよ」
ホッとして胸を撫で下ろす。
安堵の沈黙の後にコッソリと漏らした葵くんの言葉が、私の心をきゅうっと締め付ける!
「……真白、もっと喋って。声……聞かせて」
困ったら連絡してほしい、私が言った。
……離れたら恋しくなって寂しくなって?
……それって葵くん、恋を―――。
そう頭をよぎって言葉がつかえた。期待が心音をトクトク熱くする……
「えっと、今日は3学年だけで終業式を――」
「うん。……へぇ。……そっか。……うん」
優しい声で相槌を打つ。ずっとそんな調子で絶えず会話を続けようとして、くれている。
声はすぐ近くにあるのに、温もりを確かめるには遠い距離。
……会いたい。
葵くんも同じ、気持ち……ですか?
「私の試験日は1月21日と2月1日で――」
「……そっか。俺は1月27日からだ――」
耳を澄まして葵くんの声を頭に巡らせる。話が途切れないよう集中しているつもり、だけれど……心の中は同じ言葉を繰り返し唱えていた。
葵くん……好き。―――好きです。
ひっそりとナイショで気持ちを届けた。何でもない言葉に思いを絡めて。
若菜と純平が放つ桃色のオーラも今なら羨ましく思うし、慎重になるのも痛いほど理解できた。
ただ、そばにいるだけでいい……
今日は最後の選択授業の日。明後日からは卒業試験が始まる。私は後ろ向きに席についてドアの先をじっと見ていた。
葵くんが来るのを心待ちにして……!
その視線を待ち侘びてた私にキラキラの星屑が降り注ぐ。
ぴたりとぶつかり合った眼差しは、瞳の奥であの夜の記憶が見え隠れする。
『俺は大丈夫』『私は平気』
『前に進んでく』『思い出があるから』
『弱音を吐いたのは』『涙を零したのは』
『 ナイショにしよう。ふたりの秘密――― 』
ただ見つめ合う、絡めた視線に気持ちも繋いで……
ふたりのクオリアが同調した、気がした。
「久しぶり! 元気だった?」
「……うん」
葵くんは教室に入ってくると席に座っていつもの調子で話しかける。
私はというと……
じっくり観察してしまった、葵くんのオーラ。どうやら落ち着いているみたいだ。
「真白、これ洗って置いといてくれたの?」
葵くんは羽織っているパーカーをペラペラさせるので、コクンとして返事した。
それより……
パーカーの奥のYシャツの胸ポケットがやたらとキラキラして見える。なんだろう?
「これで最後の授業か。色々、ありがと。
面倒かけてごめんな」
「……ちっとも?」
「ははっ。真白って意外に逞しいよな」
目を合わせようとしてすぐ逸らすような……恥ずかしそうな素振り。
逆に私は言われた通り図々しく、そんな葵くんを取りこぼさないよう見つめていた。
「真白、前向いて。イイ物あげるから」
「え? ……ちょ」
「早く!」
グイグイ私の肩を押しながら、胸に手を忍ばせた仕草を見つつ私は前向きに。
「御礼替わりにプレゼントさせて」
「!?」
髪をいじられる感触にビクッと一瞬震えた。なんだか慣れない手つきで、そおっと優しく触れる。
擽ったい……髪から全身が。
じっと体は固まって息も止めて……そうしてパチンと音がすると、髪に何かついた感覚と離れた感じが同時にする。
火照った耳は静かで低い囁やきを聴き取った!
「……忘れないよ」
……葵くん!?
後ろを振り向こうとした時「出欠取るよ〜」先生がちょうど入ってきて首を回し切れずに元に戻す。
「始まるぞ」
葵くんが私を制した。喉元まで飛び出しかけた気持ちを飲み込む。
思わず……閉じ込めてるモノが溢れかけた。
沈ませて普通なフリをするけれど、背中側が緊張しっ放しだ。
思えば春から15センチ伸びた髪は、いつからかトリートメントも、ひとつ結びのアレンジも時間をかけ……意識をしてた。恋心、だったのかもしれない。
もうそれも最後、かな。
別れの時は……あっという間に来る気がする。
ずっとこの距離感で過ごせたらいいのに。
無理して大人ぶらないで、このまま高校生でいたいなんて考えてしまう。
時間を止めて―――。
まだ子供の私が願うのはおかしいけれど、背後にいてくれるこの存在感を……失いたくないと思った。
駆け足で脈を打つ心音も、耳を熱くする恥ずかしさも、本音を隠す切なさも―――
葵くんのせいで、私が恋をしているせいだ。
今はぜんぶ、愛おしくて仕方がない。
最後の最後まで葵くんのことしか頭にないまま授業が終わり急いで振り返った。
ようやく目と目が合って。
塞いでいた唇が温めていた言葉をやっと開放する。
「……っ、ありがとう!」
「おう。卒験頑張ろうな」
照れくさそうに葵くんは行ってしまったけれど、私は後ろ姿をじいっと目に焼き付けた。どんなに時間が過ぎても頭の片隅でくっきりと思い出せるように……
飾り!
