進化の後遺症 〜異能警察学校編〜




 入校2日目は村上先生の退屈な話から始まった。

「異能警察学校の期間は2年間。その教育課程で卒業試験を突破出来なければ、リタイアとなり即退学だ。留年などの処置はないから気をつけるように」

 いかんいかん、真面目に聞かなければ……。

「異能警察は、基本的に異能力犯罪を対象に職務を執行するが、事件によっては一般警察と合同捜査を行う場合もある。我々に逮捕された能力者は、異能犯罪専門の検事によって検挙され、これまた専門の裁判官によって裁かれる」

 村上先生は皆にプリントを配りだす。

「一般人が国の許可なく異能使用認可エリア以外でラグラスを発動することは原則禁止されており、個人目的や仕事で使用する場合には必ず認可を受ける必要がある。異能使用認可エリアはプリントに書いてある通りだ」
そのプリントにはこの学校の敷地内も含まれており、更に言えば俺の家である、藤堂流道場の名前も含まれていた。

 村上先生は更に続ける。
「異能警察官には拳銃やその他武器の所持と、職務中のラグラスの使用が認められている為、一般警察官より厳しい審査基準があるので覚悟しておくように。ではこの後は異能力測定と体力測定、昼からは健康診断の順で行うので全員着替えて校庭に集合してくれ」

 運動着に着替えて校庭に集合すると皆の異能力測定が始まった。無能力の俺はこの時間は退屈だ。校庭の端で退屈そうに座っていると、1人の男子生徒が声を掛けてきた。
 
「やぁ、藤堂君だよね?」
「えっと、君は確か……」
「キリア・ファレルだよ。気軽にキリアと呼んでくれ」
「よろしくキリア、じゃあ俺も幸近で頼む」
「よろしく幸近。変な意味にとらないで欲しいんだけど、君は無能力なのにどうして異能警察に来たんだい?」
「昔から憧れていたんだ。異能力がない代わりに体力にはそれなりに自信がある!」
「そっか。一緒に卒業できるよう頑張ろう!」
キリアはそう言って、全く嫌味のない笑みを向けた。
「あぁ、頑張ろう!」
俺達は握手を交わす。

 整った顔立ちのキリアは、オレンジ色の長い髪を後ろで束ねていた。俺は長髪の男はチャラチャラしている不真面目な奴が多いという勝手なイメージを改め、この世の全ての長髪男性に心の中で詫びた。

 その後もキリアと行動を共にした。入校して初めての友達が出来たことに、内心ホッとしていた。能力測定、体力測定の結果は、どちらもヨハネスさんがクラスでぶっちぎりのトップだったらしい。

 そしてついにこの時が来てしまった――。身長と体重を測り終え、視力検査の待ち時間のこと。

「なぁキリア、医学はこんなにも日々進歩しているというのに、未だに採血に注射器を使うのは一体どういう了見なんだろうか?」
「幸近は注射が怖いのかい? 意外だね」
「わざわざ血を抜かなくても尿や頭髪とかでどうにか調べることは出来ないんだろうか」
「看護師さんに頼んでみたらどうだい?」
キリアは爽やかにはにかんでいた。
「お前はよく平気な顔をしていられるな? もうじき体の中に異物を混入させられるんだぞ? ダメだ……想像したら気分が悪くなってきた……」
「意外とすぐに終わるものだから、もう少しの辛抱だよ」

 すると俺たちのすぐ後ろに並んでいたヨハネスさんが立ち上がり、「すみません。気分が悪いので退室してもいいですか?」と言って教室を出て行ってしまったのだ。

「…………俺のせいだろうか?」
「あとで謝ったほうがいいかもね」
ヨハネスさんも注射が苦手だったとしたら悪いことをしたと考えていると、採血の順番が回ってきた。
「では手を握って下さい」
「ぐっ……」
なんとか情けない声は出さずに済んだが、やはり気分が悪くなったので、キリアと別れ俺は保健室へと向かった。

 保健室に入ると保険医の先生はいないようだったが、ヨハネスさんが椅子に腰掛けていた。
「あの、さっきはごめん! 俺のせいで気分悪くさせちゃった?」
「いえ……違うの。あなたの言動とは関係なく、ただ気分が悪くなっただけだから……」
こちらを向いてはいるが、また目が合わない。怒らせてしまったのかと心配になり、とりあえずこの気まずい時間をどうにかしようと焦った俺は、咄嗟に自己紹介を始めた。

「あの……改めて俺は藤堂幸近っていうんだ。これからよろしく」
「ソフィ・ヨハネスです。こちらこそ」
「ヨハネスさん、さっきの体力測定はすごかったね」
「ソフィでいいわ、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないの」
「そっか、ソフィはなんで異能警察に?」
「私は自分が一人前の大人になった時、自分の子供を安心して育てられる世の中にしたいの」
想像よりも大人な返答が返ってきた事に、流石の学年主席様は考えていることも立派だと思った。

「じゃあ将来の夢はお嫁さん……とか?」
半分冗談混じりで聞いてみた。
「結婚したいとかは、今は別に思わないわ。血が繋がっていなくても子供は持てるし」
「そっか。ソフィは子供が好きなんだな」
「いいえ。そういう訳でもないわ」
「じゃあどういう訳?」
「父と母がそうしてくれたように、私も自分の大切な家族に愛情を注いで生きていきたいの」

 そう淡々と語る彼女とまだ目が合わないことに流石に不思議に思い、意を決して確認してみることにした。
「ソフィ、君もしかして目が悪いのか?」
ソフィは驚いた様子で「なぜそう思うの?」と尋ねた。
「俺の親父も目が不自由なんだ」
「そうだったのね……」
「昨日、木にぶつかっていたのもそのせいか」
「そういえば、それも見られていたわね」

 その瞬間、昨日の先生の話しが蘇ったと共に、宇宙飛行士は宇宙から帰還すると視力が落ちるという記事を目にした事を思い出した。
「重力と視力……もしかしてそれって、ラグラスの後遺症なんじゃ……先生たちは知ってるのか?」

 その瞬間ソフィの顔つきが変わった。
「お願い! 誰にも言わないで! ラグラスの後遺症が出た能力者は、病院に隔離されて治療に専念させられてしまうわ……。今は……そうなる訳にはいかないの!」
「なんでそうまでして……このままじゃ失明するかもしれないんだぞ!」
「昔の話、してもいいかしら……?」
俺が小さく頷くと、ソフィは自分の過去を語り出した。

「……私は昔、5人家族だったのだけれど、母は紛争に巻き込まれて亡くなったわ。
 それからは父と兄と弟の4人になり、家はとても貧しかったから、私が5歳の時に父はお金を稼ぐために傭兵として家を出たの。
 私たち兄弟は1人ずつ違う親戚の家に預けられて……それで家族はバラバラ。ずっと父には会えず、お金だけは送ってくれていたのだけど、2年前に戦場で亡くなったわ。弟も体を悪くして、寝たきりの状態になってしまった。
 私はずっと……私が強くなれば、家族が離れ離れになる必要はなくなるのにって思ってた。そしたら、このラグラスを手に入れたわ。
 でもこの強すぎるラグラスは私から視力を少しずつ奪っていって、今ではほとんど見えないけれど……私はこの能力(ちから)で弟の治療費を稼がなきゃいけない。それに……こんな思いをする人を1人でも減らせるように、私は異能警察を選んだの。だからまだ、ここを離れる訳にはいかないわ……」

 ――彼女の覚悟が痛いほど伝わってきた。

「どうして君は、そんなに頑張れるんだ?」
「昔、母に言われた言葉があるわ。あの頃は意味が分からなかったけれど、今なら分かる。――女にとって忍耐は、これ以上ない武器なのよ――」

 俺はこの言葉を聞いて、ある決断をする。
「……もし俺が君の力になれるかもしれないと言ったらどうする?」
「何を言っているの? 冷やかしなら辞めてちょうだい」
「君がほんの少しでも俺を信じてくれるなら、俺は君の力になりたい。でもそれには……ここは人目につき過ぎるから、どこか人気のないところに行きたいんだけど……」

「あなた自分が何を言っているのか分かっているの?」
俺は自分の放った言葉を思い返し、急に恥ずかしくなった。
「けっ、決してそーゆーつもりで言ったんじゃないぞ? それにお前なら俺がよからぬ事をしようとしても、簡単に無力化出来るだろ?」
「それもそうかしら……。いいわ、騙されたと思って聞いてあげる。でも、嘘だったら承知しないわ」

 俺たちは学校の敷地内にある学生寮にやってきた。なんとソフィさんのお部屋に入れていただけるというのだ。
「少しここで待っててちょうだい」

 俺は夢の国の入り口に立ち、まるでアトラクションの待ち時間のような気持ちでソワソワとしていた。
「お待たせ、入って」
「お邪魔しまぁーす」
部屋はピンクを基調としていて、家具やインテリアが調和する、まさに『女の子の部屋』がそこにはあった。ビニール袋に空気を入れて、お土産に持って帰りたいと思うくらい、いい匂いがした。

「とても可愛らしいお部屋ですね」
「お世辞はいいから本題に入りなさい」
「はい……。これは他言無用でお願いしたいんだが……俺が無能力と言ったのは覚えているか?」
「えぇ。クラスであなただけだったものね」
「あれは嘘なんだ」
「なぜ自分に不利な嘘をつく必要があるの? この学校を卒業するには異能がある方が有利の筈よ」

「ちょっと……特殊なんだよ。俺のラグラスは、『真の平等(エガリテ)』っていうんだ」
「初めて聞くわ」
俺は自分の能力について解説をした。
 
 それは、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」というものだ。何かを求めた人間に対して、払った代償(労働)に応じた恩恵を与える能力。
 この能力は誰にでも有効という訳ではなく、代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない。
 逆に俺と契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下るため、この能力を使う事は極力避けている。
 契約に提示されるのは支払う代償(労働)と期限、それを相手が了承することで契約相手の体に約束の刻印が刻まれる。
 使い方によっては危険な能力の為、いつもは無能力で通していることを伝えた。

「それで私が支払う代償はなんなの?」
()てもいいか?」
「えぇ……」
俺は異能を発動させた。
「視えたんだが……聞くか?」
「聞くに決まっているじゃない」
「君の視力を回復させる為に必要な労働は……1年以内に、100人の命を救う事だ……」

「分かったわ。では始めてちょうだい」
「おい、そんな即答でいいのか? この代償からすると恐らく未達の時のリスクはかなり大きい」
「私のモットーは、一日一善よ。1日1人助けるだけでお釣りが来るわ」
「お前はガンジーとかマザーテレサ的な何かなのか?」
「そんな立派なものではないわ。私はただ自分の為に自分の出来る事をしているだけ……結局ただの自己満足なのよ……」
「そうだとしても、助けられた側の人間は感謝しているはずだ」
「別に感謝なんて求めてないわ。いいからさっさと始めてちょうだい」

