―――中学を卒業して、ちょうど10年後の今日。

 桜咲く母校を訪れていた。

「わかった。私が明日立ち会っておくね」

 優さんから電話がきて、私は騒がしい輪から抜け出した。

「凜は何を埋めてたの?」
「んー、生徒手帳……」

 卒業式の後、皆でタイムカプセルを埋める事になって。10年後、開ける約束をした。
 今日が記念の日だ。

「このあと同窓会でしょ? 僕、迎えに行こうか? 心配だなぁ。羽目外す奴とか絶対いるから」
「いいから! 優さんは早く荷造りして!」
「ネチネチ……ネチネチ……ネチネチ……」
「はいはい、わかったわかった。大丈夫だから! じゃあね」

 ふぅ、と息をついて。

 気付くと……校庭までふらふら来てしまっていた。

 !!
 部室が目に入って、思わず……
 足はそこを目指し、歩き出していた。

 当時のまま、けど古びた外観になってしまっている。

 サッカー部の入口の前で、私は立ち止まった。

 この中は、思い出が詰まってる。

 懐かしすぎて……時間までも止まりそうだった。

 今、手元にある、この宝物は……

 私が中学を卒業するまで、ずっと胸に持ち続けたお守りだ。

 目を閉じて―――
 遠い記憶を探りに、気持ちを集めた。



「わっ!」
「に"ゃぁっ!?」

 ビックリして変な声出た。
 部室の前でコソコソしていた所、突然声をかけられた。

 今は静かにしないとなのに!
 振り返るとイタズラ顔の男子が後ろに居て……

「何か声しなかった?」

 はっ!
 いとこのお姉の声が部室からして、男子を引っ張り急いで木の陰に隠れる。

 猫じゃない? 
 中から聞こえてきた。ホッ……

「何してんの?」
「しっ!」

(あれ!部室!)
 ヒソヒソ、私は指さして視線を促す。

(あー、マネージャーと部長じゃん。
 何か……ラブい感じ?)

 コクコク。
 えっと、この男子はサッカー部の……

(梶……しょうた、くん? だよね?)

(梶は合ってるけど……
 何か書くもん持ってる?)

 制服をさぐって生徒手帳とペンを渡した。

(どうせカバン取り行きづらいから、暇つぶししよっ。)

 すごい、空気読んでる!

(俺は梶翔大って書いて……はるとって読む。)

(へぇ。あたしは真野凜です。)

(知ってる、はは。ここに俺のケー番とメアド書いておくから、後で真野も送って。)

(はい。)

 どこ小?って話から……
 丘の方だね、俺は反対方向で……って地図まで私の生徒手帳に書いて。

 梶くんて……コミュ力高すぎない?

(ぷっ!)

(え? ウケてる?)

(だって、犬のフン情報いらない!)

(アホ! 俺2回もヤられてんぞ!)

「あはは!」
「激レア情報だかんな!」

 いつの間にか、桜の木の下でふたりくっついて、夢中になって……

「「 !?!? 」」
「お前ら、付き合ってんの?」

 気付いたら部長がすぐ横にいて、私達を見下ろしている。

 梶くんと目を合わせて、同時に吹き出した。

「ぶはっ」 「ぷっ」

「違うしっ。こっちのセリフだっつの!」


 微笑ましい、春のひとときだった―――。





 ―――梶くんと初めて話した日の記憶だ。

 手帳をめくって、梶くんのその筆跡を眺めた。

 少し薄くなった字に、月日がだいぶ流れた事を実感する。


 私は、あの日……

〈 ぜんぶ 忘れて 〉

 梶くんと指切した約束を……守れていない。


「ごめんね……もう少し時間かかるかも……
 でも、私……ちゃんと幸せだから。知ってるよね?」

 手帳の次ページをめくって、自分の書き残しに驚いた。


〈 大丈夫。
     離れても、想いは届いてる! 〉


 ―――うん。届いてたよ。


 パタンと……思い出は閉じた。

「……これは、新居に持って行くべきかな?」

 りーん! 結婚するってホント!?
 来週! 誕生日入籍だって!

 キャーキャー声が聞こえてきた。
 賑やかなとこに戻る前に……

「もう、行くね」


 バイバイ―――

 私は大切な場所に手を振って、“ さよなら ” を。


 最後に笑顔を残して、もう振り返らない。

 私の心は、希望でいっぱいだ。


 いつの日の空も、私達を照らしてくれるから。

 変わりゆく春も、凍えそうな冬も。
 明日も未来も。

 温かい光は、決して消えたりしない―――。






『さよならをちゃんと言わせて。』END.