凜はさ、いつも通り、って思ってるでしょ?

 僕の差し出した手のひらに、ニコニコッと手を重ねてくる。

 指をからませて、指輪をくるくるさせた。

 この指輪が唯一の、安心材料だったんだけどな……

 僕がこれをはめるまで、どんなに凜を大切にしてきたか。
 凜と出逢って、僕の人生が栄光に輝いてる。

 なんて言ったら大袈裟かな?

 ―――いろいろと……乗り越えてきたのにな。

 ついこの前だろ……
 念願の夏旅行で、凜と離れていた分を埋め尽くすように……ずっと手を繋いで、そばにくっついて。

 数え切れないほど、キスを交わして、とろけるほどに、何度も、愛し合った―――。

 まずい、思い出しただけで… …ニヤける。
 ここカフェだから、顔、自制して。

 すごく幸せだったんだ。
 思い出さない日なんてないくらい……

 この頃は憂鬱も、時折現れてしまう。

 カフェの向かいの席に座る彼女に、聞きたいような聞きたくないような言葉を投げかける。

「梶くん、どう?」

 半分ふてくされた質問に、凜はふふっと笑う。

「何? すごい嬉しそう…… 」
「ううん。なんか、ようやく梶くんが、正式に私を認めてくれた気がして」
「そうゆう世話焼きなとこ、好きだけど……
 凜は、梶くんばっかりだね」

 すねた子供みたいだと自分にあきれた。

 そんな、大人げない僕に、凜は……

「だって……梶くんは、特別でしょう?」

 困った顔で言ったんだ。

 チクリ。 
 心に突き刺さった。

 凜……
 おれにとっての特別が、凜なんだよ?

 最初から、凜だけが。
 他の誰でもない、凜だけなのに――。

 凜のその言葉は、僕に欲しい……。

「僕は? 僕は特別じゃないの?」

 不安が口からもれる。

「ん〜?」

 彼女は考えこんでしまった。

 平気なフリ、してるだけだよ。
 もう、おれ……
 彼氏とか、婚約者って肩書きじゃ、この状況に耐えられそうに、ない。


「優さんは……私の……伴侶! 伴侶がピッタリだと思う」

 びっくりした!!
 自分で驚くくらい、一瞬で回復した。魔法でもかけられたかみたいに……

 いつもそうだ。
 崩れそうな心を、凜の言葉が大きく包んで、元に戻してくれる。

 それでまた、惚れ惚れしてしまうんだ。

「んん??」

 凜の虜になってる僕に、ちっとも気付いてない姿も愛おしいよ……
 完全に尻に敷かれてるな。

 そのまま手をとって、出ようと告げた。早く仕事を片付けたい。駅前のホテルに荷物は預けてきた。

 「大変、大変」と焦る彼女の手を離さないまま、会計を済ませて店を出た。

「行こっか」

 ぎゅっと手を握ると、凜が目元までゆるませて微笑むから……もう、無理!
 待てない!

「ん? どこ?」

 人目を避けれるトコに彼女を隠して、

「ごめん。ただいまのキスだけさせて」

 返事も待てずに、彼女にキスを落とす。

 ―――愛してる。
 って気持ちをこめて。すると「おかえり」って笑顔で答える。

 おれだけを見つめてくれる。

 独り占めしたい……
 片時も離したくない!

 狂しいほど大切なんだ。僕の、凜が―――。

☆☆☆

 翌朝。
 頭を抱えながら、見上げる……大学病院のホスピス棟。

 何でおれ、ここまで来ちゃったんだろう……?

 朝まで凜と過ごして、休日出勤の彼女を会社まで見送ったあと、東京に戻らずに。

 凜の話は信じてる。
 全部信じてるよ。

 格好悪いけど、SNS検索かけた、すぐに。
 梶くんの存在も、引退も事実だったし、きっと、ここにいるんだろう。

 文句が言いたいわけじゃない。
 余命幾ばくも無い彼に、同情さえする。

 凜にしか支えられないなら、おれもって……

 でもお義父さんの時みたく、とは違うだろ?
 家族の為ならわかるけど。

 長い髪を切ったのも、高いヒールを履かないのも、香水やめたのも、全部……梶くんの為なんだ。

 女らしくいる時間を削って、ほんとに、痩せちゃうくらい……大事な存在って―――。

 凜の特別な相手に、おれ、会わなきゃいけない気がしたんだ。