「じゃあ始めるぞ――」
「えぇ……」
幸近の手が、不思議な光を放つ。そして幸近は、頭に浮かんでくる台詞を口にする。
「では契約を始める――汝、ソフィ・ヨハネスは、我、藤堂幸近の名に従い1年後の4月5日を期限に、百の命を救いたもうことを誓うか?」
「はい、誓います……」
「今この時をもって契約を締結とす――」
彼女の心臓の辺りに光が灯り、幸近のかざした手と繋がると、約束の刻印が刻まれた。

 ソフィはゆっくりと目を開ける。
「……良く……見えるわ」
そう言って立ち上がるとソフィは窓の外を眺めた。
「もう桜を綺麗と思うこともないと思っていたわ」
彼女は静かに涙を流していた。
「まだまだ綺麗なもの、たくさん観ないとな」
「藤堂くん、ありがとう……。返しきれるか分からないけれど……必ず、お礼をするわ……」
「それはいいから、くれぐれもこの事は内密に頼むよ」
「えぇもちろんよ。2人だけの秘密ね――」
「そ、それはいい響きですね!」
たぶん俺の鼻の下は今、きっと伸びている。

 ソフィはしばらく泣いていたが、落ち着くとお茶をご馳走してくれ、またゆっくりと話し出した。
「この国では『目は口ほどに物を言う』ってことわざがあるけれど、私はこの言葉はあまり好きじゃないの」

「そりゃまたどうして?」

「私は目が不自由であろうとなかろうと、相手の目や雰囲気を読んで言いたいことを我慢するなんてしたくない。やっぱり言いたい事は自分の言葉でしっかりと伝えたいと思うから……もう一度言わせて? 本当にありがとう……」
彼女はそれを――俺の目をしっかりと見て、初めて見せた笑顔で告げた。

第1部2話 目は口ほどに物を言う 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 幸近
髪型:黒髪ベリーショート
瞳の色:黒
身長:174cm
体重:66kg
誕生日:1月10日
年齢:18歳
血液型:A型
好きな食べ物:ウナギ、和食
嫌いな食べ物:納豆、生卵
ラグラス:真の平等(エガリテ)
「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」
何かを求めた人間に対して、払った代償(労働)に応じた恩恵を与える能力。代償が払えない人間にはなんの作用ももたらさない。契約した相手がその働きを怠った場合には、相応の罰が下る。提示されるのは支払う代償と期限、それを了承することで相手に約束の刻印が刻まれる。








 ソフィの部屋から出て校舎へ戻っていると、同じクラスの女子生徒に声をかけられた。

「あなたちょっと待ちなさい」
「えーと、君は確か……」
「クリスタ・フィールドよ」
「そうそれだ!」
「初めて会話する相手に"それ"とは失礼な男ね!」
クリスタはそう言うと、小柄な体を大きく見せるつもりなのか、花壇の上にヒョイっと乗っかると俺を見下した。
 
「あなた、なんでソフィの部屋から出てきたの? まさかあなた達、そういう関係なのかしら?」
「いや、俺たちは決してそのような関係では……」
「じゃあどういう関係だったら入校2日目で学校を抜け出して、家で逢引きなんてことになるのかしら?」

 しまった。何も言い返せないし、うまい言い訳も思いつかない。
「それは、言えない……」
「だったら、クラスのみんなに今見たことを包み隠さず言いふらしてあげようかしら」
「それはソフィの為にも辞めて下さいお願いします」
クリスタは目を光らせて、尚も高圧的な態度で続ける。
「じゃあわたしに協力なさい」
「な、なにを協力すればいいんだ?」

「あいつの弱点を教えなさい」
「お前は学年主席のあいつに敵対心を抱いてるのか?」
「もちろんよ。ソフィとは高等部から同じなんだけど、いつも完璧で隙がなくて、一度も勝てたことがないの」
「それは流石としか言いようがないな」
「仲がいいなら1つくらいは弱点知ってるでしょ? もったいぶらないで教えなさいよ!」
「いやたとえ知っていたとしても、それをお前に教えて俺になんの得があるんだ?」
「じゃあ明日には校内新聞であなた達の淫らな関係が明かされる事になるから、そういうことで……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当に知らないんだ弱点なんて……」
「じゃあ私と同盟を組みなさい。あいつの弱点を見つけてくれば、さっき見たことは忘れてあげるわ」

 そんなことがあり、なし崩し的に俺はこいつと同盟を結ぶことになった。

「お兄ちゃんなんか今日元気ないね? 学校でなんかあった?」
夕飯の際、夏鈴がそう尋ねてくるほど俺は肩を落としていたらしい。それもその筈、せっかく仲良くなれた友達を早速売るような事を強要されているのだ。
 
「なぁ夏鈴、お前男に同盟を組めって言ったことあるか?」
「何それ、言ったことないけど……てかそれ新手の告白なんじゃ……?」
「いや、それだけは絶対にないんだ……」
「良かった。お兄ちゃんについに彼女が出来るのかと思って心配しちゃったじゃん」
「そこは素直に喜んでくれよ」
「だってお兄ちゃんに彼女が出来たら、かりん1人でご飯食べること多くなりそうじゃん」
夏鈴は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「バカ言え! たとえ俺に彼女ができようとお前と飯を食うことを疎かにする訳なかろう! もし出来ても彼女とここでお前の飯を食う!」
「それはちょっとかりんが気をつかうかも……」
「まぁまだ当分は無いだろうから安心してくれ!」
自分で言っていて悲しくなってきたのでこの話はやめた。

 憂鬱だったが、すぐに明日はやってきた。授業があんまり耳に入らないじゃないかクリスタめ……。

「では今日は犯罪組織について学んでいくぞ。
 まず皆も知っていると思うが、異能力者否定派の信者を多く抱える、この世界で最も巨大な異能犯罪組織『デニグレ』は、始まりの少女である『聖女』をその手にかけた集団だ。
 100年近い歴史があり、その目的は能力者の根絶。平和な世界を取り戻すという思想のもと行動しているが、その手段を選ばない残忍なやり方は、人々の恐怖の対象となっている。違法な能力者狩りを正当化する危険な奴らだ。遭遇した際には十分注意して、現職の異能警察官の指示に従うように――では今日はここまでとする」

 授業が終わると、すぐに腕を強引に掴まれて廊下まで連行された。
「で、何か分かったんでしょうね?」
「いや、まだ……」
「そう、あなたとはこれまでね――」
「ちょっと待ってくれ! そんなヒモ男に別れを告げるようなテンションで見放さないでくれ!」
「なら少しは役に立ちなさいよポンコツ」
「おいお前少し言い過ぎじゃないか? 確かに俺は無能力だが、ポンコツ呼ばわりされるほどじゃな……」

 言葉を最後まで言いきる前に、目の前がゆらゆらと揺れ始める。そしてさっきまで目の前に居たはずのクリスタが、テレビなどでよく見る白い着物に身を包む髪の長い幽霊と呼ばれるバケモノに変身した。
「う、うわあぁぁあああ!!」
俺は大嫌いなホラーに遭遇した事で、とても情けない声を上げて腰を抜かしてしまった。

 ――すると次の瞬間、その幽霊はクリスタの姿に戻っていた。
「え? なんだったんだ、今の……」
「これがわたしのラグラス、『幻影息吹(イリュージョンブレス)』よ」

「あれが幻影なのか? まるで本物だったじゃないか」
「そう……私は1対1の近接戦闘なら誰にも負けない自信があるわ。でもこの能力には欠陥が多いの」

 クリスタは自分の能力の詳細を話し出した。
「まず、惑わす対象は1度に1人だけで効果範囲は対象者から約3メートルほど。しかも私は相手を惑わす間、その相手と視覚を共有しているような感覚だから、その場所からほとんど動けないの。本当に不便な能力だわ」

「でもお前の能力は後天異能だから、深層心理でお前が望んだ能力だったんじゃないのか?」
「違うわよ。わたしはこんな能力望んでない……。わたしの背、小さいでしょ? 昔からそれで同級生に「チビ」って馬鹿にされていたの。それを見返したいと思ってたら、こんな能力になってた……」

「ハハハハハハ」
俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「何笑ってんのよこのポンコツ!」
「悪い悪い、お前の能力はお前に似て天邪鬼だったんだな」
「あんたそれ以上言ったらホントに殴るわよ? とにかく今日の放課後までにソフィの弱点を探りなさい。いいわね?」
「努力はするよ――」

 そして俺はその足でソフィの元へと向かった。
「なぁソフィ、お前苦手なものってあるか?」
「いきなり何よ。好きなものを聞くならまだしも、苦手なものを聞いてくるなんてどういう神経しているの?」
「頼む、のっぴきならない事情があるんだ……」
俺は両手を合わせる。

 ソフィはジトっとした目で片肘をつきながら答える。
「何があったのかは知らないけど、私に迷惑はかけないでよね? ……食べ物なら、生姜とドライフルーツが嫌いだわ」
「その他には? お化けが怖いとか注射が怖いとか」
「あなたじゃないのだからその程度なんともないわ」

 そして更に鋭くなった目で睨むように続けた。
「あと……強いて言うなら……あなたかしら……」
「おい、それは素直に傷つくんだが……」
「冗談よ。あなたには少なからず感謝しているから、ドライフルーツよりはマシ……」

「限りなく嫌いよりなことと、お前の反応がドライだよ! 真夏のアスファルト並にカッピカピでトゲトゲしいぞ!」
「じゃあ川にでも浸かってくるといいわ、水分補給もできるし、しばらく流されていれば良い具合に角が取れるんじゃないかしら」
「角をとった方がいいのはお前の方だと思うのは俺だけか? なぁソフィ、これは君の為でもある事なんだ……」

「だってあなた、昨日あんな事があったばかりなのに、昨日の今日でもう新しい子を捕まえて仲良くやっているみたいじゃない……」
「そんな人聞きの悪いこと……って、え? それもしかして嫉妬? ねぇそれって嫉妬!?」
「うるさいわよ、気安く話しかけないで」
「すみませんでした――」
「今日はもう話したくないわ」
「……」

 終わった……。俺の学校生活、いや人生が終わった――。

第1部3話 クリスタ 完

《登場人物紹介》
名前:クリスタ・フィールド
髪型:銀髪ショート
瞳の色:ブラウン
身長:152cm
体重:42kg
誕生日:5月28日
年齢:18歳
血液型:B型
好きな食べ物:燻製料理、トナカイのソテー
嫌いな食べ物:サルミアッキ
ラグラス:幻影息吹(イリュージョンブレス)
対象1人に幻を見せるがその間自分は動けない







 机に突っ伏してこの世の終わりのような表情をしていると、優しいキリアが声をかけてきた。

「幸近、一体どうしたんだい?」
「なぁキリア……お前は誰かと喧嘩した時、どうやって仲直りしているんだ?」
「うーん、そうだね。僕はあまり人と争い事になることはないけど、そういう時はやっぱりプレゼントとかじゃないかい?」
「プレゼントか……」
「まぁでも、結局のところ誠心誠意謝ることが1番じゃないかな」