葵くんがつけたの、どんな!?
ハッとして頭を手探りに確かめて外して見る。
そっとそれを包んだ手のひらを……ゆっくり開いて―――
フェルメールの青!?
星の形!!
その青くキラキラ光る星を確認すると、私は咄嗟に息を呑んで両手でぎゅっと握りしめていた。
葵くんが……私に、青い星をくれた!
どうしよう、嬉しい……凄く嬉しいっ!
おかしくなりそうなハイテンションも丸め込んで、ぎゅうっと一緒に宝物と両手で包んで胸に押し当てる。
大事に大事に大切に握りしめて……誰にも見せないようにして幸せを噛み締めた。
私も、忘れないよ……
同じ道を歩めなくても離ればなれになっても、絶対に葵くんの事は忘れない!
幸せ満タンで卒業試験を突破。答案返却を経て卒業認定をクリアすると、いよいよ受験に突入だ。
私は相変わらず美術室に通って……星空の絵を描いていた。
最後の一枚には迷わず、あの夜空を選んだ。天体観測のとき『いつか描いて……』その声を覚えていたから。それに―――
葵くんがくれた髪飾りの青い石は、画家フェルメールの絵で有名な青色ウルトラマリンの原料になるラピスラズリ。
鮮やかな美しい青の中に金色の斑点が散りばめられた石。ラピスラズリの和名は『瑠璃』。
その深い青色は " 夜空 " を、金色は " 星 " を表しているそう、だから。
最初に惹かれたのも瑠璃色の髪だった。青春色にときめいて、初恋色に染まり……私は大切な人を思いながら星空の絵を描いている。
けど、恋わずらいの想い人は、試験後また見かけなくなった。
ひと目だけでも……と願うも、3学年の終業式さえ叶わず。スマホを握り締めては……躊躇って。
迷いながら夜を迎え、スマホ画面のポップアップに向日葵のアイコンが現れると、秒でタップしトーク画面を開いた。
(元気?)
(知ってた?)
(俺…卒業できんのw)
(今、東京にいんだよね)
次々送られるトークが急に止まって……着信に切り替わる。速攻で指がスライド。
「っもしもし!?」
「ははっ。早っ」
「何で東京!?」
久しぶりに聞いた声は耳を擽って、胸騒ぎを掻き立てた。
「あー、父さんに相談したんだ母さんの事。そしたらこっちの精神科に入院させてくれて。
それで受験が終わるまで父さんのとこで、つってもずっと住んでたトコだけど、暮らすことになって……びっくりした?」
「……うん。でも良かった」
「ほんと、大人って何でもすぐ解決できんだね……。俺はなんも……」
葵くんの声が弱くなる。あんなに我慢していた事、自分で何とかしたかったろうに。
やるせない……もどかしさ。
私達の力が通用しない、大人のコントロールする世界では。
私もおんなじだ。
別れが急に訪れたのか、と不安になる。
「葵くん……もう帰って、こない?」
「イヴには一旦帰ってバイト終いするんだ。忙しいからクリスマスは働いてって。
家の荷物も配送しなきゃだし。その次は始業式に戻るよ」
ホッとして胸を撫で下ろす。
安堵の沈黙の後にコッソリと漏らした葵くんの言葉が、私の心をきゅうっと締め付ける!
「……真白、もっと喋って。声……聞かせて」
困ったら連絡してほしい、私が言った。
……離れたら恋しくなって寂しくなって?
……それって葵くん、恋を―――。
そう頭をよぎって言葉がつかえた。期待が心音をトクトク熱くする……
「えっと、今日は3学年だけで終業式を――」
「うん。……へぇ。……そっか。……うん」
優しい声で相槌を打つ。ずっとそんな調子で絶えず会話を続けようとして、くれている。
声はすぐ近くにあるのに、温もりを確かめるには遠い距離。
……会いたい。
葵くんも同じ、気持ち……ですか?
「私の試験日は1月21日と2月1日で――」
「……そっか。俺は1月27日からだ――」
耳を澄まして葵くんの声を頭に巡らせる。話が途切れないよう集中しているつもり、だけれど……心の中は同じ言葉を繰り返し唱えていた。
葵くん……好き。―――好きです。
ひっそりとナイショで気持ちを届けた。何でもない言葉に思いを絡めて。