―――10年前。
 県予選の大事な局面、ヤラかした。

 突っ込みすぎて痛めるなんて、マジでキツイ。
 でも真野のおかげで、イケそうだ!

 ライン際でピッチを見渡し、気合い入れ直してるトコ。
 真野が、おぶって連れて帰る!
 なんてゆーから、ピッチに戻ってもツボって止まらない。

「ぶふっ、おんぶって。おもしれー」
「梶! 元気んなったな!」
「忍先輩! ちょっと……」

 ガッシリ先輩の肩回して耳打ちする。

「何コレ? 俺の方が先輩……」

「うん、知ってる。
 オレひきつけてパス出すから、先輩ゴール前ダッシュね!」

 思いつきの作戦が見事決まって、県大会出場に沸いて、みんなで沸きまくって戻ったベンチで……
 真野がめっちゃ目赤くして待ってた。

 もしかして、嬉し泣きした?
 あんなアツく負けないで……なんて。
 ちょっと、今になって恥ずっ。

「梶くん、足……」

 オレを見るなり心配そうに聞いてくる。

「ん。おんぶ」

 真野に両腕突き出して、フザけたつもりが……

「え? あぁ……」

 見る見る真野の顔が赤くなるから、なんか、オレまで照れて……。

「嘘だよ。帰ろーぜ」

 って、くすぐったい気分で最高の1日が終わった。


 県大会出場が決まって、夢がまた1つ増えた。今のチームで県代表になること。

 練習前のテーピングタイム。
 真野が昨日のをとって新しく巻いてくれる。

 「なぁ」話しかけると、「後で」って真剣モード。
 少しずつ巻き方を変えてる。勉強して覚えてきてくれたんだなぁって、感心しつつも、超ヒマすぎて……。

 そばに咲いてた花を、見つからないように真野の頭につけるってゆうゲームを始めた。

 次の日はより多く、次は葉も盛って……

 意外と鈍いんだ。頭から落ちてくる花にキョロキョロしてる真野を陰から見て笑ってた。

くだらない事が楽しくって、毎日みんなと走って。

 夢追っかけて、本当に心の底からサッカーが楽しかった。

 あの頃、あのときは、幸せでしかなかった。

 だから、なのか……
 突如、絶望のドン底に突き落とされた。


 ―――は!? 

 両親の帰りが遅いとは思ってた。
 血相悪くした親戚のおじさんが家にやって来て……

 わけもわからず、ピクリともしない両親の間に、連れてこられて……

 オレの心も死んだ。

 東京からの帰り、雨の高速でスリップ、車は大破。
 顔は見ない方がいい、と。

 酷く泣きすがるばあちゃん。
 次々オレをなぐさめてく、知らない大人達。

 オレがまだ全部理解しないうちに……勝手にかわいそうって決めつけんな!

 オレ、たくさん大切なもん持ってんだぞ!