「お前はホントに男子のお手本のような奴だな」
「それは褒められてるのかい?」
「最高の褒め言葉だよ、オレなんて人生に迷いっぱなしだ」
「選択肢があるから迷うんだよ、それはきっと恵まれてるってことなんじゃないかな」
「お前は見た目も言うことも男前だな、俺が女なら確実に惚れている自信があるぞ」
「そんなことないよ。ほら次は外で演習だよ、早く移動しないと」

 着替えて校庭に出ると、村上先生が言う。
「これからラグラス使用有りの演習を行う。競技内容は2人組を組んで鬼を交互に交代しての鬼ごっこだ」
「いい年して鬼ごっこって……」
「そこ、何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません……」
「1セット5分で、鬼が相手の体に触れたら勝ちだ。それでは5分後に始めるから好きな相手とペアを組んでくれ」

「キリア、組もうぜ」
「負けないよ? 幸近は体丈夫だよね?」
「当たり前だ、それだけが取り柄だからな」
じゃんけんの結果、まずは俺が鬼になった。
 スタートの合図と同時にダッシュで真正面から突っ込んだ。
「うぉおおおお!!」
全速力で向かっていき、もうすぐキリアに手が届くといったその時、足下がドカァンと漫画のように爆発した。

「うわあああああ……」
その爆風で数メートル後ろに吹き飛ばされた。
「こんなに見事に引っかかるとは……」
「そういえばお前のラグラスって……」
「僕のラグラスは、『仕掛爆弾(オッペンハイマー)』。僕が触れた場所に爆弾を仕掛けることが出来る」
「あんまりお前に似合ってない能力だよな」
「僕は気に入ってるよ。威力は大分抑えたけど、平気そうだね」

「まだまだあー!」
その後、何度も近づいて爆発してを繰り返し、とうとう俺はキリアに1度も触れられずに5分が過ぎた。
「威力は抑えたけど、ここまで食らってピンピンしているのは流石だね……」

「次はキリアが鬼だぞ」
「じゃあ行くよ」
そう言うとキリアは自分の足下を爆破し、その爆風に乗ってすごいスピードで近づいてきた。
「うぉっと!」
1度目は避けられたがすぐに第2波、3波がやってきて、ものの10秒で決着がついてしまった……。
「いや、強いなキリア……」
「でもまさか初見で避けられるとは思っていなかったよ」

 授業が終わり着替えをしている時のこと。
「お前の能力って汎用性が高いよな。最大火力を出したらどのくらいの威力なんだ?」
「そうだね、並の人間なら気絶する程度かな」
「ほぼ無敵じゃねーか」
「そんな事ないよ。使い方を間違えたら、味方や自分も巻き添えになる可能性があるからね」
「そう考えると、練度がものを言うのか」

「でも幸近はホントに体が丈夫だね。実は最後の方の爆発は限りなく最大威力に近くしてみたのに全然平気そうだし」
「おいちょっと待て、並の人間が気絶するレベルの爆発を友達に向けていたのかお前は?」
「ごめんごめん、少し試してみたくなっちゃって」
「お前の事が信じられなくなりそうだ……」

 すっかり忘れてしまっていたが放課後がやってきて、俺はそのまま帰ろうとしていたが、ちっこい暗殺者のような顔した奴が教室出入口で通せんぼをしていた。

「あんた、私との約束忘れてたでしょ?」
「わ、忘れてません……」

 皆が帰っていった放課後の教室の中、年頃の男女2人が集まり何が始まったかと言うと……お説教タイムだった。
「ギャーギャー、ギャーギャー」と、クリスタはさっきから30分程ずっとこんな感じだ。

「本当にあんたは使えないわね!」
「お前はそう言うが、こっちだってソフィと喧嘩みたいになっちまったんだからな……」
「何あんた、あいつのこと好きなの?」
「そういう訳じゃないけど、好んで誰かに嫌われたい奴なんていないだろ?」
 
 クリスタは顔を背けた。
「どうせ遅かれ早かれの違いじゃない」
「いや、少なくとも昨日まではそんなに悪くない感じだったし、今日だって俺が調子にさえ乗らなかったら……」
「あんたがどれだけ頑張ったって、あいつには釣り合わないわよ……。普通の人間にはどれだけ頑張っても越えられない壁があるの」

 俺は何故だか少し腹が立って、反論してしまう。
「ソフィだって普通の人間だぞ」
「あんたに何が分かるのよ」
「それくらい分かるよ。あいつだって悲しかったり嬉しかったりしたら普通に泣くし、今のあいつがあんなに強いのは、強くなることを諦めずにいたからだ」

 するとクリスタは下を向き少し震えた声を出す。
「わたしだって……この能力を手に入れた時、それなりには嬉しかったけど……頑張れば頑張るほど限界が見えるの。もっとこうなりたい、あぁなりたいって思っても、これがわたしの限界で、後はもう周りの人間を下げるしかないじゃない。わたしに他に何が出来るって言うの?」

「お前は周りを意識しすぎて、遠くへ行こうとする事だけに必死だな」
「それの何が悪いのよ? 遠くを見続けなきゃ、そこまで辿り着く事なんて一生出来ないじゃない!」
「なぁクリスタ、確かに遠くを見る事も必要だよ。すぐになりたい自分や目標に辿り着ける、そんな魔法みたいな方法はないかって、誰もが一度は考える事だよな」

 俺は少し昔を思い出して、懐かしさと温かさを含んだ気持ちを心に宿しながら続ける。
 
「でもな、何も魔法っていうのは自分の外側だけで起こるものじゃない。自分の内側でだって、魔法は起こせるんだ。俺はむしろ、その目に見えない魔法の方が、人にとっては大切なんじゃないかと思ってる」

 クリスタは珍しく横槍を出さずに黙ったまま、じっと俺の話を聞いていた。
「それにお前の能力は、人を傷つけずに無力化する事の出来る、とっても優しい能力じゃないか」

 この時、クリスタの瞳が透き通ったように感じた。
「さっき……わたしは背が小さい事がコンプレックスで、この能力になったって言ったけど……本当はたぶん、理由はもう1つあるの」
「聞いてもいいか?」
「今度は笑わないでよ?」
「あぁ、笑わない」

「わたしは小さい頃、魔法使いになるのが夢だったの」
「ふっ……」
「ちょっと! 早速約束破るんじゃないわよ!」
「ごめんごめん。続けてくれ……」
俺が自分の両頬を叩くと、クリスタは語る。
 
「そう思うようになったきっかけは、とある魔法だった。わたしが人生で初めてその魔法を見たのは……物心ついた頃の冬……。
 故郷の空に白くて冷たい花びらのような美しいものが、あんなにたくさん舞っている風景に、なんてステキな魔法だろうって、降ってくる雪を手で受け止め続けた。
 そしたら手は冷たいんだけど、心の中はとっても暖かくなった。わたしはいつか、こんな魔法を使えるようになりたいって思ったの。なんだか……あの時の気持ちを思い出した気がする……」

 クリスタの昔話を聞いて、俺は彼女を応援したいと思った。その不器用な真面目さから今回はやり方を間違えてしまったが、純粋で裏表のない姿勢に好感が持てた。
 
「考えた事があるんだけどさ、ずっと昔の人が今の俺たちの世界をみたら、化学の進歩もこの異能力者に満ちた世界も、全部魔法だって言うと思わないか?
 でもそんな昔の人の中の誰かが、この世の中を想像したからこそ、今があるんじゃないかって思うんだ。だから俺達が頭の中で想像出来る事なんてのは、諦めなければきっと実現可能なんだって俺は信じてる。
 今までお前が溜め込んだマイナスのエネルギーも、その絶対値が大きければ大きいほど、それがプラスに転じた時には、きっと大きな武器になる。
 同盟もある事だし、俺もそんな未来を一緒に想像するからさ」

「あんたって、ホントになんなの……ポンコツのくせに」
「こんな無能力者が何言ってんだよって思うよな」
「……ちゃんと責任とりなさいよ」
「なんの責任だよ」
「わたしをその気にさせた責任よ。あんたが一緒にその未来を信じてくれるって言ったじゃない」
「それは約束する」
「約束破ったら一生あんたに幻惑をかけ続けてノイローゼにさせてあげるわ」
「優しい能力といったのを撤回させてくれ」

 クリスタは一瞬笑みを浮かべると、すぐにいつものような高圧的な態度に戻る。
「もう返品は受け付けないわ。あんたはもうずっと私と同盟関係なんだから覚悟しなさい」
「それは同盟というより奴隷なんじゃ……」
「そうと決まれば、この後わたしの家に来なさい!」
「なんでだよ!」
「なによ? ソフィの家には行けて、隣の私の家には入れない理由でもあるの?」

「分かったよ。それで一体何をするんだ?」
「これからの作戦会議に決まってるじゃない。それと、あんたのせいで故郷を思い出したから、久しぶりに郷土料理が食べたくなったわ」
「お前料理なんて出来るのか?」
「当たり前よ、わたしに出来ない事なんてないわ」
「じゃあ妹に今日は飯いらないって連絡しないと」
「ふーん。あんた妹がいるのね、今度会わせなさいよ」
「まぁ別にいいけど……」

 こうしてこの日はクリスタの家でご飯を頂くことになり、それからというもの何かにつけてこいつは俺に声をかけてくるようになったのだった。

第1部4話 遠きに行くは必ず近きよりす 完

《登場人物紹介》
名前:キリア・ファレル
髪型:オレンジ色の長髪を後ろで束ねる
瞳の色:黒
身長:175cm
体重:65kg
誕生日:5月25日
年齢:18歳
血液型:B型
好きな食べ物:ピザ、アイスクリーム
嫌いな食べ物:お酒の入ったチョコ
ラグラス:仕掛爆弾(オッペンハイマー)
触れた場所に爆発物を仕掛けられる





 翌日、俺は学校の通学路にある、あの桜並木でソフィを見かけた。
 
「おはようソフィ!」
声をかけたが返事はない。
「お、おーいソフィ? イヤホンでもしてるのかー?」
返事がない、ただの無視のようだ。
「お願いだ! 贅沢は言わないから挨拶くらいは交わしてくれないか?」
「あら、藤堂くんいたのね」
やっと口をきいてくれた。
「実はちょっと言いたい事があって――」

 恐る恐る話し始めたのだが、それは遮られる。
「ごめんなさい、昨夜隣の部屋からとても憎たらしくて、嫌悪感のする男の声が聞こえてきたから今朝は未だに気分が優れないの」

 あぁなるほど。俺が昨日クリスタの部屋でご飯をご馳走になっていた時の声が聞こえていたのか。もちろんやましい事など何も起きてはいないが、昨日よりも状況が悪化しているような雰囲気にもう気が気ではなかった。

「別にあなたが誰と仲良くしようと私には関係ないのだけれど、入校3日目にして2日連続で女子寮の、それも違う女の部屋に入るだなんて、とんだプレイボーイなのね」
「うっ……」
言われてみるとそんな気さえしてしまう。

