―――あ、凜がいる……。

 あぁ、俺の腕の中にいるのか。
 あったかい。

 目を開けることはできそうになくて。
 気配を感じとった。

 体の中がぽわんて、ほんのりする。


―― 外、寒かったろ?
   今日も会いに来てくれて ――


 もう、声が出せないな。

 たくさん話したいことはあるんだけど……


 今、どんな顔してる?

 疲れてる?

 泣いて……ないよね?


 もう、まぶたも開けられないんだ。

 凜とアイコンタクトしたいけど……
 それは、夢の中で。

 呼んだら、すぐ会いに来てくれるだろう?

 また笑った顔を見せて。

 いつも眠くて……
 夢の中にいることが多いんだ。

 凜と寝転がった、芝生の上みたいに、温かい光の中で過ごしてる。

 とてもイイところでさ。

 そこに、寂しい夜なんてないんだ。
 明るく照らされてる。

 もう何も怖くない……

 凜がいつも、そばにいてくれるから。

 それだけで、俺は幸せなんだ。

 幸せ、なんだよ―――。


 こうして、俺がたどり着いた夢の世界は、温かい光の降りそそぐ、心地よい処だった。

 柔らかな陽射しに包まれた芝生の上で、いつも眠っているような。

 誰かの膝枕で、優しく髪を撫でて貰って。
 夢心地の中で生きた。

 現実を遠のいても……
 温もりだけは感じながら。

 最後の……
     ひとときを……
         
      ――最愛の人に包まれて……。



 ここは……?

「……スタジアム! え? 海外の……俺プレイしたかったトコじゃん!」

 ピッチの真ん中に、気付いたら突っ立ってた。

 ?? 
 なんで……


「あれ? 声も出る……ヤッベ、俺、まさか……転生した?」

 ガシガシッ。
 スパイクで芝の感触を確かめる。

 足の感覚もあるし、自由に走れる!

「スゲェ、夢みてー」

 ?? 
 ……あー、そっか。


 ここは、夢と魂の……世界の狭間だな。

 きっと、そうだ。 

 ……はっ!!


「……父さん、母さん」

 フィールド外に、ボールを持った父と母の姿があった。

 久しぶりに現れた気がする。

「……迎えに、来て、くれたの?」

 ふたりはじっと俺を見ている。


 ポツ、ポツ、ポツ……

 雨だ。
 ……雨が降ってきた。


 ―――もう、 逝く時か……。


 いや、ダメだ!

「父さん、母さん! あんときはちゃんと、さよなら言えなくて、ごめん!
 もしかして…… 俺の、俺の病気の、 身代わりになってくれたの――?」

 サッカー続けられるように。
 だから、今まで小児難病おさえられた?

 ただ、父さんと母さんは…… にっこり笑ってる。

 朗らかな笑顔で見つめてくれる。

「……あり・・・ありがとう! でも、ごめん! 一緒に行きたいけど、先に行ってて。俺、まだやりたいことあるから」

 ふたりはゆっくり、うなずいてくれた。

 父さんがサッカーボールをほおる。

 コロコロとパスされたボールが、俺に向かってきた。

 はっ!! 
 消えて……

「父さ……母さ……」

 優しい笑顔のまま、うっすら残像になって。

 ふたりの形をしていた、小さな光の粒子は…‥

 空へ、飛んで行った―――。


《 また、家族で暮らそうね 》


 空に想いを届けて、俺は自然と目元がゆるんだ。


 足元に残されたボールをじっくり見た。

 まだ俺の体に残ってる闘志が、ジワジワと湧き上がってくる。

「これが、ほんとのラストだ」

 ッポーン! 
 キック音。ボールは放たれた。

 さぁ追うぞ!

 芝を刻む足音。
  ボールのタップ音。
   爽快に流れるピッチの風。 

 苦しい時も、寂しかった時も、全部!
 楽しかった時も、幸せな時も、全部!

 一緒に駆け抜けた―――

 最期のシュートだ!!

 捉えたゴールに向け、大きく蹴り放つ。

 パシュッ! 
 ゴールネットが綺麗に波うった。

「……っしゃ!!」

 拳を固く、余韻まで握りしめた。

 渾身の想いで、芝の上に寝転ぶ。


 いつもの空だ…… 

 どこまでも広くて、澄みわたる青い空。

 いつしか雨は止んで、変わりに光の粒が降ってくる。

 あたたかな陽に包まれて、天から舞い降りてくるのは……

 俺の、女神だ―――。


「……会いたかったよ」

 手を伸ばせば、微笑んで……その大きな翼で、俺を抱えこんでくれる。

 あたたかくて、心地いい―――
 ずっと、こうしていたい―――

「このまま、眠らせて……」

 女神は俺の願いを、必ず聞き入れてくれる。

 そうして、しっかり俺を包んで、空へ連れてゆく…………

 ふわふわと優しく抱きしめて―――。


「ありがとう。いつも、ありがとう……
  ―― 凜 ありがとう ――  」



 ある冬の冷たい早朝。
 静かに、梶くんは……旅立った―――。