 サッカー、みんな、県大会、父さん、母さん。

 ……そっか、全部失くすのか。

 全て、失ったんだ、今 ―――。

 オレん中、空っぽになったわ……。

 どうやっても、あがいても、取り戻せないなら―――何もしないほうがいい。
 オレが何かしようとしたら迷惑がかかる。

 心は死んだまま……
 空もない、風もない、声もしない、真っ暗の中へ―――
 オレは引き込まれてしまった。

 かわいそうなオレ、の為に……大人がいろいろしてくれる度に―――

 自分がどんどん遠くへ、どっか行っちゃう感覚。

 闇の中で迷子のようになって……帰れる場所が、ない。

 ふいに、ゴール前で倒された瞬間みたいに、すぅっと体ごともってかれる……

 もう、そのまま、落っこちそうになってた。深くて暗いトコ、沈みそうだった。


父さんと母さんが死んで、何日経ったのかもわからなくて。
 そこが通夜で、自分が何をしてるかなんて考えられなかった。

 ただ、言われた通りに動いているだけ。

 揺らめく光の中で、ゆったりと音が流れる。黒い物影が薄ボケた視界の中に、たくさん入ってきては抜けていった。

 そのとき、一筋に流れる―――明るい光が見えた気がした。

 ちゃんと、前を見て、目を見開いた光景に …………真野の泣く姿とみんなの顔を捉えた。

 ほわっ、と心が温まるのを感じたんだ。

 でも ……。

 オレ、あんな裏切りみたいな、県大会の直前で消えた罪悪感がいっぱいで、みんなに顔向けできるわけなくて。

 オレは黙っていなくなる事を選んだ。

 引っ越しの日、東京へ向かう前に手続きに回ってた。
 移動中、急にどしゃ降りの雨がふり始める。

 車の窓に打ちつける雨音と、ダラダラ流れる雨でボヤけて見える景色。

 ふと嫌な予感がした。

 父さんと母さんの姿が、チカチカと頭の中にチラついて……

 ガタガタ震えそうになる恐怖を、必死で耐えた。

 ……真野の、真野の声を思い出したら、落ち着いたんだ。

 その後、いざ親名義のケータイ解約しないとって時、途切れたんだよ……

 我慢してた、精一杯の強がりが―――。

「ばあちゃん!
 最後に電話かけたいやついるんだ!」

 少し待って、と真野を選んでボタンを押した。

 真野の声が、聞きたかったんだ……。

 ずっと、前日の部室で言われた、真野の言葉がオレん中残ってて。

 ――ひとりぼっちになんてしないから!
  私を呼んでっ――

 ただ、オレは真野に……。



 記憶をたどった俺の目に、大人の凜が映る。
 中2の真野とぼんやり見えたりして。

 あんときの俺……
 何で電話したのか?

 もし真野の声が聞けたら、何を?
 話たかって……

 オレ、何て、真野に―――
 目の前にいる凜に、思わず声がもれた。


「……寂しいから “ 会いたい ” って」


 あ、勝手に声……出た。

 過去に飛んで、錯覚したのか。
 あの頃の凜が現れたようで……今なら、凜に繋がってるからって―――

 ここに、真っすぐ俺を見てくれているから―――。


「……うん。そっか。
 ……良かった。答え、合ってた」
「……??」

 凜は納得して、安堵の表情をする。
 すごく穏やかに微笑みを浮かべるんだ。

「……まだ、間に合うかな?」
「え??」

 ボソッと言うと凜は大きく息を吸った。
 そして……。

「宣誓!!」 
「っ!?」
「あたし、真野凜は!
 正々堂々と、最後まで戦いぬくことを誓います!
 だから、サポーターでもマネージャーでも、何でもいい。大事な戦い、梶くんひとりでなんて、無視できないよ。
 ……応援、させてくれませんか?」

 じわあっと体の奥から熱くなるのがわかる。

 なんで……
 どうして……

 凜の言葉は、真っすぐ、俺の心に響くんだろう。

 いつも、力が沸いてくるんだろう……

 はっ、そうか!
 ……そうだった、の、か。

 試合前のルーティンがパッと思い浮かぶ。

 俺の戦う前のジンクス―――。
 右足首に手をあてて、祈りを捧げること。

 プレーできる事に感謝して、幸運を味方に。
 全てうまくいく!

 そんな気分になれて、知らないうちに、いつからか定着してた。

 凜……凜が、中学のとき、右足にテーピングを巻いて……手当てをしてくれた時から―――。

 ずっと。
 離れても、ずっと。

 最初に……俺に力を与えてくれたのは、凜だったのか!

 今ここで、繋がったんだ。
 俺があきらめた事、失くしたもの。ひとりで……ここで最期を待つ為に、置いてきたもの。

 あれもこれも、凜が届けに来てくれた!

悲しみも、寂しさも、強がりな見栄も。
 一緒にやっつけてあげる! 
 共に戦おう! 

 そう、約束されたみたいだ……
 凜の真っすぐな瞳が、俺に伝えている。

 ひとりで我慢しなくていい。

 そんなふうに受け取ったら、目頭まで熱くなるのを抑えられなかった。

「……梶くん?」

 涙をぬぐって、右手を差し出した。

「それ欲しい。つけて!」
「……いいの?」
「ん。マネージャーしてくれるんでしょ?」
「……はい。させてください」

 凜が涙をこぼしながら近づいてきて、ミサンガを俺の手首に結んだ。

 子供のときに戻ったみたいだ。

 一緒に泣いて、照れ笑いを浮かべて―――。

 今のこのひとときが、くすぐったいくらい……俺のまわり羽でも舞ってるみたいに、優しくてあったかい空気に包まれてる。

 10年越しに巻かれたミサンガと同じように、止まってた俺たちの時間も、過去と結ばれた気がしたんだ。