「実は既にもう1人いて日替わり定食のような状態なのかしら? そうだとしたら随分といいご身(ゴミ)分ね」
「なんか今、かけられた言葉とは別にディスられた気がする……」
「藤堂くんは女の子とイチャイチャする為にこの学校へ来たのかもしれないけれど、私にはやるべき事があるのだから、これ以上付き纏わないでくれるかしら?」

 もう絶体絶命と言わんばかりの状況だが一か八かの賭けに出ることにした。
「これ受け取ってくれないか?」
小さな包み紙を渡す。
「何よこれ」
俺が開けるように言うと、昨日購入したハンカチが姿を見せる。
 
「昨日は怒らせてごめん! どうしてもソフィと仲直りしたくて、昨日の帰り道で君に似合いそうなものを見つけたから、お詫びにプレゼントしようと思って……」
深く頭を下げて謝り、ちらっとソフィの様子を見ると、ほんのり顔が赤くなっているような気がした。
 
「もういいわ、許してあげる。でもあの子とは、一体どんな関係なのかしら?」
「普通にただの友達だけど?」
「そうなのね、分かったわ……」
やっと通常運転に戻ったソフィと話しながら校舎へ入っていくと、大きな声で呼び止められた。

「君が藤堂幸近だな!」
そこには長い黒髪の女の子が仁王立ちしていた。
「君は誰だ?」
「私は山形唯(やまがたゆい)、君を探していたんだ」
「邪魔しちゃ悪いから、私は先に教室に行っているわね」
また少し冷たくなった目をしたソフィは校舎に入る。

「それで俺になんの用なんだ?」
「君は剣術を嗜むと聞いたのでな。少し私と付き合ってくれないだろうか……昼休みに体育館まで来て欲しい」
近づいてきた山形は手紙のような物を俺に渡すと、それ以上は何も言わずに去っていった。
 突然の出来事に呆然としながらその手紙を見てみると、大きく「果し状」と書いてあった。
「初めて女の子から貰った手紙が果し状って……」

 悲しい面持ちで教室に入り、机に座るとクリスタがやってきた。
「あんた今日のお昼ご飯どうするの?」
「いつも通り食堂で食べようと思ってたけど」
「ふーん、そうなんだ……昨日の残ったご飯……あんたが美味しいって言ってたやつ、お弁当にしてきたから仕方なく恵んであげるわ……」
「あぁ、ありがとう」
クリスタはそう言うと足早に席へと戻っていった。

 そのやりとりを見ていた隣の席のソフィが、こちらに冷たい笑顔をおくりながら、「朝からモテモテなのね」と吐き捨てた。

 間もなく村上先生の授業が始まる――。
「今日は異能特殊警察の構造についてだ。異能警察も一般の警察と同じような構造となっている。
 1番上に警視総監がおり、次に警視監、警視長、警視正の順で並ぶ。このポストについている方々は現場に出る事はほとんどない。ちなみにエマ校長は警視長に当たる。
 そしてその下に続くのが現場仕事が主になる中間管理職的なポストで警視、警部、警部補と続く。
 さらにその下に巡査部長、巡査となり、君たちが卒業するとこの巡査からのスタートとなる訳だ。
 そして異能特殊警察と一般警察の最も違う部分は、特殊な役職である『グレイシスト7』が設けられていること。これは特に才能や能力に秀でた7人にのみ与えられる特権階級で、警視長と並ぶ権力を有する。
 今年から新たにレオナルド・フランクリン氏が史上最年少となる14歳という若さで任命された。言ってしまえば出世への特急券のようなものだ……皆も日々の努力を惜しまず精進するように――」

 授業が終わり昼休みとなった。気は乗らなかったが、こんなものを受け取ったからには体育館へ向かう他なかった。到着すると既に山形はそこにいた。

「来てくれたのだな、感謝する」
そう言って俺に竹刀を渡し、試合の立ち位置へとついた。
「山形唯だ、よろしくご指導頼む」
「藤堂幸近だ、こちらこそよろしく」
そして試合が始まる。

 最初の内はお互いの力量を測るかのように打ち合い、少しずつスピードとテンポを上げていった。
 唯は異能を使っている様子はなく、どこに打ち込んでも綺麗に返してくる唯の剣はとても真っ直ぐで、幸近は次第に楽しいと感じるようになっていた。

 5分ほど互角の打ち合いを続けていると、周りにギャラリーができているのが確認できた。
 お互い少し距離を置いて息を整える。
「どうした? 異能は使わないのか?」
と、唯が尋ねると幸近は正直に答える。
「悪いな、無能力なんだ」
唯はそれを聞いて少し残念そうな顔をしていた。
「お前は遠慮せずに能力を使ってくれて構わないぞ?」
「では遠慮なく、本気でいかせてもう……」

 次の瞬間、唯の姿が幸近の視界から消え、目では追えない速度で側面からの攻撃が飛んできた。幸近はそれを間一髪で避け、呟く。
「速度強化か……」
 
「ご名答、私のラグラスは『加速(ハイスピード)』。超人的なスピードで移動する事ができる」
「なるほど、剣士にとってはかなり相性の良い能力だ。これは俺も本気で応対しないといけないな」
幸近は得意の居合の構えをとる。

 その構えを見た唯は、次の一撃で勝負が決まると本能的に感じとっていた。
「行くぞっ!!」
唯はフルスピードで幸近の方へと突っ込む。
 
「藤堂一刀流居合 『虎風(とらかぜ)』!」

 幸近と唯が交差し、しばし2人の動きが止まった。
 背中を向け合い立っている2人だったが、唯の手には竹刀はなく、空中に飛ばされていた竹刀が床に落ちると共に、彼女はその場で膝をついた。
 ――勝負は幸近の勝利で幕を閉じる。

「いい勝負だった」
幸近は唯に手を差し出す。
「ありがとう。良かったら一緒にお昼でもいかがだろうか?」
2人が体育館横のベンチに座り昼食をとっていると、彼女は手作り感のあるおにぎりを食べながら話し出す。
「幸近の流派は藤堂一刀流と言うのだな。私の剣は山形流剣術と言うのだ!」
「同じ名前って事は、山形の家も道場なのか?」
「そうなのだ、父が師範をしている」
 
「……俺の師も親父だけど、実際は殆どが自己流だから色んな型の融合した汚れた剣なのに比べて、お前の剣は淀みが一切なく、なんと言うか美しかった」
唯は輝いた顔でこう尋ねてきた。
「幸近は剣を振るう時、何を考えているのだ?」
「憧れてる人がいるんだ。その人みたいに強くなりたいっていうのが、俺の原動力だな」
「君ほどの実力者が憧れる人なら、大層立派な人物に違いない。私も是非一度会ってみたいものだ!」
俺は、ある人の顔を思い出しながら山形にこう返した。
 
「……俺の座右の銘は、『季札剣を挂く』。例えどんなに状況が変わろうとも決心したことを貫くっていう意味だ。この言葉も、その人から教わった」
「幸近とは気が合いそうだ! 是非これからも私と稽古を共にしてくれないだろうか?」
「あぁもちろん! 山形との試合はとても楽しかった」
「早速と言ってはなんだが今日の放課後、私の実家の道場に来てはくれないだろうか?」
「それは是非見てみたいな」
「では決まりだな! 放課後ここで待っている」

 放課後、電車に乗り山形の実家へ向かっている間に、山形は俺を家に誘った理由を話し始めた。
「実は最近、異能犯罪者による道場破りの事件が多発しているのだ。母はもう亡くなっていて今は父と2人暮らしなのだが、現在は寮生活になり父が1人で家にいるのが心配で……早く強くなりたいと焦ってしまい、それで今朝幸近に声をかけたのだ」
その事件は、俺もニュースで目にしていた。事件の起きている地域からは離れていたが俺の家も道場の為、他人事とは思えなかった。

 山形の家に着くと親父さんが快く迎えてくれた。
 少し稽古をさせてもらうと、ご飯を食べていけと言って貰えたので夏鈴に電話することに。

「もしもし夏鈴か?」
「どうしたのお兄ちゃん? 今日の晩ご飯はカレーだよー?」
「ごめん、今日も飯を食べて帰る事になってしまった……」
「は? 昨日に引き続きなんで2日連続でそうなるの? 分かった、やっぱりお兄ちゃん彼女できたんだ。そーなんだ、もう知らない、一生帰ってくんな!!」
「違う違う!! ホントに偶然なんだって、この埋め合わせは必ずするから!」

「埋め合わせとは何か詳しく聞かせて貰おうじゃないの?」
「そうだ! 今週末にでもお前が行きたがってた遊園地に連れて行くから、それでどうだ?」
すると、夏鈴の声が高くなる。
「本当に? やっぱりお兄ちゃんはかりんのお兄ちゃんだね、絶対に約束だからね?」
「もちろんだ妹よ」
「もし約束破ったら……寝てる間に全身の毛剃るから――じゃあ楽しみにしてるね! ブチッ、プー、プー、プー」

 俺はスマホのスケジュール帳にしっかりと予定を書き込んだのだった。

第1部5話 季札剣を挂く 完

《登場人物紹介》
名前:山形 唯
髪型:黒髪ロングのストレート
瞳の色:黒
身長:169cm
体重:53kg
誕生日:6月11日
年齢:18歳
血液型:A型
好きな食べ物:そうめん 舞茸の天ぷら
嫌いな食べ物:生魚 パクチー
ラグラス:加速(ハイスピード)
超人的なスピードで移動できる

 



 山形家の居間に入ると、卓上には肉じゃがや焼き魚、ほうれん草のお浸しなど、とても美味そうな和食の数々が並んでいた。
 昔ながらの木の丸テーブルを3人で囲み、親父さん特製の手料理をご馳走になりながら、こんな会話をした。
 
「幸近君は真の強さとはなんだと思う?」
難しい質問だったが、素直に思った事を答えた。
「そうですね……強さの定義にも力が強い、精神力が強い、丈夫で壊れにくい、など色々ありますが、一貫して言えるのは『折れない』という事でしょうか」
「素晴らしいよ幸近君、唯の婿に来ないか?」
思わぬ不意打ちに、飲んでいた味噌汁を吹き出す山形。
「父上! 何を言っているのだっ! すまない幸近、父が変なことを……」
「ははは……」

 親父さんは笑顔で続ける。
「まぁそれは冗談としても、私にとって強さとは『逃げない』ことだ。だがこれは君の強さを否定している訳ではなく、真の強さとは人それぞれ違って良いのだよ。
 君の強さは折れないことで、私の強さは逃げないことだ。
 ただこれは私の強さだから、もし唯や私の大事な人が危険な事に巻き込まれたなら、その時は逃げて欲しいと思う。
『逃げるは恥だが役に立つ』これ即ち、自分の戦う場所を自分自身で選べという事なんだ」

 俺は剣の道の先輩の言葉を、しっかりと心に焼き付けていた。親父さんが便所と言って席を立つと、山形に君の親父さんはすごい人だと伝えた。
「剣の事ばかり考えている人なんだ。そんな父に憧れて、私も己の剣だけを信じてここまで大きくなったのだ」
「山形の剣が真っ直ぐな理由が分かった気がするよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな……」
山形は照れたように頬を染めた。
「親父さん……遅いな」

