凜のフィアンセは真っすぐ俺を見て言った。

 あぁ、この目は、ちゃんと闘志入ってる……

 懐かしい……スピリットこもった試合の感覚に被る。

「前よりも今の方が、凜のこと大事にしたいって思う。凜が傷付いたとしても、僕がしっかり支えます」

 少しの迷いもない。決意の目だ。

 この人、カッコイイ……
 こうゆうの大人の対応っていうんだろうな。

 それに比べて俺、凜の思いやりに突っぱねるのみって……ガキかよ!

 これまでの態度を思い返して、自分の不甲斐無さを恥じた。

「僕が今まで以上に努力するので、君は無理しないで、凜のことも受け入れてあげて」

 朗らかに頬を持ち上げる。

 凜はこの人にスゲー愛されてる……本物だ、って単純に伝わってきた。

 愛する、ってこんな風かもな……?

 女って、こうやって愛してやると、可愛くなるのかもしれない。

 俺も……してみたかった。

「了解す……俺もこれ以上、迷惑かけないように努力します」
「ダメ ×10。無理とか禁物だから!」
「え?」
「君は自分を大事にして〜僕困るよ〜」

 これまでの威厳が台無しみたいな慌てよう。

 ぶふっ。この人、まじ、草。
「おかしい? おかしいかな?」ブツブツ言ってる。

「僕ね、凜の事となると、ほんと格好つかないんだ。ここへ来てしまったことも、言わないでくれる? ほんと格好悪いけど」
「……ぷっ、言いません。ふっ、俺もたいがいカッコ悪いっす」

 男らしいと思ったのに、実はナヨナヨ系男子!

「正直、見栄張ってるだけで……ただ、凜に嫌われたくない、一択だよ。仮に僕が凜を、止めたとして……僕が悪者みたいになるのも嫌だし、凜はよけいに君が心配になるでしょう?」
「……そう、かもしれないっす。なんと言っても―――」

「世話好きっすから」「世話焼きだからね」

 ははっ、て。
 今日もたぶん、和やかな1日になる。
 そんな気がした。


 ちょっぴり残念なのは……この心理戦も負けたなってこと。

 ここんとこ、ずっと勝てる気がしない。
 もう俺の人生ゲームは惨敗が確定してるし。

 仕方ないか。
 やっぱ、俺には女神がついてないから―――

 勝利の女神に、一度は微笑んでもらいたかったな。
 これも、夢に終わるのか……


 もう何もいらない、って全部捨てたつもりだった。

 いざ思い出すと、惜しいもの、次々出てくるもんだな……。

 新しい繋がりも生まれる……
 気付かなかった感情も知る……

 ふっ、俺も全然カッコつかないわ。

☆☆☆

 今朝、たぶん、今年最後の台風が通過していった。

 昨夜から院内も慌ただしい雰囲気だった気がする。看護師もスタッフも、血相変えて走り回ってたっけ。

 昼前には風も弱くなって、窓ガラスが割れなくて良かった。と、落ち着きを取り戻した頃……
 凜がやって来た。

 電車が停まってたせいで、仕事は休みになったそう。
 台風の後片付けをする。と言って、荒れた花壇や落ちた葉を拾い集めてる。

 俺はロビーの椅子に座って、窓越しに凜の姿をぼんやりと見ていた。

 部活ん時もこんな感じだったなぁ。
 あちこち世話して回って……

 そんな凜の姿を、師長と春見さんとスタッフと、入れ代わり立ち代わり……

 俺の隣で眺めては、ホメ言葉を俺に残してく。

 なんか、人気の動物園?
 みたいだな……

「ぷっ、パンダのリンリンとか?」

 ふははっ、草止まんね。
 そこへ凜がやりきった顔で戻ってくる。

「おかえり、リンリン♪」
「梶くん、こっちに居たんだ。リンリン?」
「んーん。はいよ」

 師長からの差し入れに、「うれしー」てほっぺを膨らませて飲むから……

「ぶふっ、今度はリス。ふはっ 」
「……? そうだ、梶くん。後で散歩に出よう! 今日はスゴイのが見れそうな予感!」
「え?」

 アガり気味の凜に、そうして連れてこられた、いつものベンチ……

「うわぁ。マジかぁ」

 見渡す限り、一面、燃えるような夕焼け。
 想像はるかに超えてきた。

 映えどころじゃない……バーチャルだろ、これ? 
 バチってるよ!

「スッゲェ。台風の置き土産ってやつ?」
「ねー」

 空が焼けている。
 夕陽の黄白い強い光線は雲を照らし、海をきらびやかに輝かせる。

 異世界にワープしたかのような、まぶしいくらい美しい景色だ。

 ふたりでうっとりした瞬間をトリップした。

「……撮んないの?」
「んー、目に、焼きつけておけばいいかな」

 何気ない会話に、少し哀愁が漂う。

 そうだ……
 このひとときも、光景も、いずれは、まぼろしになる―――。

 すうっと、涼しい風が吹き抜けた。

 パサッ。 

「――!」

 凜が俺の目の前に立つと、ブランケットを俺の肩にかけた。

「そろそろ冷えてきちゃうからね」

 あ、れ……?

 夕陽の光が、凜の髪を透過して、木もれびのように差し込んでくる。

 彩る夕空に、凜の姿が溶け込んで……
 まるで―――。

「あ」 
「っ!?」
「夕焼けばかり見てたから……東の空に月が」

 凜の視線の先へ、俺もちらっと振り返る。
 青暗い背後の空は、月が光り始めていた。

 それ、どころじゃ、ない。

 俺はすぐ元に戻って、夕焼けと凜を見たんだ。

 凜がキラキラして、キラッキラに輝いて見えて……
 なんだ、コレ?

 女って、こんな突然に、色艶放ってくるもんなの……?


 こんなの、めっちゃ一瞬で、心もってかれんじゃん!!


「十三夜かな? ……今日は、月もキレイだね」

 そう遠くを見つめる表情も、髪を耳にかける仕草も、凜の全部が―――キレイ。

 ……凜がキレイだ。


 まるで、女神だろ?  
 これが女神だよな!?

 ―――俺のフィールドに、女神が降臨したっ!!





「ヤッベェ……まじ神。
 これ、死んでもいいレベルだな……」
「!!」

 バチッ。
 凜と目線がぶつかった。

 はっ、俺、見惚れてた? 

 あれ?
 何かくちスベらせた……あぁ〜、シャレになんねぇ!

「あ、いや、その……」

 じーっと凜が、俺を真っすぐ見つめるから、恥ずいのとダサいのと……
 目が泳ぎまくって、着地点が見つからな……!!

 凜がそっと、俺のミサンガに手を添えた。 
 そして―――


「誓うよ。何度でも」


 優しい声でそう言って微笑む。

 見つめれば、見つめ返してくれるほどに―――
 目が熱くなるんだって!

 俺…… 
 俺を、泣かすなよ……。

 凜からもらった言葉は、全部!
 痛いくらい俺の心ん中に張りついてるよ!

 凜が、いつも暗闇を灯す光だって、わかってんだよ!


 だから凜が、俺の女神なんだろ――?


 そんなの、そんな宝物みたいなもん……
 ここにきて気付いちゃったら、認めちゃったら……。

 この世界で、生きて、みたいと―――
 まだ生きていたい!

 そう願ってしまうじゃないかっ。


 頭が混乱して、どんな顔をしてるのか?
 自分でもわからない。

 手首はほんのり温かいのに、俺は何も言葉を返すことができなかった。

 最後の台風が、俺の心まで、かき乱して過ぎ去って行ったんだ。