さよならをちゃんと言わせて。

 覚えてる。
 ちゃんと覚えてるよ。


 俺が!
 ヤラカシましたぁ……。


 ったく。ずっと突っぱねてきたのに、何であそこで切れるかなぁ……
 もう完全に詰んだ!

「はあ〜あ」

 何やってんだ俺……ダセー。

 クシャクシャと頭をかきむしった。


「梶さーん、支度でき……えー? 何それ、寝グセ?」

 首を横に振った。

「……ふぅ。少しは動いた?」

 また首を横に振る。
 ベット横で春見さんはあきれてる。

 悪いとは思ってるけど、春見さんに何度も同じ事言われてる。

 でも、気力も何も、でてこない。

「今日も、真野さん来ないの?」
「……たぶん、もう、来ないよ」

 またね。
 なんて、あるわけないじゃん!

 あんな顔させて、最後にするなんて……

「はぁ……」
「何かあった?」
「……俺が悪い。俺が反則したの」

 凜はもう、あの人のもんなのに……
 俺のじゃねーんだぞっ。

 一瞬、ほんの一瞬だった。

 体がドロドロ煮えたぎってる感じの中で、快い感触が欲しくて求めた。

 俺の手が、凜をつかんだ。

 ファウルだよ。フェアじゃなかった。

「あれは完全にレッドだわ。
 ホント……カッコ悪っ。はぁーぁ」

 情けなくって、ため息しか出ない。

「ちょっとぉ!」 
「えっ!?」
「もぉ、どぉんだけよ!」
「春見さん!?」

 初めて見る、眉間にシワ入った野獣の顔。

「この1週間、なんっ回ため息つくのよ!
 ん"ん"ん〜!
 ぉおんどりゃあ男でしょうがっ!!」
「ちょ!? キャラ変!?
 てか、オネエなの? ワイルドなの?」
「んなぁあに、カッコつけてんすか!?
 全部きれいさっぱりなんて、できないんですよっ! 生きてるんですから!!
 失敗したり、後悔したり、当たり前!
 カッコ悪くてもいんじゃない? みじめでも、無様でも……真っすぐに、正直でいる方が、男らしいと思いますよっ!! 」
「……っ」

 意表を突かれたゲキに、ぐっときた。

 久しぶりに熱いもん感じて、何も言葉が出ない。

 「診察行くから支度しといて!」って、忙しい春見さんに、コクンとうなずいた。

「……どっちかっつーと、オネエだったな」

 悶々としてた頭の中が、スッキリした気がした。
 少し冷静になれたかもしれない。

 正直に……
 俺、正直になっていいのかな?

 もう何もいらねーって。
 空っぽにして。

 あとは……息絶えるのを待つ。

 そのつもりで、ここに来た。


 まさか、まさか凜に会うなんて―――
 1ミリも思ってなかったんだよ。


 始めは、少しだけイイ思い出持って逝ければ……って軽い気持ちで。

 簡単に繋がりは、ほどけると思ってた。

 だって誰でも、面倒になると遠ざけたくなるだろ?

 けど、俺の読みは全部外れた。

 こんなに凜を必要とする自分なんか、全然想像できなかったんだ。


 婚約者がいるのに。
 幸せな未来が約束されてるのに。
 離してやらなきゃいけないのに。

 ガキでダセーだけの俺が。
 どんどん弱るだけの俺が。
 何もしてやれねー俺が。


 ただ、凜だけを……
 欲しがっちまったんだよっ。


 だって、もし、あの日!
 どしゃ降りの雨が、降らなかったら?

 父さんの車がスリップしなかったら……
 このミサンガをもらってたら……

 10年ずっと……凜が……
 隣にいてくれたかもしれないんだ!

 もっと触れることも、抱きしめることも、俺のもんに―――できたかもしれない。


 本当は……そうしたかった。
 って―――心が、俺の魂が、凜を求めるんだよっ。


 どうしたって止められないんだ!

 そんで……
 感情の糸、切らした結果が、コレだよ。

 凜を傷つけた。

 きっと、今だって、泣いてる……
 俺のせいで、罪悪感にさいなまれてる。

 俺、正直になったら、凜を苦しめるだけだ。

 凜が、凜でなくなるよ……
 壊しちゃう。

 だから、あれで、さよならでいい……

 それが正解なのに、俺まだ、夢を見る。



 いつもみたく、その窓から凜が訪れる……

 俺のもとに再び、ぬくもりを届ける。

 待ちわびているんだ―――

 勝手だけど、身勝手だけど、昨日も一昨日も……


《 凜に会いたい! 》


 そう、願っているんだ―――。