 すると、まるで猛スピードの車同士が正面衝突した時のような大きな音が響いた。
「なんだこの音?」
「道場の方からだ!」
 山形は竹刀を持って立ち上がり、2人で道場の様子を見に行った。
 
 そこに居た親父さんの体はボロボロで、道場の壁にめり込んでいるような状態だった。
「父上っ!」
「親父さんっ!」
すぐに駆けよると、小さな声で「逃げろ……」と言い残し気を失った。

 こんな事をしでかしたであろう奴らは2人組で、1人は白い袖なしの道着に金髪のガタイの良い、一見丸腰の男。もう1人はクノイチのような服装で、鬼の面を頭の側面につけたクナイを持つ女。
 恐らく異能犯罪者の道場破りと見て間違いないだろう。

「おい日鏡(ひかがみ)! 話が違うじゃねーか! この道場には1人しかいないんじゃなかったのか?」
と、男が女に文句を言っている事から、女の名前は日鏡というのだろう。
「確かにその筈だったんだが……」
「まぁ楽しみが増えたと思えばラッキーだな」
 
 俺は男に向かって声をかけた。
「おいおっさん、親父さんをやったのはお前か?」
「あぁそうだ、剣士ってのは剣を折られるとつくづく何も出来ない生き物だな。だからこの道場の剣は、ついでに全て折ってやったぞ」

 その言葉を聞き、俺は山形に指示を出す。
「俺があの男を抑えるから、お前はあっちの女を頼む」
「分かった……だが幸近、君は剣を持っていないが大丈夫なのか?」
「なんとか時間を稼ぐから、お前の方が片付いたらその竹刀貸してくれよ」
「承知した……」

 俺達はそれぞれの標的と向かい合った。
「おい山形! 分かってると思うがこんなチンピラ相手に絶対異能なんか使うんじゃねーぞ! 俺たちは異能警察になるんだ。認可エリア外で異能を使えば、こいつらと同類になっちまう」
「分かっている」
 
「オレの相手はお前か坊主? オレの名は気倉井(きぐらい)だ。よろしく頼むぜ」
「お前なんかに名乗る名はねぇよ」
「オレも殺す相手の名前なんか興味ねぇよ。お前を殺す男の名だけ覚えとけ」
そう言って繰り出された拳は、壁にめり込んでいた。

「身体強化のラグラスか……」
「あぁ、オレのラグラスは『肉体強化(ビッグマッスル)』。最も強く、最も理に適った最強の能力だ。
 オレにかかればどんな武闘家も相手にはならん! オレを楽しませてくれる強い相手をずっと求めているってぇのに、どいつもこいつも雑魚ばかりで退屈してたところだ。
 お前はオレを楽しませられるのか?」
「楽しませる訳ないだろ……ただ刑務所に送り込むだけだよ」
「威勢のいいガキだな。すぐに殺してやるよ」

 消えたように素早く移動して距離を詰めてきた気倉井に、俺は殴り飛ばされてしまう。その一撃が重く、すぐには立ち上がれない。
 肉体強化のラグラス持ちは、その使いやすさと汎用性の高さから性格まで暴力的になると聞いた事がある。
「幸近ー!!」
と、俺を心配する山形の叫び声が聞こえた。

 鍔迫り合いをしていた2人だが、日鏡が「油断していいのか?」と、言った次の瞬間――彼女の体から強烈な光が発せられ、唯の目は眩まされてしまう。
 そして腹に蹴りをいれられた唯は仰向けに倒れ込んでしまった。

(まずい……目が開かない……)
「私のラグラスは『閃光(フラッシュ)』。直視すればしばらく目を開けることは出来ないわよ」
 剣士や武闘家にとって目を潰されることは、負けを意味すると言っても過言ではない為、その初見殺しの能力に唯は焦っていた。
(どうすればいい……奴がくる……どこから来る?)

 その様子を見ていた幸近は、ゆっくり立ち上がりながら唯に声をかける。
「俺がお前の目になって指示を出す! 奴とはまだ距離がある! 早く立つんだ」
「分かった……」
唯は周囲を警戒しながら立ち上がる。
「オレと戦いながらそんな事できると思ってんのか?」
今度は上段に蹴りを繰り出す気倉井。幸近は身を屈ませながら「正面2メートル先に胴だ!」と叫ぶ。
 次に頭上から拳が降ってくるのを2度後転して距離をとる。
「後ろを振り返りながら面を思い切り振り下ろせ!」
幸近がそう叫ぶと、驚いた様子で日鏡は後退し距離を取った。
 
「なんで貴様は私がまだ動く前にこいつに指示が出せる?」
「答える必要はない」
自分の動きが先読みされ焦った日鏡は叫んだ。
「気倉井、早くその男を始末しろ!」
「言われなくてもそうするさ……」
気倉井が距離を詰めながら殴りかかってきたその時――

「藤堂一刀流居合 無刀『(うつろ)』!」
 
ちょうど心臓の位置に幸近の手刀による強烈な突きが炸裂し、気倉井は数メートル後方へと吹き飛ばされた。
「なんだ……今のは……?」
驚いた気倉井がそう呟く。
「それにも答える必要はない。山形! 2時の方向に突き! その後振り返ってお前の1番の剣を叩きつけろ!」

 それを聞いた日鏡は、相手の動きが先に分かっていればそれを利用できると考え、突きが終わり唯が振り返った際に背後から攻撃しようとした。
 だが唯の突きは、日鏡が想像していたものとは違った。異能など使わなくても彼女の突きのスピードは、桁違いに疾かったのだ。
 その疾さで真っ直ぐに向かってくる突きを避ける事だけに必死だった日鏡はあっという間に唯に追い越され、すぐさま振りかぶってきた彼女の渾身の一撃を避ける術はなかった。
 
「山形流剣術一の太刀『一閃(いっせん)』」

 頭の横に付けていた鬼の面に竹刀が直撃し、面は割れ日鏡は気を失った。
「やったのか……?」
唯はそう呟くと慣れてきた目を開き、幸近の方を見る。ちょうど起き上がった気倉井が、幸近に襲い掛かろうとしている瞬間だった。

「藤堂一刀流居合 無刀……」
「またさっきの攻撃か、2度も喰らうかよ」
「『(むなし)』!」

 先ほどの剛の手刀とは打って変わり、柔らかな軌道を描いた幸近の柔の手刀は、攻撃してきた気倉井の拳をいなして掴み、うつ伏せに倒した後、腕の関節を極めていた。
「さっきから、この見た事のない技はなんなんだ!」
「何度も言うが、お前なんかに教える事は何もない」
「馬鹿にしやがって……」
骨の折れる鈍い音が響いたと同時に、気倉井が勢いよく立ち上がった。

「こいつ、自分で自分の腕を折りやがった……」
「お前なんぞ腕1本ありゃ充分だ……」
「幸近っ! 受け取れ!」
声と共に竹刀が幸近の元へと投げられた。
「サンキュー、山形」
幸近はそれを受け取り構えると、向かってくる気倉井をギリギリまで引きつけて技を放つ。

「藤堂一刀流居合『虎風』!」

「ぐぁはっ……」
幸近の居合切りが顔面側部に決まり、気倉井は倒れた。
 
 それから15分程で救急隊と警察が駆けつけた。救急隊に連れて行かれた親父さんは、命の危険はないという事だったので、俺と山形は2人共道場に残って異能警察から事情聴取を受けた。
 
「私は異能警察のレナードだ」
名刺を受け取ると、肩書には警部とあった。
「君たちは異能警察候補生なのか。一応聞いておくが、異能は使用していないな?」
「はい、俺は無能力ですし、山形も剣術しか使っていません」
「それにしてもこの道場破りはかなりの腕で、現役の異能警察官も何人かやられていてね。それを学生2人が異能も使わずに倒したとなれば我々の面目は丸潰れだな」
 
「いえ、たまたま運が良かっただけですよ」
「村上の教え方が良いのかな? あいつとは警察学校からの同期でね」
「それはそうと、君は無能力なのにどうしてわざわざ異能警察を目指しているんだ?」
「憧れの人がいて、同じ土俵でもう一度会いたいんです」
「それは頼もしい限りだ。協力ありがとう、また会える日を楽しみにしているよ」

 警察が帰っていくと、俺達は散らかった道場を片付けながら少し話をした。
「幸近、あの刀を使わない技はなんなのだ?」
「こんな時代だ、いつどこで敵に襲われるか分からないだろ? でも俺の得意な刀を携帯出来ないこの国で、どこであろうと大事な人を守る方法を考えたんだ。
 この無刀の型は、居合術と合気道を融合させた俺のオリジナルなんだ。俺は無能力だけど、これがあったから異能警察学校に入校出来たんだよ」
 
「幸近の努力の賜物なのだな……」
「俺にはラグラスがない。でも同じステージに立っているライバル達は皆それを持っている……だからと言って、その事実だけを言い訳にしたくはなかったんだ」
「幸近……君は私が思っていたよりも、ずっと強いのだな」
そう言った山形の顔は、月明かりに照らされとても美しかった。

「俺は強くはないよ、ただ『折れない』それだけさ――」
「そう言えば、なぜ私の目が見えない時、あんなに正確な指示を飛ばす事が出来たのだ?」
「あぁ……あれはただ山形の努力と強さを信じただけさ」

 片付けをしていて遅くなり終電を逃してしまった為、この日は山形の実家に泊めてもらう事になった。

第1部6話 逃げるは恥だが役に立つ 完

《登場人物紹介》
名前:村上 智
髪型:青髪でサイドが長い
瞳の色:青
身長:178cm
体重:70kg
誕生日:3月10日
年齢:27歳
血液型:O型
好きな食べ物:焼肉 寿司
嫌いな食べ物:バナナ
ラグラス:なし



 山形の実家に泊めてもらった翌朝、山形は実家から直接学校へ行くという事だったので、俺は先に始発で家に帰って来た。

 昨夜にメールで連絡はしておいたが朝帰りだ。夏鈴からどんな仕打ちを受けるのか、ある程度は覚悟していた。音を立てずに静かに家に入ると、洗濯カゴを持った夏鈴と鉢合わせてしまった。

「た、ただいま……」
「あ、おかえりお兄ちゃん。もうすぐご飯できるから着替えて待ってて!」
あれ? なぜだ? こんな筈では……。
 考えられる理由は2つ。
 俺が朝帰りをしたということ自体を忘れている? いや普通にさっきおかえりって言っていたな……。
 では何らかの影響で過去が塗り変わっている? そうだな、普通に考えて……それ以外考えられない。

 着替えて食卓についた。テーブルにはいつもと同じ場所に俺の食器が並んでいる。
「なぁ夏鈴、食器が全部空っぽなんだが……」
「何言ってるのお兄ちゃん、ちゃんとあるじゃない?」
自分の茶碗をよーく見てみると、ご飯が一粒だけ茶碗に盛られていたのだった。

「やっぱ怒ってるじゃん!」
「当たり前じゃない! 妹歴14年の人生史上一番の出来事だよ!」
「だから何があったか詳しくメールで説明しただろ! あれ打ち込むのに1時間かかったんだぞ!」
「じゃあ電話すれば良かったじゃない!」
「夜遅かったからメールにしたんだよ!」
「嘘だね、電話してまたかりんがヒスるのが面倒だと思ったんでしょ!」

 俺は真面目な顔で、夏鈴の目を見て語りかけた。
「なぁ夏鈴、俺は大切な妹に心配をかけたくなかっただけなんだよ……」
「大切な妹?」
「あぁ。俺はお前が大事で大事で仕方なくて、本当なら家から一歩も外に出したくないとすら思っている」
「ホント?」
「勿論だとも」
「もう仕方ないなぁ、ご飯茶碗かして!」
「あ、お願いします……」
「でも、遊園地のこと忘れてないからね? 今日部活のスケジュール確認して電話するから」
「分かったよ」

 朝の修羅場をくぐり抜け学校へ辿り着いて教室に向かう途中、女子トイレから出て来たソフィと遭遇した。
 その手には俺のプレゼントしたハンカチが握られており、 俺の心のヒットポイントはかなり回復していた。

 席に着くと山形が隣のクラスから訪ねてくる。
「幸近! 今日私の家に泊まった時に着替えたTシャツを洗濯したから持ってきたぞ!」
「ちょっと待て山形、ここでそんな事言ったら……」
「ちょっとぉお!! 今のどういう事ぉお!?」
クリスタが血相変えてやってきた。
「あなた……やっぱり日替わり定食だったのね」
隣で般若のような顔をしたソフィさん。

 2人から思いつく限りの罵詈雑言を一斉に浴びせられたが、なんとか落ち着かせて山形と一緒に事情を説明したのだった。
「――という訳なんだ」
「そうならそうと早く言いなさいよ!」
「そういう事だったのね……」
「そう言えばお2人とは初対面だったな! 私は隣のクラスの山形唯だ、よろしく頼む!」
「クリスタ・フィールドよ」
「ソフィ・ヨハネスよ、よろしく」
「友人が増えて嬉しい限りだ!」
チャイムが鳴り山形が帰っていくと授業が始まる。

「今日はまず、今まで学校に来られていなかったクラスメイトを紹介する」
村上先生がそう言うと、俺の前の席がずっと空席だったことの謎が解けた。教室の扉が開き、空色の長髪をふわりとなびかせながら美少女が入ってきた。

「ではブラッド、自己紹介を頼む」
「皆さん初めまして、サーシャ・ブラッドです。今日からよろしくお願いします」
「あ、キリア君、久しぶりだね」
「ひ、久しぶり……」
ブラッドさんはキリアと知り合いらしいが、珍しくキリアは少し挙動不審になっていた。
「ではブラッドはその空いている席に座れ」
俺の前に座ったブラッドさんが振り返り「よろしくね」と、挨拶をしてくれた。

「全員揃ったということで今日は学級委員を決める。男子と女子からそれぞれ1名ずつ選んでくれ」
するとクリスタが立候補して、他に立候補者がいなかった為、女子はクリスタに決定となった。だが男子に立候補者はおらず、会議が停滞するとクリスタが挙手をする。
「男子の学級委員は藤堂くんがいいと思います!」
「おい、クリスタ!」
まんまとクリスタに嵌められ、賛成多数により学級委員は、女子はクリスタ、男子は俺に決定してしまった。

 そして授業が終わり、俺は村上先生に呼び出された。
「昨日の事件のこと聞いたよ、災難だったな。だが無事に犯人も捕まって御手柄だったじゃないか」
「本当に運が良かっただけですよ」
「校長も藤堂に会いたいと言っていたから、校長室まで行ってきてくれるか?」
「分かりました」

 初めて入る校長室に緊張しながらノックをする。
「どうぞ」
「失礼しまーす……」
「君が藤堂君か、なるほど良い顔つきをしている。道場破りの件、大義だったな。こらからもその調子で励んでくれ」
「ありがとうございます」
「それと君のクラスのサーシャ・ブラッドのことなんだが……あやつも訳ありでな、何かあれば面倒をみてやってくれるか?」
「俺に出来る事であれば努力します」
「うむ、よろしく頼むぞ」


 昼休みになり学級委員の初仕事を任せられた俺とクリスタが資料室で作業をしていると、夏鈴から電話が鳴る。
「お兄ちゃん、遊園地の日だけど部活がお休みなの日曜日になったからよろしくね」
「日曜だな、了解。じゃあチケット取っておくから」
そう言って電話を切るとクリスタが近付いてきた。

「電話だれから?」
「妹だよ、日曜日に2人で遊園地に行く約束があってな」
クリスタの目が、キラリと光った。
「わたしも行くわ」
「何を言ってるんだお前は……」
「この前妹に会わせるって約束したわよね?」
そういえばそんな約束をした気がする。 夏鈴に電話で確認すると「人数が多い方が楽しいからいいよ」とのことだったので、クリスタも参加することに。

 3人だと奇数になってしまい、アトラクションで1人になった人が可哀想だと思い、ダメ元でソフィも誘ってみた。
「別にいいわよ」
と、予想外の返事が。なんてこった……当日に雨が降らなければ良いけれど……。

 天気の心配も杞憂に終わり、皆と合流すると夏鈴とクリスタは、意気投合しすぐに仲良くなっていた。
「クリスタお姉ちゃん、ジェットコースター乗ろう!」
「いいわね! 10回は乗るわよ夏鈴!」
ジェットコースターを2周したところで、もう1回乗ろうと言い出す夏鈴とクリスタについていけず、俺とソフィはベンチに座って待っていることにした。

 俺が苦しそうにしていると、ソフィが飲み物を買って手渡してくれた。
「妹さん、可愛いじゃない」
「あぁ、自慢の妹だよ」
「そう言えば、あなたとの契約を達成するのに最適な方法を思いついたの」
「どんな方法なんだ?」
「半年後に行われるグレイシスト7選抜試験に、参加しようと思うの」
「確かにグレイシスト7になれば早く現場に出られて、1年で目標を達成出来る可能性は高くなるし、主席のソフィなら現実味のある話だな……応援するよ!」
「こんなこと言っても、あなたは笑わないのね……」
「笑う訳ないだろ? むしろ涙を呑んで見送るよ」
「ありがとう。先に行って、あなたを待っている事にするわ」

 時刻は夕方になり、俺の大嫌いなお化け屋敷に入ると言って聞かないおてんば娘2人に必死で抵抗したが、それも虚しく強引に入場させられてしまった。
 俺を無理やり連れてきたくせに、夏鈴とクリスタはスタスタと先に進んで行く始末。

「なぁソフィ、なるべくゆっくり歩いてくれないか?」
その時、お化けが驚かしてきて俺は情けない声を上げるとソフィに抱きついてしまった。
「ちょっとあなた、どこ触ってるのよ! 潰すわよ!」
ソフィは顔を赤らめながら俺の手を掴み引き剥がした。
「すまん! ホントにわざとじゃないんだ……」
俺はこの瞬間に気付いてしまったんだが、ソフィの手も同じように震えていたのだ。

「ソフィ今だけ、ここから出るまでの間だけ手を繋ごう」
「はぁ? 何言ってるの? 張り倒すわよ」
「俺が怖いんだ、だから頼むよ……」
「仕方ないわね。ここから出るまでだから……」
俺達ははぐれないように手を繋いで、小走りでこの暗闇を抜け出した。なんとも小っ恥ずかしいし、怖いし本当に散々なお化け屋敷だったが、そこを出た後には少しの名残惜しさを感じている自分もいたのだった。

 最後にみんなで観覧車に乗ることになった。観覧車が1番高いところに到達する頃、夏鈴の呼ぶ声がする。
「お兄ちゃん、ソフィお姉ちゃんこっち向いてー!」
夏鈴はスマホをインカメにして、みんなの集合写真を撮ろうとしていた。
「はい、チーズ!」
「ほら見て! みんなよく写ってるよー? この写真かりんの宝物にする!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ! お兄ちゃんの友達と遊ぶの初めてだったけど、かりん今日はすっごく楽しかった!」

 国宝級? いや世界遺産級? いやいや宇宙一の笑顔を俺に向ける妹の姿がそこにはあった。

第1部7話 守りたい、この笑顔 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 夏鈴
髪型:黒髪ショート
瞳の色:黒
身長:155cm
体重:44kg
誕生日:8月1日
年齢:14歳
血液型:A型
好きな食べ物:駄菓子
嫌いな食べ物:なし
ラグラス:なし


 



 週が明けて最初の登校日、ブラッドさんは本日もお休みだった。村上先生から昼休みに学級委員2人で、彼女の様子を見てきて欲しいと頼まれた。

「この部屋か……」
「あんたなに緊張してんのよ、どきなさい」
クリスタがインターホンをおす。
「ふぁあ、どちら様ですかー?」
欠伸をしながらブラッドさんが出てきた。その服装がかなり薄着で乱れていて、俺は目のやり場に困った。
「ちょっとあなたなんて格好してるの!? 部屋に入りなさい! あんたはここで待つ! 分かった?」
「わ、分かりました……」

 クリスタがブラッドさんを部屋の中へ押し戻してから5分ほど経つと、部屋の中へと呼ばれた。俺たちは少し世間話をする。
「それでね、こいつったらお化け屋敷が怖くて、ずっと入りたくないって駄々こねてたの、おかしいでしょ?」
「フフッ、藤堂くんはお化けが苦手なんだね……」
「ホントに子供よね、あんたって」
「誰にだって苦手なものくらいあるだろ……」

「それで、今日はなんの用事でここへ来たの?」
意外にもブラッドさんの方から本題を聞き出してきた。
「あなたが学校に来ない理由はなに? 先生もクラスのみんなも心配しているわ」
「あたしね、朝起きるのが苦手なの……生まれつき夜型の体質だから、いつも寝坊ばかりしちゃって」
「でもあなた、今のままじゃ卒業どころか進級も出来ないわよ?」
「そうだねぇ……もうそれでもいいかも――」

 クリスタが目線を外して憎まれ口を叩いた。
「そんな生半可な気持ちでこの学校へ来たのなら、辞めてしまった方がいいかもしれないわね」
「おいクリスタ、なんてこと言うんだ!」
「だってそうでしょ? ここへ来る人はみんなそれぞれ努力してるのよ。その努力をバカにするような態度は許さないわ!」
「ごめんね……そんなつもりじゃないの……」

 クリスタの厳しい言葉を受け、ブラッドさんが本心を語り出す。
「あたしね……体質の問題で高校も2年留年してて、どんな顔して学校に行っていいのか分からないんだ……」
「ってことは、あなた歳上だったの? 言葉遣い変えた方がいいのかしら?」
「ううん。気を使わないで、そのままでいいよ」
「ブラッドさんは学校に行きたくないのか?」
「普通に登校したいとは思ってるよ」

 俺はそれならばと、クリスタを指差しながらある提案をした。
「じゃあ毎朝、俺とこいつで朝起こしにくるよ!」
隣でクリスタが顔を赤らめながら驚いた顔をする。
(え? それって毎朝一緒に登校出来るって事……?)
「そんなぁ、でも迷惑でしょ?」
クリスタは食い気味に被せる。
「め、め、迷惑じゃないわよ! 仕方ないわね! クラスメイトの為だから、明日から毎日来てあげるわ!」

 それからしばらくの間、女子寮の前で待ち合わせをしてブラッドさんを起こしに行く日々が始まったのだった。
「あんたってホントお人好しよね。堕落していく人間なんて放っておけばいいのに」
「もしお前が本当に困っている時、誰も助けてくれない世界に希望なんて持てるのか?」
「それは本当に助けを求める人だけに与えられる希望であるべきだわ」
「俺達がなろうとしているのは、助けられる側がどう思っていようが、例え望んでいなくても『一旦助ける』。そういう仕事だろ?」
「あんたの言う通りだわ……」

 1週間ほど経過して、ブラッドさんがある程度クラスに馴染んできた時のこと、ある噂が流れた。
 それは「サーシャ・ブラッドは人殺し」と書かれた紙が学校の掲示板に貼られていた事が原因だった。それからというもの、俺とクリスタが起こしに行っても、ブラッドさんは扉を開こうとしてくれなくなった。

「一体誰があんなことをしたんだろうか……」
「早く犯人をとっ捕まえてあの子に謝らせましょう! 異能探偵クリスタにかかればこんな事件朝飯前よ!」
お調子者のおチビさんが言う。
「でもクリスタ殿、私も色々な人に聞き込みをしてみたのだが、なんの情報も得られなかったのだ……」
山形もこの件に協力してくれていた。
「でも、人殺しってどういう意味なのかしらね……」
ソフィも珍しく協力的だった。

 俺たちは4人で頭を捻らせたのだが、いかんせん情報が少なすぎて進展はなかった。その時、俺は校長との会話を思い出し、話を聞こうと皆で校長室まで向かった。

「それで、話というのは一体なんだ?」
「ブラッドさんのことなんですが、彼女には一体何があったんでしょうか?」
「あの貼り紙についてだな?」
「……! ご存知だったんですね……」
「あぁ。犯人の目星もだいたいついておる」
「じゃあそいつを教えてください!」
クリスタが前のめりになって聞き出そうとするが、校長は無言で首を横に振った。

「話はそんなに単純なものではないのだよ。彼女には深い闇が眠っておるのだ……」
「校長は俺に言いましたよね、彼女の力になってやってくれと。その為には彼女のことを少しでも知る必要があるんです」
「それもそうだな……」

 校長は立ち上がると、神妙な面持ちで語り出した。
「彼女のラグラスは、『吸血鬼(ヴァンパイア)』。数あるラグラスの中でも、先天異能として特異で強力なものだ。
 彼女が元いた国は5年前、そのラグラスを自分達の兵器として利用しようと目論み内輪揉めとなり、そして滅んだんだ。
 この学校にはその元国民の生徒も在籍しておるから、彼女を逆恨みして嫌がらせをしているのだ。だが奴等を取り締まっても本質的な解決にはならん。
 彼女を救うのに必要なのは、自分の運命に一緒に立ち向かってくれる仲間を見つける事だと私は考えているのだ」

 校長室を後にすると、皆は何も語らなかったが、全員の想いは同じだったと思う。俺達はそのまま彼女の部屋の前までやってきた。相変わらずインターホンを鳴らしても返事はない。
「ちょっとそこどいて」
ソフィは能力を使って鍵を内側から開けたのだ。
「お前のその能力、もはやチートの域を超えていないか?」
「だって私、最強だもの……」
したり顔でそう言ったソフィの表情は、まるで子供のようだった。

 全員で家の中へ突撃すると、彼女はテレビにかぶりついてアニメを見ていた。
「な、なんで? どうやって入ってきたの……?」
「ブラッドさん、話があるんだ」
俺は校長から話を聞いてここに来た事を伝えた。
「そう……びっくりしたでしょ? あの貼り紙はあながち間違ってないんだよ」
「俺達はブラッドさんが吸血鬼であろうと、どれだけ強い力を持っていようと、1人の人間として付き合っていきたいんだ」

 彼女はテレビを消すと、何の脈絡もない話を始めた。
「ねぇ藤堂くん、ゾンビって知ってる?」
「あの死体が動くってやつだろ?」
「じゃあゾンビに噛まれたらどうなるか知ってる?」
「噛まれたら、そいつもゾンビになるイメージだな」
「吸血鬼もそれに当てはまるんだ……」
「何が言いたいんだよ」
「じゃあゾンビってどうやったらなれるの?」
「だから噛まれたらなるんじゃないのか」
「じゃあ1番最初のゾンビはどうやったら生まれると思う?」
「それはし……」
「気付いたんだね、そう……あたしは一度死んだんだよ……。そして吸血鬼になって生き返った」
「どうして死んだんだ?」
 
「殺されたんだよ。あたしの一族は吸血鬼の能力を目覚めさせるために皆殺しになったの。
 でも一族の中でその能力(ちから)に目覚めたのは、あたし1人だけだった……。この先天異能を持っているかどうかは、一度死なないと分からない。それくらい珍しくて強力な能力らしいから、多少の犠牲を払ってでも見つけ出したかったんだって。
 でも目覚めたあたしは、家族を殺した国に協力する気にはなれなくて、ずっと引きこもっていたの。
 すると各地で内乱が起こり国の代表が殺されて、小さい国だったから頭をなくした国は滅亡の一途を辿って、それでこの国に引き取られて今に至るの。
 でもやっぱりあたしは化物だから、正体を知ればみんなから怖がられて友達も出来ないし、段々と学校にも行きたくなくなって、高校を2年も留年しちゃった。
 もう諦めてるから……最近は開き直ってわざと明るくしてみてるけど……あたしの正体はただの引きこもり……。
 本当は外になんて、もう出たくないの……」

「じゃあなんで君はこの学校にきたんだ? ここには強い異能を持つ奴らが集まってくるから、仲良くなれる奴がいるかもしれないと思ったんじゃないのか?」
「でもやっぱり怖いんだよ。せっかく仲良くなれる人ができたとしても、正体がバレて離れていってしまうのが怖い……なら最初から1人の方がマシじゃない……」
 
「ブラッドさんは、好きなものはないのか?」
「アニメと漫画が好きだよ。あとは……自分の名前が好き。あたしの故郷の言葉で『自由』って意味なの。あたしが唯一、今も持ってる故郷と家族との思い出の品がこの名前なんだぁ」
「じゃあ俺にもブラッドさんの好きな漫画やアニメを教えてくれないか?」
「いいよ……でもどうして?」
「友達っていうのは苦手なものじゃなくて、好きなものを共有するもんなんだよ」
その時サーシャ・ブラッドの目が潤んだ。
「あたしは君の嫌いな化物だよ……? 藤堂くんのこと間違えて殺しちゃうかもしれないよ……?」
「俺もいい名前だと思うよ、サーシャ」

 綺麗な青色の瞳から、一筋の涙がスーっと流れた。
「藤堂くんって随分お人好しなんだね……」
「違うよ、俺はどこにでもいる普通の学生で、サーシャのクラスメイトで、友達で、そして学級委員長だ」
幸近の言葉に少女達も続く。
「学級委員はそいつだけじゃないわよ! あなたにはわたし達もついてる!」
「私はサーシャ殿とはきっと良い友人になれる気がするぞ!」
「あなたをいじめる奴がいたら、私が全て押し潰してやるわ」

「なぁサーシャ、俺達は君とこの学校を一緒に卒業したい。俺達のわがままに、付き合ってくれないかな?」
世にも美しい吸血鬼(ヴァンパイア)は、透き通った綺麗な涙を流しながら、こう答えた。
「もう仕方ないなぁ……あたしの方がお姉さんなんだから……そのお願い聞いたげる……」

 その日から、サーシャは本当の意味で俺たちのクラスメイトになった。

第1部8話 引きこもりの吸血鬼 完

《登場人物紹介》
名前:サーシャ・ブラッド
髪型:空色ロングのストレート
瞳の色:青
身長:160cm
体重:48kg
誕生日:4月12日
年齢:21歳 (初登場時20歳)
血液型:?型
好きな食べ物:アイリッシュラム、赤ワイン
嫌いな食べ物:にんにく
ラグラス:吸血鬼(ヴァンパイア)
ヴァンパイアの力を解放すると肉体強化、影や血を操るなど様々な能力を得る。発動の際には牙が伸び、青い瞳が紅く染まる。






 ある日の学校の帰り道、野太く甲高い声に呼び止められた。

「あらぁ、もしかして幸ちゃんじゃない?」
「……?」
「やっぱり幸ちゃんだわ!」
「ひ、久しぶりケンさん……」
「ちょっとぉ、何がケンさんよぉ! あたしのことはケンちゃんって呼んでって昔から言ってるじゃないの、やぁねぇ〜!」

 大きなサングラスをかけ、妙な話し方をするその人物は、広い歩幅で近寄ってくる。
「今暇? 暇でしょ? 暇ならお店きなさいよぉ、珈琲ご馳走するから」

 この人はケンちゃん。本名『南郷謙(なんごうけん)』、いわゆるオカマだ。
 なぜ俺がこのオカマと知り合いなのかと言うと、昔から家族ぐるみの付き合いといった感じなのである。
 お店というのはケンちゃんが経営している昼はカフェ、夜はバー形態のお店の事である。

 俺はカウンターに座り、ケンちゃんが淹れてくれた珈琲を頂いていた。
晴臣(はるおみ)さんは元気? 最近会ってるの?」
「親父は全然帰ってこないよ、夏鈴がかわいそうだ」
真鈴(ますず)が亡くなってから、晴臣さんなりに思うところがあるのよ……」
「一体どこで何をやっていることやら……」

ケンちゃんはサングラスを外し、目線を合わせ尋ねる。
「幸ちゃんも真鈴との約束……叶えられそうなの?」
「日々の訓練は欠かさずやってるよ」
「お友達はできた?」
「あぁ……面白い奴らがたくさん居て、いい刺激を貰えてる」
「それはなによりね……。そういえば聞いたわよ! 例の道場破りを捕まえたって」
「相変わらず、すごい情報網だな」
「オカマの情報網なめないでっ!」


「その事件を担当していたレナードって警部いたでしょ? あいつには気を付けなさい、奴の異能はかなり厄介な能力だから」
「どんな能力なんだ?」
「さすがに学生相手に能力を使ったとは思えないけど、あいつは『嘘』を見抜けるの。幸ちゃんのラグラスの秘密は隠し通しなさい?」
「分かっているよ……」
 ……
「それともう一つ、その道場破りは異能犯罪組織の一員だったのよ。組織名は『カタストロフ』。規模は数人程度の少人数組織なんだけど、そこのボスがまぁヤバい奴で元々はデニグレの幹部を務めていた男なの」
「……」
「半年前、異能警察官を殺害した脱獄犯の事件があったの覚えてるかしら?」
「なんとなく覚えてるような」
「名をレッド・ビスク。ラグラスは『人狼(ワーウルフ)』という強力な先天異能の持ち主よ」
(吸血鬼の次は狼男かよ……)

「もしかしたら……幸ちゃんに報復に来るかもしれないから気を付けてね」
「強いのか?」
「奴の実力はグレイシスト7に相当するとも言われているから、遭遇した時は必ず逃げなさい」
「肝に銘じておくよ」

 店を出ると同い年くらいの黒いスーツの男が話しかけてきた。
「君が藤堂君かな」
「お前は誰だ?」
「これは失礼した。僕は『四葉信久(よつばのぶひさ)』。どうぞよろしく」
「それでなんで俺の名前を知ってる? 俺に何の用だ」
「特段用があった訳ではないんだが、どんな人物なのか少し気になったものでね……。今日は挨拶だけでもしておこうかと思い声をかけたんだ」
「お前、どこかで会ったことあるか……?」
「いや初対面だよ。ではまた機会があれば……」
そう言って男は去っていった。不吉で不穏な雰囲気を纏った奴だと幸近は感じていた。


 ――薄暗い倉庫内。

 そこは犯罪組織カタストロフのアジトであった。襟足の長い白髪で巨体の男が椅子に座り骨付き肉を貪り食っている。
 そこへ先ほど幸近と会話していたスーツの男が現れた。

「お前は……もしかして若なのか?」
「久しぶりだねレッド」
「おう随分とでかくなったもんだ、こっちにきて一緒に飯を食おうじゃないか」
「生憎、先ほど夕食は済ませてしまってね」
「それは残念だ、良い肉を仕入れていたんだが……」
そう言って骨を投げ捨てると、そこには様々な動物の骨が溜まっており、その中には人骨らしきものも見られた。

「今日はひとつ、お知らせしたい事があって来たんだ」
「どんな内容だ?」
「君のところの気倉井と日鏡をやった学生のこと……知りたくないかい?」
「ほぅ……それは興味深いな……」
スーツの男は気味の悪い笑みを浮かべた。

第1部9話 オカマの情報屋 完

《登場人物紹介》
名前:南郷 謙
髪型:パステルカラーの水色でショートボブ(恐らくウィッグ)
瞳の色:ブラウン
身長:190cm
体重:59kg
誕生日:6月10日
年齢:42歳
血液型:O型
好きな食べ物:色気があってガタイの良い男
嫌いな食べ物:無口でクールぶってる男
ラグラス:情報処理(ハイスペック)
脳内の情報処理能力が高く、本であればパラパラと捲るだけでほぼ記憶することができる
状況に応じて瞬時に明確な解答をだせる






 



 2人の男の怪しげな会話と時を同じくして、この男はいつも通りの騒がしい食卓を囲んでいた。

「だーかーらー! 好き嫌いしちゃいけないっていつも言ってるでしょ!?」
「苦手なものは苦手なんだよ! だいたいなんで卵焼きにわざわざ納豆なんて混ぜ込むんだよ! 俺の苦手なものに苦手なもの混ぜるなんて、もはや嫌がらせの領域じゃないか!」
「かりんは……お兄ちゃんが苦手なもの克服できるようにと思って頑張って工夫してるのに……」
と、涙目になる夏鈴。

 それを見た幸近は、急ぎ卵焼きを一口でほうばる。
「う、うまい! 実際食べてみたら、こんなにうまい卵焼きは初めてだ!」
「ホント? じゃあ明日の朝もこれ作ってあげるね!」
「あ、あぁ……それは楽しみだなぁ……」
幸近は涙目になりながら飲み込んだ。


 その翌日、学校から帰る際に下駄箱付近でソフィに呼び止められる。
「あなた今日、何か予定あるのかしら?」
「特にないが、どうしたんだ?」
「クリスタとサーシャからアニメ鑑賞会とやらに誘われているのだけれど、あまり気乗りしないから早く帰る口実にあなたも一緒にどうかと思ったの……」
「お前ら、最近仲良いよな」

 ソフィは眉間に薄くシワを寄せて返す。
「何言ってるの? これも全てあなたが原因じゃないの」
「でもその誘いをバッサリ断らないのは、お前もあいつらのこと大事に思ってるってことだろ?」
「と……友達……だから」
と、照れながら斜め下を見つめるソフィ。
「お前も可愛いとこあるじゃん」
「な、何言ってるの! 埋めるわよ!」
「まぁ女子会に俺がお邪魔するのも――」
彼が言葉を詰まらせたのは、そのタイミングで届いた1通のメールが原因だった。

「すまんソフィ! 急用ができたっ!!」
慌てた様子で幸近は走り出す。
「ちょっと! 何かあったの?」
「すまんっ! 急ぎなんだっ!」
そのメールは夏鈴のアドレスからだったが、縛られている夏鈴の写真が添付されており、本文には「妹を返して欲しくば1人で来い」と場所が指定されていたのだ。

 幸近は息を切らして指定された倉庫までやってきた。
「はぁ……はぁ、夏鈴っ! 夏鈴! どこだー!」
「本当に1人で来たようだな、感心だ小僧……」
椅子に腰掛けていたレッドが立ち上がった。
「お前が犯人か! 夏鈴はどこだ!」
「そこで眠ってるさ……」
レッドの指差す方向には、倉庫2階で繋がれている夏鈴の姿があった。

「てめぇ俺の妹にこんなことして、ただですむと思うなよ!」
「お前もオレの部下に随分な事してくれたみてぇじゃねぇか」
「お前がレッドか……」
「ほぅ……オレのことを知っているのか。なら話は早ぇな」
(ごめん、ケンちゃん……)
「お前をぶっ飛ばして、俺は今日も夏鈴のうまい飯を食う!」
「いい返事だ……」

 するとレッドの巨体は更に大きく膨れ上がり上半身の服が破れ、毛深い人狼の姿となった。レッドがその鋭い爪を向けながら幸近へと襲いかかる。

「藤堂一刀流 居合 無刀『(むなし)』」
(柔の手刀で敵の攻撃をいなし、腕を掴んで敵を倒し関節を極める技)

 幸近オリジナルの居合と合気道の融合技『無刀の型』が決まり、レッドをうつ伏せに倒すまでは成功した幸近だったが、人間離れした体格のレッドに対して関節を極めきることに苦戦した。
(なんだこいつの体……固く、そして重い……)
うまく極めきれず、レッドは立ち上がり鋭い爪を伸ばしてきた。

「藤堂一刀流 居合 無刀『(うつろ)』!」
(剛の手刀で敵を突く、相手の攻撃が強ければ強いほど威力が増す技)

 幸近の頬に爪が擦り傷がついたが、手刀はレッドの心臓の位置に直撃した。2メートルほど後ろに飛ばされたレッドであったが、すぐに起き上がってきた。

「なるほど……この技で気倉井たちをやったのか」
(くそっ……全然効いてねぇ……)
「無能力にしてはやるじゃねぇか。人間の姿なら今のでやられていたかもな」
幸近は周りを見渡した。 ちょうどいい鉄パイプを見つけてそれを拾おうとしたが、人間離れしたスピードのレッドに胴の辺りを殴られた。

「お返しだ」
「ぐっ……」
その衝撃で10メートル以上後方へ吹き飛ばされ、水切りの石のように何度か地面を跳ねて転がる幸近。腕を立てながら起きあがろうとするが、血を吐き出す。
 ちょうど転がった位置に落ちていた鉄パイプを手に取り、それを杖代わりになんとか立ち上がり構えた。
 
「打たれ強い奴だな、オレの攻撃を食らって立てるのか」
「いつも食らってる妹の蹴りの方が、100倍痛ぇよ犬野郎……」
「減らず口だけは達者なようだ、もう楽にして食ってやるよ」
その巨体から想像できない速度で向かってくるレッド。

「東堂一刀流 居合『虎風(とらかぜ)』」
2人が交差すると、間もなくレッドは膝をついて頭から血を流した。だが、頭を押さえながらすぐにこちらを振り返り話し出す。

「お前の顔とその剣術からは、あの忌々しい女の顔を思い出す……貴様もしかしてあの女の血族か?」
「誰のことを言っている……」
「元グレイシスト7の『藤堂真鈴』だよ」
「……! 母さんを知っているのか?」

「俺を監獄へ送り込んだ女だ……。俺は奴を殺す為にわざわざ檻から出てきたっていうのに、あいつは10年も前に死んだって言うじゃねぇか。目的を失って、憂さ晴らしを続ける毎日だったが……そうか、ガキがいたのか」
 
(ケンちゃん……報復ってそう言うことかよ)

「お前があの女のガキならば、オレにとっては好都合だ。妹共々食ってやるよ」
爪を立てて向かって来るレッドの腕を鉄パイプで弾くが、もう一方の腕が下段から上段へ振られ、その鋭利な爪は幸近の胴を斬り裂いた。
 咄嗟の判断で後退していた事が功を奏し、致命傷にはならなかったが、中々の出血量だった。
 
「しぶとい奴だ、次で終わりにしてやるよ」
レッドが幸近に追い討ちをかけようと爪を立てて向かっていった次の瞬間――。

重力強化(グラビティアッシュ)!」
聞き馴染みのある声が響くと共にレッドの動きが止まる。

 幸近が振り返ると、そこにはソフィの姿があった。
「何でここに……っておいお前っ! こんな所で異能を使うなんてバカなのか!」
「控えおろう、この認可証が目に入らぬかー」
と、手に持っている異能使用認可証をかざした。
「なんでお前が認可証を……」
「学年主席の特権なのよ。私はこれが欲しかったから、主席を取るために努力したの」
「そんなものがあったのか……」
「無能力のあなたには関係のない代物ね……それ以前に"学年最下位には関係ない"が正しいかしら?」
「ビリじゃねぇよ! たぶんだけどビリじゃねぇよ!」

「そんなことより藤堂くん。あなた随分と危ない目にあっているみたいだけど、なぜ私にひと言も相談してくれなかったのかしら……?」
「突然で焦ってたんだよ……」
「嘘ね……あなたは落ち着いていても1人で行ってしまったはずよ」
「それは……」
「あなたは何か勘違いしているようだけど、クリスタや唯、サーシャと同じように、私はあなたのことだって……大切なお友達だと思っているわ……。だから今度こんな事があった時、私に相談しなかったら……その時は絶対に許さない……」

 そう言ったソフィの表情には、怒りと悲しみが同居しているように感じた。いつも向けてける氷のような冷たい目なんて比じゃないくらいに、大層お怒りなのがひしひしと伝わってきたが、俺にはそれがとても頼もしく思えた。
「手を貸してくれソフィ!」
「当たり前よ――」

第1部10話 人狼 完
 
《登場人物紹介》
名前:レッド・ビスク
髪型:白髪で長い襟足
瞳の色:灰色
身長:193cm
体重:90kg
誕生日:3月5日
年齢:51歳
血液型:AB型
好きな食べ物:肉
嫌いな食べ物:肉以外
ラグラス:人狼(ワーウルフ)
人狼に変化し身体強化に加え、鋭い爪と牙を持つ